第61話 合流

 俺とケドラは声のする方向へと駆ける。

 するとすぐに、広く大きな空間が現れる。


 前方に目線をやると、ミラとカレンを大量のゴブリンたちが囲んでいる。

 ゴブリンたちは、小さいながらも剣や木製のこん棒などで武装し、二人を攻撃する機会を伺っている。

 囲まれたミラとカレンは背中合わせで互いの事を守り合いながら、ゴブリンたちに剣を向けて牽制している。

 カレンの腕からは、ゴブリンにやられたのか大量の血が流れ出ている。

 それだけでなく、二人は肩で息をしていて、明らかに疲労が溜まっているのが伺える。

 

 ようやく見つける事が出来たが、この状況まずいな。

 二人を囲んでいるゴブリンは……、ざっと百体以上は居るな。

 カレンも怪我をしているみたいだし、早く加勢に向かおう。


 加勢に向かおうとした時、隣に居たケドラが口を開く。


「グレイさん、少し下がってください」

「ケドラ? どうするつもりだ?」

「ゴブリンたちを焼き払います。二人とも! そこから離れて!」


 ケドラはゴブリンに囲まれている二人に声を掛けると、一歩前に出て魔法の詠唱を始めた。

 詠唱をする彼の体の周りには、以前決闘で見た時と同様に魔力が漏れ出ている。


 この感じ、強力な魔法を放とうとしている感じか。


 ケドラの声が聞こえた事で、ミラたちはこちらを振り向き、驚いた表情を見せる。


「――ケドラにおじさん!? どうして、ここが分かったのよ」

「後で説明する! それより、今すぐゴブリンたちの包囲を突破して、壁側に避けろ!」


 ケドラの詠唱する姿を見て、すべてを察したようにミラがカレンの手を引き、ゴブリンたちに向かって突っ込む。

 ミラは左手で握った剣で、ゴブリンたちを薙ぎ払うとカレンと共に壁側に避難した。


「ケドラ! こっちは大丈夫よ! 頼んだわ!」


 壁側に避難を終えた二人は、大きな声でケドラにそう伝えた。

 その後、カレンが胸元から黄色の石のネックレスを取り出すと、前に突き出す。

 すると彼女たちの周りに半透明の障壁が生成される。


「業火を散らし、大地を焦土と変えよ――ヘルファイア」


 とてつもない轟音と共に、真っ赤に燃える炎がゴブリンたちを焼き尽くす。

 その衝撃は凄まじく、体がよろけてしまうほどの爆風で、遺跡が振動する。


 これが、ケドラの攻撃魔法か。

 石像との戦闘で見せた、土属性の魔法とは桁違いの威力だな。

 ますます、剣士でやろうとしているのが、もったいなく思う。


 


 

 しばらくすると、火は収まり、遺跡内には静けさが訪れる。

 ケドラの魔法を直接受けたゴブリンたちは、跡形も無い。


 そうだ、ミラたちは大丈夫か?

 ミラたちの居た場所を見ると、半透明のバリアの内側で二人は立っていた。

 

「ミラ、カレン、大丈夫か?」

「えぇ、私は大丈夫よ。おじさん、それよりカレンさんの怪我を治してあげて」

「そうだな。カレンこっちに来てくれ」


 彼女は俺の方に来ると、怪我した腕を抑えていた手を退けて俺に見せる。

 破けた服には赤い血が滲み、腕からは血が溢れ出ていた。


 結構、深いな。だが、この程度の傷であれば普通のヒールで大丈夫そうだな。


「ヒール」


 カレンの怪我した部分が黄緑色に光ると、徐々に傷口が塞がっていく。

 血は止まり、まるで何事も無かったかのように元通りになる。


「凄いですね。こんなに綺麗に治るものなのですね」

「服までは治せないんだ、悪いな」

「そこまで治せてしまったら、グレイさんは私たちが崇める存在になってしまいますよ」


 カレンは笑顔を見せ、気丈に振る舞って見せる。

 

 一体ここに来るまでに、どれだけの戦闘をしてきたんだ?

 服は泥だらけだし、治療をしている間も肩で息をしていた。

 外傷は治せても、疲労までは治すことは出来ない。

 戻るにしても、一旦ここで休ませないと駄目そうだな。


 いつもどんな相手と戦闘をしても、元気に満ち溢れていたミラまでも、疲れ果てた様に座り込んでいる。

 

「ミラ、どうだ? 俺の魔法を見た感想は!」

「あんたね! カレンさんの防御魔法が無かったら、私たちまで消し炭になるところだったでしょ!」

「そ、それは……。でも、お前が大丈夫って言ったから」

「あんな強力な魔法を、こんな閉鎖空間で放つなんて思わないでしょうが!」


 二人は、いつも通り言い合いを始める。

 そこに疲れ果てた様子のミラの姿は無く、元気に怒っている。


 先程までの疲れた様子は何だったんだ? 演技か?

 なんで、こいつらはいつ何時も喧嘩をするんだ、まったく。


「あのお二人、随分と仲がよろしいのですね」

「ん? あ、あぁ。そうかもな」


 喧嘩をする二人を見て、カレンが優しく微笑む。


 

 

 カレンと共に、二人の喧嘩を眺めている時だった。

 天井から、罅割れる音が聞こえてくる。


 まさかと思い、天井を見上げると大きな亀裂が入っていた。

 おい、おい、おい。冗談じゃねぇぞ、まさか壊れるのか?


 亀裂は音を立てて、徐々に天井全体に広がっていく。

 まずい、このままだと確実に天井が崩れる。


「――みんな、奥に向かって走れ!」

「「「え?」」」

「天井が崩れそうなんだよ! 急げ!」


 俺たちは一斉に最奥に繋がる道に向かって、走り出す。

 それと同時に、亀裂が崩壊を始め、天井が崩れ落ち始めた。


「いやだー! 潰れるー! 誰か助けてー!」

「なんなのよこれ! 私まだ死にたくないわ!」


 先程まで喧嘩をしていた二人が、情けない声で叫びながら走る。

 全速力で、崩壊する天井から逃げるが段々と追いつかれ始めた。


 このままだと、確実に下敷きになる。

 くそったれ! 今日はこうも何かに追われて走り回らなきゃならないんだ!


 どこかにこの崩壊から逃れられる空間とかあったりしないのか?

 辺りを見渡しながら走り続けていると、通路の右側に扉のようなものがあるのが見えた。

 なんで、こんな所に扉があるんだ。今までこんなの無かっただろ。


 いや、今はそんな事を考えてる場合じゃねぇ。

 あの扉の先がどうなっているかは分からないが、このまま走り続けても、いずれ天井に押しつぶされるだけだ。

 一か八かあの扉に飛び込むしかねぇ!


「みんな、あの扉が見えるか? あそこに避難するぞ!」

「おじさん! あの扉の先がどうなってるか知ってるの?」

「知らん! だが、今は入るしかないだろ! 急げ!」


 全速力で扉に向かって走り、勢いよく扉を開け、中へ飛び込む。

 扉の前に崩壊した天井の岩が、降り注ぎ入り口を塞ぐ。

 幸いな事に、飛び込んだ部屋の中には崩壊の波は波及してこなかった。


 とりあえず、何とかなったな……。


 ほっと一息つき、辺りを見渡す。

 中は明かりが無く、真っ暗で何も見えない。

 地面に触れる手の感触で、地面が遺跡とは違いゴツゴツとした岩である事だけが分かる。


「ケドラ、明かりを頼めるか?」

「はい」


 ケドラの光魔法が辺りを照らすと、そこには古びたテーブルに椅子、他には荷物を入れる棚のような物が置いてある。

 そのどれもがとても古く、いつからそこに放置されているのか分からない程、老朽化していた。

 壁と天井も、先程まで居た遺跡とは違い、地面同様にゴツゴツした岩に囲まれていた。


 ここは、一体……。


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