第5話 ぶっ壊し屋
エルフの朝は早いらしい。
あたしとイースが起き出した頃には、アムラームの家には誰もいなくなっていて、外からいい匂いが漂っていた。
「なんだろ。朝メシかな」
あたしは寝ぼけ顔のイースに問いかけた。
「さて…。まだ、夜明けの時間ですよ」
イースがアクビした。
「まあ、外に出てみよう。しっかし、冷えるねぇ」
あたしたちは元々着ていた防寒具をしっかり着直し、アムラームの家から出た。
肌が切れそうな寒さの中、エルフのみなさんが集まって、なにか祭りのような騒ぎになっていた。
「二人ともおはよう。運がいいな。ちょうど、食料調達チームが帰還した。木の実等はイマイチだったようだが、代わりに大量の鹿肉を持ち帰ってきてくれた。さっそく、調理の準備を始めよう」
あたしたちの姿に気がついたようで、アムラームが笑みを浮かべて近寄ってきた。
「なるほど。それで大騒ぎになったんだね。あれ、そういえばセルたちは…。あっ、いたいた」
みんなの中心で、慣れた様子で鹿を捌いているセルたちの姿を見て、私は思わず笑ってしまった。
「うむ、早く起きてしまってな。ちょうど、タイミングがあったのだ。こういう作業は慣れているからな。差し出がましいとは思ったが、こうして手伝いをしているのだ」
セルが笑った。
「そっか、得意分野ならいいと思うよ」
あたしは笑った。
「うむ、助かる。そういえば、温泉があったな。寒い思いをして帰ってきた食料調達チームだ。さっそく温まってもらおうか。いきなりこれができて、驚いているようだしな」
アムラームは小さく笑みを浮かべ、困惑して立ち止まっている食料調達チーム近寄っていった。
「そういや、あたしたちがここにいるのも、きっと謎だろうね。ほれ、こっち見てる」
あたしは笑った。
「はい。しかし、ここは温厚な集落のようなので、変な扱いをされる事はないでしょう」 イースが笑みを浮かべた。
「そもそも、他にエルフの集落が見つかるとは思えないし、他はどうか分からないけどね」
あたしは笑った。
そのままの流れでみんなで朝食を取り、一休みしてから出発する事にした。
夜明けの空の下で、あたしはイースと共に集落内を散歩することにした。
昨日は気がつかなかったが、家々は大小それぞれあり、防寒のためかいかにも機密性が高そうな二重ガラスになっていた。
「この気温じゃそうか…。あれ、あんな建物あったっけ?」
広場に面した森の中に、小さくややボロい小屋を見つけた。
「倉庫かな…。イース、ちょっとアムラームを呼んできて」
「はい、私も少し気になるので、さっそく聞いてきます」
イースが素早く移動して、朝メシの片付けをしていたアムラームに声をかける様子が見えた。
すると、イースとアムラームがこちらに近寄ってきた。
「リズ、あまり面白い話しではないですよ」
イースがため息を吐いた。
「なに、どうしたの?」
あたしがイースに問いかけると、アムラームが答えた。
「あの小屋はハーフエルフを隔離するためにある。私の本意ではないのだが、これも集落の掟でな」
アムラームが自重気味に笑った。
ハーフエルフとは、人間とエルフの間に生まれた子供だ。
酷い話しなのだが、ハーフエルフは人間社会では異質な存在で、どこか信用されないため、まずまともな職には就けない。
かといって、エルフ社会はもっと厳しく、どこかのエルフの集落にたどり着いたとしても、最悪その場で処刑されてもおかしくないと聞いている。
「アムラームの本意じゃなければいいや。エルフは鉄の掟に従うって聞いているから。それで、会うことは出来るの?」
あたしはアムラームに問いかけた。
「ああ、もちろんだ。別に犯罪者ではないからな。ちょうど時間だ。朝食を取ってこよう」
アムラームは笑みを浮かべ、一度朝から宴会モードの輪に加わっていった。
「で、イース。よくブチ切れなかったね。こういう話しを聞くと、許せないはずなのに」
あたしは苦笑した。
「はい、イラッとはきましたが、本人も望んでいると聞いて、ならばいいと溜飲が下がりまして」
イースがそれでも不機嫌そうに、自分に向けて言い聞かせるように呟いた。
彼女の性格で、不条理に拘束されている人を見つけると許せず、その救出と捕らえていた者の命を躊躇いなく奪ってしてしまうのだ。
この国では認められている成人男性の奴隷では、労働力として必要だと渋々見ていたが、法で禁止されいる子供や女性だと、ブチッとキレて大暴れしてしまう。
まあ、それについてはあたしも同感ではあるが、普段ニコニコ笑顔がトレードマークの彼女がキレると…怖い。
「待ったく、少し落ち着きなさいって。あっ、アムラームが戻ってきたよ」
アムラームが戻って来たので、あたしはイースが上げた左拳に右拳を軽く当てた。
「よし、落ち着いたな」
「はい、大丈夫です」
あたしの声にイースが頷いて応え、これでもう大丈夫だ。
「うむ、待たせたな。今日はいつもより早い時刻だから持っていたが、普段は皆と一緒に取っている。この小屋は、私の家にある炊事場と繋がっていてな。普段は自炊しているのだ」
アムラームは笑みを浮かべ、あたしたちと共に小屋に近づいていった。
「少し早いが朝食だ。入っていいか?」
アムラームが小屋の扉をノックすると、中からどうぞという声が聞こえてきた。
「うむ、入るぞ。今日は客人がいる」
アムラームが扉の鍵を開けて小屋に入ると、人間でいうと十代後半という感じの女の子が立っていた。
「あっ、パトラといいます。よろしくお願いします」
あたしたちをみて、パトラと名乗った女の子が笑みを浮かべた。
「あたしはリズでこっちがイース、よろしくね」
あたしは笑みを浮かべた。
「うむ、今日は食料調達チームが大量の獲物を集めてきたから、早めに調理しておかないといかんから、これはそれを使った朝食だ。食べてくれ」
アムラームが笑みを浮かべ、小さなテーブルに肉料理を盛った大皿とパンを置いた。
「ありがとうございます。こんなにごちそうを」
パトラが笑った。
「うむ。足りぬならまだある。気軽に声をかけてくれ」
アムラームが笑みを浮かべた。
「いえ、十分です。みなさんは、お食事は済みましたか?」
パトラが椅子に腰掛けて、小さく笑った。
「うん、もう済んだよ。冷めちゃうから気にしないで食べちゃって!」
あたしは笑った。
「はい、ではお言葉に甘えて失礼します。凄い量ですね」
パトラは笑みを浮かべ、メシに手をつけた。
「あの…この待遇に不服はないですか?」
イースが小さく呟いた。
「はい、不満はないですよ。自由に集落内を歩けないのは残念ですが、その際は族長様が同伴して下さるので」
パトラがワサワサとメシを食いながら、小さく笑った。
「…自由に外に出られないのですね」
一瞬殺気だったイースの肩を叩き、あたしは笑った。
「あ、あの、なにか失礼な事を…」
「ああ、気にしないでね。不便はないの?」
あたしはオドオドしはじめたパトラに、右手をパタパタ振った。
「それなら良かったです。不便はないですよ。族長様の家を歩き回るのは自由ですし、
むしろ、困ってしまうほど頻繁に集落の中を散歩させてもらっていますので」
パトラが笑った。
「はい、であれば問題ありません。小屋に籠もっているといい事はないので、頻繁に出歩くのはいい事です」
ここにきて、ようやくイースが笑みを浮かべた。
「うむ、そうだな。パトラが朝食を終えたら、温泉に連れて行こう。リズ殿とイース殿はどうする?」
アムラームの問いに、あたしは少し考えた。
「そうだね。今回はセルたちの護衛って仕事だから、あたしたちに決定権はないんだよ。あとで聞いてみる」
あたしは笑みを浮かべた。
朝メシも終わり、ちょうど良く集まっていたセルたちに、温泉に入って行くかと問いかけた。
「うむ。それは魅力的だが、先に進まなければならん。急ごう」
セルの一声で、あたしたちの行動が決まった。
お世話になったお礼にアムラームの家を訪ねると、心し寂しそうな表情を浮かべた。
「そうか。寂しくなってしまうな。よし、これを持っていくといい」
アムラームが上着のポケットから、緑色の小さな三角形のペンダントを差し出してきた。
「それは、念じればこの集落に転移する事が出来る。逆に こちらから念じれば、そのペンダントが光り、こちらに呼び出しをすることが出来るので、可能な状況ならば応じてほしい」
アムラームが笑みを浮かべた。
「分かった、ありがとう。それじゃ、あたしたちは出発するよ」
あたしはペンダントを首に下げ、笑みを浮かべた。
「いや、こちらこそ色々と助かった。帰りの道まで送ろう。準備が出来たら呼んでくれ」 アムラームが笑みを浮かべた。
アムラームと二人の護衛と共に道に戻ると、再会の挨拶を交わしてあたしたちは再びアルデ村を目指して歩きはじめた。
時刻はまだ早朝といった頃で、薄暗い山道を登っていくのはそれなりに危険を伴うが、セルたちは一列になってついてくるし、特に問題はないだろうという判断だった。
「イース。探査魔法で周辺を警戒しているけど、いつも通りね」
あたしは無線で最後尾を歩くイースに声をかけた。
『はい、分かっています。今のところ、特に問題はありません』
無線で返ってきたイースの声に満足して、あたしは少し歩みを速めて進んだ。
そのまま進んで行くと、探査魔法に反応があるより前に肩のAK-47をそっと構えた。
「そこにいるのは分かっているよ。とっとと出てこないと、痛い思いをするよ。出てこなくても、皆殺しだけど」
あたしは大声を上げ、ついでに空に向かって威嚇射撃をした。
ほぼ同時にイースが結界を展開し、バラバラとなにかが降り注いできた。
「小口径のライフルか。山賊の基本装備だね」
あたしは周辺探査から、よく調べられる詳細探査に切り替えた。
ぞぉこ
「あっちに十人だね。面倒だな」
盗賊といっても大きく分けて三種類あり、このように山で出くわす輩は山賊という。
山賊の厄介なところは、山の地形を把握していて、襲われると迎え撃つのが面倒なとことだ。
今はどうこちらを襲うか算段しているようで、一通り『自己紹介』をしたところで、一カ所にまとまったままだった。
「なんだ、こないならぶっ飛ばす。ファイアボール」
あたしは最大火力に調整した火球を射ちだした。
青白く光ったその火球は、十名の反応を一撃で消滅させ、大爆発を起こして消えた。
「うん、絶好調!」
あたしが大きく伸びをすると、頭にゲンコツが落ちた。
「イテテ…。イース、なにすんの!」
あたしはまだ痛い頭をさすって、イースを睨みつけた。
「どうもこうもありません。なぜ加減を知らないのですか。道がなくなってしまったじゃないですか」
確かに道は法面から崩れたで埋まっていた。
「そんなの、あんな場所にいたあいつらが悪い。ちらばったら面倒だし、まとめて始末した方がいいでしょ。どうせやるなら、こう景気よく…」
抗弁すると、イースがまたゲンコツを落としてきた。
「言い訳にもなっていません。まあ、それはいいとして、誰かさんが埋めてしまった道を復旧させないといけないですね。リズ、後片付けです」
笑顔はそのままで、指をバキバキ鳴らしながら、イースが言い放った。
「ちょっと待った。あたしは探索しか出来ないよ。掘るのはイースの仕事じゃん!」
あたしは慌てて切り返した。
「それでもです。責任とって下さいね」
イースがにっこり笑みを浮かべ、チラッと懐のナイフを見せた。
「…やる気だね。いいもん。どうなっても知らないよ」
あたしは呪文を唱えながら、道を塞いでいる土砂に両手を当てた。
「…オメガ・ブラスト」
あたしの両手に派手な魔力光がほとばしり、土砂どころかずいぶん彼方まで道が消えてしまった。
「…まっ、こうなるな」
あたしが額の汗を拭った時、イースの跳び蹴りが飛んできた。
「痛いな。やれっていったじゃん」
あたしはイースを睨んだ。
「ここまでやれとはいっていません。他のなんかこう丸っこい魔法があったはずです」
イースがブチ切れ寸前の顔で、あたしをにらみ返してきた。
「だから、イースが掘れっていったのに…ン?」
すっかり忘れていたが、あたしの肩にセルが手を乗せた。
「全く、土の扱いに慣れておらんな。ここまで破壊された道を、このまま復旧するのは時間の無駄だ。我々でトンネルを掘る。ドワーフにとっては、この程度は大した事ではない。
いうが早く、セルたちがさっそく準備に変わった。
「そういえば、ドワーフって採掘のプロだったね」
これだったら、最初からやってもらった方が良かったかもしれない。
「はい、私も忘れていました。お客様がドワーフのみなさんで助かりました」
イースがいつものニコニコ笑顔で返してきた。
「あのね…。まあ、これは作業が終わるまで待ちだね」
あたしは笑みを浮かべたのだった。
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