第60話 石像

 大広間を抜け、奥に続く道を進む。

 道中では、大広間で見たゴブリンと同様に斬られた死骸が何体も転がっていた。


 これで何体目だ?

 そもそも、何でこんな場所にこんなにゴブリンが居るんだ。

 こいつらは、こんな場所で生活を送るような魔物じゃ無いはずだろ。


 ゴブリンが主に生息場所として選ぶのは、森の中が殆どだ。

 それに加え、近くに人の住む村があるような場所を選ぶ。

 あいつらは人間を食料だと思っている。


 それに、この数は異常だ。

 ある程度、集団で生活をしてはいるが、ここまでの集団を形成している事例は聞いたことがない。

 ひとつの集団で、せいぜい20体くらいのはずだろ。

 道中で見つけた死骸は、20体を優に超えている。


「これ、ミラたちがすでに倒してるって事ですかね?」

「恐らくな」

「だとすると、俺の出番は無さそうですね」


 ゴブリンの死骸を見て、ケドラが少しがっかりした様子で手を頭の後ろに回す。


 ケドラはがっかりしてるみたいだが、俺としてはその方が有難い。

 もしも、この先何かが待ち受けているとするなら、ケドラの魔力を温存しておいた方が良い。

 ここまでくる間に見た、数々の異常。あの大広間から進み始めて、明らかにゴブリンの死骸の数が増えている。

 となると、最奥では比にならないくらい、多数のゴブリンが待ち受けていると考えるのが自然だろう。

 先行している、カレンとミラは大丈夫だろうか。


 

 ゴブリン自体はとても弱い魔物で、Cランクの位置づけに入っているがその中では最も弱い。

 Cランクに入っている理由は、出くわした際のあいつらの数に起因している。

 一体の力だけでいえば、せいぜいDランクくらいだろう。

 

 Bランクのミラにとって、こいつらを相手取るくらい全く問題ないだろう。

 だが、それは普通のゴブリンの集団だった場合の話だ。

 これだけの数のゴブリンを相手にしながら、進み続けているとなれば流石に疲労が溜まっているはずだ。

 急いで先に進まないとな。



 その後も、一応の警戒をしながら急ぎ足で先に進む。

 ある程度進むと、先程まで自然の岩の壁だったものが、整形された石壁へと変った。

 それだけでは無く、謎の石像がちらほらと現れ始めた。

 長槍を持った兵士のような恰好をしている石像が並んでいる。

 その石像は、大人五人分くらいはあるだろうか。見上げると首を痛めそうなほど、大きい。


 急に遺跡っぽくなってきたな。

 しかし、この石像、急に動き出したりしないよな。

 映画とかだと、こういうのは動き出して中に入った者を襲う展開が定番だが。

 

「これ、でっかいですね。どこかの国の英雄だったりするんですかね?」

 

 ケドラは呑気にそう話すと、剣で石像の足元をつつく。


「ケドラ、やめろ! もし、動いたりしたらどうするんだ」

「え? こんな大きな像が動いたりするわけないじゃないですか。グレイさんって、たまに面白いこと言いますよね」


 ケドラはこちらを振り返り、笑いながら首を横に振る。


 その瞬間、ケドラの方向から何かが動いた音がする。

 まさか……。


 ケドラが先程までつついていた石像の方を見上げると、先程まで正面を向いていた石像の顔がケドラの方を見ていた。


「――ケドラ! こっちに向かって走れ!」

「なんなんですか、本当に。大声出したって、驚いたりしませんよ」


 ケドラが呑気にそう言った次の瞬間、石像が一歩前に動いた。

 石像の一歩は遺跡の内部に重い音を響かせ、地面を揺らす。


 先程まで、俺の話を冗談だと思い、呑気に笑っていたケドラは、恐る恐るゆっくりと後ろを振り返る。

 彼は石像が動き、自分を凝視している事に気が付くと、急いで俺の方へと走り込んでくる。

 そんな彼の表情は、先程までの余裕の表情では無く、焦りに満ちていた。


「な、なんなんですかあれ! やばいですよ! ほら、グレイさんも急いで逃げて!」


 彼は引き攣った顔で叫びながら、俺の横を全速力で通り過ぎていく。

 

 一方、石像の首は逃げたケドラを逃すまいと、人間には出来ない角度に回る。

 そして、石像は俺の存在にも気が付くと、こちらに向かって動き出した。


 これは、まずいな……。

 ケドラの後を追い、遺跡の奥に向かって走り始める。

 

「助けてー! 誰か助けてー!」

「おい! ケドラ、そんな叫びながら走ったら、体力が持たねぇぞ! とりあえず、叫ぶのをやめろ!」


 情けなく叫びながら走るケドラに追いつき、焦るケドラを落ち着かせようとする。

 しかし、彼は弱音を吐き続ける。


「む、無理ですよ! だって、このままだと絶対に追いつかれるじゃないですか!」


 俺は彼の言葉に返す言葉がすぐに思いつかなかった。

 なぜならば、実際に石像がこっちに向かってくる足音が段々と近くなっていたからだ。

 

 ケドラの言う通り、いずれ追いつかれる。

 何本も道が分かれたりしていれば、攪乱して撒くことが可能かもしれないが、この遺跡はひたすらに一本道。

 こうなれば、戦うしかないのか? だが、あんな大きな石像どうやって。


 物理攻撃でどうにかできるような相手には思えない、何か手は無いのか。

 どこかに弱点とかあれば。


 走りながら、後ろを振り返り石像の弱点を探す。


 頭はどうだ? 頭の部分には石のメイルを被っていて弱点らしい弱点は無い。

 それなら、胴は? 胴も頭と同じで、石の鎧があってどうしようも無い。

 足は……、最後に足元を確認すると、右足首の辺りにひびが入っているのが見える。


 足元の罅、あそこを何かで壊すことが出来れば、あいつを転ばせることが出来るかもしれない!

 だが、どうやって壊す。いくら罅が入っているとはいえ、俺とケドラの筋力値では破壊するのは不可能だろう。

 カレンのような馬鹿力は無いし、ミラのような速さも無い。

 

 まて、そういえばケドラは土魔法を使えるじゃねぇか。

 岩を生成させて、そいつをぶつければ壊せるんじゃないか?


「ケドラ、土魔法で岩を生成できないか?」

「え? 出来ますけど、どうするんですか?」

「俺の言うタイミングに合わせて、土魔法をあいつの右の足元に向かって放ってくれ」

「わ、分かりました」


 俺は石像の方を振り返り、立ち止まると石像と相対する。

 石像は勢い変わらず、俺の方へと向かってくる。


「今だ! ケドラ!」

「分かりました!」


「――ロックスパイク」


 石像の右の足元から、太く尖った岩が勢いよく飛び出してきた。

 飛び出した岩は石像の右足首を貫く。


 石像の右足首は粉々に砕け、バランスを保てなくなった石像が勢いよく俺たちの方に倒れてくる。

 

「まずい、逃げろ!」


 全速力で、倒れてくる石像の範囲から逃れる。

 石像の倒れた衝撃で土埃が舞う。


 少しすると、土埃は落ち着き視界が戻る。

 倒れた石像は、ただの石に戻ったようにピクリとも動かなくなっていた。


「助かったぜ、ケドラ」

「グレイさんが土魔法を使えって言ってくれたおかげですよ。俺、焦っててそんな事、思いつきもしなかったですし」

「みっともなく、叫んでたもんな」

「忘れてください! あの事、絶対にミラには言わないで下さいよ!」

「わかった、わかった」

 

 何とかなったが、走りすぎて疲れたな。先を急ぎたい気持ちはあるが、少しだけ休憩させて欲しい。

 こうして、何とか石像の脅威から自分たちの身を守る事が出来た俺たちは、一息つこうとその場に座り込もうとした時だった。



 

「――カレンさん!」


 奥の方からミラがカレンを呼ぶ声が聞こえた。


 

 もしかして、すぐ近くに居るのか?

 俺とケドラは休憩するのをやめて、急いで声のする方へと向かう。


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