第7話 そろそろ冒険がしたい

 山間の村アルデからフロッグに戻ったあたしたちは、いつものように常宿にしているアラマンダの部屋で、イースと雑談をしていた。

「ねぇ、イース。次はどこに行こうか」

 ベッドに座ってAK-74の分解整備をしながら、あたしは窓際のテーブルで紅茶を飲んでいたイースに声をかけた。

「そうですね。たまには仕事抜きで、冒険でもしましょうか。場所はゆっくり考えましょう」

 イースが笑った。

「そうだね。最近はちょっと忙しかったから、冒険でもして休憩しよう。久々にアラファドの海底遺跡とか、カランザの大森林を探索したりとか…。まあ、ゆっくり考えよう」

 あたしは笑みを浮かべた。

「はい、いいですね。まあ、今はフロッグでのんびりしましょう。こういうのも、必要な時間です」

 イースが笑みを浮かべた。

「そうだね。よし、これが終わったら街に出よう。弾薬とかアイテムなんかの補充もしたいし」

 あたしは笑った。


 銃の整備を済ませ、あたしは拳銃だけ持って部屋を出た。

 イースはナイフを腰に帯び、ニコニコしながらあたしのあとをついてきた。

 無論、他の銃器も空間ポケットに入れてあるが、街中では邪魔なのでこれでいい。

「まずは、弾薬の補給だね。手榴弾なんかも欲しい」

 人混みをかき分けるようにして進み、相変わらず活気のある街。

 物流の中心だけあって、大形トラックが引っ切りなしに走り、埃っぽい空気と排気ガスの臭いでお世辞にもいい環境ではないが、そのぶん店が多いので便利だ。

「いつものオヤジの店に行くか。さてと…」

 あたしたちは、街の目抜き通りを横切り、大形店舗が並ぶエリアに入った。

 小ぎれいな新店舗もあるが、ほとんどが年季が入った建物。

 その中でお目当ての、懇意にしているオヤジの店に入った。

「おう、来たか。また、なんかぶっ壊すのか?」

 店主のドワーフのオヤジが声をかけてきた。

 それなりに広い店内は雑多に銃などが置かれ、初見さんには辛い環境かもしれないが、オヤジに相談すれば、適当な得物を見繕ってくれる。

 下手に店員が付き纏ってくる店より、こっちの方があたしは好みだった。

「そう、なんかぶっ壊す得物。いつものセット二つに手榴弾百個。あとは、なにかオススメある?」

 あたしは笑った。

「そうだな。新製品ってわけでもねぇが、新品のグレネードランチャーが入ってるぜ。AGS-40っていうんだが、威力は保証するぜ」

 オヤジが笑った。

「あのね、戦争やるわけじゃないんだから、自動擲弾発射器なんてクソ重くてかさばるのはいらないよ!」

 あたしは苦笑した。

 擲弾とは手榴弾のようなものだ。

 それを自動的にバカスカ発射出来る兵器がこれ。

 確かに強力ではあるが、陣地に三脚で固定して使う重機関銃のような扱いなので、陣地など構えず、常に移動が基本の冒険にはあまり出番はないだろう。

「だろうな。まあ、念のため一つ持ってけ。サービスだ」

 オヤジが店の奥に消え、バカでかい木箱を台車に載せて戻ってきた。

「あのね、一つ買えばもれなくプレゼントってノリかい。兵器でやるな」

 あたしは笑い、まあくれるならもらっておこうと、空間ポケットに木箱をねじ込んだ。

「なに、顧客サービスだな。さて、いつものセットだな。待ってろ」

 こうして目当てのものを補充し、あたしたちは店を出た。

 あたしの用事は終わったが、今度はイースの番だ。

 彼女のメインウェポンはナイフなどの刀剣類なので、その贔屓の店に行く。

 オヤジの店からほど遠くなく小ぎれいな店に入ると、イースがさっそく品物を物色しはじめた。

 あたしはあまり刀剣類には興味がなく、買えばせいぜい最後のバックアップ用に使うナイフくらいだが、イースは楽しそうにショッピングをしていた。

「へぇ、これいいですね。ちょうど、ショートソードが限界だったので、そろそろ交換だと思っていたので買いましょう」

 イースが笑った。

「それアダマンタイト製だよ。高くない?」

 あたしは笑みを浮かべた。

 アダマンタイトはオリハルコンという希少な金属と同等で、優れた材料の一つだ。

 元々産出量が少なく加工も難しいので、どうしても高価になってしまうが、ここをケチってはいけない。

 なにしろ、冒険者にとって武器は半身のようなものだ。命を預けるに足りる相棒でなければならない。

「そんな事はありません。大事な事です。さて、買いましょう。あとは、問題ありません」

 イースがショートソードを買い、大事な装備の補充は終わった。

 その後、特にやる事もないのでイースと街を歩き、適当な店でスイーツを食べたり、屋台で買い食いをしたりしながら、ブラブラと散歩して宿に戻った。


 宿に戻って部屋の前に、扉の隙間に封筒が差し込まれていた。

「あれ、なんだろう。とりあえず、入るか」

 扉を開けて室内に入り、テーブルの椅子に座って封を開け、中の紙を取り出してみると、それは王国専用用紙だった。

「おっと、国王様から直々の命令書だ。こういうの嫌なんだよね。まあ、よほどの事がないと断れないし、これは強制受諾だね」

 あたしは苦笑して、文面を読んだ。

「なになに、北部の基地に軍事物資を運ぶからその護衛。またかい、軍が自分でやれ」

 あたしは笑った。

「またですか。よほど、人手不足なんですね。困ったものです」

 イースが苦笑した。

「はあ、休日は終わりだね。今日の深夜に車群がフロッグに着くみたいだから、今のうちに準備しておこうか。報酬は相場どおりだし、国が相手だから後からイチャモンつけて安く叩こうとするバカじゃない。その点だけはメリットか」

 あたしは小さく息を吐いた。

「そうですね。血の契約違反ペナルティを課さなくて済むので安心です。嫌な気持ちにならないので」

 イースが笑った。

 冒険者を雇う仕事の基本。こちらに非がない不当な値下げ要求には、反対にこちらから違約金を請求出来る。

 まあ、安く叩こうとするバカだ。違約金など払うはずがないので、概ね戦闘になる。

 駆け出しのルーキー冒険者ならともかく、それなりに経験を積んでいる冒険者相手にケンカを売ったら、返り討ちに遭うのは必定だ。あの世で後悔してもらう事になる。

「まあ、あれは不条理だからね。あたしだって嫌だけど、許すわけにはいかないからね。さてと、準備準備!」

 あたしは椅子から立ち上がり、荷物をまとめるべく、部屋の片隅に置いてある背嚢を取り準備にかかった。


 仕事の基本は時間厳守。

 指定された時刻の十五分前に、合流場所の広場で待機していると、轟音を立ててオリーブトラブに塗られた、いかにも軍用らしい大形トラックが五台やってきて止まった。

 あたしたちの近くに止まった先頭車のドアが開いて、中から軍の戦闘服を着たオッチャンが降りてきて、あたしたちの前に来て軽く敬礼した。

「自分はアレン王国陸軍兵站課のフレデリック大尉です。今回の指揮を担当しています。よろしくお願いします」

 ビシッと決めたフレデリック大尉が小さく笑みを浮かべた。

「これはご丁寧にありがとう。あたしはリズでこっちが相棒のイース。よろしく」

 あたしは笑みを浮かべた。

「さて、さっそくだけど、積み荷はなに。機密なら答えなくていいけど、いざ戦闘になった時に、注意しないといけない点を把握しておかないといけないから」

 あたしが問いかけると、大尉は頷いた。

「機密ではありません。食料と衣類あとは爆薬などです。危険な爆薬はまとめて三号車に搭載しています」

「分かった。それじゃ指示を」

 あたしが問いかけると、大尉は小さく頷いた。

「車列の前方と後方に、それぞれ一台づつ護衛として軽装甲四輪駆動車を伴っていますので、そこに乗車していただきます。これは、連絡用の無線です」

 大尉がゴツいいかにも頑丈そうな無線機をあたしとイースに手渡した。

「よし、これでいいね。イースは後ろであたしは前。いいでしょ?」

 あたしが聞くと、イースは頷いた。

「分かりました。そうしましょう」

 イースは素直に答え、笑みを浮かべた。

「では、ここで三十分ほど小休止しますので、準備をお願いします」

 大尉がまた小さく敬礼した。


 態勢を整えた隊列は、フロッグから北へ向かう北方街道を進みはじめた。

 あたしが乗る最前列の軽装甲四輪車は、屋根や壁があるゴツい以外は普通に狭い車だったが、屋根には銃座が設けられ、そこに一人車内から搭載している自動発射擲弾に付いている隊員がいる、合計三名の乗車だった。

 今のところはなにもないが、盗賊たちが活発に動く時間帯なので油断は出来ない。

 こんなお堅い仕事中なので、相手から話しをしない限りあたしはなにもいわなかったが、まあ、快適といえば快適な旅だった。

「イース、そっちは平気?」

 あたしは定期的に殿のイースに無線で声をかけていた。

『はい、異常はありません。クリアです』

 期待通りの答えに満足し、あたしは再び周囲を見まわした。

 そのまま進んでいくと、気配を感じてあたしはハンドシグナルで運転手に停止を指示した。

 車群を止めると、あたしは車外に出てさらに前方、先が見えないカーブに向かって走っていった。

「ふう、カーブの先はクリア…じゃない!?」

 暗闇で一瞬見えなかったが、そこにはなんと五両の戦車がいた。

「イース、および各位。戦闘態勢。敵は戦車五両!」

 無線機に向かって叩き付けつけるように叫び、同軸機銃から発射された弾丸を避けながらあたしは素早く、道路脇の茂みに飛びこんだ」

「ふう、T34-85か。どっから持ってきたんだか」

 もう博物館級の旧式戦車を見て呟き、あたしは空間ポケットからRPG-7を取り出した。

 旧式とはいえ、戦車は戦車。アサルトライフルで戦える相手ではない。

『リズ、大丈夫ですか?』

 無線からイースの声が聞こえた。

「大丈夫。そっちは車群の面倒をみて。あたしがアタッカーをやる」

『分かりました。気を付けて下さい』

 イースの声が消え、あたしは対戦車弾頭をセットしたRPG-7を構えた。

「まずは…コイツ」

 戦車の先頭にいた一両に向けて、あたしはトリガーを引いた。

 派手にロケットエンジンの赤い光を曳きながら一直線に飛んでいった弾頭は、狙った通りに砲塔側面に命中し、爆音を轟かせた。

 それでその戦車の動きは止まり、残り四両が一斉にこちらに向かって砲撃を開始した。

「おっと、虎の子をぶっ壊されて、ブチ切れちゃったかな」

 あたしは笑い違う茂みに飛びこむと、再び対戦車ロケット弾で次の目標を撃破した。

 見た目は最強そうな戦車だが、実は対人戦闘には恐ろしく弱い。

 通常は一両に付き護衛の歩兵を連れていくのが定石なのだが、この襲撃者は知らなかったようだ。

 結局、五両の戦車はあたし一人であっけなく殲滅され、あたしはRPG-7を空間ポケットに放り込み、AK-74に武器を変えると、戦車から出てきた生き残りの始末を始めた。

「盗賊は皆殺しだからね。呆然実質で少しだけ心は痛むけど」

 程なく全員を倒し、念のため擱座した戦車の砲塔ハッチを開いて中に手榴弾を放り込んでとどめを刺してから、あたしは再び車列に戻った。

「はい、片付いたよ。進もう」

 あたしは元の軽装甲四輪駆動車に戻り、運転手に進めのハンドシグナルを送った。


 深夜の北方街道は通る車や馬車もなく、あの戦車以降は順調に進んでいた。

 時折出会う動きが遅い馬車を減速しながら追い越し、深夜によくいるぶっ飛んだ改造が施された走り屋の車に追い越され、マイペースで進む車列は朝には目的地に着くだろう。

「さてと、どこかで休憩しないとね。とはいえ、この先に休憩施設ってなかなかないんだよね。この先にあるコンビニ…じゃ迷惑だからなぁ。爆発物積んでるし」

 ちなみに、そのコンビニは盗賊が経営しているが、値段が高いこそ真面目に働いているので、あたしはここだけは認めていたりする。

 それはともかく、こういう時は自然と護衛はガイドも兼ねる。

 北方街道はフロッグを抜けると、めぼしい街や村はない。

「あっ、道の駅があったな。えっと、この速度だと二時間か。それでも目立つけど、休憩なしは危ない」

 あたしは無線機を取り、指揮官の大尉に声をかけた。

『はい、どうしましたか?』

「この先に道の駅があるから、そこで休憩を提案するよ。どう?」

 あたしが問いかけると、大尉からすぐに返事がきた。

『自分はこの辺りにくるのは初めてです。命令では、貴殿の指示に従うようにとの事なので、お任せします』

「分かった。あと二時間くらいで着くよ」

 普通、軍なら詳細な行動計画のようなものがあるはずなのだが、どうも緩いというか命令をした上官は、この辺りの情報をあまり持っていないようだ。

 ならば、今はあたしとイースが指揮官のようなものである。

「やれやれ、丸投げか。別料金かな。これ」

 あたしは苦笑した。


 読み通り大体二時間くらいで道の駅に到着すると、あたしは車列を駐車場に導いた。

 深夜ということもあって、薄暗い照明に照らされた駐車場には殆ど車はなく、どこにでも好き勝手に駐められるが、さすがに行儀良く大型車駐車スペースにそれぞれトラックを駐め、休憩に入った。

「大尉、この先は本当に休憩場所がないから、トイレとか仮眠を済ませておいて。基地までまだ距離があるから」

 あたしは大尉に無線で呼びかけた。

『分かりました。ここで大休止です。隊員には自分から伝えます』

 大尉の声を聞いてから、あたしは車から降りた。

「ふぅ、やっぱり夜は冷えるなぁ。寒い」

 あたしは笑った。

「どうしましたか。楽しそうに」

 どうやらイースも車から降りてきたようで、あたしの隣で笑った。

「楽しくはないけど、緊張を解さないと疲れちゃうからね。はぁ…」

 あたしは満天の星空を眺めた。

「はい、そうですね。アイスでも食べますか?」

 イースが笑い空間ポケットから、チョコバーを取り出した。

「…また空間ポケット改造したの?」

 あたしは苦笑した。

「はい、暇だったので、今度は冷凍も出来るようにしました。便利ですよ」

 イースが笑った。

「全く、暇人だね。アイスもらうよ」

 あたしはイースから、アイスをもらった。

 寒い中でのアイス。なぜか、意外と美味い。

「さてと、休憩終わったら、あとは一直線に目的地に行くよ。もう、とっくに盗賊危険エリアは抜けたけど、油断出来ないからさっさと行くに限る」

 あたしは大きく伸びをした。

「はい、そうですね。ところでリズ、いつもの攻撃魔法無駄撃ちはやらないんですか。ストレス発散にいいとか」

 イースがクスリと笑った。

「やらん。今は軍の護衛中だぞ。騒ぎを起こしたら、休憩出来ないじゃん」

 あたしは笑った。

「それもそうです。よく出来ました」

 ニコニコ笑顔で、イースがあたしの頭を撫でた。

「バカ野郎、ぶっ殺すぞ!」

 あたしはイースにローキックを放ったが、あっさり避けられた。

「甘いです。本当のローキックはこうです」

 イースが素早く動き、あたしの足を狙って派手にキックを入れてきた。

「いてぇ!!!」

 あたしはその場にうずくまった。

 体術はあたしよりも、遙かに上手なイース。

 それなのに、本当に蹴るとは…。

「これで、私のストレス発散は終わりです。まだやりますか?」

 イースが笑った。

「…ぶん殴ってやりたい。ぶん殴ってやりたい。でも、やめる」

 あたしは立ち上がって、ため息を吐いた。

「そうですか。残念です」

 イースが笑った。

「あのね、ここでケンカしてどうするの。イテテ、まだ足が痛い…」

 …まあ、こうして休憩の時間は過ぎていった。


 二時間休息を取ったあと、再び車列は進みはじめた。

「さてと、あとはノンストップ。気合い入れないと」

 相変わらず先頭車に乗ったあたしは、周囲を警戒した。

「今のところクリア。この辺りは気温が低いから、魔物も少ないし盗賊も出ない可能性が高い。問題はないと思うけどね」

 などと呟きながら進んで行くと、やがて夜明けを迎えて辺りが明るくなってきた。

「危険な夜は抜けたか。さてと、あと一時間も掛からないでしょ。まだ油断は出来ないけどね」

 あたしは笑みを浮かべた。

 基地が近くなってきて、時折反対方面に向かう軍用トラックの車列とすれ違うようになってきた。

 これだけでも、十分に安心できる。

 やがて、遠くに基地の姿が見えてきて、程なく車列は基地のゲートを通り抜けた。

「よし、仕事完了。お疲れさま!」

 あたしは笑い、車を降りた。

 結局、障害になったのはあの戦車戦だけだったが、運が良かったのだろう。

「お疲れさまでした。これが依頼完遂証明です。ありがとうございました」

 大尉から書類を受け取り、あたしは笑みを返した。

「まあ、今回は比較的楽だったね。またよろしく!」

 あたしは笑い、大尉と別れてイースを連れてバス停に向かった。

 ここは基地があるので、軍人の移動のために当然バス便がある。しかも、フロッグ経由王都行きの高速便で本数も多い。

 あたしたちは、すでに軍関係者用のパスをもらっているので、ここからなら無料でバスを利用できる。

 いつも車をもらえるはずもないので、これが当たり前だ。

 三十分に一本バスがくる停留所に、ちょうどバスが止まっていた。

「よし、乗るよ。早く帰ろう!」

「はい、そうですね」

 あたしとイースはバスに飛び乗り、フロッグへの帰途についたのだった。

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