第55話 見送り

 墓石の前で俺たち三人は、これまであった事をエリンに話した。

 この場に居る、全員がエリンがそこに居ない事を分かっていながら。


 ギルドで話した時に俺たちは暗い表情を浮かべていたが、墓石の前では誰一人として、そんな表情を見せなかった。

 昔のように、楽しそうに話をした。


 そして、エリンに伝える話題も少なくなってきた。

 時間にして、一時間近くが経過していた。


「そろそろ、戻りましょうか」

「そうだな。姫を待たせているだろうし、今日中には出発しなければ」


 こうして、リリアとゴンドはギルドに戻ろうとしていた。


 二人が墓を背に戻ろうとする中、俺はその場に残り、己の思いを胸の内で囁く。


 ゴンドにシロの事を紹介する暇が無くて、言えなかったが、エリンはまだ生きてるかもしれない。

 ここにエリンは眠っていない。どこかで楽しく生活をしている可能性だってある。

 もしも、そうであるなら……、たとえ俺の前に現れなくても構わない。生きてさえいてくれるのならば。


 あの絶望的な状況で、生きているなんて有り得ない。

 そう考えるのが普通だろう。だが、俺は生きていると信じている。

 シロが持っていたお守りは、少なくとも俺たちとはぐれた後にシロの手に渡っているはずなのだから。


 今は、シロとの生活の安定を図るために奔走していて、なかなか捜索の時間が取れていない。

 だが、必ず手掛かりを見つけて、その真偽を確かめて見せる。

 待っていてくれエリン。



「グレイ、そろそろ戻るわよ」

「あぁ、分かった」


 墓の前でしゃがみ込んでいる俺の元に、リリアが戻ってきて俺の肩に触れる。

 俺は静かに立ち上がり、リリアたちと共にギルドに戻る。



 

 

 こうして、墓参りを終えた俺たち三人はギルドに戻って来た。


 ギルドに戻ると、姫様たちとシロ、それに加えミラとケドラも居た。

 彼女らは、ギルドの料理が並ぶテーブルを囲み、談笑をしながらご飯を食べていた。


 シロと姫様は、仲良く二人で1つの料理を分け合いながら食べている。

 ケドラはと言うと、兵士たちと勝負でもしているのか、ものすごい勢いで料理を口に運んでいる。

 そして、リスのように口いっぱいに料理を含んでいるミラが、ケドラを冷めた目で見ている。


 ケドラのやつ、あの兵士たちに負けず劣らずのペースで食べてるなんて凄いな。

 しかし、食い方があまりにも野生過ぎる。ケドラは素手で料理を掴んでは口に運んでいる。

 そりゃ、ミラにあんな目で見られる訳だ。


「姫、戻りました」

「もどっだが、ぐんどご。じで、どうでだっが」


 戻って来たゴンドの言葉に、料理を口いっぱいに頬張った状態の姫がそのまま返事をする。

 案の定、上手く喋れていない。おかげで何を言っているのか分かりにくかった。


 全部飲み込んでから返事したらいいのにな。

 『ぐんどご』ってなんだよ。

 

「懐かしい友人たちに会ってきて、とても有意義な時間でした」


 ゴンドは姫様の言葉を理解し、何食わぬ顔で返事をしていた。


 今さっきので、何を言っていたのか理解できたのかよ。

 長く一緒に居ると、あのくらい簡単なのだろうか。凄いな、ゴンドは。


「そうであったか。それは良かったの、ゴンドよ」

「はい。ありがとうございます」

「よい、気にするな。我は見つける事が叶わんかったが、旧友との再会とは良いものじゃからな」

「そうでしたか。また来る機会があれば、その時は俺も手伝います」

「うむ、頼む。よし、お主ら! ゴンドも戻って来た事じゃ、そろそろ王都に向けて出発するぞ」


 姫様の一言で、勝負をしていた兵士たちは一斉に料理に手を付けるのを止め、出発に向けての準備を整え始めた。

 姫様と兵士たちが席を離れ、別れを惜しむようにシロも彼女たちの準備を手伝い始める。

 こうして、食事をしていたみんなが続々と席を離れて行く中、ただ一人だけ黙々と料理を食べ続ける者がいた。


「おい、ケドラ。もう、勝負は終わってるみたいだぞ」

「え?」


 ケドラは食事の手を止め、驚いた表情で顔を上げる。

 姫様たちの声が聞こえていなかったのか、テーブルに自分だけが残されている事に気が付く。


 どれだけ、負けたくなかったんだ。

 俺もみんなに阿保だのなんだと言われてきたが、こいつは俺以上かもな。


 そして、出発の準備を終えた姫様が俺たちの方へやって来ると、畏まった表情で口を開く。


「おっさんよ、世話になったな。シロも我と遊んでくれて、ありがとうなのじゃ」

「もう行っちゃうの?」

「すまぬな。安心するのじゃ、我はまたこの街に来る。その時は、また我と遊んでくれるかの」

「うん! 約束だよ!」

「もちろんじゃ」


 寂しそうな様子のシロの頭を優しく撫でながら、姫様は笑顔で別れを告げる。


 出会ってから、たったの二日しかたってないってのに、シロ同様に随分と別れ惜しく感じる。

 そう思える程の濃い二日間だった。


「グレイ、リリア、久しぶりに会えて良かった。また、会いに来る」

「あぁ、待ってる。またいつでも会いに来い」

「冒険者に戻りたくなったら、このギルドで待ってるわよ。私が良い依頼を斡旋してあげるわ」

「そいつは助かる。そうなったら、よろしく頼むとしよう」


 八年ぶりに会った昔の仲間。

 最初は何を話したらいいのか分からなかったが、今は昔みたいに話が出来るようになった。

 その事は、懐かしさと同時に昔の願いを思い出させてくれた。


 またいつか、キースも含めて冒険者としてやってみたいな。

 あの頃の様に、みんなで。


「では、そろそろ行くぞ」

「はい。行きましょう、姫」


 あらかた別れの挨拶を済ませた姫様一行は、俺たちに見送られながら、ギルドを出発する。

 シロは姫様たちが見えなくなるまで、元気に手を振り続けていた。

 その表情は寂しそうな表情ではなく、再会を楽しみにしているような表情だった。

 



 

 姫様たちを見送った後、ギルドの中に戻る。

 先程まで、皆が食事をしていたテーブルに戻ってくると、残された料理の横に姫様の筆跡の置き書きが残されていた。

 置き書きを手に取り、声に出して読み上げる。


「今回の勝負は青年、お主の勝利じゃ。褒美にこの残った飯を贈ろう。だとよ、ケドラ」

「え? 残り全部ですか?」

「良かったじゃねぇか。まだまだ、食えるぞ」

「えぇー! もう食えないですよ、俺! 限界です、グレイさんも手伝ってください!」

「頑張れ、若者」

「ちょっとー! 待って下さいって!」


 結局、土下座をしてまでお願いするケドラに負け、残りの料理の消費を手伝った。


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