第56話 カレン
姫様たちと別れた俺たちは、いつも通りの日常へと戻った。
ギルドに行って、ミラたちと依頼をこなす日々。
シロは俺が仕事をしている間、受付の仕事をこなしていた。
貴族の娘の居るパーティーは、スーロで受けられる高ランクの依頼を大方こなし終えてどこかへ行ったのか、依頼はいつも通りに戻っていた。
AランクからEランクまでの様々な依頼が、ボードに貼られていた。
依頼が普段通りに戻った事に大喜びのミラは、次々と依頼を引き受けていった。
その日に帰れる依頼が殆どだが、どれも高ランクの討伐依頼ばかり。
ひどいときは、一日に三件の討伐依頼をこなすなんて事もあった。
俺たちパーティーにはSランクの冒険者が居ない、そのせいで依頼を終えて一度ギルドに戻り、再度受けては依頼に向かうというハードなものだった。
若者二人にとっては、この位なんてことは無いのだろうが、三十代のおじさんにとっては堪える。
そうして、沢山依頼をこなす中で俺たちパーティーの方針が決まり始めていた。
ミラが強い魔物を討伐する依頼を受けては、ミラが倒し続けるといった感じだった。
ケドラは剣士として、敵に立ち向かってはその剣を振るうが敵に致命傷を与える事が叶わない。
彼の立ち回りは、闇雲に突っ込んでは真正面から剣を振るうという、何のひねりも無い単純なものだ。
それが故に、魔物には簡単に避けられ、逆に敵に隙を与えていた。
ケドラの尻拭いをするように、大きな声を出して敵の気を引くなんて事が多々あった。
それでも知能の高い魔物は俺には目もくれずにケドラを攻撃しようとする。
そういう場合は、呆れた様子でミラが華麗に敵を斬りつけ、魔物を倒していた。
そんなこんなで、依頼をこなし続けて三日が経過していた。
今日もいつも通り、仕事をするためにシロと二人でギルドにやって来た。
そろそろ、ケドラの無茶な特攻を辞めさせないと、いつか大怪我をして痛い目に遭わされそうだな。
それと毎回、敵を討伐し終えた後に、喧嘩する二人を止めるのにも疲れて来たし、今日は依頼を受ける時に注意しておこう。
まるで子供の引率をしている気分だ。実際二人はまだ子供と言っても差し支えないし、間違ってはいないのだろうが。
憂鬱な気持ちが表情に出てしまっていたのか、シロが俺を心配し様子で声を掛けてくる。
「お仕事、嫌い? 大丈夫?」
「心配してくれてるのか? ありがとな。安心しろ、別に嫌いになった訳じゃない」
「よかった! お仕事頑張ってね!」
「おう。シロは、ほどほどに頑張るんだぞ」
「うん! 分かった!」
シロは元気よく返事をすると、カウンター裏の部屋に着替えに向かった。
少し憂鬱だったが、シロのおかげでやる気が出て来た。
今日もきっと大変だろうが、シロの為にも頑張るとするか。
ボード近くのテーブルに座り、ミラとケドラの到着を待つ。
席に座り、コーヒーを注文してすぐに二人がやって来た。
二人はいつも通り、言い合いをしながらギルドに入って来る。
毎度、何を言い争っているんだと問いただしてみるが、大抵どちらが強いだのくだらない事で争っている。
今日も恐らく、くだらない内容で言い争いをしているんだろう。もう、今日は聞くのはよそう。
「おじさん、今日は五件くらい受けるわよ!」
ミラはテーブルに勢いよく両手を付き、前のめりになると、興奮した表情で目を輝かせている。
彼女の後ろに立つケドラも、まんざらではない様子だ。
五件って、何かの冗談か?
ついさっきシロのおかげで、やる気が出て来たとは言ったが、前言撤回だ。
流石に一日で五件も依頼をこなすのは、体が持たない。
「お前らは若いから大丈夫かもしれんがな、俺はもうおじさんなんだ。少しくらい気遣ってくれないか?」
「何を言ってるのよ! おじさんは、料理作るくらいしかしてないんだから余裕でしょ?」
ミラの的確で鋭く棘のある言葉が、俺の心を突き刺す。
こいつ、痛い所を突いてきやがる。
確かに俺は、戦闘においては叫んで気を引く、もしくは怪我をした二人の治療をするくらいしか役に立っていない。
怪我とは言っても、二人は滅多に怪我をしないから、ほとんど俺が役に立つ機会がない。
ミラの言う通り、俺が主に役に立っている事と言えば、昼食を作る事くらいしかない。
役に立っていない事は分かる、理解している。
だがな、俺の疲労は決して戦闘で疲れているわけじゃないんだ。
お前たち二人が、戦闘を終えた後に毎度恒例の様に喧嘩をするから、それを止めることに疲れてるんだ。
ただでさえ、依頼のあった場所に向かう道中でも喧嘩しているってのに、着いてからもそれが変わらない。
それさえなければ、俺だって疲れたりしないんだ。
だが、シロが応援してくれたから頑張りたい気持ちもある。
揺らぐ気持ちを整理しつつ、1つの結論を導き出す。
「せめて、三件くらいにしてくれ!」
悩んだ末に導き出した答えは……、ほどほどに頑張るだ。
五件も依頼を受けたら、俺の精神が崩壊しかねない。
これは俺の為なんだ、きっとシロも文句を言うまい。
「はぁ? 五件くらい、私が居ればすぐに終わるんだから、その位頑張りなさいよ!」
「無理だ!」
「もういいわ! 今から、そこのボードにある受けられそうな依頼を片っ端からこなしていくわ!」
ミラはテーブルを離れ、ボードに貼られているBランクの討伐依頼を手に取ろうとする。
彼女の表情からは、先程の発言が冗談では無い事が伺える。
まずい、このままだと本当に全部受けるつもりだ。
急いでミラの腕を掴み、依頼を受けることを阻止する。
「何をしてるの、おじさん? その手を今すぐ離しなさいよ!」
「離すわけないだろ! ケドラもミラの暴走を止めるの手伝ってくれ」
ケドラの方を振り返り助けを求めようとしたが、彼は俺たち二人を見て笑みを浮かべていた。
「二人とも、そんなくだらない事で喧嘩して、まるで子供みたいですね」
「「お前にだけは、言われたくない!」」
「ちょっと! 二人してなんなんですか!」
ボードの前で三人で争っていると、突然、背後から俺たちの喧嘩を止めようと女性の声が聞こえて来た。
「皆さん、争いは良くありませんよ」
その声は、とても優しく暖かみのある声色だった。
この声、リリアでは無いな。あいつがこんな優しく止めに入るなんて考えられない。一体、誰だ?
声の主を確かめるように、俺たち三人は後ろを振り返る。
すると、そこには教会のシスター、カレンの姿があった。
彼女の背中には、修道女には似つかわしくない、黒い大剣を担いでいる。
「カレン? どうして、こんな所に……」
「冒険者の方々に依頼をする為に、やってきました」
「依頼? 何かあったのか?」
彼女は表情こそ普段通りに見えるが、質問をした際に瞳が一瞬揺らいだように見えた。
その目にはどことなく、彼女の不安が現れているように感じた。
彼女は笑顔を見せると、俺の質問に答える。
「神父様が、一週間以上経っても戻ってこられないのです」
「あの神父が? その話、詳しく聞かせてくれ」
こうして、俺たち三人は一旦喧嘩を止め、カレンの話を聞く事にした。
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