第57話 親子喧嘩
カレンを含め、テーブルに座り彼女の話を詳しく聞く。
「それで、神父はいつから居なくなったんだ?」
「丁度、一週間ほど前からです。あの日は、欲しいものがあるから買い物に行くと言っていました」
一週間ほど前から……、そういえば、姫様を捕獲する時にカレンに会った時、すでに三日も戻っていないって言ってたな。
買い物に出かけるだけなのに、一週間以上帰ってこないなんて事、普通は無いよな。
何か事件に巻き込まれているのか、それともどこかへ消えたのか?
「何を買いに行くと言ってたんだ?」
「それが、教えてくれなかったのです。神父様はいつも、何かをする時は詳細を伝えてくれていたのですが……」
彼女は普段通りの表情で冷静に話を続けているが、彼女の体は表情とは裏腹に正直だった。
神父の話をする時、テーブルの上に置いている両手は強く握られている。
手の甲に自身の爪が食い込むほど強く。
冷静を装っているのだろう。普段は神父の事になると、口悪く振る舞っていた彼女が丁寧な言葉遣いのままなのだから。
一週間以上も自分の身近な人間が帰ってこないとなれば、誰であろうと不安になるだろう。
もし仮に、シロが居なくなったら俺は、彼女のように冷静さを取り繕う事も出来ずに取り乱しているかもしれない。
彼女の為にも、俺たちに出来ることをやってやりたい。
「それじゃあ、どこに行ったのか分からないって事か?」
「はい。買い物に行くと言っていたので、市場の方に確認をしに行ったのですが、見つけられませんでした」
「どこかで賭博でもやってるんじゃないの? 街で見かける時は大体、街の大人たちと賭けをしてたし」
「それは、ありえません。神父様は出かける際、金貨の入った袋を持っていませんでした。それどころか教典さえもおいて出かけていますし」
「見えてなかっただけって事はあり得ないの?」
「――有り得ねぇって言ってんだろ!」
ミラの憶測に腹を立てたカレンは、勢いよく立ち上がり、大きな声で怒りを露にする。
カレンの表情からは怒りの感情はもちろんだが、同時に不安が感じ取られる。
怒ったカレンを見て、ミラは両目を大きく開き驚くと同時に、自分の発言を反省した様子を見せる。
カレンが大声を上げた事で、ギルド内に居た人たちの注目を集める事となってしまった。
「カレンじゃねぇか。急にどうしたんだ? 何か問題でもあったか? 大丈夫か?」
他の冒険者たちが、彼女の存在に気が付き、心配した様子で声を掛ける。
注目を集めた事で、自分がどういう状態なのか気が付いたカレンは、冷静さを取り戻した。
「私は大丈夫です。少し取り乱してしまいました。ご心配ありがとうございます」
彼女は集まって来た冒険者たちに向かって、軽く頭を下げると笑顔を見せ、冒険者たちを安心させようと振る舞う。
カレンの表情を見て、問題ないと判断したのか、冒険者たちは元居た場所へと戻っていった。
「ミラさん。先程は、すみませんでした」
「私の方こそ、あなたへの配慮が足りてなかったわ。本当にごめんなさい」
彼女たちは互いに自分の非を認め、深々と謝罪をする。
「あんたら、カレンさんに何したのよ?」
カウンターから怒った表情のリリアがやって来た。
「いえ、これは私が悪いんです。ミラさん達は何も悪くありません」
カレンは俺たちを庇うように返事をすると、リリアに事の詳細を話した。
「そんな事が起きてたのね。それでギルドに来ていたのね」
「なぁ、リリア。今回の件、依頼として受理できるものか?」
「これだけ情報が乏しいと、難しいわね……」
リリアは困った表情で俺の質問に答える。
リリア曰く、情報が全く無い依頼となると、依頼のランク付けが出来ない事で正式に張り出せないとの事だった。
ランク制度は、冒険者の命を守るためにある制度だ。
情報が不透明の依頼は、敵の情報も無ければ、場所だって分からない。
その為、ギルドはそういった依頼を正式に発行する事が出来ない。
やはりそうか。カレンの話を聞いて、昔キース達と居た頃、行方不明になった妹を探して欲しいと懇願している女性の事を思い出していた。
泣きすがる女性に困った様子の受付嬢が対応をしていた。
困り果てた受付嬢の為、はたまた泣きすがる女性の為か、キースがその女性の依頼を受けると言い出した。
その時は正式な依頼では無く、俺たちの慈善活動のような形でその女性の妹を探す事になった。
だがそれは特例中の特例、その当時の俺たちは全員がAランク。
ある程度の危険があろうと大丈夫だろうと、その街のギルドマスターが特別に許可を出してくれた。
しかし、今回は当時とは話が違う。
俺たちのパーティーにはAランクの冒険者が居ない。
カレンの為にも、正式では無くとも受けてやりたい……。
俺も、エリンを探す事を諦めて後悔した。
そんな思いを、カレンにして欲しくない。
覚悟を決め、その事をカレンに伝えようとした時、カレンが立ち上がり口を開いた。
「なんとなく分かっておりました。皆さん、今回は私のお話を聞いていただき、ありがとうございました」
カレンは優しく笑みを見せると、軽く頭を下げ、ギルドを出て行ってしまった。
出ていく際の彼女の眼には、何かを覚悟したような、そんな力強い目つきをしていた。
くそ、あの目。あの感じだと、一人で神父を探しに行くつもりか。
街の何処かに居るのであれば、何の危険も無く問題は無いが、もしも危険地帯に居るのであれば一人では危険だ。
俺も一緒について行ってやりたいが、流石にミラとケドラを同行させるにはいかない。
どんな危険が待っているのか分からないしな。
でも、こいつらはそうなれば一緒に行くと言い出しかねない。どうしたら、いいんだ。
カレンが出て行った後、誰も言葉を発する事なく、ただひたすらに沈黙が続いた。
急にミラが立ち上がると、沈黙を破り、口を開く。
「私、カレンさんと一緒に神父様を探すわ!」
「ミラ、これは依頼じゃないのよ。どんな危険があるか分からない以上、許可は出せない」
リリアは両手でミラの肩を掴み、心配した様子で返事をした。
その行動からは、ギルドの受付嬢としての許可では無く、母親としての許可が出せないという風に見えた。
「ママが心配してるのは分かるわ。でも、もしもこれがパパならママは探しに行くでしょ? 私はあんな不安な表情をしてた、カレンさんを放って置けないわ」
「ミラ! それと今回の件とは、全く関係が無いでしょ!」
「一緒だよ! パパが今どこに居るのか分からないじゃない! 私だってパパの事を思うと不安になるの! この気持ちはきっとカレンさんも一緒のはずよ!」
「あなたの気持ちは分かった、でも、どんな危険が待っているか分からないのに行っておいでとは言えないの。分かって」
「もういいわ、ママのわからずや」
ミラは肩に伸ばされたリリアの手を払いのけると、ギルドを出て行ってしまった。
リリアの目は、今にも溢れ出してしまいそうな程の涙が溜まっていた。
俺とケドラは二人の言い合いを、ただ静観していた。
普段は仲睦まじい親子の二人、その二人が周りの目を気にせずに感情を剥き出しにして言い争っていたのだ。
そんな二人の間に入っていける訳も無く、ただ黙ってみる事しかできなかった。
パパがどうだとか、何の話をしてたんだ。驚きの光景に情報の処理が追い付かなかった。
二人に何が起きているのか分からないが、ひとまずリリアに声を掛けてやるか。
そう思い、リリアに声を掛けようとした時、リリアは崩れ落ちるようにその場に座り込む。
「リリア、大丈夫か!?」
「ごめん、少し疲れたかも……」
「そ、そうか。今は少し休め。ミラは俺たちが探しておくから」
先程の騒ぎを見ていた、冒険者たちが集まって来ていた。
心配の表情を浮かべたシロが、群衆を掻き分けるようにして俺達の元へとやって来た。
「シロ、リリアを裏の部屋に連れて行ってあげてくれるか?」
「う、うん。わかった」
憔悴した様子のリリアに手を貸し、シロがカウンター裏の部屋にリリアを運んでいった。
その後、他の受付嬢たちがリリアを心配した冒険者たちをなだめ、騒然としていたギルドは落ち着き始めた。
ここはとりあえず、シロ達に任せておけば大丈夫だろうな。
ミラの方も心配だ、急いで探しに行かないとな。
「ケドラ、ミラを探しに行くぞ!」
「はい! 分かりました!」
こうして、俺たちは急いでミラの行方を追う――。
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