第53話 ゴンド

 席に着いたはいいが、なんと話を切り出したらいいのか分からない。

 頼む、リリアとりあえず何かきっかけを作ってくれ。


 困った俺は、リリアに目で訴えかける。

 それに気が付いたリリアは、呆れ顔で話しを始めた。


「二人とも、久々の再会で話し方を忘れたの?」

「あ、あぁ。まさかこんな所で、グレイと会うとは思っていなかった」

「そいつは俺も同じだ」

 

「……」


 俺とゴンドはたった一言、言葉を交わすした後、再び沈黙が訪れる。


 

「ねぇ、付き合いたての恋人でもないのに何でそんなに会話が続かないのよ」

「別れ方もあんな感じだったし、なんか気まずいじゃねぇか」


 小声で返事をしたつもりだったが、ゴンドは俺を一瞬見ると、目線を外した。


 忘れてた、あいつ耳が良いんだったな。

 気まずいなんて言ってるのが聞こえてきたら、気分悪いよな。

 あーもう! ただでさえ、会話が続かないってのにもっと面倒になっちまう。

 本当は、普通に再開を喜べたらいいだけなのによ!

 八年も人を避けて来た弊害が出てやがる。

 

「ゴンド、あんたは何か言いたい事とかない訳?」

「そうだな。グレイ、あの時はすまなかった」


 ゴンドは暗い表情で過去の出来事について謝罪をする。


 どうしてみんな、俺に謝るんだよ。

 別に、もう怒ったりしてねぇよ。

 あの時、あの場にお前たちは必死にエリンの捜索をしてくれた。

 

 本当に謝らないといけないのは、俺の方だってのに。

 自暴自棄になって、お前たちに当たり散らすような態度を取って、一人どこかへ消えた奴に謝る必要なんて無いだろ。


「謝罪なんていらねぇよ。俺の方こそ、あの時は悪かった」

「俺を責めないのか? どうしてだ、グレイ」

「あの一件で責められるべきやつはいない。むしろ、あるとすればそれは俺だ」

「いや、待て! 俺がもっと探していれば、見つけられたかもしれないだろ。だから、俺に責任が……」


 ゴンドは席を立ち、前傾姿勢で自分の胸に手を当て、声を張り上げる。

 そして、お互い暗い表情で自分の責任だと主張する俺たちの会話にリリアが割って入る。


「ねぇ、ちょっと良い? ついこの間、同じような事をやってた私が言えたことじゃないけど、誰の責任でもないんだからもう辞めたら?」

「リリア、それでも俺はグレイに申し訳ない事を……」

「それはもう分かったよ。でも、こんな風に過去を引きずって、暗い表情を浮かべてる私たちをエリンはどう思うでしょうね」

「それは……」


 リリアの言葉に、ゴンドは言葉を詰まらせる。


 リリアの言う事は正しい。

 あの一件が無ければ、俺たちにこんな溝が出来ることはなかったかもしれない。

 今もみんなで仲良く冒険者を続けていた可能性だってある。


 でも、そうはならなかった。

 だったら、それを受け入れるしかないだろう。

 

 俺たちは過去を引きずってるんじゃなくて、過去に引きずられている。


 今の俺たちをエリンは良く思わないだろうな。

 後ろを振り返ってばかりいても仕方ない、前に進まないとな。


「リリアの言う通りだな。もう辞めよう、エリンだってこんな事、望んでないとだろう」

「グレイ……、そうだな」

「ありがとな、リリア」

「別にいいわよ」


 こうして、お互いの胸の内をさらけ出した俺たちは、昔のように話せるようになっていた。



 

「しかし、ゴンドお前、セアレス王国の団長って凄いな」

「あぁ。冒険者をやっている時に、依頼でたまたま姫に出会ってな。軍に誘われたんだ」

「あの姫様、我儘だし苦労してそうだな」

「確かにそうだな。この前も、王の招集を眠いという理由で欠席しようとしていたしな……」


 姫様の話題で盛り上がっていると、ギルドに姫様たちが戻って来た。


「なんじゃ? 我の陰口でも言っておったのか?」

「そんな所です、姫」

「相変わらず、お主は素直で真面目なやつじゃ。普通、誤魔化したりせぬものか」


 二人のやり取りに、姫様の近くに居るときは堅苦しい表情の兵士たちも、たまらず笑顔を見せる。


「流石です! 団長!」

「おい、お主ら! 別に我は褒めておるわけじゃないんじゃぞ」


 姫様は不機嫌そうな顔だが、ゴンドたちは笑っている。


 ゴンドのやつ、良い顔で笑うじゃねぇか。

 兵士たちにも慕われてるみたいだし、良いやつらに出会えたんだな。

 

 彼らの光景を見て、俺も笑顔が零れる。


「おっさんよ! なぜお主も笑うのじゃ! 笑うでない!」

「姫様、そいつは酷すぎないか? 俺は別にそういう意味じゃ……」

「――もうよい! 笑いたければ、勝手に笑っておれ」


 姫様は不機嫌そうに、腕を組みフグのように口に空気を含み、そっぽ向く。


 彼女の事を可哀そうに思ったのか、シロは俺の方に来ると勢いよく足を蹴る。

 その後、俺を睨みつけ、姫様の方へと戻り、彼女の背中を撫で慰める。


 まずい、シロさんが怒っていらっしゃる。

 決して姫様を馬鹿にして笑っていた訳じゃないんだ。

 

「あの、シロ……、俺はな……」

 

 シロに話しかけようとすると、彼女は俺の言葉に耳を貸さず、姫様を連れてカウンターの裏へと消えて行った。

 畜生、俺の話を聞いてくれ。誤解なんだ。姫様が俺の話を遮るから。


 そんな事があったせいで、それから二時間近くシロは俺と口を聞いてくれなかった。

 リリアのおかげで、何とか俺の話を聞いてくれたから良かった。




「そうだ、ゴンド。今日って時間あるの?」

「今日か? そうだな、王都に向けて出発するのは明日だから、少しなら大丈夫だと思うが」

「そうなのね。なら、せっかく三人いる事だし、あそこに行かない?」

「そうだな、俺もあれから随分と行けていないしな」


 ゴンドとリリアは何やら、何処かへ向かうようだ。


 久しぶりに会うんだ、きっとミラを連れてどこか行きたい場所があるんだろうな。

 あまり邪魔にならないように、俺たちは少し早いが今日はもう帰るとするか。


「どこに行くかは知らねぇけど、楽しんで来いよ! 俺は、そろそろ帰るわ」

「は? あんたも行くのよグレイ」

「そうだぞ、まだ一度も行ってないんだろ?」

「俺か? 三人って言うから、てっきりミラと行くと思ったぞ。それに、お前らの言う、あそこを俺は知らねぇ」


 ゴンドは不思議そうな顔をすると、確認するようにリリアの方を向く。


「グレイにはまだ伝えてなかったのよ、忙しそうにしてたし」

「そうだったのか」

「んで、お前らの言う、あそこって何処だ?」


 ほんの少し間を置くと、リリアが真剣な表情で口を開く。


「エリンのお墓よ」


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