別人

「ここか……」


人気のない路地から更に細い道に入った先にある小さな建物。その扉の前に男は立っていた。

男は少し前に犯罪に手を染めた指名手配犯だった。

扉を開け中に入ると、薄暗い店の奥から誰かがやって来た。


「いらっしゃい。ご依頼ですか?」


出迎えたのは妖しい雰囲気をもつ穏やかな紳士だった。

男は店主に一瞬怖気づいてしまったが、態度に出ないようこらえて尋ねた。


「あ、ああそうだ。ここで整形よりも手軽に顔を変えられるって話を聞いたんでな」


「ええ、ええ。お客様のおっしゃる通りでございます」


「よし、じゃあ早速俺の顔を変えてくれ」


「いいですとも。ではご説明いたしますね」


店主から別人になる説明を受ける。

曰く、特殊な方法で元の顔を剥がし、別人の顔を張り付けるのだという。痛みも全くなく施術のすぐに終わると店主は言った。

胡散臭いと疑う男の考えが顔に出ていたのか店主は男に告げる。


「信じていただけないのも分かります。しかしお客様も何か事情があってここにおいでになったのでは? もちろん細かいことをお聞きするつもりはありません。ですが嘘だと思われているならどうぞ、お引き取りいただいて構いません」


表情を変えずに淡々と告げる店主に男は焦った。今から病院で手術を受ける余裕も金も男にはない。

嘘くさくとも店主を信じてすがるしか男に手はなかった。


「すまなかった。施術を頼む」


その言葉を聞き、店主は男を施術用の椅子に座らせた。

まるで理髪店のようなシートを男にかけると店主は目を閉じるように言った。


「すぐ終わりますから。目は良いというまで開けないでくださいね」


言われるままに男は目を閉じる。するとすぐさま店主の声が聞こえた。


「本当に一瞬だったな。じゃあ目を開けるぞ」


目を開けた男は目の前に差し出されていた鏡を見て驚いた。


「本当に別人じゃないか。違和感も全くない!」


「そうでしょう。無事に終わりました。お客さんの元のお顔はこちらで処分いたしますがよろしいですかな?」


「ああ別に構わない。好きにしてくれていいぞ」


幾度か角度を変えて顔を見ていた男は満足いったのか席を立ち、店主にお礼を言った。


「助かったよ。代金はいくらだ?」


「そうですな、このくらいでどうでしょう?」


店主が提示した料金の額に男は驚いた。この素晴らしい施術に対する料金にしては安すぎると思った。


「お金はこれくらいで十分なのです。では御達者で」


金を受け取った店主は深々とお辞儀をして男を見送る。なんだかとても得した気分になった男は上機嫌で店を後にした。



ある日のこと。店主がスマートフォンでニュースを見ていた。

とある事件を起こし、長年行方が分からなかった犯人が逮捕された記事だ。

犯人として掲載されていた人物の顔は、あの日店を訪れた男に張り付けた顔と同じだった。

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