第2話 旅の装備

 あたしが目覚めるとまだ明け方という時間で、イースはまだ自分のベッドでスヤスヤ寝ていた。

 コーヒーでも煎れようと、部屋の片隅にある小さな棚の上に置かれたポットを、魔力感応式小型ヒーターに乗せ、あたしは自分のベッドに座った。

 ここは二人部屋で、一般的な宿より少し広いので、なかなか便利だった。

 さて、やっと暇が出来たので軽く自己紹介すると、あたしはリズ・ウインドで相棒はイース・ボナパルト。あたしは十八才でイースは二十一才。

 王城がある中央部生まれではあるが、世界を旅してみたくて、両親の反対を押し切ってここに至る。

 イースとは最初に泊まった町の酒場で、泥酔した客に絡まれているところを助けられ、見ていられないと、あたしと旅をする事になった。

 あたしは魔法使いで、そこそこの実力はあると自負しているが、通常兵器も多少は自信がある。

 威嚇用にショートソードを腰に帯びてはいるが、そちらは専門外なので今まで戦闘に使った事はない。

 対して、イースも魔法使いではあるが、攻撃魔法は苦手で回復や防御魔法にほぼ特化していて、ナイフや素手を使った近接戦闘が得意だ。

 先ほどのポットから湯が沸いた音が聞こえたため、あたしはベッドから立ちあがり、カップにインスタントコーヒーの粉を入れ、湯を注いでまたベッドに座って一口飲んだ。

「はぁ、暇だなぁ。まあ、この時間じゃ無理もない。イースを無理に起こすとぶん殴られるからなぁ」」

 あたしはコーヒーをチビチビ飲みながら、魔法で小さな明かりを作り、買いだめしてあった魔法書を読みはじめた。

「へぇ、こんな解釈があったか。この筆者、ただ者じゃないな」

 ブツブツ呟きながら時間を潰し、朝メシの時間が近づいてくると、イースがベッドから起き上がって大きくアクビをした。

「あら、早いですね。おはようございます」

 イースが小さく笑った。

「おはよう。朝メシどうする?」

 あたしは笑みを浮かべた。

「はい、いつも通り『銀竜亭』のモーニングでいいでしょう。この宿のお隣ですから」

 イースが笑った。

「そうだね。面倒だしいいか。このあと酒場に行くけど、あそこのメシは不味いからね」

 あたしは笑った。

「よし、決まったら行動だね。着替えて朝メシにいこう!」

 あたしは笑みを浮かべた。


 カウンターのオッチャンに鍵を渡し、宿から出てすぐ隣の銀竜亭に入った。

 まだ早い時間のせいか、あまりお客は入っていなかったが、もう少し経つと朝メシ目当てに結構な客が入る。

 適当な席に座ってしばらく待つと、オーダーを取りにくるまでもなく『リズ専用モーニング』と、『イース専用モーニング』が運ばれてきた。

 モーニングというより昼メシのような肉料理中心のあたしと、魚料理中心のイース。

 これで、いかにこの店を使っているか分かるだろう。

「さて、いただきます!」

「いただきます」

 あたしとイースが同時に挨拶をして、朝としてはへビーな食事を食べ始めた。

 太るぞというなかれ。

 魔法使いが常時消費しているエネルギーを考えれば、カロリー数としては妥当なところだ。

 早食いというわけではないと思うが、手早く食って会計を済ませ、あたしたちは日課になっている酒場に向かった。

 といっても、朝から酒を浴びるわけではない。

 なにか仕事が入っているか確認したり、馴染みの客をからかって暇つぶしをしたり、この街にいる時は、大抵宿かここにいる。

 年季の入った扉を開けて中に入ると、年中無休終日営業のここは、徹夜で飲んでいた連中がテーブルで寝ていたり、冒険者たちが遊んでいたり…まあ、いつも通りだった。

「おう、早いな。今日はまだ仕事の依頼はないぜ」

 カウンターの向こうで、オッチャンが笑った。

「そっか、ならいいや。北の勇者にも休日は必要だ!」

 あたしは笑った。

「それならいい。お前たちが朝から飲まないのは知っているから、リンゴジュースでも飲むか?」

 オッチャンが笑った。

「なんでリンゴジュースだか分からないけど、それをちょうだい」

 あたしは笑って、カウンター席の隣に座ったイースと、ジョッキに注がれたリンゴジュースで乾杯した。

「おう、北の勇者。飲んでるか?」

 しばらく経つと、酔っ払った顔なじみの爺様が声をかけてきた。

「飲んでるよ。もう歳なんだから、その辺で切り上げて寝たら?」

 あたしは笑った。

「なに、まだまだ若いもんには負けん。どうだ、飲み比べでも…ゴフ!?」

 爺様が変な声を上げ、その場に倒れた。

「あれま。オッチャン、これ頼んだ」

 あたしは苦笑した。

「ああ、分かってる。店員に病院に運ばせる。全く、この爺さんは…」

 オッチャンの声に近くの店員に声をかけ、用意がいいことに担架に爺様を乗せ、急ぎ足で酒場から出ていった。

 ちなみに、この酒場は広く旅人や冒険者たちの憩いの場になっている。

 ここは北部地域の入り口という感じの街で、表通りは人でごった返していた。

「あっ、そういや思いだしたが、この街の治安維持のために、警備隊の兵器を充実させたいといって、俺に相談を持ちかけられたんだが、お前の方が詳しいだろ。その気があるなら、警備隊長を呼ぶから協力してやってくれ。どうだ?」

 オッチャンが笑った。

「いいよ、暇だし。お駄賃は?」

 私は笑みを浮かべた。

「ああ、俺から金貨二枚出す。悪くはないだろ?」

 オッチャンが笑った。

「金貨二枚って、また張り込んだね。相談だけなら、銀貨二枚でいいよ」

 あたしは笑った。

「そうか。なにしろ、あの北の勇者様に相談だぜ。このくらいは妥当だ。いいから持ってけ。警備隊の本部まで使いを出すから待ってろ」

 オッチャンはニッと笑みを浮かべ、手が空いている店員に声をかけた。

「これでいい。あとは、任せたぞ」

 オッチャンの声に手を挙げて応え、あたしはジョッキのリンゴジュースをちびりとやった。


 すぐに酒場にやってきたのは、警備隊の制服を着たお兄さんだった。

「酒場の使いでやってきました。警備隊長のグロイターです。

 びしっと敬礼を放った警備隊長に、あたしは苦笑した。

「堅苦しくしないでいいよ。知っているかもしれないけど、あたしはリズでこっちがイースね。相談事があるって?」

 あたしとイースは席から立った。

「はい、今回は個人兵装ではなく、最近になって活発になってきた盗賊対策です。今は牽引式の榴弾砲で対応してきましたが、とても心もとないのが現状です。なにか、いいアイディアはありますか?」

 隊長は街のマップをカウンターに広げた。

「そうだねぇ…。そもそもの榴弾砲の数が少ないし、面的攻撃をするならロケット砲でも配置しようか。BM-21『グラート』をこことここと…」

 あたしはマップ上に、赤点で配置場所を示した。

「なるほど、これならどこから攻められても対応できますね。いいアイディアを頂き、ありがとうございます。さっそく手配しましょう」

 隊長が笑みを浮かべた。

 グラートは大型軍用トラックの荷台を改造して作られた自走ロケット砲で、122ミリロケット弾を四十発搭載可能な代物である。

 バラバラとやってくる盗賊には、十分に対応出来るだろう。

「一つ注意すると、初弾は配置から三分で発射出来るけど、次弾装填は十分かかるから、複数台を配置すること。そんなに高価じゃないから、数は考えてね」

 あたしは笑みを浮かべた。

「分かりました。さっそく手配します」

 隊長がビシッと敬礼して、酒場から出ていった。

「こんなもんかな。だから、金か二枚なんて多すぎるって」

 あたしは空間ポケットの財布に手を突っ込んだ。

「だから、それでいいんだ。北の勇者に相談できた事自体に価値がある。自分で評価を下げるな。変なところで真面目なヤツだ」

 オッチャンが笑った。

「なら、素直にもらうけど…。さて、特に仕事もないみたいだし、宿に戻るよ。何かあったら、すぐにきてね」

 あたしはジョッキの中にあるリンゴジュースを一気に飲み干し、イースと共に酒場から宿に移動した。


 宿の部屋に入ると、あたしは自分のベッドに座り、読みかけの魔法書を読みはじめた。

 手すきのイースは、なにやら武器の点検を開始した。

 あたしと同様、威嚇用にデザートイーグルという馬鹿でかい拳銃を帯びているが、使う機会はない。

 勿体ないとは思うが、あたしにはトカレフがあるので十分だった。

 他にやる事もなく、それぞれがそれぞれの時間を過ごしていたが、ちょうど魔法書を読み終わった時、部屋の扉がノックされてその静寂は打ち破られた。

「鍵は開いてるよ。入って」

 あたしが返事を返すと、扉が開けられてドワーフが一人入ってきた。

「くつろいでいるところ申し訳ない。ワシはセルという者だ。北の勇者と呼ばれるそなたたちにご足労願いたい。アルデという山間の村は知っているか?」

 セルが会釈した。

「知っているけど、あそこはなにもない素朴な村だよ。なんだって、そんな場所に…」

 あたしは不思議に思って、セルと名乗ったドワーフに問いかけた。

「そうだな。しかし、あの村の近くに金の鉱脈がある事が分かってな。今回はその試掘にきたんだ。貴殿には我々の護衛をお願いしたい」

 セルが頭を下げた。

「うん、いいよ。報酬はどのくらいなの?」

 あたしは笑みを浮かべた。

「うむ、それは大事な話だな。今回は金貨百枚と考えている。いかがなものか」

 セルが少し大きめの革袋を差し出した。

「おお、豪勢だね。いいよ、引き受けた」

 あたしは笑った。

「商談成立だね。イースも文句ないよね?」

「はい、問題ありません。稼げる時に稼いでおかないと」

 あたしの問いに、イースが笑った。

「よし、こっちは問題ないよ。準備しないといけないから、出発は明日でいい?」

 あたしが問いかけると、セルが頷いた。

「もちろん構わん。こちらは八人いる。旅の準備は出来ているが、水や食料を追加しておきたい。宿泊先は決めていないが、ここで大丈夫か?」

 セルが笑みを浮かべた。

「それはカウンターのオッチャンに聞いて。そこそこ埋まっているはずだけど、空室はあるはずだよ。さっそく聞いてみて」

 あたしは笑った。


 結局、セルご一行はこの宿に泊まる事が決まった。

 最初は案内しようと思ったが、ここで売られている武器がどんなものか見たいというので、あたしたちとは別行動で旅の準備をする事にした。

 ちなみに、ドワーフは別名地中の人と呼ばれるくらい、鉱山を作るエキスパートだ。

 しかも、鍛冶能力に長けているので、ドワーフが打った剣はぶったまげるほど、高価で取引されている。

「よしよし、これで食料はいいね。あとは、水とお菓子…」

 街にある巨大商店街で食料や水などの必要なものを揃え、紙皿も大量に買い込んだ。

 なぜ、紙皿かというと、旅の最中で貴重な水を使って食器洗いをするのを嫌ってだ。

 紙皿ならたき火や魔法で燃やせば片が付く。勝手知ったる冒険者や旅人なら、誰でもこうするのだ。

「イース、なにそのウナギ。食いたいの?」

 あたしは食料品の店で見つけたウナギ売り場で、指を咥えてみているイースの頭にゲンコツを落とした。

「今夜食べたいです。お金も入った事ですし、このくらいは…」

 イースが二尾入りのパックを取って、買い物カゴに入れた。

「まあ、たまにはいいか。はいはい、買ってあげるから」

 あたしが苦笑すると、イースの目が輝いた。

「ったく、どっちがお姉さんなんだか…。どうせ、次は酒でしょ。ビールなら部屋の冷蔵庫に山ほど突っ込んであるけど…」

 あたしは苦笑した。

「いえ、そのビールでいいです。これ以上の贅沢はいいません」

 イースが笑った。

「なんだ、珍しいね。よし、旅の食料と水は確保したし、あとはテントやなにやらの点検だね。普段使いで問題ないけど、一応ね」

 あたしは笑みを浮かべた。


 旅の装備で七輪がある。

 宿に戻った時には夕方で、ちょっと早いがウナギを食べるために、あたしたちは屋上に陣取り、メシやおかずを揃えてビニールシートを敷いて、一足先に旅モードになった。

「それ、もう焼けてタレもついてるから、温めるだけだよ」

 香ばしい香りが漂う中、あたしはイースに注意した。

「分かっています。これと、ビール。いいですなぁ」

 ニコニコ笑顔のイースが、温まったウナギを皿に移した時、屋上の扉が開いてセルご一行が姿を現した。

「おっ、先客がいたようだな。ウナギか、いい香りだ。ワシらもささやかな酒宴をしようと集まったのだ。一緒にやろう」

 セルが笑った。

「いいよ。ウナギはないけど、なにかあるの?」

 あたしの問いかけに、セルが笑った。

「そう大したものではない。お好み焼きと焼きそば、たこ焼きもあるぞ。あまり派手にやると迷惑をかけてしまうから、控えめにしておいた」

 セルが笑った。

「粉物祭りだね。まあ、明日からの親睦を深めよう!」

 あたしは笑った。


 セルたちとの宴会も終わり、あたしたちは片付けて部屋に戻った。

 あたしもイースもご機嫌で、空間ポケットからテントや寝袋を初めとした、旅行きの装備を整えていった。

「さてと、こんなものかな。明日は早く出るって話をしておいたし、アルデまでは徒歩一週間って感じだね」

 あたしは笑みを浮かべた。

 近くまでいく長距離バスはあるが、時間が不規則で一日に一本しかないので、あえて避けたのだ。

「はい、分かっています。久々に遠出ですね」

 イースが笑みを浮かべた。

「そうだね。酒場には話を通しているし、これで問題ないでしょ」

 あたしは笑みを浮かべた。

「はい、これで大丈夫だと思います。あっ、思い出しました。この前の旅で入手した物の鑑定をしていません。今からはじめましょう」

イースが笑みを浮かべた。

「あっ、そうだね…」

 あたしはポケットの中から、どこでも書けてすぐに消せる特殊なチョークで、床に魔法陣を描いた。

 ちょと前の話になるが、あたしたちはこのフロッグからほど近い場所で発見された、ちょっとした迷宮の調査を国から依頼されたのだ。

 調査の中で見つけたお宝は、あたしたちの所有でいいという事だったので、発見した遺物を根こそぎ持って帰ってきたのだが、それの素性を知る『鑑定』をやっていなかった。

 売るにしても手元に残すのも、これをやっておかないと危ない。

「じゃあ、はじめようか。イースが全部持っていたよね?」

 私はイースに問いかけ、魔法陣の中央に座った。

 鑑定は店でもやってもらえるが、かなりの出費になるので、自分で出来た方がいい。

「はい、まずはこの変なお面から…」

 イースが空間ポケットを開いて、見るのも不気味なそれを差し出した。

「…なんでそれからいくかな。まあ、いいや」

 あたしの目の前にお面が置かれ、あたしは呪文を唱えた。

 魔法陣が怪しく緑色に光り、お面が黒く光った。

「ああ、これハズレ。多少魔力を上げる効果があるみたいだけど、ややこしい呪縛がかけられているから、速攻で処分ね」

 あたしはお面を手にして、魔法陣の外に放り投げた。

「それでは、この水晶のような球体を…」

 イースが次ぎに置いた、透明な球体を鑑定した。

「おっ、これは当たり。水晶球じゃなくて、未使用の魔法球だよ。売れば高値がつく」

 魔法球はオーブともいうが、中に魔法を封じられるという、便利な球体である。

 店で買ったのなら別だが、迷宮でこんな未使用の魔法球が発見されることは希だ。

「それは拾い物ですね。では、次を…」

 とまあ、こんな調子で鑑定を終え、ゴミばかりではあったが、貴重な装身具や宝石、武器などがあり、これだけで報酬額を超えてしまった。

「今回は運が良かったね。迷宮の調査なんて、大抵が大ハズレだから」

 あたしは笑った。

「そうですね。ゴミとお宝を整えましょう」

 イースが笑みを浮かべた。

 こういう時、ゴミは何でも屋に回収してもらうのが常だ。

「お宝はあたしの空間ポケットに入れておくよ。あとは何でも屋を呼ぼう」

 あたしは立ち上がり、足で払って魔法陣を消した。

「はい、私が何でも屋さんを呼んできます」

 イースが部屋を出ていって、あたしは手早くお宝を空間ポケットに放り込んだ。

「やれやれ、旅に出る前に気が付いて良かったよ。空間ポケットだから重くはないけど、邪魔といえば邪魔だったからね」

 あたしは一人笑った。


 この街は北部地域の玄関口に当たるので、自然といつでも人が集まってくる。

 そういう事情もあって、終日営業の店も多く、あたしたちが故意にしている何でも屋もその一つだ。

 十分ほどでイースと何でも屋の兄ちゃんがやってきた。

「依頼の品はそれかい。処分料は金貨一枚だよ」

 いつも通りの料金を支払い、何でも屋は背負いカゴにゴミをぶち込み、そうそうに帰っていった。

「これで一段落だね。ちょっと早いけど、明日は早いからもう寝よう」

 あたしは小さく笑った。

「そうですね。いきなり寝不足というのも辛いですし」

 イースが笑みを浮かべ、自分のベッドに潜った。

 それを見てあたしもベッドに潜り、そっと目を閉じたのだった。

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