第52話 団長

 窓から差し込む朝日で目が覚める。


 今日は爆音で起こされるなんて事がなくて良かった。

 洗面台で顔を洗い、階段を降り台所へと向かう。


 今日は珍しく二人ともまだ、起きてきていないのか。

 今のうちに朝食を作って、もてなしてやるとしよう。


 兵士たちの分まで朝食を作り、彼らの元へと運ぶ。


 獣人族の兵士たちは、テントを綺麗に片づけ終えていた。

 昨晩は甲冑を脱ぎ軽装だったが、もうすでに再び甲冑を身に纏っていた。

 

「グレイさん、お早いですね」

「昨晩は疲れてぐっすり眠れたからな。そうだ、これを」


 人数分用意した朝食を、彼らに手渡す。


「ありがとうございます」

「食べたら終わったら、食器だけ戻しに来てくれ」

「えぇ、分かりました」


 こうして、兵士たちに朝食を渡し終え、家の中に戻る。

 家に戻ると、眠たそうに目を擦りながら猫の姿の姫様を抱えたシロが下りて来た。


「おはよう……」

「おはよう、シロと姫様。朝食出来てるぞ、早く食べてギルドに向かうぞ」

「うん……」


 俺たち三人は席に着き朝食を食べ、ギルドに向かう準備を整えた。


「よし、それじゃあ向かうとするか」

「うむ。あやつを待たせると面倒じゃ、急いで向かうぞ」


 そして、俺たちはギルドに急ぎ足でギルドに向かった。




 ギルドに着くと、俺たちをいつもと変わらない景色が出迎える。

 依頼を受ける為ボードを見つめる冒険者、朝から酒を呑み酔っぱらう冒険者。

 ただ、1つだけいつもとは違いがあった。


 カウンターの近くに鎧を身に纏った大柄の男が、リリアと何やら会話をしている。

 リリアは随分と楽しそうな表情だった。


 あんな大柄の男、このギルドに居たか? それに、リリアとは随分と親しげな様子だし。

 もしかして、あれが姫様たちの言う、団長か?


 見知らぬ男の考察をしていると、姫様たち一行はその大柄の男の元に近づいて行った。


「団長、お待ちしておりました」

「お前らか、待たせて悪かったな。姫もお待たせいたしました」

「もう少し遅い到着でも、我は構わんかったのじゃがな」

「少しでも早く行動する事は大事ですよ、姫」

「相変わらず、お主は硬い奴じゃな」


 兵士たちは大柄の男に頭を下げ、姫様は男の背中を軽く叩いている。


 やっぱり、あの見慣れない男が団長だったのか。

 セアレス王国の団長だから、ライオンみたいなやつかと思っていたのに、耳も尻尾も無い。

 そもそも獣人族でもなく、人間じゃないか?

 それに、なぜだろうな、あの声どこかで聞いたことがある気が……。


 記憶を遡り頭を悩ませていると、俺が来ている事に気が付いたリリアが静かに手招きをする。

 

 なんだ? 何か話でもあるんだろうか?

 別に声に出して俺を呼べばいいだろうに、姫様たちに気を使ってんのか?


 リリアに習い、黙って頷くと姫様たちとリリアが居るカウンターへ向かう。

 すると、俺の接近に気が付いた姫様が俺に話しかけて来た。


「おっさんよ、世話になったな」

「おっさんって、ちゃんと俺にはグレイって名前があるだろ。最後くらい名前で……」

「――今、何と言った? それにその声は……」


 俺の方へ背を向けていた大柄の男が勢いよく振り返る。

 彼は振り返るや否や、とても驚いた表情を見せる。


 振り返る男の顔を見て、驚きのあまり思わず言葉を失う。

 互いに言葉を発する事無く、現在の状況を呑み込めずにいた。


 


 顔を確認するまでは、誰なのか分からなかった。

 大柄の男の背中しか見えなかった俺は、男の正体に気が付かなかった。

 

 振り返った男の顔を見て、なぜ男の声に聞き覚えがあったのか合点がいった。

 リリアと親しげに話していた理由も同じくして判明する。


 こちらを振り返った男、団長と呼ばれる男の正体は――。


 

 昔の仲間、ゴンドだった。

 


「なんじゃお主ら? 二人して変な顔で硬直しおって。おーい! 聞こえておらぬのか?」


 姫様はゴンドの足を蹴り、意識を取り戻させようとしている。

 ゴンドの後ろのカウンターに居るリリアは、なぜか悔しそうな顔をしていた。


 予想外の再会に思考が上手く回らない。

 こんな所でゴンドに会うなんて思わないだろ、ましてやセアレス王国の団長を名乗っている男が、だぞ。

 なんて声を掛けるのが正解だ? この場合、正解なんてあるのか?


 久しぶりだな、ゴンド――これは普通すぎるか?

 元気だったか? ――セアレス王国で団長をやってるんだ、元気じゃない訳がないだろ!

 あーもう、分からん! なんて声を掛ければいいんだよ!


 八年ぶりの再会の言葉を探していると、先にゴンドが口を開いた。


「生きていたんだな……グレイ……」

「ん? あ、あぁ。まぁな」


 ゴンドは神妙な面持ちでこちらを見つめる。

 

 俺はそれに対し、まさかの第一声に、思わずそっけない返事を返してしまった。

 生きてたんだなって、分かれる時に俺は死ぬなんて一言も言ってないぞ。


 でもまぁ、ゴンドがそう思うのも分からなくはない。

 行方を知らせずに八年も引き籠ってたら、死んだと思われても仕方ない。

 

 そんな事より、この次は? なんて続ければいい?

 あんなそっけない返事だと、俺がまだゴンドに怒ってるみたいじゃないか。

 誤解されないように、どうにかもっと明るい方へもっていかないと。

 でも、その解決方法が思いつかないんだよな。

 誰でもいいから、この場を援護してくれ!


「その感じ、お主ら知り合いじゃったのか」

 姫様はゴンドと俺の間に立つと、俺たちの顔を覗き込む。

 よくやった姫様! そのまま、何か違う話題を提供してくれ!

「そうであれば、我らがおっては邪魔じゃな。お主ら少し外すぞ。ほれ、シロもこっちに来るのじゃ」

 と言うと、姫様はシロと兵士を引き連れギルドを出て行ってしまった。


 おい! いつもは空気読めないだろ!

 自分の好きな事を好きなタイミングでやる、我儘な姫だったろ!

 猫みたいに自由奔放な性格の姫様が、何でこんな時に気を使うんだ!


 こうしてその場に、二人残された俺とゴンドは言葉を交わすことなく、沈黙が続いた。

 そんな俺たちを見かねてか、カウンターからリリアが出て来た。


「二人ともこんな所で立ち尽くしてないで、とりあえずそこに座ったら?」

「あぁ、そうだな」

「そうだな」

 

 リリアに促されるまま、三人で近くのテーブルを囲むように座った。


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