「ただいま」



彼氏がおかしくなり始めてから、この時間が一番嫌いになった。


あの頃は、まだ今みたいにおかしくない時は…毎日彼が帰ってくるのを楽しみに待っていたのに。玄関の鍵が開く音がした瞬間に急いで玄関に行って、扉から顔を覗かせる彼氏に勢いよく抱きついては、困ったような嬉しいような表情をした彼氏に優しく頭を撫でられていた。


その甘い日々がまるで嘘だったかのように、今は彼氏の帰宅時には家にどんよりとした陰鬱な空気が立ち込める。


彼はここ数日、動物の死骸は何も持ち帰ってきていない。

安心する一方、いつかまた必ず来る、と思って気を引き締めている。



「おかえり」

自分の笑顔が、日に日にぎこちなくなっているのがわかる。

部屋に入った彼の顔を見るより先に、手に何か持っていないかと目線を移す。


そして…彼が持っていた半透明のビニール袋に、赤い液体とオレンジ色の毛がうっすらと見えた瞬間、くらっと目眩がした。


―――来てしまった。


「なに、それ」

言葉を発するのもやっとで、震える手で彼の持つビニール袋を指さした。


「ああ、これね」

彼はついさっきまで忘れていたかのように、ビニール袋を軽く上に持ち上げた。中の液体が揺れた。赤黒くてどろっとしている。


「見る?」


笑っていた。


純粋なのか邪悪なのかわからない。そんな笑顔だった。


「いいから。これどうするの。」

震えながらもなんとか言う。本当は今すぐにでも泣いてしまいたかった。


「えーどうしよう。」


「どうしようじゃなくて!」


思わず大声を出していた。

彼氏はビクッと身体を震わせて、怯えた目で私を見つめた。


その小動物のような姿を見たら、もうそれ以上言えなくなってしまった。

「ごめんね」

数秒の沈黙の後、彼の顔を見ずに言う。

「片付けよっか」


ようやく彼が緊張を解き、屈託のない笑顔を見せた。


「うん。」


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