みえる

『ごめんなーちゃん』

『ほんとにごめん』

『帰ってきて』

『帰ってきて』

『お願い』

『お願いします』


 立て続けにメッセージが来る。

 送り主は彼氏だ。


 私が衝動的に家を飛び出してから大体1時間が経った。

 特に行くあてもなかったので駅前のカフェにかれこれ三十分以上も居座っている。

 もうそろそろ、帰ってもいいかもしれない。

 一人残された彼氏の姿を想像したら、なんだか胸のあたりがきゅっとなった。


『今から帰るよ』

 とだけ彼氏に送って、席を立った。



 レジで代金を払いながら、ふと、いつまでこんなことが続くんだろうと考えた。

 これからもずっと、彼氏はあんなふうにおかしいままなのだろうか。私はこの生活に、いつまで耐えられるのだろうか。



「ありがとうございましたー。」

 店員の無感情な声を背中に受けながら店を出た。

 意外と外は寒い。



「やっぱそういうのはさあ、病気か取り憑かれてるかのどっちかだと思うよ。」


 歩きながら、数日前に職場の先輩にそう言われたことを思い出していた。


 彼氏が最近おかしいんです、と相談したら、先輩はわりと親身になって聞いてくれた。

 でもその先輩はスピリチュアルが好きだかなんだかで、なぜか病気という現実的なものよりも霊に取り憑かれている説を推された。挙げ句には知り合いの霊感が強い、いわゆる『みえる人』の連絡先まで渡されて、私は終始苦笑するしかなかった。


 でも――――


 ありえない話ではない、と思った。

 ダメ元でもいいから、一回くらいその人に見てもらおうか。

 私は多分、ほとんどやけになっていた。




 先輩からもらった電話番号にかけると、意外とすぐに繋がった。

「はい。もしもし。」

 少し低い、落ち着いた女性の声が聞こえる。落ち着いている、というよりも、感情の動きを感じさせない、といったほうが的を得ているかもしれない。そんな声だった。

「あ、あの…。」

 自分から電話をかけたくせにいざとなると少し緊張してしまって、声が詰まってしまった。

「突然ごめんなさい。会社の先輩にあなたの連絡先を教えていただいたんです。相談したいことがあって…」

 ゆっくりではあるが、なんとか言い切る。

 電話の向こうの女性は少し間を置いたあと、またあの感情のない声で「今どこですか。」と尋ねてきた。

「できるだけ早く見せてください。その彼氏さんを。」

 一瞬、なぜ話してもいないのに彼氏のことを知っているのかと怖くなったが、きっともう既に先輩から私の話を聞いているのだろう、とすぐに腑に落ちた。

「今どこですか。」

 もう一度聞かれたので、慌てて最寄りの駅名を伝える。

「では、二十分ほどでそちらに参ります。」

 と短く言って、彼女は電話を切ってしまった。


 ツー、ツー、という機械音を聞いて、急に我に返った。


 え、来るの…?本当に?


 なぜか鼓動が速くなっている。

 もしかして、私勢いに任せてまずいことをしてしまったんじゃ…。

 全く知らない人に電話をかけて、その人が今からこちらに来る?よくよく考えたら普通に怖い。

 しかも相手は自称『みえる』人だ。なんだか面倒臭そうな予感がする。


 帰ってしまおうか、と思いかけて、いやいやそんなひどいことはできない、と自分に言い聞かせた。


 彼女が来るのを待っている間、彼氏からメッセージは一度も送られてこなかった。

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