第50話 騒音事件

 ガディエラと別れ、家に戻ると玄関の前で姫様たちが何やら話し合いをしていた。


「どうかしたのか?」

「お、戻って来たか。そうじゃな、この家は小さいからの、こやつらを入れる訳にはいかぬと思うてな」

「ち、小さいか……」


 一国の姫からすればこの家は小さい内に入るのか。

 一体どんなでかい家に住んでやがるんだ。

 

「しかし、兵士たちをどこで寝泊まりさせるつもりなんだ? 入らん事は無いと思うぞ」

「こやつらには、庭に野営用のテントでも張らせておけばよい。我は狭いのが嫌いなのじゃ」


 姫様は偉そうに腕組をすると、兵士たちにテントの用意をするよう指示する。

 

「あんたらはそれで良いのか?」

「我々は野営する事に慣れている。それで構わない」

「そうなのか、分かった」


 達観した表情で話す彼らを見て、少し可哀そうに思った。

 この我儘な姫様に、これまでも苦労してきたんだろうな。

 

 これでは彼らがあまりにも不憫だ、夕食を作ったら持って行ってやろう。


 

 そうして、俺たちは兵士がテントを準備しているのを背に、家の中へと入る。


「ふむ、想像した通り中も狭いの」

「それは、悪かったな。俺たち二人には、充分すぎる大きさだがな」

「人間は狭い所が好きなのじゃな」


 ツッコミどころが多すぎて、そういう気にもならんな。

 まぁ、二日後には出て行くんだ好きに言わせておこう。


「それじゃあ、俺は夕食の準備をする。後は、シロと2人で何かしていてくれ」

「うむ、分かった。シロよ、我の寝床を探しに行くぞ」

「うん! 姫様にね、おすすめの部屋があるの! こっち!」


 シロは楽しそうに姫様を二階の部屋に連れて行った。

 使ってない部屋は多いが、姫様にうってつけの部屋なんてあったか?

 ひとまず、姫様の部屋の事はシロに任せて、俺は夕飯の支度をしよう。


 

 よし、出来上がったな。外に居る兵士たちの元に持って行ってやろう。

 料理を持ち出そうとしていると、二階から姫様の喜びの声が聞こえてくる。

 随分と楽しそうだな。夕飯を食べるときにでも、何があったか聞いてみるか。



 外はすっかり暗くなり、建てられたテント近くの焚き火が辺りを照らしている。

 庭に居る兵士たちは、自分たちの武具の手入れをしていた。

 

「おーい! これ、受け取ってくれ」

「頂いて良いのか?」

「もちろんだ」

「心遣い痛み入る」


 夕飯を兵士たちに渡し、家の中に戻り、二階にいるであろう二人を呼ぶ。


「おーい! 夕飯で来たぞー! 降りてこーい!」

「わかった!」


 二階から黒猫を抱えたシロが下りてくる。

 シロと黒猫の表情はとても幸せそうに見える。


 二人に何があったんだ。

 

 こうして、俺たちはテーブルに座り夕飯を共にした。


 その夕飯の席で、二階で何をやっていたのか聞いた。

 どうやら、この家の前の持ち主は猫を飼っていたのか、猫用の部屋があったらしい。

 そこで見つけた、猫じゃらしで二人は遊んでいたとの事だった。


 忙しくて、あまり部屋の隅々まで見ていなかったが、猫用の部屋なんてあったんだな。

 しかし、猫じゃらしで、あそこまで楽しそうな声を出していたとはな。

 明日、姫様を使って遊んでみるか。


 今日も色々な出来事があったな、疲労も溜まっているし早めに寝るとしよう。

 自分の部屋へ戻り、ベッドに横になると、泥のように眠った。




 


 次の日、地響きと共に、外から聞こえる爆音で飛び起きる。


 ――なんだ? まさか、姫様たちが魔族と争ってたりしてないよな?


 階段を駆け下り、玄関の扉を開け、外の様子を確認する。

 するとそこには、シロと人の姿に変身した姫様が居た。

 

 二人は何やら、空を見上げている。

 シロは驚いた表情をしながら、天を仰いでいる。

 一方姫様は、何故かしたり顔をしていた。


 気になった俺は、ふと彼女達が見つめる空を見ると、雲に大きな穴が開いていた。

 自然現象だと言うにはあまりに不自然な程、綺麗な円形の穴が形成されている。

 先程の爆音といい、一体何があったんだ?


「二人とも、一体何があったんだ?」

「おぉ、お主か。なに、シロに魔法を教えておっただけじゃ」

「あのね、あのね! ドーンって! 凄かったの!」


 シロは先程起きた出来事を説明してくれているようだが、興奮しすぎていて、内容が伝わってこない。

 

「落ち着け、シロ。姫様、何があったか説明を頼む」

「じゃから先程から言うておろう、シロに魔法を教える為に、ファイアボールを見せてやっておったのじゃ」

「は?」


 ファイアボールを見せてやった?

 それで、あの爆音が鳴り響いてたってのか?

 ファイアボールは火属性の初級魔法だぞ。


「なんじゃ、そんなに驚いた顔をして」

「もしかして、あの空の穴って……」

「あれか? あれは、我が放ったファイアボールの跡じゃ」


 ファイアボールなんて、せいぜい拳くらいの大きさにしかならないはずだろ。

 

 驚きと同時に、不安が頭をよぎる。

 地響きが起きる程の爆音、壁の外にまで聞こえてるんじゃないか?

 もし仮にそうだとしたら、大騒ぎになるんじゃ……。


 俺の不安は見事に的中した。

 壁を警護している兵士たちが大勢で俺の家に押し寄せて来た。

 

 俺は急いで兵士たちの元へ向かい、姫様から聞いた事をありのまま伝えた。

 しかし、彼らは俺の言っている事を信じられないと、疑いを掛けられる。

 まぁ、そうなるよな。俺だって見ていない以上、完全に信じている訳じゃない。

 こうなれば、姫様にもう一度やらせてみるのが早いか。


「なぁ、姫様。もう一度、ファイアボールを撃ってみてくれないか?」

「お主も習いたいのか? 仕方がないの、ほれ少し下がれ」

 と言うと、彼女は人差し指を立て、天に向かって伸ばす。


 少しすると、彼女の指先に火の玉が生成され始めた。

 その玉は次第に大きくなっていき、最終的に通常の100倍近い大きさまで肥大化した。

 そして、彼女は俺たちの方を振り返り自身気に笑みを見せると、火の玉を上空に向かって放つ。

 彼女の放った魔法は、けたたましい音を響かせ、ものすごい速さで空の彼方へと飛んでいった。


 信じられない一撃に、俺も兵士たちも開いた口が塞がらなかった。


「なんじゃ、お主ら。揃いも揃って、あほ面を晒しおって」

「いや、こうなるのも仕方ないだろ」


 その後すぐに俺は、兵士たちに呼び出される。

 

 彼らは疑ったことを謝罪すると同時に、姫様の魔法の使用を辞めて欲しいと頼んできた。

 理由は分かっていたが、あの爆音と衝撃波、これを連発されたら住人が不安を覚えるかもしれないとの事。


 壁の中を知らない住人にとって、あんな爆音が鳴り響き渡れば、魔族が暴れていると思うだろうしな。

 それは、何もやっていない魔族たちにも迷惑が掛かる。

 とりあえず、姫様に伝えて魔法の使用を辞めさせなくてはな。


「姫様、ここに滞在している間、魔法を使うのを辞めてくれるか?」

「なぜじゃ?」


 不思議といった表情を浮かべる姫様に、兵士たちの言葉を伝える。


「ふむ。確かにそれはこの街の住人に悪いの、分かったぞ」

「すまん、ありがとな」


 そして、この事を兵士たちに伝えた。

 彼らは俺の言葉を信じてくれたようで、納得すると壁の方へと戻っていった。


 

 こうして、ちょっとした騒音事件は幕を下ろした――。


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