七 始末の打ち合わせ
昼四ツ(午前十時)。
石田はいったん、吉原の石田屋に戻った。小夜の帳場仕事の手が空いた折、小夜と共に昼餉を食して石田屋を出た。
吉原から浅草三谷町を抜けて熱田明神の隣の日野道場を右に見て歩を進め、さらに、鏡が池を右に見て橋場へ行き、百姓渡しで大川を対岸に渡って小半時たらずで隅田村の北西にある白鬚社の番小屋に着いた。
昼八ツ半(午後三時)
石田の仲間たちが番小屋に戻った。
「始末の依頼です。呉服問屋山科屋清兵衛の倅、清太郎の花代を取り立てます。
清太郎の未払いは三十両。
我らの取り分は二割の六両。等分して一人分は一両三朱五十文です」
(1 両=4 分=16 朱=4000 文。つまり1分は1000文、1朱は250文である)
奥の座敷で、石田は石田屋幸右衛門から受けとった花代取り立て証文と、与力の藤堂八郎がしたためた花代取り立て承諾証文を畳に置き、呉服問屋山科屋清兵衛から如何に花代を取り立てるか打ち合わせた。
「石田さん。貴殿が受けた仕事だ。我らは一両でいい。石田さんは二両を取れ。
女房孝行してやれ」と村上。
「女房がいても我らの仲は以前と同じです。
一人の取り分は一両三朱五十文。それでいいですね」
「石田さんがそう言うなら、そうしよう。然らば、どのようにして取り立てるのか」
「うむ、少々気になる事があって」
石田は小夜が話した事と、石田が呉服問屋山科屋清兵衛で確認した清太郎を説明した。
「清太郎は仲間二人と賭場を襲う気か」と村上。
「そんなに肝っ玉の小さい男が、賭場を襲えるのですか」と本木。
「何処の賭場がわからぬなら、如何ともし難いです」と川口。
「清太郎の仲間は誰ですか」と森田。
本当に清太郎が賭場を襲うのか、仲間は疑問視している。
「清太郎が捕縛されれば親も同罪。店が取り潰しになるぞ」
「清太郎が賭場を襲うなら、一刻も早く、親から花代を取り立てねばならぬっ」
「では、明日、取り立てましょう」
皆の意見に従って石田はそう答えたが、何かしっくりしない。悪事を働く清太郎をみすみす放ってはおけない石田である。
「花代を取り立てたら、清太郎の悪事を暴きたい。皆も協力して下さい」
小夜が惚れたのも無理はない。石田は人が良くてお節介だ。
「まあ、それも良かろう。だが、清太郎が何処の賭場を襲うか、当てはあるのか」
村上に疑問の目で見つめられ、石田は己の考えを話した。
「鼻息の荒い放蕩息子で、人を使って小悪さをするが独りでは何もできぬ、と幸右衛門殿が話しました。襲うなら、町方が手を出せぬ大名家の下屋敷だと思います」
「そうなると限られるぞ」
「水戸徳川家下屋敷か」
「うむ、然りっ」
仲間たちは納得した。
水戸徳川家下屋敷の賭場は名が知られている。武家や大名の屋敷内の揉め事に町方は手を出せぬのをいいことに、下屋敷の
昨年春。石田と仲間たちは、町方と特使探索方に協力し、隅田村の世話人の弥助を斬殺した下手人、新大坂町のお堀端にあった廻船問屋吉田屋の、吉次郎一味を捕縛した。
弥助斬殺事件を解決した折に知り合いになった、浅草熱田明神傍の日野道場の師範代補佐の
その一方で、日野唐十郎は、難事件を隠密裏に解決するため組織された、公儀勘定吟味役配下の特使探索方に属している。特使探索方は難事件を隠密裏に解決するために、今は亡き大老堀田正俊によって組織された、勘定吟味役荻原重秀直属の探索方である。指揮するのは日野道場主で日野唐十郎の伯父、剣の達人の日野徳三郎である。
日野唐十郎が 柳生宗在公儀剣術指南役の補佐を務めるのは、特使探索方の隠れ蓑である。
水戸徳川家家臣の後藤伊織も、日野唐十郎の剣術の教え子である。そして、小梅の水戸徳川家下屋敷までは、この番小屋がある隅田村から大川の東の堤の街道を南へ二十町ほどの道のり、徒歩で四半時たらずだ。
石田は、日野唐十郎殿に一筆書いてもらい、下屋敷に入れるように取り計らってもらおうと思った。ここ白鬚社の番小屋から百姓渡しで大川を対岸の橋場へ渡れば、日野唐十郎が詰める浅草熱田明神の隣の日野道場は吉原への道中だ。小半時たらずで行ける。
夕七ツ(午後四時 申ノ刻)になろうとしている。この刻限、日野唐十郎は神田横大工町の長屋に帰っている。会うなら明朝だ。
「水戸徳川家下屋敷の留守居役、後藤伊織殿は、日野唐十郎殿の剣術の教え子です。
明朝、日野殿に一筆書いてもらって、ここに戻ります。
その後、呉服問屋山科屋に参ろう。如何ですか」
「それが良きかと思う」と仲間たち。
「では、石田屋に戻ります」
「気をつけて参られよ」
「分かりました」
石田は番小屋を出た。大川の東の堤の街道を南へ下り、百姓渡しで大川を対岸の橋場へ渡って小半時余りで吉原に着いた。
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