第5話 今日の昼休みは騒がしい

 浅倉晃良あさくら/あきらは学校の購買部でパンと飲み物を購入していた。

 それから夏菜と中庭に設置されたベンチに隣同士で座っていたのだ。


 夏菜なつなの方は自分で弁当を作って来たらしく、膝の上には弁当箱が置かれてあった。

 彼女は弁当箱の蓋を開く。

 その中にはウインナーや卵焼きなどが丁寧に引き詰められている。


「そう言えば、夏菜っていつも弁当を作っているんだな」

「そうだよ」

「なんで? コンビニとかでもいいんじゃないか?」

「それはしないわ。だって、今まで自分で作ってきたから。習慣みたいなものになってるのよ。それに、親には迷惑をかけたくないしね」


 話によると、夏菜は元々母親と二人っきりで生活してきたらしい。


「でも、俺の家庭はそんなに貧乏じゃないし、大変な時は普通に頼ってもいいから」

「ありがと。本当に無理なら助けてもらう事もあるかもね」


 夏菜はそう言って右手に箸を持ち、弁当箱のおかずを口元へと運んでいたのだ。




 夏菜は弁当を作るのが上手だった。

 晃良は殆ど弁当というモノを作った経験はなかった。

 たまに料理はしたりするが、そこまで頻繁ではないのだ。


「どうかしたの?」

「いや、なんでもないけど。そういや、俺の家には慣れた?」

「んー、どうだろうね。それなりにはね」


 夏菜はあっさりとした口調で言う。


「まさか、晃良の父親と私の母親が再婚するとは思ってもみなかったし」

「それは俺も同じだよ。というか、どこで接点があったんだろうね」

「さあ、私もわからないよ」


 夏菜は首を横に振っていた。


「それでさ、今困っている事はないかな?」

「困ってることか、そうだね……」


 隣に座っている夏菜は手にしている箸を止め、考え込んでいた。


「……特に何もないかな」

「え、でも、午前中に困っていたじゃん。桜宮さんの件で」

「それはそうなんだけど」


 夏菜の歯切れが悪くなる。


「でも、晃良には関係ないと思うし。気にしないで」


 彼女はそう言っているが、晃良からしたら心配でしょうがなかった。


 一応、兄妹という関係ではあるため、放っておくことができなかったのだ。


「俺、花枝さんのためにも、俺が何とかするよ」


 晃良は隣にいる彼女に積極的に問いかける。


「いいよ。そういうのは。それと、私の事は普通に夏菜でいいから。一応、兄妹みたいなものなんだし。苗字で言われると、何かヘンな感じがするっていうか。できれば、下の名前の方がいいかなって。その方が分かりやすいし」

「じゃあ……な、夏菜」

「なんか、言い方が変だよ」

「しょうがないだろ。まだ、いい慣れていないから。元々、クラスメイトだったのに呼び捨てするのも結構大変なんだからな」


 晃良は頬を紅潮させながら、小さく言葉を呟いていた。


「後ね、あの子の件なんだけど」

「桜宮さんのこと?」

「そう。まあ、私が下手に目立っているから、突っかかってくるんだと思うよ。入学当初はあの子も人気があったからね」

「へえ、そうなんだ」


 晃良は去年、桜宮響空とは別のクラスだった事もあり、そこまで彼女の事について詳しくはなかった。


「だって、お金持ちで両親が大手企業を経営しているとしたら、普通に注目されるじゃない。まあ、あの人はちょっと自慢したがりで周りが離れて行ったんだと思うよ」

「確かにな。どんなにセレブでも、あの態度だったら周りの人も大変だろうな」


 そこに関しては納得がいき、晃良も頷いていた。


「まあ、悪気があって言ってるわけではないと思うけどね」

「夏菜は被害者側の方なんだし。もう少し怒ってもいいような気がするけど」


 一緒の家族になった人が困っている姿を見たくなかった。


「私も、あの人から言われた時はイラっとしたし、もっと反論したかったんだけどね。でも、あれ以上大事になったら、大変だったかも。でも、晃良に仲裁してもらって、本当のところを嬉しかったしね。ありがとね」

「別に普通の事をしただけさ」


 晃良は照れ臭そうに言葉を返す。

 それから彼女の方を見れなくなっていた。


「まあ、こんな暗い話は終わりにしよ。昼休みの後、午後の授業もあるし」

「そうだな」


 二人は昼食を取り始める。


 晃良が購入していたのは、クリーム系のパンだった。

 百円で買える商品の中では比較的大きめのサイズである。


 コンビニに売っている商品よりもコスパが良く、平日の昼は購買部で購入するようにしていた。


「ねえ、私のお弁当でも食べてみる?」


 隣にいる彼女は晃良の方を見てニコッと微笑んでいる。


 夏菜が箸でつまんでいるのは卵焼きだった。


 晃良は彼女から食べさせてもらい、口内で咀嚼する。

 やはり美味しい。


 この前の休日に作ってくれた朝食も美味しかったのだが、彼女は普段から料理を作っているだけあってその実力は本物だった。




「お兄ちゃん!」


 刹那、近くから声が聞こえてきた。

 その声はまさしく、妹のものだった。


 浅倉晴あさくら/はれは二人の前までやってくるなり、二人の事をジト目で見やっていたのだ。


「お兄ちゃん、これはどういうこと」


 普段、妹は晃良と二人っきりで昼食をとる事が多い為、夏菜と一緒にいる事に関して嫉妬しているらしい。


「これには訳があって」


 詳細に説明する前に、妹の晴が、晃良の隣のベンチに座る。

 晃良は今まさに、二人によって板挟み状態にあっていたのだ。


「いつも通り、私もお兄ちゃんの隣で食事するね」


 そう言って晴も、持参してきた弁当の箱を開けていたのだった。

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