二 始末の依頼
卯月(四月)三日。晴れの午後。
石田屋幸右衛門は隅田村の白鬚社の番小屋に石田光成を訪ね、玄関で応対した浪人に挨拶した。
「私は吉原で見世を営んでおります、石田屋の主の幸右衛門と申します。
お願いがあってまいりました。石田様はご在宅でしょうか。」
浪人は
「私が石田です。どのようなご用件でしょうか」
「私は、吉原で見世を営んでおります、石田屋の主の幸右衛門と申します。
こちらで仕事を引き受けてくださると伺いましたので、お願いにまいりました」
「それでしたら、どうぞお上がり下さい。仲間を紹介いたしましょう」
石田は幸右衛門を案内して広い土間に入り、掃除が行き届いた広い板の間に上がり、囲炉裏の周りに座っている村上、森田、川口、本木を幸右衛門に紹介した。
紹介が済むと、石田は幸右衛門を掃除が行き届いた奥の十畳間に案内した。
十畳間の床の間には多くの書物があり、書き物机が五脚ある。どうやらこの石田は学がある人物のようだ。幸右衛門がそう思っていると、
「お座り下さい」
石田は幸右衛門に座布団を勧めた。
「ありがとうございます」
幸右衛門は座布団に座り、石田は畳に正座した。その時、浪人の森田がお盆に茶菓を載せて現われた。一礼して正座し、幸右衛門の前に茶托に乗った茶碗と菓子器入った茶請けの菓子を置き、再び一礼して立ち上がって去った。
森田の節度ある応対に感服しながら、幸右衛門は、
「私の見世の始末をお願いにまいりました。お礼は始末する額の二割です」
と、吉原遊郭の石田屋における未払いの花代(遊興費)取り立てを説明した。
「私に始末屋を依頼したい、と仰せですね」
始末屋は、遊郭などで無銭遊興した客の代金(花代)取り立てを生業とする者の事である。
「そうです。此度の花代は二十両です。
取り立て先は、日本橋小網町の味噌と醤油の問屋、河内屋庄三郎です。
客は倅の庄平です」
幸右衛門は懐から花代取り立て証文を取り出して畳に置き、すっと石田の膝元へ滑らせた。石田は証文を手にとって読んで尋ねた。
「ひと月に如何ほどの割で、花代の未払いが起こるのですか」
「ひと月に二件ほどでしようか。額は二十両から三十両です」
「よろしければ、如何なる客が花代を払わぬか、教えて下さい。
事を荒立てずに花代を取り立てたいのです。
どのような手を打つか、参考にします」
この男は慎重だ。たいがいの始末屋は花代取り立ての証文を持って取り立て先へ怒鳴り込み、恐喝まがいの取り立てをする。それに比べこの石田は、取り立て先の客の性格を知ってそれなりの手立てを講じ、穏やかに花代を取り立てる気らしい。
幸右衛門は説明した。
「馴染みの
遊び慣れてきますと、気も大きくなって大盤振る舞いして花代がかさみ、花代が客の予定額を越えまする。すると、客は予定を越えた分を、付けにしてくれ、と言います。
これを一度すると、一度が二度になり、三度、四度になり、付けが増えて払えなくなり、客は見世に来なくなります。花代を払わずにいるのはそういう客なのです。
河内屋庄三郎の倅の庄平も、そうした客の一人です」
「相分かりました。引き受けましょう。
私の方で御上のお墨付きを頂きます。後々の揉め事を避けるためです。
この花代取り立て証文に、間違いは有りませぬな」
石田は手にしている証文を見つめている。
「ありません。未払い期間の利息などはしたためておりませぬ。
花代の実費のみにございます」
幸右衛門はますます石田に感服した。この男は後々揉めぬよう手立てを講じようとしている。並みの始末屋ではこうはゆかぬ。床の間にあるたくさんの書物といい、いったいこの石田は、如何なる人物であろうか。
石田は身の丈が六尺近くあるが、顔だけ見れば穏やかな少年の面影を残した好青年だ。
幸右衛門の調べでは、石田は、親からもらった名だと言って光成を改名せずにいたため、この徳川の世で名が災いし、主家から放り出されて浪人となった身だった。実家も石田の件で閉門させられたまま、石田は実家に帰れなくなったと調べがついていた。
「では、早々に御上のお墨付きを頂いて、花代を取り立てます。
吉原の石田屋さんへは二十両の八割、十六両を届けます。
我らの取り分は四両。始末をするのは先ほど紹介した我ら五人です。礼金は等分致します。御了解を御願いします」
石田はそう言って仲間四人を部屋に呼び、幸右衛門の依頼事を説明し、
「この依頼、引き受けました」
と四人を代表して幸右衛門に深々と御辞儀し、花代取り立て証文を懐に入れた。
「ありがとうございます。なにとぞよろしくお願いします」
幸右衛門は座布団から降りて正座し直し、石田たちに深々と御辞儀した。
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