第54話 エリンの墓

 突然の言葉に驚き、目を大きく見開く。

 リリアは真剣な表情で、話を続けた。


「王都に戻った後、三人で話し合って、お墓を立てようって事になったのよ」

「そうだったのか」

「そう。それで、エリンの好きだったこの街に建てることにしたの。伝えるのが、遅くなったわね」

「いや、構わない。それで、今から行くのか?」

「グレイが大丈夫ならね」

「俺は大丈夫だ」


 エリンの墓に向かう前に、シロの事を預かってもらえるよう、姫様たちにお願いをした。

 姫様は、この件を快く引き受けてくれた。

 シロは寂しがるかもしれないと思っていたが、まだ姫様と遊び足りないのか早く行けと言わんばかりに俺の背中を押す。


 決してシロはそういうつもりでは無いのだろうが、なんだか邪魔者扱いされてるようで、少し悲しくなる。

 そんなシロを背に、肩を落としながらギルドの入り口の方へ向かって歩きだす。


「いってらっしゃい!」


 ゆっくり歩く俺に、シロは大きな声で見送りの言葉を掛けてくる。

 振り返ると、満面の笑みで大きく手を振っている。

 

「いってきます!」


 少し寂しさを感じていたが、シロの表情を見て一気に寂しさが吹き飛んでいった。

 シロが寂しがるんじゃないかと心配していたが、寂しがっていたのは俺だったようだ。


 シロの見送りに全力で答えるように、俺も大きく手を振る。


 


 

 こうして、姫様たちにシロを預け、ギルドの外で待っているゴンドとリリアに合流する。

 

「それで、お墓はどこにあるんだ?」

「北東の住宅街を抜けた先よ。そこまで遠くないからすぐ着くわよ」

「そうか、分かった」

「よし、さっそく向かうとしよう」


 リリアの案内で、北東方向に向かって歩き始める。

 少し歩くと、住宅街に入った。

 住宅街の道沿いを、付近の家の子供たちが楽しそうに走り回っている。

 

 あの男の子とか、身長的にはシロと同い年くらいか?

 シロの記憶が無い以上、正確な年齢が分からないが。

 見た感じ、おおよそではあるがそんな風に見える。

 シロにも同い年くらいの友達を作ってあげられる、機会があると良いんだけどな。

 

 そんなこんなで考え事をしながら、歩き続けていると住宅街を抜け、街の中とは思えない程の広々とした空間に出る。

 周りには影を作るような大きな建物は無く、先程まで石で舗装された道だったというのに、目の前には緑の絨毯が広がっている。

 

 とても異質な空間だ。スーロには何度か来たことがあったが、墓地があるなんて事は知らなかった。

 ましてや街の中に存在していて、こんな幻想的な空間だなんて思いもしなかった。

 

 目の前の光景にあっけに取られていると、立ち止まった俺の前を歩いていたリリアが手招きをする。


「グレイ何してるの? こっちよ」

「あ、あぁ……」

「驚いたか?」


 俺の横を歩いていたゴンドが、俺の肩に手を乗せ話しかけてくる。


「そうだな。まさか街の中に、こんな場所があったなんてな」

「俺も墓を建てようと言った時に、ここを見て驚いた。こんなにも美しい空間があるなんて知らなかった」

「エリンが喜びそうな景色だな」

「俺たち三人も最初ここを見た時、みんなして同じ感想だった。やっぱり仲間だな、俺たちは」

「あぁ、そうだな」


 ゴンドから、エリンの墓を建てるまでの話を聞きながらリリアの後に続いた。


 知らない名前の刻まれた墓石を横目に、エリンの墓に向かって歩き続ける。

 

 墓地は中々の広さで、最初入った場所から歩き始めて、すでに五分近く経っている。

 大人の歩幅で五分歩き続けても端に着かないなんて、想像もしていなかった。

 普通の墓地であればそのぐらい大きくても何ら不思議ではないだろう、しかしここは街の中だ。

 郊外に建てられている墓地とは訳が違う。

 この墓地の広さに、そしてそこを埋め尽くすように建てられた墓石に、驚きながらもただ歩く。



 そこから少し歩いたところで、リリアが突然立ち止まる。


「着いたわよ」

 

 彼女が立ち止まった目の前の墓石には、しっかりとエリンの名前が刻まれていた。

 その墓石の前には、何処か見覚えのあるような、白色の花が供えてある。


 この花は確か、ユヘア村の俺の建てた墓にも供えてあった。

 この花を見る限り同じ人物が供えているように思える。

 てっきり大家の爺さんが供えてくれていたと思っていたが、あの爺さんがこの墓の事を知ってるとは思えない。

 だとするとこの墓を知っていて、かつ、俺の建てた墓の事を知っているって事になる。

 俺は、ユヘア村の墓の事は爺さん以外には誰にも伝えてないぞ。

 一体、誰なんだ。


 墓の前に供えてある花を見て、不思議に感じていた俺の横で、リリアは何かを呟いていた。

 とても小さな独り言で、距離はそこまで離れていないが、それでも聞こえない程の声量で何かを言っていた。

 そんな彼女の表情は普段通り落ち着いて見えるが、その目からは怒りのようなものを感じた気がした。


 少し気になりはしたが、きっと気のせいだろうとリリアを問いただすことを辞めた。


 あんなに小さな声で独り言を呟いてたんだ、聞かれたくない事なんだろう。

 エリンとの思い出を語ってるのかもしれないしな。


「久しぶりだな、エリン。お前の大好きな、グレイが来てくれたぞ」


 唐突に墓石に向かって話しかけ始めるゴンド。

 その表情はとても穏やかで、懐かしく感じる。

 

 昔からエリンと話すゴンドは、和やかに笑いながら話していた事を思い出していた。


「エリン。今月はね、グレイとミラがパーティーを組んだのよ。凄いと思わない?」


 ゴンドに続き、リリアも返事の帰ってくるはずもない墓石に向かって話しかける。

 彼女もゴンド同様に、エリンが生きていた頃と変わらぬように楽しそうに声を掛けている。

 それに、冒険者を辞めたからなのか、大人びた話し方をするようになっていたリリアが、エリンの墓の前では昔の話し方に戻っていた。

 いや、むしろ意図的に戻しているようにも思える。


 

 二人は、まるで目の前に生きているエリンが居るかのように生を感じる話し方だった。

 ここにエリンの遺体は無いという事を分かっているのに。


「グレイ。あんたもなにか声、掛けてあげたら?」

「そうだな……」


 何を話そうか。話だったら、ユヘア村で沢山したしな。

 そうだ、この街に来てから色んな事があったし、その事を話してみるか。

 その話を、いや、ちょっと長すぎるか。

 他の二人の居る前であんまり長話するってのもな、気が引ける。

 この街に来てからの話は、また今度一人で来た時にいっぱいするか。

 

 ここは、一言で簡潔に伝えよう。


 

「ただいま、エリン」


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