第51話 剣術指導
兵士たちが去るのを見送り、シロと姫様の元へ戻る。
シロは真剣な顔で、姫様の魔法指導を受けていた。
まさかシロが、魔法を教わりたがっていたとは。
知識の面では攻撃魔法を知っているが、実際に使えない俺はシロに教えてあげることが出来ない。
そういった面を考えると、姫様が教えてくれるのはありがたいな。
彼女たちの邪魔にならないよう、少し離れた場所で座り、彼女たちの様子を伺う。
「指先に火を集めるイメージをするのじゃ」
「わかった!」
シロは前に突き出した右手を見つめ、眉間にしわを寄せる。
すると一瞬ではあるが、彼女の指先から小さな火が出現した。
「わっ! 出来たよ!」
「ほう。いきなり出せるとは、お主は才能があるかもしれぬの」
「本当? やったー!」
シロは褒められた事に喜び、その場で跳ねるように大はしゃぎする。
姫様は腰に手を当て、笑顔で頷いている。
まるで、親子のような二人を見て、自然と笑みが零れる。
いい休暇だな。
それからも、姫様とシロの魔法訓練は続いた。
指導を受けているシロは、ものの数時間でファイアボールを飛ばすまでに成長していた。
シロには才能があるという、姫様の発言は的を得ているな。
そうして、彼女たちの魔法訓練を眺めていると、二人の人影がこちらに向かって来ていた。
少しすると、その二人の正体が分かった。
ミラとケドラだ。
二人は昨日の約束通り、俺たちの家に遊びに来た。
「おじさん、シロ、来たわよー」
「みなさん、おはようございます」
「おはよう! ミラお姉ちゃんとケドラさん!」
彼女らは珍しく、喧嘩もせず二人並んで歩いてきた。
もしかして、今日は何か悪い事でも起きるのか?
「シロ、もしかして魔法を習ってるの?」
「うん! 見てて!」
シロはミラに自慢するように、覚えたてのファイアボールを披露する。
「凄いじゃない! やるわね!」
「えへへ」
ミラはシロの頭を撫でながら、姫様の方を見て話しかける。
「あなたがシロに魔法を教えてあげたの?」
「そうじゃ、お主も習いたいのか?」
「私は魔法は得意じゃないから、別にいいわ」
「確かに、お主は魔法に向いておらぬ見た目をしておるしな」
「な、なによ! どういう見た目なら向いてるってのよ!」
姫様の棘のある言葉に、案の定ミラが突っかかる。
ミラは姫様を睨みつけるが、姫様は余裕の表情で腕組をしている。
はぁ、せっかく良い休暇だと思っていたのに、面倒な事になりそうな予感がする。
喧嘩するなら、せめて俺の居ないところでやって欲しいものだ。
「あなた、剣は扱えるのよね?」
「もちろんじゃ、お主のような若輩者が我に勝負を挑もうと言うのか?」
「えぇ、そうよ! 今から私と勝負しなさい! 目にもの見せてやるわ!」
こうして、姫様とミラの模擬戦が行われる事となった。
もちろん俺の家に模擬戦用の木剣などなく、真剣での勝負となる。
当ててしまえば怪我をすることは必須、故に寸止めで決着をつけることになった。
俺、シロ、ケドラは二人の勝負を見守るため少し離れた位置に陣取る。
ミラの声が聞こえていたのか、俺たちの後ろに姫様の護衛の兵士たちが集まって来た。
「あの桜髪の娘、あの姫様に模擬戦を挑むなど命知らずだ」
「なんだ? 姫様は剣も得意なのか?」
「えぇ、姫様は魔法も優れていますが、実際は剣の方が本職です」
「そうなのか……」
ファイアボールであれだけの威力を発揮できるあの姫様が、剣の方が得意って冗談だろ。
先程の魔法を見て、てっきり魔導士が本職だと思っていた。
魔法があの威力で剣が本職って、ミラのやつ勝ち目なんて無さそうだな。
ミラのやつ、負けず嫌いだからな。
ムキになって、とんでもない事をしでかさないよう、今のうちに釘を刺しておくか。
「おーい、ミラ! 断水剣は使うなよー! 家の庭がえぐれたりしたら困る」
「煩いわね、言われなくても、分かってるわよ!」
彼女は怒った表情で、地団太を踏む。
「それじゃあ、始まりの合図は俺がするから準備してくれ」
ミラはいつものように、腰を低く落とし相手に突っ込む体制になる。
一方、姫様は余裕の表情で、両手を頭の後ろに回したまま突っ伏している。
「いいか始めるぞー! よーい、始め!」
始まりの合図と共に、ミラは勢いよく飛び出した。
姫様は突っ込んでくるミラに対し、余裕の笑みを浮かべたまま微動だにしない。
ミラは姫様に向かい一直線に突っ込むと、剣を勢いよく振り被る。
姫様は体を捻らせ、華麗にミラの剣を避けると、右足をミラの足元に伸ばす。
いとも簡単に避けられたミラは、驚いた表情をすると、勢いそのままに姫様の右足に引っかかる。
ミラは、姫様の右足に自分の足が引っ掛かり、前方に頭から勢いよく倒れる。
ミラは焦った表情で、倒れた体を反転させる。
しかし、反転させた時には、すでに決着が着いていた。
姫様の剣がミラの首元に突き付けられていた。
実にあっけない決着。
激しく剣の打ち合いをするでもなく、ただ姫様に遊ばれている、そんな印象を抱く勝負だった。
「まぁ、当然だな」
後ろで観戦していた、兵士たちが誇らしげな表情で頷いている。
ケドラはというと、二人の対決に大興奮した様子で、目を輝かせている。
想像より簡単に勝負がついて、ちょっと拍子抜けだな。
姫様の実力が見られると思って、少し期待してたんだがな。
勝敗はついたし、一応宣言しておくか。
「ミラの負け! 姫様の勝利だ!」
姫様は首元に突き付けた剣を収め、倒れているミラに右手を差し伸べる。
ミラは悔しそうな表情を浮かべながら、姫様の右手を取る。
「私の負けだわ」
「なんじゃお主、意外と素直なんじゃな」
「でも、次やったら、絶対に負けないわ」
「ふむ。それは楽しみじゃ」
ミラは意外にも、素直に負けを認めた。
いつもであれば、憤慨していてもおかしくないような決着だった。
「あ、あの! 俺に剣を教えてくれませんか?」
「お主にか? お主には剣の才能が無いと思うのじゃが」
「それでも、構いません! ご指導お願いします!」
俺の横に座っていたケドラは、勢いよく姫様の元に走り出し、教えを乞い始めた。
別に先程の戦いで、姫様の実力が分かるような場面は無かった気がするが?
確かに、あのミラが簡単に負けたことを考えると、一応それなりに強いのだろうが。
あの勝ち方だと、剣技がどうとかいう話じゃないだろ。
「ふむ。そんなに教わりたいのであれば、仕方がないの。とりあえず、その辺で素振りを千回程やって来るのじゃ」
「分かりました!」
ケドラは姫様の言う通り、素振りを始めた。
あいつは純粋なのか、馬鹿なのか。
明らかに、面倒くさがられてるな。
適当にあしらわれているだろ、これ。
「私にも、教えてくれない?」
「お主もか、よいじゃろう。お主には才能があるじゃろうしな」
ケドラに続き、ミラまでも姫様に教えを乞い始めた。
ミラも指導を受けたいのか、剣士を志している者にとって、先程の対決はそんなに凄かったのだろうか?
剣の才能が無い俺には、さっぱり分からん。
姫様はケドラとは明らかに違う対応をする、ミラに対し具体的な指導を始めた。
ケドラは素振りに必死になっていて、自分より明らかに上質な指導が行われている事に気が付かない。
そして、彼女らを見ていたシロが突然、姫様の方に向かって走り出した。
「私にも教えてー!」
「おぉ、お主もか! 良いぞ」
シロは、姫様の片手剣を受け取ると、手を震わせながら持ち上げ始める。
おいおい、そんな重たいもの持たせて大丈夫か?
心配になった俺は、シロの手助けをする。
俺の後に続き、兵士たちも姫様の元に寄ってくると、彼らも指導をしてくれと頼み始めた。
こうして、姫様の剣術指導をみんなで受ける流れとなった。
「ほれ、おっさん。手が下がっておるぞ!」
どうして、俺まで一緒に剣を習う事になってるんだよ。
俺にそんな才能は無いってのによ……。
姫様の剣術指導は一日中続き、結局この日はあっという間に終わりを迎えた。
はぁ、疲れた。
ベッドに頭から倒れこむ。
明日は団長とやらが到着する日だ。
今日はもう、早く寝よう……。
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