北の勇者

NEO

第1話 いつもの事

 頃は真夜中丑三つ時。

 あたしが受けた奇妙な依頼のため、相棒のイースと共に街道を進む最中に起きた。

「ったく、数が多い。そこらからボコボコ沸いてくる!」

 あたしは車群の陰に陰に隠れながら、茂みを踏み分けてぞろぞろ出てくる、盗賊団のマークが記されたM113歩兵輸送車に手を焼いていた。

「はい、困ったものですね。リズ、あっち…」

 イースが小さく笑い、指を差した方向から、また現れたM113の姿を見てげんなりした。

 そう、こんな時になんだが、あたしはリズ。リズ・ウィンド。

 このアレン王国北部地域を根城に活動する、一介の冒険者だ。

「笑ってる場合じゃない。この、ファイアボール!」

 頭にきて出てきたばかりのM113に炎形中級攻撃魔法を放ったが、敵も対策はしているようで、一般的に出回っている対魔コーティング材を薄い装甲板に塗りつけていて、火球は弾かれてしまった。

 しかも、飛び散った火球が散乱し、あたしたちが乗ってきたジープを直撃してしまった。

「…ぶっ殺す!!!」

 あたしは空間ポケットを開き、中から筒状の対戦車用の武器を取りだした。

「RPG-7。弾頭が一発しかないけど、くれてやる!」

 あたしはミサイルを肩に背負い、トリガーを引いた。

 真っ赤なロケットエンジンが吐き出され、対戦車用の弾頭は出てきたばかりのM113を破壊した。

「ふん…。さて、本格的に始末するか。とはいっても、この混戦だとなぁ」

 あたしは肩に提げていたAK-47を構え、軍用としては今では廃れてしまったが、冒険者が使う分にはなにかと便利な銃剣を取り付けた。

 敵は五十人前後。あたしたちにとっては、さほどの数ではないが。M113からの重機関銃乱射がちょっとうるさい。

「よし、まずはM113から片付けよう。いくよ!」

 あたしはイースを連れ、一番近くにいたM113の後部にそっと回り込んだ。

 明け放れた後部ハッチをそっと覗くと、兵員室には誰もおらず、絶好の攻撃目標だった。

「…いくよ」

 あたしは手榴弾を手にし、安全ピンを引き抜いて三個ほど投げ込んだ。

 すかさず離れて身を地面に伏せると、派手な爆音と衝撃波が頭上を駆け抜け、M113は大炎上を起こして擱座した。

「よし、まずは一両撃破。次に行くよ!」

 結局、あたしとイースは厄介なM113をぶっ壊しながら、ひたすら戦場を駆け回った。


 最後の盗賊を片付けた時、夜はすっかり空けていた。

 今回の仕事は、自力でなんとかならなかったのか、軍の輸送トラックの一団を護衛することだ。

「ったく、面倒だったな。ボーナス出なかった暴れる!」

 倒した盗賊の死体を山積みにして燃やし、その熱で体を温めながら、あたしはブツクサぼやいた。

「どうですかね。国の仕事なので、財布の紐は固いと思いますよ」

 イースが笑った。

 この北部地域では、夏でも朝晩は冷える。

 寒い空気の中、あたしは小さくため息を吐いて、護衛をしてきた車群を眺めた。

 薄いが装甲板を張ってある軍用トラックたちは、走行不能なほどのダメージはないようで、先ほどやってきた隊長の話では、積み荷も特に問題ないようだった。

「とりあえず、今のところは大丈夫か。ずいぶん働いちゃったな」

 あたしは笑った。

「報酬なりの仕事はしたと思います。私たちのジープは吹き飛んでしまいましたが、荷台に乗せてくれるそうなので、問題はないでしょう」

 イースがニコニコした。

「まあ、借り物だしいいけどね。さて、気合い入れるか!」

 声をあげ、あたしは大きく伸びをした。

 そう、これがあたしたちが過ごす日常の一部。

 社会的には冒険者となるが、実質上は旅人に近い根無し草だ。

「早く終わらせて、帰ろうか。あとは、数時間で到着でしょ」

 あたしは笑った。


 結局、何ごともなく仕事を済ませたあたしたちは、依頼完遂証明をもらって、根城にしているフロッグという街に戻ることにした。

 徒歩なら数日という距離だが、ボーナスを加算した依頼料と移動の足ということで、ボロボロのジープを一台もらったので、帰りは楽そうだった。

「さて、いくよ!」

 ハンドルを握ったあたしは、助手席に座るイースがニコッとしたことを確認してから、ゆっくり街道を進んだ。

 石畳で舗装された道路のガタガタする振動を受けながら、ポンコツジープはあたしのいうことを聞いて、順調にフロッグに向かっていった。

「それにしても、今回はハードだったよ。早く寝たい!」

 あたしは笑った。

「はい、私も疲れました。もう一度確認しますが、怪我はないですか?」

 イースが泥と煤で汚れた顔を拭った。

「まあ、多少はあるけど、治療するほどじゃないよ。ありがと!」

 あたしは笑みを浮かべた。

「それなら結構です。早くシャワーを浴びたいですね」

 イースが笑った。

「全くだよ。あたしはもうヘトヘトだよ」

 あたしは苦笑した。

 実際、こんな依頼を受けたのは初めてだった。

 規模が大きくても、商隊の護衛とか長距離バスの護衛くらいで、国軍が依頼元というのは初めてだった。

 こんな仕事は通常は軍が自らやるし、一介の冒険者に出すような依頼ではない。

「まあ、名指しだったからあたしも受けたんだけど、予想しなかったボーナスもついたし、悪くはなかったな」

 あたしは対向してきた農作物を山と積んだ馬車を避け、ガタガタと揺れるジープを駆ってフロッグを目指していった。


 フラッグに到着したあたしたちは、常宿にしている『アラマンダ』に戻った。

「おっ、いい仕事してきたようだな。早く部屋でシャワーを浴びるといい」

 カウンターのオッチャンが笑い、預けていた部屋の鍵を渡してくれた。

「全く、よく働いてきたよ。帰って寝る!」

 あたしは鍵を受け取り、イースを伴って階段を上った。

 部屋は二階にあり、廊下を歩いてすぐだ。

 我ながら慣れたもので、あたしは鍵を開けて中に入り、汚れた服を一気に脱いで扉の脇に置いてある洗濯カゴに放り込んだ。

 まあ、余談だがこのカゴは宿のお手伝いさんが、廊下に出しておくと毎朝回収して洗濯してくれるし、その料金は常連様サービスで無料だ。

「こら、風邪引きますよ」

 下着だけで床に座ったあたしに笑みを浮かべ、イースもやはり下着姿になった。

「さて、恒例のジャンケンです。いきますよ」

 イースが笑った。

 このジャンケン。今回はシャワールームの順番が掛かっている。

「…負けられない戦いが、ここにはある」

 私はニッと笑みを浮かべ、イースとの勝負を始めた。


 …負けた。

「な、なんでよ!」

 あたしは部屋の床に大の字になり、苦笑した。

 どこでも寝られるという特技があるあたしだが、さすがに綺麗なベッドにこんな汚れたまま寝るのは嫌だ。

 シャワールームから漂ってくる、ボディソープの匂いを嗅ぎながら、あたしは危うく眠るところだった。

「おっと…。早く出ないかな」

 ムカついたので、バレないようにイースのベッドに腰を下ろし、待つ事しばし。

 普段のツインテールを解いて、頭まできっちり洗った様子のイースがシャワールームから出る音が聞こえ、あたしはイースのベッドから立ちあがった。

「お待たせしました。リズもかなり汚れていますよ。綺麗にして下さいね」

 イースが笑い、あたしは入れ違いでシャワールームに入った。

 たいして広くはないが、機能的に出来ているので不満はなかった。

 シャワーのお湯で身を洗い、こんな時に便利なベリーショートにしている頭を洗い、綺麗さっぱりしたあたしは、シャワールームから出ると、まずはタオルドライで頭をガシャガシャ擦った。

「ダメです。髪は労って下さい」

 ベッドに座ってタオルドライをしているイースが笑った。

「いいんだよ、生えていれば!」

 あたしは笑い、炎の魔法でドライヤーを作り、髪の乾燥をはじめた。

「イース、まだやってるの。早くして、魔力がもったいない!」

 あたしは即席のドライヤーをイースの目の前に、ふよふよと漂わせた。

「はい、もう少しです。待って下さい」

 イースが笑みを浮かべた。

「これがあるから、頭を洗う日を分けているんだよね。まあ、今回はどうにもならないけど」

 あたしは苦笑した。

 この程度の事は、魔法使いなら誰でも出来そうなものだが、イースは火に対する精霊力があまりに低く、維持が難しいのであたしがやっている。

 しばらく待って、イースがタオルを洗濯カゴに放り込んだ。

「お待たせしました。よろしくお願いします」

 イースが自分のベッドに座り、あたしが作ったドライヤーで髪を乾かしはじめた。

「これが終わったらちゃんと寝て、起きたらご飯だね。疲れた」

 あたしは笑った。

「はい、そうしましょう。お疲れ様です」

 イースが笑みを浮かべた。


 宿でひと眠りしたあたしたちは、もう間もなく夕暮れという時間に買い出しに出かけた。

 今回は派手に武器を消費したため、その補充がメインだった。

 宿からほど近い場所に、武器屋や防具屋が集まるマーケットがあり、なにかといえばここを利用することが多い。

「えっと…。あった」

 マーケットは賑わっていて、鎧姿のいかにも冒険者という感じの鎧を着た集団や、自衛用に使うのか、素人と分かる人たちをかき分けるように進み、いつも使っている店を見つけた。

「はい、知らないうちに閉店してしまう店が多いですからね。良かったです」

 イースが笑った。

「そうだね。まあ、あそこは人気店だからその心配はないだろうけど」

 あたしは笑った。

 人混みを進み、目的の店に入ると、店主のオッチャンが近寄ってきた。

「おう、きたな。今日は何が欲しい?」

 オッチャンが笑った。

「はい、これ」

 あたしは事前に書いておいた買い物リストを、オッチャンに手渡した。

「なんだ、今回は大量だな。ムカついて、なんかぶっ壊していたのか?」

 オッチャンが笑った。

「違う、派手な相手だったの。在庫はある?」

 あたしは笑った。

「あるよ。でも、ナイフは困ったな。ここより、専門店の方がいい。イースのナイフまでぶっ壊したのか?」

 オッチャンが困った顔をした。

 これがこの店のいいところ。ないものは素直にないという。

「はい、そうです。どのみち買い換え時だったのですが、機会がなくて」

 イースが頭を掻いた。

 そう、あたしが魔法と兵器を主力で使うのに対し、イースはナイフや剣を使う近接戦闘を得意としているのだ。

 あたしも威嚇のためにショートソードを腰に帯びてはいるが、これを使う事はなかった。

「そうですね。このあと寄るつもりでした」

 イースが苦笑した。

「それがいい。さて、リズの用意だな。ったく、戦争でもやるのかって量だぜ」

 オッチャンは、下働きの兄ちゃんに合図を送り、奥の倉庫からゴロゴロと台車に乗せた木箱をいくつも持ってきた。

 それを、イースと一緒にあたしの空間ポケットに放り込りこみ、三十分ほどで全てが終わった。

「金額はいつも通り、お友達割引でこんな感じだ。いいか?」

 オッチャンが電卓で弾いた金額は、相場より少し安かった。

「分かった。これでいいね」

 あたしは空間ポケットに収めてある財布から、金貨を百枚取り出してカウンターに置いた。

「毎度。他になにかないか。携行形対空ミサイル…えっと、スティンガーだったかな。あれが安くて大量に仕入れたんだ。試しに買っていかないか?」

 オッチャンが笑った。

「あれか…。まあ、使うかどうかは別として、いいよ」

 あたしは笑った。

 こういう時は持ちつ持たれつ。困ってるなら買う。

 これが、馴染みの客である。

「おう、助かった。思いのほか売れなくてな」

 オッチャンが笑った。

「まあ、そうだろうね。こんなの、対飛行中のドラゴンにしかならないし」

 あたしは笑みを浮かべた。

「そうなんだが、つい買っちまった。全部で百セットあるんだが、半分だけでもいいから買ってくれ」

 オッチャンが笑った。

「水くさいな。全部買ってやるから、持ってこい!」

 あたしは笑って、財布から金貨を五十枚取りだし、カウンターにおいた。

「それは助かる。もう少し安くていいぜ」

 オッチャンが金貨の山から十枚取りだし、あたしに返した。

「よしよし、いい買い物が出来た。またね!」

 こうして武器を揃えたあたしは、今度はイースが贔屓にしている店に向かった。

 オッチャンの店から十メートルほど程先に進むと、刀剣類専門の店があった。

「さて、今度は私ですね。えっと、変な…じゃなかった、いいナイフがあるといいですね」

 イースが笑った。

「また、変なナイフを買っちゃダメだよ」

 放ってくと変なものを買いかねないので、あたしはイースについていった。

「あっ、七支刀です。欲しいです。あと一振りしかありません」

 イースがさっそくぶっ壊れたので、あたしはその足を思い切り踏んだ。

 ちなみに、七支刀とは、一本の剣の周りに刃がついた枝が七本あり、主に催事に使う剣だ。

 こんなものを買っても邪魔なので、あたしはストップをかけたのだ。

「なんですか。あのフォルムの…イタタ!」

 今度はイースの左頬にビンタをくれてやり、なんとか気を反らせる事に成功した。

「ナイフでしょ、ナイフ!」

 あたしはイースの手を引いて、ナイフが置かれたコーナーに向かった。

「ほれ、選べ」

 あたしは笑みを浮かべた。

「そうでした。でも、先ほどの七支刀が…」

 イースがなにやら不満そうだった。

「あんなの買っても無意味でしょ。ほら、早くナイフ!」

 あたしが声を出すと、イースはため息を吐いた。

「分かりました。ナイフですね。七支刀…」

 よほど七支刀が気に入ったのか、未練がましく呟きながら、イースはナイフの品定めを開始した。

「といっても、私が使うモデルは…。あっ、ありました。考えるまでもないですね」

 イースがややゴツい、いかにも強靱そうなナイフをチョイスした。

 これは、イースがお気に入りのモデルで、いつもこれを使っている。

「さて、これで揃ったね。宿に戻ろう」

 あたしは笑みを浮かべた。


 宿に帰ろうとして思いだし、あたしたちは酒場に足を向けた。

 宿からほど近い場所にある酒場に入ると、まだ早い時間なのに早くも酔客が賑やかに酒を飲んでいた。

「おっ、北の勇者様じゃねぇか。また活躍したんだってな!」

 顔を赤らめたオッチャンが、ジョッキを片手に笑った。

 あたしたちには様々な二つ名があるが、ここ数ヶ月で定着したのは『北の勇者』だ。

 イースはこう呼ばれると恥ずかしがるが、あたしは堂々とそれを受け入れていた。

「おう、活躍してきたぞ。そっそく報告!」

 あたしは笑い、依頼完遂証明を空間ポケットから取りだし、カウンターのオッチャンに差し出した。

「よし、確かに受け取ったぞ。お疲れさん」

 オッチャンは笑みを浮かべ、ジョッキに並々とビールをついで、あたしたちの前に置いた。

「お駄賃だ。奢るぞ」

 オッチャンが笑った。

「ありがと。じゃあ、イース。乾杯!」

 あたしとイースはジョッキを打ち鳴らし。そのままカウンター席のスツールに座った。

「面倒だったけど終わったね。今日はこれでゆっくりしよう」

 こうして、あたしたちの一日は終わったのだった。

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