第4話 エルフの里にて
イースと交代しながら夜を明かしみんなが起き出してくると、イースが作った簡単な朝メシを済ませ、テントの撤収作業に入った。
あたしたちは四人用のテントを使い、ドワーフのテントはどう見ても十人は入れる大形テント。
これは手助けが必要だなと思っていたら、八人が効率的に動いて、あたしたちよりも速く撤収が終わってしまった。
「は、速い!」
ようやくテントを空間ポケットに放り込んだあたしは、思わず声を上げてしまった。
「うむ、慣れているからな。ワシは試掘隊の隊長でな。こういう事に慣れているのだ」
セルが笑みを浮かべた。
「なるほど、納得」
あたしは笑った。
「リズ、準備出来ました。いつでも先に進めますよ」
イースが笑みを浮かべた。
折り畳み式のテーブルセットや、たき火を丁寧に消したイースが笑った。
「それじゃ行こう。みんな、イースが結界を解いたら、いきなり寒くなるからね」
あたしの声にセルたちが頷き、イースが一気に結界を解除した。
すると、結界を張っている間に溜まっていた水蒸気が、真っ白なモヤに変わって飛んで行き、防寒着を着ていても寒いと感じる冷気が頬に当たった。
「ふぅ、寒い!」
あたしは笑った。
「うむ。なかなかだな。まあ、よくある事だ」
口から白い息を吐きながら、セルが笑った。
「まあ、確かに珍しくはないけど、寒いものは寒い!」
あたしは笑った。
「それでは、行きましょう。そろそろエルフのテリトリー外に出ます」
イースが笑みを浮かべた。
ここから先は、魔物が出る可能性がある。
イースがいいたいのは、そういう事だった。
「そうだね。気を付けよう」
あたしは笑みを浮かべた。
山道を進み、早朝から朝に変わるころになって、さっそく魔物が出現した。
「うぉ、いきなり大物!?」
あたしは思わず声を出してしまった。
それは、緑の鱗に覆われ、巨大な翼を広げたグリーンドラゴンだった。
「なんだって、いきなりこんなの…」
「リズ、いいから速く!」
イースが防御魔法をかけ、あたしに叫んだ。
「おっと、分かった」
あたしは呪文を詠唱した。
コイツには半端な魔法は通用しない。
「…オメガ・ブラスト!」
あたしが攻撃魔法を放ち、同時にドラゴンのブレスがやってきて、イースが張った防御
結界が消し飛んでしまった。
「アチチ…。防御魔法がたった一発でぶっ飛ばされたか」
いきなり高温になった空気に辟易しながら、あたしは前方を見やった。
すると、あたしの攻撃魔法で、グリーンドラゴンは蒸発してなくなっていた。
「よしよし、やっぱり自分専用の上級攻撃魔法は作っておくべきだね」
一応、魔法の基礎本は売っていて、それに書かれた呪文を詠唱すれば、ちゃんと発動するが、それでは画期的で面白くない魔法になってしまう。
そこで、ある程度魔法が使えるようになると、既存の呪文の構成を組み直して、オリジナルの魔法を作ってしまうのだ。
「なかなか凄いな。あのドラゴンを一発で」
セルが笑った。
「うん、自信作だよ。超高温の熱風を操っているんだけど、今みたいに点で使えるし、広範囲攻撃にも使えるよ」
あたしは笑った。
点とはいえそれなりに効果範囲が広く、ドラゴンがいた地点から先が派手に破壊され、森が線状に消し飛んでしまっていた。
「そうか。魔法はあまり分からないが、凄いということは分かった。敵には回したくないな」
セルが笑った。
「まあ、敵には容赦しないから。今のところ…あっ、ストップ!」
あたしは足を止めた。
しばらく待っていると、茂みからエルフが三人現れた。
「あー、ごめんね。ドラゴンが出ちゃって」
相手のいいたい事を先回りして、あたしは頭を掻いた。
要するに、派手に森をぶっ壊したので、クレームをつけにきたのだろう。
まあ、クレームで済めばいいが…。
「そう固くならなくでいい。私はアムラーム。この辺りをテリトリーにおく、サイドワインダ族の長だ。まずは、あのドラゴンを倒してくれた事。いつの間にか山に住み着いてしまい、集落の脅威だったのだ。礼をいう」
アムラームと名乗ったエルフの族長は、小さく笑った。
「あれは、勝手に向こうからきたから、迎撃しただけだよ。積極的に退治するって意識はない。礼はいらないよ」
あたしは笑った。
「いや、本当に助かったのだ。それにしても、凄い魔法だな。我々の魔法で森を元に戻すのは簡単なので、気にしないでいい」
アムラームが笑った。
「それはありがたいね。派手にぶっ飛ばしちゃったから」
あたしはこっそり安堵のため息を吐いた。
これは、下手をするとエルフの敵になる行為だ。
アムラームが寛大で助かった。
「いや、いい。ところで、旅の途中だと察するが、急ぎでなければ我々の里で礼がしたい。みたところドワーフのみなさんのようだが、私のテリトリーには偏見はない。安心してくれ」
アムラームが笑みを浮かべた。
そういえば、エルフとドワーフは敵対関係とはいわないが、あまり仲が良くない。
そう考えると、これは破格の扱いだった。
「あたしは構わないけど、セルはどう?」
あたしはセルに問いかけた。
「問題ない。我々も理由なく嫌いはしない。せっかくの機会を、無駄にする事はないだろう」
セルが小さく笑った。
「じゃあ、決まりだね。アムラーム、よろしくお願いするよ」
私が笑うと、長が笑みをうかべた。
エルフの里は森林地帯の奥にあり、普段は結界まで張って絶対に発見出来ないとされているし、実際あたしとイースも見つけた事はない。
そこに案内してくれるとあっては、旅人としても冒険者としても、大変興味がある。
「分かった。では、ついてくるがいい」
長は笑みを浮かべ、連れの二人と共に森に入っていった。
「こりゃ凄い…」
長たちはあたしたちの様子を見ながら、ゆっくり歩いてくれているが、それでも追いついていくのは必死だった。
そのうち視界が開けてきて、素朴な建物が建ち並ぶ集落が見えてきた。
「うむ、着いたぞ。お前たち、先にいって触れをだせ。客人がきたとな」
アムラームの両脇にいたエルフが頷き、素早く集落に向かっていった。
「ああ、最初に断っておくが、急なことで食材不足なのだ。恥ずかしい事に、あまり凝った料理は出せないのだ。そこは許して欲しい」
アムラームが苦笑した。
「それは気にしなくていいよ。むしろ、エルフが普段食べているものが分かっていい」
あたしは笑った。
「そうか。それなら良かった。ようこそ、サイドワインダ族の集落へ」
アムラームが冗談めかして笑った。
集落に入ると先に連絡がいったせいか、家々からエルフたちが出てきて物珍しそうに、あたしたちを見ていた。
「こら、そんな顔をするな。客人に失礼だ」
アムラームが笑うと、家の出入り口で見ていたエルフたちがぞろぞろと出てきて、あたしたちを取り囲んだ。
「集落の外から、客人がいらっしゃるのは久々です。突然の事で食料の備蓄が少ないため、十分なおもてなしが出来ません。今は当番が森の中で食料を集めているはずですが、戻りの時間が分かりません」
あたしたちを取り囲んだ中で一人のエルフが頭を下げた。
「あー、気にしなくていいよ。食料なら自前ものがあるし、お構いなく」
あたしは手をパタパタ振った。
「そうですか。大変申し訳ありません」
その人が頭を下げた。
「いやいや、そう恐縮しないで。むしろ、普通に話せればいいよ」
あたしは笑った。
「うむ、ちょうど食料調達隊が出たばかりでな。戻ってくるのは一週間くらいだ。時間が許せば私の家で一泊していくといい」
アムラームが笑みを浮かべた。
「えっ、それは申し訳ないよ。場所を貸してくれれば、自前のテントがあるし」
あたしは慌ててアムラームを止めた。
「いや、気にしないでいい。客人をテント泊させるわけにはいかない。私の家は広いので、この人数なら問題ない。ところで、人間やドワーフはなにを食べるのだ。むしろ、それが気になるのだ」
アムラームが笑った。
「うむ、ドワーフは人間と大差はない。リズ殿、自前の食材はなにがある?」
セルが問いかけてきた。
「そうだねぇ…。生鮮食品はそろそろ限界かもしれないね。空間ポケットは冷蔵や冷凍はできるけど、時間の流れは止められないから」
あたしは空間ポケットに手を突っ込み、中から野菜やなどを取り出した。
「ほら、イースも」
「あっ、はい」
魚貝類と野菜を取り出した。
「これだけあれば、色々出来るね。むしろ、お近づきの印にあたしたちが料理を作るよ」
あたしは笑みを浮かべた」
「いや、それでは…」
「いいからいいから!」
あたしは両手で、渋るアムラームの背中を押した。
「分かった。それではご馳走になろう」
アムラームが苦笑した。
確かにアムラームの家は他の家に比べて広く、男女別部屋にしても問題なかった。
まだ早い時間ではあったが、これで帰るわけにもいかず、あたしはここで一泊を決めたという次第だ。
昼メシは集落の備蓄から、ささやかな集まりを開いてくれるそうで、一端アムラームさんの家に置き、護身用に武器だけ持って準備が出来るまで自由行動とした。
「イース。エルフの集落って素朴でいいね」
あたしは笑った。
「はい、いいですね。普段はなんだかんだで忙しいので、こういうゆっくりするのもいいでしょう」
イースが笑みを浮かべた。
夏とはいえ弱い光が照らす中、あたしたちが集落を一周していると、ちょっとした広場にドワーフのみなさんが集まり、アムラームを交えてなにか相談していた。
「邪魔するよ。どうしたの?」
誰ともなくあたしが問いかけると、セルが笑みを浮かべた。
「いや、うちの者が地形的に、ここには温泉が出るはずだといいだしたのだ。ワシもそうだと思うのだが、掘削地点が決められぬのだ。アムラーム殿には承諾を得ているのだが、そうボコボコ穴を空けるわけにいかん。出来れば、一発で決める方法があればいいのだがこれは我々でも分からぬのだ。なんとかなればと思うのだが」
セルが頭を抱えた。
「うん、魔法でなんとか出来るかもしれないよ」
あたしは笑みを浮かべた。
「なに、そうか。ぜひ、お願いしたい」
悩んでいた様子のセルが、顔を上げた。
「分かった。イース、久々にやるよ!」
あたしが笑うと、イースが笑みを浮かべた。
「はい、分かっています。やりましょう」
イースが空間ポケットから次々にパイプを取りだし、あたしは空間探査魔法を使って地下の様子を探った。
「どれ…」
みんなにも分かるように、虚空にウィンドを開き、あたしはゆっくり地下の様子を探った。
ウィンドウには土を示す赤い映像が続き、約百メートル付近でなにか反応があった。
「おっ、あったか?」
セルが声をあげた。
「うーん。これは金属だね。分析してみようか」
あたしは呪文を重ねがけして、金属の種類を分析した。
「えっと、ミスリルだね。地上から百二十メートル程度にあるよ。だからって、ここから採掘はやめてね」
あたしはにわかに呟きはじめた、ドワーフのみなさんに忠告した。
「いや待て。ミスリルだぞ。希少性が高くて、我々の間でも加工で出来る者が少ないので、どれも高値で売れる代物だ。それを、見捨ててしまうとは残念の極みだ」
ドワーフのみなさんが揃って気を落としてしまった。
「ほい、イース!」
私はこういう事が得意なイースに声をかけた。
「はい、分かっています。リズ、正確な深度は?」
イースが笑みを浮かべた。
「深度百二十七。鉱床は北東方に約二百九十九メートル。推定埋蔵量は七百三十トン」
私が答えると、イースが呪文を唱えた。
「あっ、アムラーム。ここの地面が一回ボロボロにになるけど、ちょっと我慢してくれるかなかな。セルと楽しい仲間たち、落ち込んでないで仕事だよ。なるべく早く片付けたいから」
あたしは笑った。
「な、なんだ、仕事とは?」
落ち込んだ様子のセルに、あたしは笑った。
「金属加工だよ。急ぐから準備しておいてね」
あたしは笑みを浮かべた。
その声と当時に、広場の地面がめくれ上がり、ドバッと黒い原石が飛び出てきた。
「な、なに、この色はミスリル鉱石…。よし、みな急いで回収するのだ。迷惑をかけてしまう」
このセルの声に、ドワーフのみなさんが一斉に動き、地面から吹き出している石のようなミスリル鉱石を集めて、自分の空間ポケットに放り込みはじめた。
「ちなみに、推定だけど埋蔵量は七百三十トンだって。腕がなるでしょ」
あたしは笑った。
「なに、そんなに埋蔵しているのか。温泉掘りは少し待って欲しい。まずは、こちらの処理を…」
セルが必死にミスリル鉱石をみて、あたしでもその気持ちが分かった。
そのままイースの魔法で次々に飛び出してきた鉱石を、ドワーフのみなさんが総出で回収する作業が終わったところで、あたしは念のためにイースに声をかけた。
「ちゃんと穴埋めまでやったよね?」
そう、変に穴を掘ると、落盤してしまう恐れがあり、その作業を終えたら埋めるという作業を同時並行に行っているはずなのだ。
「はい、もちろん処理しています。心配いりません」
イースが笑みを浮かべた。
「ならよし。さて、こっちの穴も埋めちゃって」
「はい、分かりました」
あたしの声にイースが笑みを浮かべ、地面に空いた穴を塞いだ。
「ああ、アムラーム。今のはイレギュラだから。セルたちが落ち着いたら、作業を再開するからね」
あたしは困った表情を浮かべていたアムラームに、手をパタパタ振って笑った。
「そうか。よく分からないが、よほど貴重なもののようだな。
アムラームが笑った。
「ああ、すまん。久々の大漁だったので、皆が興奮してしまっていてな。少し待って欲しい」
セルが苦笑した。
「気にしないでいいよ。こっちは調査を進めるから」
あたしは笑って、引き続いて魔法で地中の様子を探った。
「うーん、なかなかないな。今の深度は五百。そろそろ当たりが来てもいいんだけど…」 慎重に探査深度を進めていくと、地下七百五十九メートル帯水槽の当たりがヒットした。
「あった、百五十九!」
あたしが声を上げると、素早くイースが作業を始めた。
それを見て気がついたようで、セルが仲間たちを集めてイースの作業を引き継いだ。
「あれだけのミスリルを手に入られたのだ。今度は我々の仕事だ。リズ殿、深度七百五十九メートルだな。任せてくれ」
セルが軽く頭を下げ、イースが笑みを浮かべてあたしの側に寄ってきた。
「これで楽になりました。一番大変な作業ですからね」
イースが笑みを浮かべた。
こういう作業はお手の物なのだろう。
セルの指揮で次々にパイプで櫓を造り、その先端に機械を取り付けて、温泉掘りをはじめた。
「これは時間がかかるね。こっそり手伝いしてあげよう。イース、そこはかとなく掘削の魔法を。セルたちにもプライドがあるだろうし、バレないようにね」
あたしが釘を差して置くと、イースが笑った。
「はい、すでにやっています。掘りにくい粘土質は砂に変えましたし、その他色々…。今日の夕方には終わるでしょう」
イースが笑った。
「なんだこれは、やけに掘りやすい。魔法でも使っているのか?」
セルが私たちをみた。
「なにもしていませんよ。リズも掘削の魔法が使えます。先ほど探査の魔法を使った時に、合わせて使っていたのでしょう。大分掘りやすくなったはずです」
イースが誤魔化して、あたしにウィンクした。
「ったく…。まあ、実際間違ってはいないけどね」
あたしは笑った。
地下探索の際、地質調査のために多少の魔力を通すのは間違ってはいないし、それで土が多少柔らかくなったかもしれない。
しかし、こういった地味な魔法を得意とするのがイースだ。
「そうか。それはともかくとして、この調子で掘っていくと夕方には掘り終えるだろう。温泉設備の準備をして欲しい。かなりの高温だと思うぞ」
セルが笑った。
「そうだね。アムラームにお願いしてみよう」
あたしは、状況確認にでもきたのか、ちょうどやってきたアムラームに温泉の話をした。
「うむ、そうか。高温だと水で冷やすとい事しか思いつかん。他にいい方法があれば、教えて欲しい」
アムラームが頤に手を当てて考えはじめた。
「せっかくの源泉かけ流しなのに、加水なんて勿体ないよ。ここは湯畑でも造ろうかな。こういうの…」
あたしは階段状に湯が流れるというものを、特殊チョーク虚空に絵を描いて示した。
「そうか、これで湯温を下げるのだな。しかし、それでも熱そうだな」
アムラームが不思議そうに呟いた。
「そうだね。それでも熱いなら、配管の途中にラジエータを組み込むといいかもね。まあ、実際にどんなものか分からないから、出てから考えた方がいいか。とりあえず、湯船と脱衣所を造らないといけないか」
あたしは笑った。
「うむ。細かい設計と集落の者を使って作業してもらう。リズ殿には、どういったものなのか、概要を示して欲しい」
アムラームが笑った。
ドワーフのみなさんの活躍で、夕方には温泉が湧き出た。
濃い湯気が出ている事からして、かなりの高熱であることが分かった。
「よし、そこでパイプを接続して…。そう、これで完成だね。あとは…」
大急ぎで造った湯畑に湯を通し、これまた大急ぎで造った男女別の湯船と洗い場を造り、湯船に湯を張った。
「…四十五度か。ちょっと熱めだけど、逆に温泉っぽくていいか」
あたしは湯船の温度計を見て呟いた。
一応、井戸から水を引いて、熱すぎて入れない人に向けに、蛇口がらホースで湯船に水を注げるようにしてはあるが、せっかく入ってくれるなら、加水はしないで欲しかった。
「とりあえず、風呂というものができたな。冬場でも水シャワーで体を洗っていたのだが、これは喜ばれるだろう」
アムラームが笑った。
「寒い日の水洗いなんて、風邪引いちゃうよ。これからは平気だね」
あたしは笑った。
元々寒いが、陽が落ちてさらに寒くなったので、あたしたちは一度アムラームの家に戻った。
「うむ。一息ついてたら、さっそく温泉に入りたい。どうだろうか?」
興味津々といった感じで、アムラームが問いかけてきた。
「うん、いいよ。でも、夕食が先だからね。忘れたら困るよ」
あたしは笑った。
日も暮れて晩メシ時。
あたしたちは、ドワーフのみなさんと協力しながら、もう今日までしか食べられない思う生鮮食品を材料に蒸し料理や焼き料理などを作って振る舞った。
ちなみに、食材はあくまでも賞味期限一杯という感じで、腐っているわけではない。
「なるほど、これは美味いな。普段はこういう料理を作っているのか。エルフ料理は野菜や木の実、キノコを中心だから、肉料理が美味い」
アムラームが笑った。
集まった集落の住民にも好評で、あたしは内心ホッとした。
なにも、今日だけみんなが集まったわけではなく、朝昼晩のメシはみんなで集まって食うらしい。
「さて、片付けを終えたら、今日はお楽しみの温泉だ。この集落には、温かい湯に漬かった経験がない者が多い。きっと、楽しみにしている者も多いだろう。速く食器を洗うのだ」
アムラームの声で、洗い物担当者が必死に作業を進め、あっという間に片付いた。
「よし、全員タオルと洗面器、石けんとシャンプーを持ったな。なお、シャンプーハットはおやつに含まれない。いくぞ」
なんだかノリノリのアムラームを初めとした一行は、女子マークが描かれた脱衣所に入っていった。
「なんか凄いな。イース、あたしたちも行くよ」
あたしは苦笑して、イースと共に脱衣所に入った。
「あ、あの、脱ぐのですか?」
脱衣所にデカデカと書いておいた入浴手順を見たようで、一人のエルフが恥ずかしそうに聞いてきた。
「当然だよ。下着を着けたままじゃ、体が洗えないよ」
あたしは笑って、さっさと服を脱いだ。
「はい、分かりました。体も洗えるようですね。この気温で水シャワーは辛かったので」
そのエルフは、服を脱いでカゴに入れて浴場に向かっていった。
「あの、先生。どうすればいいですか?」
浴室に入ってすぐにある、かけ湯用に設置してある小さな湯船を前に、エルフたちが立ち止まってしまった。
「はいはい、ちょっと通して」
あたしはイースを従えて、先頭に出た。
「脱衣所の看板にも書いたけど、この手桶に湯をくんで、あらかじめこれでこれを洗うんだよ。終わったら、洗い場で体を洗うこと。いきなり湯船に漬かっちゃ、マナー違反だからね」
あたしは笑った。
「そうですか。やってみます」
エルフはいえばすぐに覚えてくれる。
詰まっていたエルフたちも、かけ湯をしてから洗い場にいき、備え付けにしてあるボディソープ、シャンプー、リンスを見て、ここにあったと楽しそうにしていた。
「あっ、髪を洗っているところ悪いけど、男性はどこにいっちゃったの。今はドワーフのみなさんが使っているようだけど」
あたしは疑問に思って、アムラームに聞いた。
「食料調達でここを離れている者が多数。あとは警備だ。小さな集落であるが、警備をおそろかにはできん」
アムラームが髪のシャンプーを洗い落としはじめたので、あたしはその場から離れた。 なぜかエルフの男がいない理由が分かり、一つ疑問が解決した。
「あっ、警備は交代制なんだ。交代の際にここを訪れると思う。ここを造っている間、なにごとかと、警備の者が興味津々といった感じで見ていた。、男湯も使う時もあるはずだ」
髪をの汚れを洗い落としたアムラームが笑った。
「そっか、大変そうだね」
あたしは笑みを浮かべた。
「どうしても、人数が限られているからな。さて、お湯に漬かろう。また、困っているようだからな」
アムラームが笑った。
みると、エルフのみなさんが、湯船の外で困っている様子だった。
「えっと、どうしたの?」
あたしが問いかけると、一人が代表して困った顔で答えてきた。
「はい、私たちには入浴の習慣がありません。どうしていいか…」
なるほど、確かしかにそれは納得した。
「普通に入ればいいんだよ。見本はこれね」
あたしはイースを伴って、少し熱めの湯に漬かった。
「こんな感じで入ればいいんだよ。湯が熱めだから、気を付けてね」
あたしが笑うと、おっかなびっくりという感じで、みんなが湯に漬かった。
「確かに熱めだな。しかし、この程度なら問題ない」
アムラームが笑った。
「ねっ、気持ちいいでしょ。温泉はこの程度の湯温じゃないと物足りないからね」
あたしは笑みを浮かべた。
しばらく経ってエルフたちとも仲良くなったところで、あたしとイースは湯船から上がった。
「みんな、ここでシャワを浴びたら勿体ないからね。温泉成分を落としたら、意味がないとまではいわないけど、どうせならその方がいいでしょ」
あたしは笑い、浴室から脱衣所に移動した。
「あー、気持ちよかった。イース、冷えたビールある?」
本当はコーヒー牛乳かフルーツ牛乳が定番だが、ここにそんなものはないので、冷えたビールにしたのだ。
「はい、ありますよ。コーヒー牛乳とフルーツ牛乳もありますが、どうしますか?」
イースが笑みを浮かべた。
「なんだ、あるならフルーツ牛乳で」
「はい、分かりました。これです」
イースがあたしにフルーツ牛乳を手渡してくれた。
「あんがと。それじゃ…」
あたしはビンの紙蓋を取り、腰に手を当てて一気に飲み干した。
「ふぅ、やっぱりこれだよね。それにしても、よく持っていたね」
あたしは笑みを浮かべた。
「はい、いつどこで温泉に入るか分からないので、常に持っています。これがないと、暴れる可能性があるので」
イースが笑みを浮かべた。
「あ、暴れないよ!」
あたしはイースの物言いを否定した。
「それはどうだか。島一つぶっ飛ばしたのは、果たしていつでしょうか。その他、王城をぶっ飛ばしたり…」
「ああ、もういいって!」
あたしは両手で耳を隠した。
まあ、そんな事もあった気はするが、それは気にしないで欲しい。
「やはり、リズの相棒は私しかいませんね。後始末にどれだけ手間がかかったか」
イースが笑った。
「はいはい、ごめんなさい。さて、メシも食ったし風呂も入った。あとは寝るだけだね」 あたしは笑みを浮かべた。
夜も暮れて寒さが体に染みる。
このままでは湯冷めしてしまうので、あたしとイースはアムラームの家に戻った。
「おっ、上がったみたいだな。我々は早々に引き上げてきた。温まった体には冷えたビールが一番だ」
セルが笑った。
「ほどほどにしておいてね。ドワーフの大酒飲みは有名だけど」
あたしは苦笑した。
「そうだな。この程度の酒ではいくら飲んでも酔えん。気分の問題だ」
セルが笑った。
「それならいいけど。じゃあ、あたしたちは自分の部屋に引っ込むから、なにかあったら呼んでね」
あたしとイースは、自分たちに割り振ってもらった部屋に入った。
部屋にはベッドがなく、ハンモックで寝るらしい。
これは、樹上生活していた時の名残らしいが、なるほど、理にかなっていた。
「イース、床が地面のままでしょ。せめて、スノコでも敷けば大分違うと思うんだけど…」
「リズ、下手に文化を弄らない事です。温泉が出来ただけでも、かなり弄ってしまいましたから」
あたしの言葉を遮って、ハンモックに身を預けたイースが笑みを浮かべた」
「それはそうなんだけど…。よし、アムラームに提案してみよう」
あたしは笑った。
そのままイースと雑談していると、見回りにきたのか、アムラームが部屋に顔を出した。
「どうやら、リラックスしてもらっているようだな。落ち着いているようで安心した」
アムラームが笑みを浮かべた。
「うん、おかげさまでノンビリさせてもらっているよ。あっ、そうだ。ここの集落にある家の床って全て土なの?」
あたしが聞くと、アムラームが頷いた。
「その通りだ。床板を張っても、気温差と湿度ですぐに痛んでしまってな。基本的には土のままで、必要な場所だけスノコを置いてあるだけだ。この客間は滅多に使わないので、土のままだ。申し訳ない」
アムラームが苦笑した。
「ああ、うん。それはよくて、全面スノコを置いた方がいいんじゃないかって提案しようと思ったんだけど、余計なお世話だったね」
あたしは笑った。
「いや、気にしないでくれ。さて、寝られないなら、また温泉に漬かってきてはどうだ。外は寒いので、外出するなら厚着でな」
アムラームが笑みを浮かべ、部屋から出ていった。
「イース、温泉に行く?」
あたしが問いかけると、イースが笑みを浮かべた。
「体が温かすぎると眠れないですし、お湯で刺激を与えたら目が覚めてしまいます。大人しくここで過ごしましょう」
イースの答えはもっともだったので、あたしたちはこのまま過ごす事にした。
あたしもハンモックに体を乗せ、わざとユラユラしながら遊んでいるうちに、そっと寄ってきた眠気に身を委ねたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます