第3話 旅立ち

 翌早朝。あたしとイースはいつも通り、銀竜亭で朝メシを食って、宿の一階にある小さなホールでセルたちを待った。

 しばらく経つと、宿の外からセルたちが入ってきた。

「おはよう。早く起きてしまったので、ささやかな観光をしていたのだ」

 セルが笑った。

「おはよ。本当に早起きだったんだね。特に面白くはなかったでしょ」

 あたしは笑った。

「いや、人間の街は久々なので、楽しかった。特に酒場が終日営業しているのは助かった。ワシらにとって、酒は潤滑油のようなものだからな」

 セルが笑った。

 そういえばそう、ドワーフは大の酒好きで有名な種族だ。

 歩く酒樽とまでいわれ、八人もいたら酒場も大喜びだろう。

「それで、徹夜で飲んでいたの?」

 あたしは笑った。

「いや、今日は旅に出る日だからな。日付が変わるまで程度で切り上げた。準備が出来ているなら出発しよう」

 セルが笑みを浮かべた。

「分かった、出発するよ」

 あたしは笑い、みんなを連れてゾロゾロと街門に向かった。

 まだ人気が少ない目抜き通りを歩き、程なく門に到着した。

 街に出入りする人を監視する役人が、親指を立てて合図してきた。

「お前には手荷物検査などいらんだろう。仕事か?」

 衛士が笑った。

「そういう事。こっちのドワーフ一行はどう?」

 あたしは笑みを浮かべた。

「そうだな。昨日はお前さんたちを尋ねると聞いたので、ノーチェックで通したが上から怒られてしまってな。面倒だが手荷物検査だけさせてもらう。手短に済ませるから、協力してくれ」

 衛士が申し訳なさそうにセルをみた。

「分かった、協力しよう。このテーブルでいいのか」

 街門に置かれたテーブルの上に荷物を乗せ、まずはセルから検査をはじめた。

 手持ちの武器や荷物は分かったが、空間ポケットから取り出したものは用途不明の器具具ばかりで、爆発物も入っていた。

「なるほど、ほとんどが鉱山で使う道具だな。おっ、これはダイナマイトだ。持ち込み禁止の品だが、正当なる理由があれば問題ない。大方、鉱山で使う発破だろう。一応聞くが、許可証はあるか?」

 衛士の声に、セルがポケットから手帳サイズの紙を取りだして提示した。

「よし、これで問題ない。あとの七名も頼む」

 衛士の声に、それぞれ同じように器具を出し、特に問題なしと衛士が笑みを浮かべた。

「うむ、通っていいぞ。いい旅を」

 衛士軽く敬礼して、笑みを浮かべた。

「うん、行ってくる。またね!」

 あたしは笑みを浮かべ、西方街道へと歩めた。

 夏真っ盛りなこの時期、朝晩は冷えるが日が上れば、それなりに暑い。

 あらかじめ夏服を着ているのでまだちょっと寒いが、すぐに暑くなる。

「いやー、久々の遠出だよ。今日はいい天気になりそうだね」

 あたしは笑った。

 主要街道は全て石畳で舗装が施されているが、歩くのはかえって辛い。

 固い地面で早く疲労が溜まり、表面がガタガタで躓きやすい。

 まあ、お陰で雨が降っても、ドロドロにならないのが利点ではある。

「おっ、長距離バスだ。少し距離を稼ごうか」

 爆音を立てながら背後から接近してきた長距離バスに、あたしは手を挙げて振った。

 すると、バスがクラクションを鳴らし、あたしたちの前で止まった。

 これが長距離バスのいいところで、バス停ではない場所でも、合図すれば止まってくれる。

「よし、乗ろう」

 あたしはバスの乗降口から中に入り、運転手に料金を聞いた。

 この街道を走る長距離バスは三系統あるが、これは王都行きの便だった。

 アルデへ向かう街道の方面ではあるが、途中まで乗れば二日分は稼げる。

「みんな乗ったね。空席に座ろう」

 行き先を告げて八人分の料金を支払い、あたしたちは取るもとりあえずバスに乗り込んだ。

 まあ、空席といっても朝一のこの便は人気がないようで、まばらに乗客が乗っているだけ。

 二名プラス八人の十名程度乗客が増えても、どうという事はなかった。

 バスが走り出し、車上の人になったあたしたちは、特に騒ぐ事はなくセルから回ってきたナッツ類をポリポリやっていると、バスが急停止した。

「おっと、イース!」

 あたしは肩から提げているAK-47を確認し、二人でバスの前方に移動した。

 みると、やはりというか、盗賊の一団が道路を塞いでいた。

「扉を開けて!」

 あたしの声に運転手が即座に反応し、あたしたちはそのまま社外にでた。

「なんだおい、諦めが早いな。俺は…」

 恐らく、これが頭目だろうというゴツい男の額に、あたしはAK-47を単発モードで 射った。

 頭目の額に穴が開き、全ての口上を述べる間もなく倒れた。

 別に最後まで聞く義理はない。さっさと片付けるに限る。

「…プロテクト」

 その間に、イースが防御魔法をかけ、あたしはいきなり頭目が倒されて右往左往している連中に向かって、呪文を唱えた。

「どりゃあああ!」

 気合いを込めて、ファイアボールを無作為にぶちまけ、そこら中で爆発が起きた。

 敵の攻撃は散発的で、たまに命中してもイースの防御魔法によって弾かれた。

「目的は敵の殲滅ではありません。深追いは禁止です」

 イースが釘を刺してきた。

「分かってるよ。あくまも、バスの通り道を作るだけでしょ」

 あたしは苦笑した。

 今はセルたちの護衛中だ。

 二人だけならともかく、今は最小限の戦いにするのは当然だった。

「さて、こんなもんか。大した事はなかったね」

 盗賊の生き残りがどこにいったか分からないが、とりあえず邪魔者を排除してバスに戻ると、あたしたちは拍手で出迎えられた。

「うむ、大したものだ」

 セルが笑った。

「まあ、この程度ならね。相手が貧弱で良かったよ」

 あたしは笑みを浮かべた。

 再びバスが動きだし、あたしたちは旅を続けた。


 その後は特になにもなく、バスでいけるところはここまでというアラエルというバス停で降りた。

 時刻は昼を過ぎていて、私たちは分岐してアルデへ向かう未舗装の道に入った。

 ちゃんと舗装された道路もあるが、そっちを進むと遠回りになってしまう。

「ここを使えば、アルデまで遅くとも五日で着くと思うよ。頑張ろう!」

 あたしは笑った。

 アルデは山間の村だ。

 この時点ですでに上り坂の森林地帯だが、地面が土だと半端な舗装路より歩きやすい。

「うむ、なかなか趣がある景色だ。森が気に満ちている」

 セルが感慨深げに呟いた。

「そうですね。これだけ深い森は、なかなかないですよ」

 イースが笑った。

「そうだね。気が満ちあふれているって事は、連中もいるな。実際、もう監視されてる」

 あたしは苦笑して、空間ポケットから白旗を取り出して右手に持った。

 そう、森といえばこの種族。エルフだ。

 見た目は耳が長くて美男美女揃いという程度だが、とにかく長生きで魔力が高いというのが定説だ。

「さてと、どう出てくるか…」

 あたしは歩みの速度を落とし、周囲を見まわしながら慎重に進んだ。

 いきなり襲われるとは思わないが、変に疑われるのは面倒なので、少し進んで足を止め、挨拶する事にした。

「おーい、遠くから見てないでこっちにきてよ。悪さはしないから!」

 あたしは森に通るように大声を上げた。

 すると、しばらく経って、弓と槍で武装したエルフが、近くの木から飛び降りてきた。

「気づかれていたようだな。手にした白旗とこの道に入ってからの様子を見ていたが、敵意はない事は分かっていた。それでも、私たちのテリトリーから出ていくまで監視しなければならない。案内出来ればいいのだが、それは難しい。良い旅を」

 横並びで道を塞いでいた三人がバッと木の上に跳び上がり、気配を探ると監視の目が消えていた。

「あれ、監視をやめて帰っちゃったよ。まあ、もう大丈夫だよ。進もう」

 あたしたちは、再び山道を歩きはじめた。

 

 道を歩くうちに時刻は夕刻に差し掛かっていた。

 高度が上がって寒くなってきた事もあり、あたしたちはテントを張れる場所を探した。

 しばらく進むと道幅が広くなり、さながらここでテントを張ってくれというような、絶好の野営ポイントが見えてきた。

 山の陽はつるべ落としというように、あっという間に陽が落ちるので、今日はここを野営地にする事にした。

「イース、急いで。セルたちは、大形テントに寝るみたいだね」

 テントを支えるロープを地面に固定する、ペグという変な形をした釘のようなものを地面に打ち込みながら、あたしはとにかく作業を急いだ。

 その間にイースが空間ポケットから取り出し、折りたたみ式のアウトドア用テーブルセットを組み立てた。

 さらに調理用のコンロを出して組み立て、明かり取り用の大形ランタンを三つほど取り出し、適当な場所に置いた。

「終わりました。ドワーフのみなさんも終わったようです。夕食の準備をしましょう」

 まだ明るいうちに、イースが食材の調理を開始した。

 野菜などの生鮮食品から先に食べる。これは基本だ。

「うむ、やっているな。実は、ワシらに料理が得意な者がいないのだ。ぜひ、ご一緒したいのだが、問題ないか?」

 セルが申し訳なさそうに問いかけてきた。

「だって、イース」

 あたしが声をかけると、イースが笑みを浮かべた。

「はい、最初からそのつもりで作っています。安心して下さい。今日はコーンスープとパンです。クリームがありませんが、それなりに美味しいと思いますよ」

 イースが笑みを浮かべた。

「うん、一緒に食おう」

 あたしは笑った。

「恩に着る。なにか、手伝いをしてこよう」

 セルが笑みを浮かべ、自分たちのテントに戻った。

 そして、程なく全員が出てきて、イースから出された指示に従って、テキパキと仕事をはじめた。

「あっ、ごめん。何人かたき火用の薪を取ってきて欲しいんだけど」

 あたしが頼むと、文句もなく四人が森の中に入っていった。

「ぞれにして、寒くなってきた。そろそろ陽が落ちるな」

 あたしは防寒具を羽織った。

 あとで、敵の侵入の対策も兼ねて、寒さよけの結界を張ってもらう。

 これは今にはじまった事ではなく、野外で一泊する時は必ずそうしてもらっている。

 寒気を完全に遮断出来ないが、結界の内外では気温が二度ほど違うので、特に冬場はありがたかった。

「あとは、たき火の準備だね。薪集めで事故ってなければいいけど」

 あたしは暮れゆく山の景色を眺めた。


 結局、薪部隊が帰ってきたのは、うす暗くなってからだった。

「かなり程度がいい薪を見つけた。さっそく、たき火を熾そう」

 慣れているようで、セルが火をおこした。

「へぇ、上手いね」

 思わずあたしの口から感嘆の声が出てしまった。

 実のところ、上手くたき火を熾すのは難しい。

 セルの腕は、多少は心得があるあたしから見ても、見事としかいえなかった。

「これで全員揃ったね。イース、いつもの」

 あたしが声をかけると、イースが笑みを浮かべた。

「はい、結界ですね。今は煮炊きするので、最低限にしておきます」

 イースが笑みを浮かべ、呪文を唱えた。

 イースの言葉通り、あたしたちを包むように、薄い青白い光の壁が出来た。

「これで、寒さ対策にもなると思います。就寝前に強度を上げますね」

 イースが笑みをニコニコ笑顔になった。

 ここまでやって一息吐くと、辺りはすっかり夜闇に包まれていたが、イースの巨大カボチャ型のランタン三つと、たき火の明かりでなかなかいい雰囲気になった。

「さて、さっそく食事にしましょう」

 折り畳み式の野外テーブルセットをもう一台取り出し、人数分座れるようにして、イースが寸胴をドンと置いた。

「コーンスープです。パンもあるので、こちらもどうぞ」

 イースがパンを入れたカゴを、テーブルの三カ所に置いた。

「なかなか豪華な食事だな。頂こう」

 セルが笑った。

「はい、どうぞ。おかわりはたくさんあるので、ビシバシ食べて下さいね」

 イースが笑みを浮かべた。


 食欲旺盛なあたしとイース、それにドワーフのみなさんとくれば、コーンスープはあっという間になくなった。

 こればかりは紙製というわけではないので、寸胴や包丁などは節水して洗い、セルたちの要望でささやかな宴会が開かれた。

 おつまみはドワーフのみなさんが持っていたスモークチーズやナッツ類だったが、酒が命のドワーフのみなさんは葡萄酒のボトルを次々に開け、楽しい時間を過ごした。

「よし、今は旅の途中だ。そろそろ、切り上げよう」

 セルの一声で宴会は終わり、使用済みの紙皿はたき火にくべて燃やした。

「では、我々はテントに入る。楽しかったぞ」

 セルが笑みを浮かべた。

「うん、あたしたちも楽しかった。見張りは護衛のあたしとイースがやるから、遠慮なく休んでね」

 あたしは笑みを浮かべた。

「リズ、結界の強度を最高レベルまで引き上げます。それでも換気口は開けるので、たき火を消す必要はありません」

 イースが笑みを浮かべ、結界の輝度が増した。

「これで問題ありません。さて、見張りの順番はどうしますか?」

 イースが笑みを浮かべた。

「それじゃ、あたしが先にやるよ。いつも通り、三時間交代で」

 あたしは笑った。

「分かりました。私は先に休みます。とりあえず、おやすみなさい」

 イースが笑みを浮かべ、あたしたちのテントに入っていった。

「さてと、ここはエルフのテリトリー内だから、変に盗賊とか魔物は出ないかな。そんなのは、エルフがさっさと駆除するだろうし」

 あたしは独り笑った。

「なにもなければいいけどね。まあ、暇だけど」

 あたしは肩から提げていたAK-47を下ろし、いつでも対応出来るようにした。

 こうして、大森林の中で、静かな夜は過ぎていくのだった。

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