第8話
一仕事終えてフロッグに戻り、依頼完遂証明を国王に向けて書き留めで郵送した。
これで、数日後には依頼料が宿に届くはずで、酒場で受ける依頼よりも面倒で時間が掛かる。
これが嫌であまり受けたくないのだが、王令となっては致し方ない。
「はぁ、帰ってきたね。全く面倒な」
宿の部屋でベッドに座り、あたしはトマトジュースを飲んでいたイースに声をかけた。
「はい、そうですね。さすがに、リズが暴れても断れないですからね」
イースが笑った。
「なにをどう暴れるんだか…。また、次の命令がくる前に、どこか冒険にいっちゃおうか」
あたしは笑った。
「まあ、それもいいですが、数日休んでゆっくり考えましょう」
イースが笑みを浮かべた。
「そうだねぇ。落ち着いたら酒場に行こう。仕事を見つけるためじゃなく、単純にメシでも食おうかなって」
あたしは笑みを浮かべた。
「それは賛成です。特製ステーキが食べたいので」
イースが笑った。
「あたしもそれ。あとは、スモークタンとビール!」
あたしはベッドから立ち上がり、大きく伸びをしてからバスタオルを手に取った。
「シャワー浴びてくる。お先」
「はい、ゆっくりどうぞ」
イースが笑みを浮かべ、二本目のトマトジュースを飲み始めた。
「本当にトマトジュース好きだよね。あたしは苦手なんだけど…」
あたしはどうにもトマトの青臭ささが残る、ジュースは苦手だ。
普通のトマトなら問題ないので、これは好みのものだろう。
「まあ、いいや。シャワーする」
あたしは部屋の片隅にある、シャワールームに入った。
ちなみに、部屋でシャワーができる宿は珍しく、少し高い料金を払ってでもここを利用していたりする。
手早くシャワーを浴びたあたしは、バスタオルで体を拭いた。
頭は洗っていないが、まだ大丈夫だろう。
「イース、空いたよ」
あたしが声をかけると、バスタオルを持ってイースがシャワールームに入った。
「さて、これが終わったらメシか。昼にしては、ちょっと遅いけどね」
あたしは笑みを浮かべた。
一息つくと、あたしはイースと一緒に酒場に向かった。
少しボロい木製の扉を開けると、酒場の中は混雑していて、人が話す声で賑やかだった。
「相変わらず繁盛してるね。適当なテーブルを探して椅子に座った。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
すぐにウェイトレスが寄ってきた。
「はい、ステーキ二つとスモークタンとビール二つ。あとは、特大サラミサラダ一つ。とりあえず、よろしく」
あたしは笑った。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
ウェイトレスがにっこり笑みを浮かべ、厨房の方に走っていった。
「よしよし。これで足りなかったら、また考えよう」
あたしはテーブルの上に置いてあるメニューブックを片手に、パラパラとページを繰った。
「おっ、新しくデザートをはじめたみたいだよ。あとで注文しよう」
あたしは笑みを浮かべた。
「そうですね。お酒に合うか分かりませんが」
イースが笑った。
「ここは終日営業だから、昼のメニューでしょ。イチゴパフェとかあるし」
あたしは笑った。
この街にはいくつも酒場があるが、いつも開いているのは数件しかない。
そんな事情から、ここの昼はカフェに近い感じになる。
しばらく待っていると、注文した料理が運ばれてきた。
「さてと、乾杯しようか」
「はい、お疲れさまでした」
私はビールが注がれたジョッキを持ち、イースのジョッキに軽く当てた。
そのままビールを一口飲み、小さく息を吐いた。
「さて、食べましょう。冷めてしまいます」
イースが笑った。
ひとしきり食って満腹になったあたしたちは、ついでに依頼掲示板を確認した。
特にめぼしい仕事がなかったので、あたしたちは酒場を出て真っ直ぐ宿に戻った。
「イース、色々考えたんだけど、最近エルフの隠れ里に行ってないから、そこに行こうか。そろそろ族長が寂しくなっているでしょ」
あたしは笑った。
エルフとは人間目線でいうと亜人だが、耳が長く森を好む種族だ。
深い森の中で、その隠れ里を見つけるのは困難だ。
「そうですね。ちょうど、いい機会なので」
イースが二つ返事で了承した。
「よし、行こう。途中までバスを使えば、夜になる前に着くと思うよ」
あたしはさっそく旅の準備をはじめた。
「では、私も準備します」
イースも準備をはじめた。
本当に偶然だったのだが、仕事でフロッグから離れた深い森の中を調査していた時に、朽ちた小さな迷宮を見つけ、少し調べてみようと中に入ったところ、入り口付近で天井の崩落に巻き込まれた二名を救助したのだ。
魔法で瓦礫をどけてから二人とも引っ張りだすと、あちこち骨折して内臓もいくつかやられているという、かなりの重傷だった。
あまりにも大怪我だったためか、イースの回復魔法では効き目が薄く、せいぜい止血程度が限界だった。
これはダメだと、高価ではあるがあらゆる傷や病を癒やすエリクサーという、万能魔法薬をケチらず使った結果、二人は無事に立ち上がれる程度に回復し、お礼をしたいということで自分の隠れ里に案内してくれたのだ。
「こっちは準備できたよ。イースはどう?」
「はい、私も終わりました。行きましょうか」
イースが自分のトランクを軽く叩いた。
フロッグの中心エリアにある、大きなバスステーションに向かった。
近距離便は引っ切りなし発着しているが、長距離便はなかなかない。
それでも、王都方面は便数が多い方で、ローカル便はあまりない。
「さてと…。カラカル方面はあと二十分後だね」
ステーションの時刻表を確認した。
お目当てのカラカル方面は、大きめの町がいくつもあるので、一時間に一本出ている。
これに乗れば十二時間ほどで、終点のアラフという大きな商業都市に行く事ができるので、商人たちの便利な足だ。
「そうだね。暇だし弁当でも買ってこようか」
かくて、あたしたちはステーション内にある売店で弁当を買い、待合室に向かった。
待合室内はかなり人が多かったが、なんとか二人分の席を確保した。
「しっかし、相変わらず混んでるね。こんなに、どこにいくのやら…」
あたしは笑った。
「はい、特に王都行きは大人気ですからね。早く鉄道が敷かれればいいのですが」
イースが笑みを浮かべた。
そう、国内では今まさに鉄道工事が盛んに行われている。
王都を中心に東西南北に線路を張り巡らせ、物流の主軸とする方針らしいが、ついでに旅客輸送も担わせようという考えらしい。
「鉄道か。お隣のグリッグ王国では、もうメジャーな交通手段となっているって聞いているよ。なんでも、そのグリッグ王国の線路にも繋いで、国際便も運行するとか」
あたしは笑った。
「そうですね。開通するのはいつになるやら」
イースが笑み浮かべた。
「まあ、今はバスだ。弁当は車内で食べよう」
あたしは笑った。
待つ事一時間少々で、カラカル行きのバスが到着した。
ここからおよそ二時間くらいでアラファトというバス停があり、そこでバスを降りて大森林といってもおかしくない、鬱蒼と草木が生え昼でも薄暗い中を、およそ一時間ほど歩く事になる。
イースと一緒にバスに乗り、そこそこ乗客がいる中で、空いているシートに並んで腰を下ろした。
「イース、アレ忘れていないよね?」
あたしは念のため、隣のイースに問いかけた。
「はい、もちろんです。リズは?」
イースが聞き返してきた。
「大丈夫だよ。ほれ」
あたしは空間ポケットを開き、中に入れてある貴重品ボックスから、文字が彫り込んである、木製の小さな札のような物を取り出した。
これは、エルフの隠れ里に向かう際に必要なパスのようなものだ。
エルフの里は無数にあり、それぞれ木札の形や刻まれている文字が違うらしいが、これでは他の里には入れないと聞いている。
まあ、他の里は知らないし、興味がないといえば嘘になるが、例え同胞でもあまり他の里に入れたくないとの事で、まかり間違って人間など入ろうものなら、痛い目に遭うことは確実だ。
「大丈夫ですね。あとは、お弁当でも食べて時間を潰しましょう」
バスの発車時刻は三十分後だ。
ちょうど昼近い時刻だし、メシを食うというイースの提案に異論はない。
あたしたちは昼を済ませ、空になった弁当容器などのゴミを、バス停にあるゴミ箱に捨てて出発準備を整えた。
イースと雑談していると時間が過ぎ、乗降口の扉が閉じてゆっくりバスが動きはじめた。
フロッグの周辺は盗賊危険エリアだが、まだ明るいうちは滅多に動かない。
一応、それなりに警戒をしているが、トラブルが起きる可能性は低い。
あとは魔物だが、これも基本は夜間になってから活発に動くので、全く可能性がないといとはいわないが、遭遇する事はまずないだろう。
「イース、特になにもしていないよね?」
一応、魔法で周囲の様子を監視しながら、あたしはイースに問いかけた。
「はい、問題ありません」
イースが笑顔で返してきた。
「そっか、ありがと。全く、せっかくバス移動なのに、ゆっくり出来ないのが冒険者だよね」
あたしは笑った。
フロッグでバスに揺られて二時間ほど。
ほぼ定刻通りにアラファトのバス停に到着すると、あたしたちはそこでバスから降りた。
周囲にはなにもなく、あるのは木々が密集した森林地帯だけ。
バスを降りた時に、運転手が一瞬不思議そうにみたのも頷ける。
「よしよし、行こう。まずは…」
あたしとイースは先の木札を手に取り、軽く魔力を通した。
すると、木札の文字が光り、木々が左右にスライドして道が現れた。
あたしたちが道に進むと、歩く速さに合わせて背後で再び木々がスライドして道が閉じていった。
「いつもの事だけど、この大袈裟な仕掛けには笑うしかないね。エルフ魔法らしいけど、森林では最強といわれるわけだ」
あたしは笑った。
エルフ魔法とはエルフが使う、強力な魔法だ。
魔法使いなら取得したいと思う人もいるだろうが、覚えたところで森林でなければ使えない上に、読み解く事が難しい古代エルフ語で魔導書に書かれている。
そんなわけで、これを研究している人は別として、使い勝手が悪く面倒なエルフ魔法を取得するくらいなら、通常の音声発動式魔法を覚えていくのが真っ当だろう。
「そうですね。誰も見ていないとは思いますが、なにが妙に恥ずかしいです」
イースが笑みを浮かべた。
「そうだねぇ。まあ、面白くて好きだけど」
あたしは笑った。
当然といえば当然だが、道はあっても未舗装で整備もされていない。
土や木の根に足を取られないように気を付けながら歩き、ちょっとした森林浴を楽しみながら、あたしたちはゆっくり進んだ。
「この調子なら、夕方には着くね」
あたしは一歩離れて歩くイースに声をかけた。
「はい、順調に進めば夕方前に到着できると思います」
イースが小さく笑った。
「そうだね。こんなところで、夜営は勘弁だからね」
この道には、簡単な結界が張られていて、弱い魔物なら弾いてしまう。
しかし、ある程度以上の強力な魔物には効かず、魔物が凶暴になる夜になると結界を切ってしまうらしい。
これは、夜間の魔物は防げないので、結界を張る機械に過大負荷がかかって、ぶっ壊れてしまうのを防ぐと共に、魔力を探知して襲いかかってくる魔物を誘因しないためらしい。
「今は十五時か…。少しペースを上げよう」
あたしの言葉に、イースが頷いた。
「そうですね。私も速く着きたいので」
イースが笑みを浮かべた。
エルフの里に到着したのは、もう少しで夕焼け空という時間だった。
「人間がよくここに辿りついたな。通行証はあるか?」
害獣対策だと思うが、里は高い木製の壁で囲まれ、その門を守っているエルフの戦士が問いかけてきた。
あたしとイースが木札を差し出すと、門番はじっくりそれを確認し、あたしとイースに返してきた。
「確かに、族長が発行した通行証だ。通っていいぞ」
門番が右手を挙げると鎖が軋む音が聞こえ、ゆっくりと門扉が開いていった。
「お疲れさま。イース、行こう」
門を潜って里の中に入ると、そこにはどこか懐かしい、いかにも田舎という感じの光景が広がっていた。
何度きても思うが、普段はほこりが舞う都会にいるので、こういう場所は心底落ち着いてリラックスできる。
「おっ、道の警備から報告があったように、確かにお前たちだったか。なにか、火急の用事なら、我々のできる範囲で応えるが…」
どこからきたのか。ここの族長が声をかけてきた。
「ただの保養だよ。ついでに、みんなの顔がみたくてね」
あたしは笑った。
「そうか、ならばいい。いつも通り、私の家に泊まるといい。一息ついたら、頼みたい事がある。話を聞いてくれるだけでも構わない。あとでくるから待っていてくれ」
それだけ言い残し、族長は村の奥へと向かっていった。
「よく分からないけど、厄介ごとなのは確かだね。イース、覚悟はしておこう」
あたしは苦笑して、イースと一緒に族長の家に向かった。
扉に鍵などなく、勝手知ったる長老宅の客間に入ると、あたしはフローリングの真ん中にある、ここだけ絨毯が敷かれているテーブル周りに腰をおろした。
「なんかヤバそうだし、今のうちにちゃんと休憩しておこう。イースもだよ」
「分かっていますよ。どうにも、きな臭い予感がします」
イースが頷き、自分の武器を点検したじめた。
「よし、あたしもやっておこうか」
あたしは念入りに武器の点検整備をはじめた。
いざとなれば魔法があるが、あたしにとってこれは切り札だ。
「さて、どんな無茶が待っているのやら。エルフに貸しを作るのは、なかなか魅力的だけどね」
あたしは笑みを浮かべたのだった。
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