キス
ピンポーン。
チャイムが鳴った。宅配便?何か買ってたっけ。
あ。
もしかして…と思いインターホンの画面を見ると、やはり彼氏が立っていた。帽子を目深に被っていて初めは誰かわからなかったが、服装が彼氏が朝出ていった時に着ていたものと同じで、それに一瞬顔が見えたが、ちゃんと彼だった。
どうしたのだろう。
通話ボタンを押して、恐る恐る聞いた。
「どうしたの?」
すると彼氏は出てくれたことに安心したのか、ホッとした様子で「ごめんね、鍵を家に置き忘れちゃって。」と困ったように笑った。
「いやー、ごめんね。ほんと。ごめん。」
彼は部屋に入ってからも、妙に不気味な笑みを浮かべながら何度も私に謝った。
「大丈夫だよ。」
私はこれ以上謝られるのが嫌で、何も気にしていないような笑顔を作って言った。実際私は、彼が鍵を忘れたことについて特に何も気にしてはいない。むしろ、これくらいのことで何度も謝罪をする彼氏のほうが少し怖い。
ふと、彼が今日は何も持ち帰ってきていないことに気づいた。
よかった、と安堵するのと同時に、もしかしたら彼は、先日の猫の一件で今まで以上にショックを受けていた私の姿を見て、良くないことだと自覚してくれたのだろうかと思った。
私に少し異常な程謝るのも、その申し訳なさからなのだろうか。
いやでも、そんなわけ―――
「なーちゃん。」
声が聞こえたので振り返ると、彼氏がソファに座って両手を広げているのが見えた。
ぎゅーしよう、の合図だ。
拒む理由も無いので、ソファに乗って彼を抱きしめる。彼の体温と鼓動を感じながら、ここ最近、彼氏と全く触れ合っていなかったことに気づいた。彼が不気味な行動をとりはじめてからは、私が彼を無意識に拒んでしまって、直接触れ合う機会がほとんど無くなってしまったのだ。
しばらくすると彼の身体が離れ、抱き合っていた時に感じた彼の体温が私の身体から急速に無くなっていった。
彼は私の顔を見つめながら幸せそうな顔をして、それから私の唇にそっと自分の唇を重ねた。
こうやってキスをするのも、いつぶりだろう。
ふいに彼の舌が口内に入ってきた。久しぶりだからか、心なしか普段よりせっかちな気がする。私も彼の舌に自分の舌を絡め、お互いの唾液を交換した。
突然、口内にどうしようもない違和感を感じて、慌てて自分の唇を引き離した。彼が驚いた顔で私を見ている。
口はもう離れている、はずなのに。
本来あるはずのないものが、私の口の中にある。
柔らかいような硬いような独特な感触。鉄のような味がする。これは、血―――?
猛烈な吐き気が襲ってきて、思わず口内にあるなにかを吐き出した。
床に落ちたそれを見て、あまりの衝撃にもはや悲鳴すら出なかった。
それは、舌だった。
噛み切られたかのようなぐちゃぐちゃの断面。血と唾液に塗れていて、人間のもので間違いないように見えた。
「はっはは。」
顔を上げると、そこには笑顔の彼氏がいた。
彼の口内を、もはや見る気になれなかった。
あれはきっと、彼氏の舌だ。
「なんでこんなことするの。」
震える声で聞いた。
だが彼氏は舌を失って上手く喋れないようで、口の端から血をたらしながらただニヤニヤ笑っているだけだった。
それを見たら、私はなぜか急に冷静になった。
そして気づいたときには、彼氏にこう言っていた。
「病院に行こう。」
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