箱
目の前に何かわからない、大きな乗り物のような、そんな装置がある。
ぐるーっと「それ」の周りを周ってみる。一見1人乗り用のロケットのような風体。
入り口は……わからない。中に何かがいるのかもわからない。でもまぁ、多分居ないだろう。こんなにも無防備に道のど真ん中に置いてるんだから。そういえばこんな帰宅の時間に人1人通らず、撤去されず、どうしてまた放置されているんだろう。
ふーむ。とおそらく正面である丸窓の前に立って映る自分と睨めっこをした。
警察に通報すべき?それとも役所?どこに連絡するか悩んでいると足先に何かコツンと当たる感触があった。黄ばみがかった白い、小さなカケラ。
「えっ?」
思わず声が出た。その声が合図になったかのようにカラン、カランと「それ」の下の小さな入り口から同じようなものが出てきた。違ったのは長さや太さ、それと、赤黒い物が混ざってること。
急に恐怖が襲ってきた。さっきまでの好奇心は顔色を変えて、真っ青になった。
くるっと踵を返して、来た道を戻ろうとした。だがもう遅かった。足は何かに掴まれ動かなくなっていた。恐る恐る足元に目をやると「それ」の小さな入り口から赤黒くて黄味がかった白い手が、血まみれの骨の手が左足首を掴んでる。掴んでいた。引き摺り始めていた。
「うわっ」
バランスを崩し、ずるっずるっ……と引き摺られる。
逃げようと腕で地を這うがそんなのは全くと言っていいほど、意味のない行為だった。
もう一度振り返る、そこにはさっきの小さな入り口の姿はなく、大きい口のようなものが開いていて、その中にずらっと鋭利な歯、歯、歯。足を引き摺るそれは言わば舌なのだろう、さっきの小さなカケラたちはきっときっときっと餌だったんだ、興味を持たせるための餌を撒いてたんだ。
ずるっ……ずるっ……速度は遅くじわりじわりと口が近づいてくる、いや、口に近づいていく。
恐怖から声は全く出なかった。悲鳴を上げることも、助けを呼ぶことも、情けない言葉を吐くこともできず、口へ口へと引き摺られて行く。
不意に顔を丸窓にやった。そこには丸窓などなく、人の顔ほどの大きな瞳がギョロッとこちらを見ていた。目が合った瞬間、ニタリ、と目が弧を描いたように見えた。
足首が口に到達したのが感覚で分かった。見たくないのに目が自然と足首に向かってしまう。見たくない見たくない見たくない。
大きな口は一口一口丁寧に足から咀嚼して僕を食べていった。その間も舌の手は僕のことを離すことはなく、一口喰むごとに上へ上へ上へと手を伸ばしてきた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイいたいいたい。
両の脚が無くなった頃、意識も一緒になくなった。
「絵アンウィ絵ウオ亜vwrなkぐけrゔぁ(エネルギーの充電が完了しました)」
「麻亜jるゔぁえrtなbwrゔぁべg(これから帰還準備に入ります)」
【これだから地球はやめられない。いるだけで勝手に興味を持ち、自ら餌になる距離にまで近づいてくるのだから】
コワい噺 松倉愛 @studio_mucco
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