第4話 人の趣味には口出しをしないでほしい

 浅倉夏菜あさくら/なつなは比較的明るい性格をしている。

 だから学校内でも、それなりに注目されることがあったり、友人関係も広かったりする。


「ねえ、花枝さん」

「……」

「花枝さん?」

「え、は、はい。なにかな?」


 午前の授業合間の休み時間。教室にいる夏菜はクラスメイトからの呼びかけに少々反応が遅れていた。


 夏菜は苗字が代わり、花枝ではなく浅倉になっている。

 両親の再婚によるものであり、浅倉晃良と兄妹同士になっている事に関しては、周りの人にバレないようにしていた。


「どうしたの? ちょっと寝不足とか?」

「そ、そうかもねー」


 友人の問いかけに、席に座っている夏菜は軽く笑って誤魔化していた。


「それで、私ね。こういう漫画を読んでるんだけど。花枝さんも、この漫画を読んだことがある?」


 その漫画の表紙には、男女のイラストが描かれてあった。

 多分、青春モノの漫画だと思われる。


「それはまだ読んだことないかも」

「そうなんだ。じゃあ、これを貸すよ」

「いいの?」

「うん、花枝さんも漫画が好きなんでしょ?」

「私、好きだよ」

「じゃ、あとで感想とか聞かせてね」

「うん!」


 夏菜は友人から漫画をかりて、ワクワクした気持ちで、その漫画をペラペラとめくっていた。

 彼女は速読が出来るようで、一冊の漫画を五分ほどで読み終わってしまうらしい。


 もう少しゆっくりと読んでもいいと思われるが、彼女曰く、色々な漫画を読みたいから早く読むようだ。


「へえ、あんたってさ、そういうの読んでるの?」


 近くにやって来たとあるクラスメイトが、席に座って漫画を読んでいる夏菜に対し、高圧的に言った。


「そ、そうだけど」

「高校生にもなって漫画とか」


 彼女はわざわざ、夏菜の近くまでやってきて嫌味な発言をしていた。


 彼女は、桜宮響空さくらみや/きょうこ。お嬢様風な見た目をしており、家庭がかなりのお金持ちらしいという噂を聞いたことがあった。

 髪型はどこかの作品に登場しそうな令嬢を連想させる縦ロール系のヘアスタイルだった。


「え? 別にいいじゃない。悪いの?」

「まあ、それでもいいんじゃないかしら?」


 響空は余裕のある笑みを浮かべて言う。


「というか、あなたも本当は漫画とか好きなんでしょ。そんなに意地とか張らない方がいいよ」


 夏菜は反論していたが――


「私、漫画とか読まないのですことよ」

「え? じゃあ、何を読んでるの?」

「それは海外の小説とか。海外の美術品などを嗜んでるの」

「へ、へえ、そうなんだ」

「あなたも、いつまでも、そんなモノばかりではなく、大人としてしっかりとした方がいいのでは?」

「そういうの、おせっかいなんじゃないの?」

「そうかしらね。まあ、せいぜい、そういうのでも読んでればいいと思いますわ」


 彼女は勝ち誇った顔を見せていたのだ。




「でも、そういうのは!」


 教室内が次第にざわついてきたその時、クラスメイトである浅倉晃良あさくら/あきらが席から立ち上がった。

 晃良の言動に、教室内の雰囲気が変わった瞬間だった。


「何かしら?」


 お嬢様である彼女が、晃良の方へ視線を向けてきたのだ。


「で、でもさ、そういうのはよくないと思うけど。言い方的に、さ……」


 緊張感も相まって、晃良の声は若干震えていた。


「そこまでこの子を助けるって事は、もしかして好きとか?」

「……そ、そうじゃないけど……」


 晃良の発言に、夏菜は少々悲しそうな顔を見せていた。


「そもそも、趣味は人によるし、そればかりはマウントを取る必要性はないと思うんだけど」

「あっそ」

「え?」

「まあ、庶民はその程度よね」

「ど、どういうこと?」

「そういう事よ。私は他の人と違いますから」


 意味深な感じの言葉を残し、お嬢様風な響空は自身の席に戻って行ったのだ。




「というか、大丈夫だった?」

「あの子、最低よね」

「あんな意見なんて気にしなくてもいいからね」


 お嬢様みたいな奴が立ち去って行った後、夏菜の周りには友人らが集まってきていた。


 晃良も兄として、何かを話しかけようと思ったのだが、その大人数の中に入って話す事になれておらず、その場で硬直したままだった。


 ……夏菜には友人も多いし、これ以上は余計な発言をしなくてもいいか。


 晃良は自分の中で、そう結論づけて席に座り直す事にした。




 少々教室が騒がしくなっていると、教室内に教師が入ってくる。


「そろそろ、授業を始めるから。ん、どうした? 今日はなんかクラスの空気感が悪い気がするけど」


 壇上前に立つ男性教師が、引き気味にクラス全体を見渡していた。


 それは当然であり、さっきまで夏菜とお嬢様みたいな人が口論をしていたからである。

 確実に空気感が悪くなっているのは当たり前の事だった。


「ま、まあ、ちょっと空気の入れ替えでもしたいから窓でも開けてくれるかな」


 男性教師は何かを察したようで、顔を引きつかせながら、その闇には深く踏み込む事はせず上手くその場を切り抜けていた。


「では、今日は教科書の――」




「――では、今日の授業はこれで終わりな。課題は出しておくから。課題の範囲は、今日やったページの周辺にある問題のところ。そこを解いて、答えをノートに書いてくるように。提出は今週中って事で」


 先生はテキパキと話を進めていた。


 はあ……終わった……。


 授業終わりの挨拶を終えると、晃良は心の中でため息をはいていた。

 やっとの事で、午前中の授業が終わったのだ。

 後は昼食をとるだけである。


 早いところ、購買部にでも行くか。


 そう思い立ち、席から立ち上がって廊下に出ると、後をつけるように夏菜もやって来たのだ。


「どうした?」


 晃良は振り返って、夏菜の様子を伺う。


「今日は一緒に食事しない?」


 ――と、夏菜の方から積極的に話しかけてきたのである。

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