第9話 こういうのは好きじゃない

 長老宅の客間で待っていると、この家の主が帰ってきた。

 時刻はすでに夜で、こころなしか長老の顔には疲労が浮かんでいた。

「待たせたな。村の者と会議をしていたのだ。お前たちには、正式に依頼をしたい。

 最近、隣のキムホ族が嫌がらせをしてきてな、子供のケンカではないと、こちらは静観を決めていた。

 しかし、ついに死者が出た。クロスボウで頭を射抜かれたのだ。

 キムホ族の里にスパイを送り情報を集めた結果、どうやら誤射だったようだ。

 この一件が原因かは分からないが、嫌がらせもしなくなった。

 だがしかし、このような場合、報復するのが必定。この里も男どもを集めて準備をしているが、元々目立って争いがない平和な里なので、絶対的に戦いの練度が低く、このまま突撃すれば全滅の恐れもある。助けて欲しい」

 長老は頭を下げた。

 エルフは気位が高く、多種族に頭を下げるような事はしない。

 それは、もう親友という間柄でも、長老が頭を下げた事など一度もなかった。

「そこまでされたら、嫌とはいえないよ。頭を上げて」

 私は笑みを浮かべた。

 長老が頭をあげ、小さくため息を吐いた。

「ありがとう。こういう事はやらないというお前たちの信条を曲げて、今回だけは頼む。キムホ族の長を殺して欲しい。どうしても、時間がないのだ。今頃、あの里を捨てて逃げる準備をしているはずだ。逃げてしまってからでは、手の打ちようがない」

 長老はもう一度頭を下げた。

「予想よりヘビーな話しだったよ。普通なら蹴る依頼だけど、イースと相談してみる」

 あたしは小さく息を吐いた。

「あの、それならリズの攻撃魔法でぶっ飛ばすとか、色々手があるような…」

 イースがポツリと漏らした。

「それは却下だね。確実に長を殺せるとは限らないし、派手すぎてエルフがやったと思われない。やったのがあたしたちって分かったら、今度はこっちが全エルフを敵に回すことになる。知ってるでしょ、エルフに攻撃したらどこまで行っても敵になるって」

 あたしは苦笑した。

 エルフの同胞はみんな家族。うっかりぶん殴ったら、家族の敵になってしまう。

 但し、エルフ同士のいさかいには干渉しない。これが、エルフ特有のルールだ。

「はい、知っていますが…。もし、私たちが長を暗殺…あっ」

 イースはなにか気がついた。

「そう、暗殺なら証拠を残さなければいい。ついでに、火を放って里を燃やしてしまえば、わざわざ長の死体なんて、検分する人はいないでしょ。長老は里に火を放つ準備だけしておいて。今まで受けた事がない依頼だから、高く付くよ!」

 あたしは笑みを浮かべた。

「もちろんだ。私たちが作ったポーション千本とエリクサー百本でどうだろうか。我々には殆ど現金がないからな」

「うげっ、捨て値で捌いても金貨数十万枚以上の値打ちだよ。売らないけど、それだけもらえるなら、今からでもいいよ」

 あたしが笑みを浮かべると、イースがゲンコツを落としてきた。

「バカたれ、情報を集めないでどうするんですか。この里からまた数人スパイを送り込んで頂けますか。長の日々の動きなど。今は焦っているでしょうから、チャンスです」

 イースが小さく息を吐いた。

「分かった、さっそく手配しよう。ちなみに、先に長が逃げてしまう事はあり得ない。そんな事をしたら、自分の里から追っ手が掛かり、森から出る前に殺されてしまうだろうからな」

 長老が自信ありげに答えた。

「分かりました。お願いします。今回は時間との勝負ですね」

 イースが笑みを浮かべた。


 数日後の夜、長老が送ったスパイたちが得た情報を元に、あたしとイースはプランを練り上げた。

 里を歩くのは危険なので、殺害方法は狙撃と決まった。

 ちょうどよく、長の寝所へ続く吹きさらしの廊下があり、そこが狙撃ポイントだった。

 そんなわけで、あたしたちは壁の外から狙撃ポイントが見える木の枝に陣取っていた。

『アルファよりベクター、準備完了』

 長老の趣味で買ったらしい無線機があって助かった。

 あたしもイースも自前のものがあるが、予備はなかった。

 そんなわけで、壁の外で身を隠して待機している長老の声が無線越しに聞こえた。

「ベクターよりアルファ。指示があるまで待機。期を待て」

 あたしはスポッターのイースと共に、太い枝の上で腹ばいになって銃のスコープを覗いていた。

 使用する銃はVSSという、射程四百メートルの超静音ライフルだ。

 特殊な弾薬を使い貫徹力が高い事が特徴ではあったが、整備はしているが使う機会は少なかった。

「…」

 廊下をターゲットが歩いてきた。

 距離三百五十メートル。もう少し引きつけよう。

 二百メートル…。

 まるで機械のように、トリガーに掛けたあたしの右人差し指が動き、カタッという玩具の銃が動くような微かな発砲音が聞こえ、ターゲットの頭がぐちゃぐちゃに飛び散った。

「…クロスボウで頭を射抜かれた子供の気持ちを味わえ」

 私は銃を手早くキャリケースに収め、その間にイースが無線で長老と連絡を取り、火矢の雨で里を火の海にして、門から飛び出てきた者にも弓で容赦ない攻撃をした。

「イース、これがブチ切れたエルフの報復なんだね。間違っても、敵にしたら生きていけないよ」

 あたしは額の冷や汗を拭いた。

「リズもです。あんなシュート、私には出来ません」

 イースが笑みを浮かべた。


 里同士の報復を終え、まだ事後処理をしている長老たちを残し、あたしたちは先に里に戻った。

 ここから先はエルフ同士の問題だ。あたしたちにできる事はない。

「はぁ、ヘビーだった。こういうのは出来るけど、やるやらないは別だからね」

 普段から倒すべき盗賊どもを蹴散らしているが、あれとて少しくらいは心に刺さる。

 今回はエルフ同士の抗争に肩入れしての狙撃だ。

 自分たちとは関係がないといえば関係ない戦いなので、ちょっとだけ心が痛んだ。

「はい、お疲れさまでした。よしよししてあげましょうか?」

 イースが笑みを浮かべた。

「いらん!」

 あたしは床にドベッと寝転がった。

 せっかくエルフの里にきてからこれだ。

 疲れても無理はない。

「こうなったら、美味いメシを食いたい。肉がいい!」

 あんな光景を見ていても、肉は別腹だ。

 草食と思われがちなエルフだが、ちゃんと猟をして動物を捕ってくる。

 そこは人間と同じ、雑食だった。

「そうですね。イノシシの鍋が食べたいです」

 イースが笑った。

「猪鍋か。悪くないね」

 あたしは笑みを浮かべた。


 二時間ほど経ち、長老たちが帰ってきた。

 こういう時は、死者に対して魂が無事に天界に帰れるように、派手な宴会をやるらしい。

 自分たちの手を汚しておいてなんだが、亡くなったらそういうしがらみがなくなるというのが、エルフ族が信仰する唯一神であるアーリカ・ムーンの教えとな。

 というわけで、里の中央広場で宴会が催された。

 ちなみに、私が長を狙撃した事は長老以外は誰も知らない。

「はぁ、食った食った」

 一人で一つの猪鍋を食い尽くしたあたしは、満足して笑った。

「食った食ったではありません。食べ過ぎです」

 イースがあたしの頭にゲンコツを落とした。

「そうかな。もう一鍋くらいはいけるけどなぁ」

 あたしは笑った。

「いい加減にしなさい。お酒を持ってきます」

 イースが笑みを浮かべ、酒を配っているコーナに向かっていった。

「はぁ、やっと平和だねぇ。エルフの里は、こうじゃないとね」

 あたしは笑った。


 宴もたけなわといった頃、長老がスッと立ち上がった。

「あれ、どうしたの?」

「外の警備から連絡があった。なにものかは不明だが、見た目は冒険者で六人パーティらしい。道に迷っている様子で、いつの間にかここにきたのだろうという事だ。誰であれ、この里の存在を明かす事はできん。何人かやって、街道に戻してやろう」

 長老の指示で、酒が飲めない人たちが数名、里の外れにある厩舎に向かい、門番が開けた門扉から外に出て行った。

「たまにいるのだ。ここが通称迷いの森といわれているのに、わざわざ立ち入るものたちが」

 長老が苦笑した。

「私も冒険者だから、その気持ちは分かっちゃうんだよね。行くなとか入るななんていわれると、どうしてもこの目で見たくなるんだよ」

 あたしは笑った。

「その結果がこれです。服を着ていると見えませんが、私もリズもあちこち傷跡だらけです。水着は諦めないといけません」

 イースが笑った。

「そうか。まあ、そのお陰で私と従者が救われたのだがな」

 長老が笑った。

 そう、前に話した迷宮崩落事故に巻き込まれた二人が、なにを隠そう長老とそのアシスタントだったのだ。

 それ以来、あたしとイースはよくしてもらい、この里へのフリー切符を手に入れたわけだ。

 だから、定期的にここを訪れないと、なにかあったのではないかと、護衛を連れてフロッグまで押しかけるようになってしまった。

「まあ、あれは偶然だよ。たまたま通りかかっただけだし」

 あたしは笑みを浮かべた。

「偶然でも起きれば必然だ。話したかもしれないが、あそこは神を祭る祠なのだ。しかし、いかんせん古くなってな。内部の様子を探っていたら、天井が崩落してな。もう、新しく立て直してある」

 長老が笑った。

「なんであんな場所にって思っていたけど、そういう事情か。間に合ってよかったよ」

 あたしは笑った。

「全てはアーリカ・ムーン様の慈悲か。ところで、どのくらい滞在予定だ?」

 長老が問いかけてきた。

「うん、最初は顔見せだけのつもりだったけど、どうしようかな。まだ決めてない」

 あたしは笑った。

「では、最低でも一週間だな。この程度なら、問題なかろう」

 長老が笑った。

「分かった、一週間ここにいるよ。メシはご馳走にしてね!」

 あたしは笑った。

「はい、問題ないです。急ぎの仕事は受けていませんし」

 イースが笑みを浮かべた。


 宴も終わって里のみなさんが片付けをはじめると、あたしとイースはゴミ掃除をはじめた。

 せめてこのくらいはと思っていると、長老の声が聞こえた。

「そっちは任せておけ。仕事がなくなってしまうからな。私の家にこい」

 長老の声に引っ張られるように、あたしたちは長老の家に向かった。

 長老宅に到着すると、中から二人のエルフが出てきた。

「整いました。私たちはこれで」

 二人はペコリと頭を下げ、玄関から外に出ようしていた二人のうち、一人の腕を掴んで引き寄せた。

「私を誰だと思っている。この里に住んでいる者の顔くらい、全員分覚えていて当然だ」

 長老が怒鳴ると、ポカンとしたその子はやがて凶悪な笑みを浮かべた。

「やはり、バレていたか。なぜ、泳がせた?」

「決まっている。今や滅びたキムホ族のスパイだからな。わざと嘘情報を流すのに、なかなか苦労させてもらったぞ。今はもう帰る場所も主もいない。かといって、放り出すのは危険だ。牢に入れておけ」

 いつの間にか衛兵が現れ、その子の肩を掴んだ。

「えっ、ちょっと待った。滅びた? 主がいない? どういう事!?」

 恐らく、なにかの用事でこの里を離れ、あたしたちが戦っている最中に、ここに戻ってきたのだろう。

 細かい事情は知らず、ここに戻ってきた武装している集団をみて、彼女がどう思ったかは知らないが、命じられた仕事をこなす姿勢は見事だ。

 衛兵に引きずられていくようにその人は夜闇に消えていき、声も聞こえなくなった。

「なかなかしぶといな。まだ、出てきそうだ。私は全員を総動員して、スパイ狩りをしてくる。お前は帰っていいぞ」

 まだポカンとしているもう一人の女の子が、長老にポンと肩を叩かれると、慌てた様子で外に駆けだしていった。

「やれやれ…。スパイは今日中に狩りつくしたい。先に休んでいるといい」

 長老は苦笑して、再び外に出ていった。

「なんかもう、慌ただしいな。暴れるのは好きなんだけど、こういう作業は苦手なんだよね。どうしよう、イース…」

 あたしは指を咥えて、イースを見た。

「なんですか、それ。出たらダメです。邪魔になるだけなので、お酒でも飲みましょう。ちゃんと、おつまみも持っています。客間に行きましょう。

「はいはい、珍しいパターンにしただけ。行っても邪魔になるだけなのは分かっているよ」

 あたしは玄関から廊下に入り、綺麗に掃除された客間のソファに腰を下ろした。

「さて、なにがいいですか。全て、適温に冷やしてありますよ」

 イースが笑った。

「それじゃ、ビール!」

 あたしは笑った。

「はい、分かりました」

 イースが空間ポケットから、キンキンに冷えた缶ビールを取り出した。

「ホント、よくそこまで改造するよね。マメな事」

 あたしは缶のプルトップを開けた。

「はい、お酒大好きなので、このくらいは当たり前です。はい、おつまみ。スルメからいきましょうか」

 イースが葡萄酒のビンを取り出しながら、ニコニコ笑顔でコルクを抜いた。

「まさか、スルメでそれを飲まないよね?」

 その味を想像しただけで怖い。

「まさか、今出しますよ。スモークチーズに生ハム、あとは…。あっ、もちろんリズもどうぞ」

 イースが笑った。

 こうして、酒盛りの夜は過ぎていくのだった。

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