第48話 姫様

「リリア、迷い猫を捕獲してきたぞ」

「思ってたより、早かったわね」

「捕獲とは、随分な言い様じゃな」

 

 シロが大事そうに抱えている黒猫を見て、リリアが驚いた顔をする。


 まぁ、猫が言葉を話したら、誰でもそういう顔になるよな。

 さらにこいつが、変身して獣人族になれるなんて知ったら余計に驚くだろう。


「ねぇ、もしかしてだけど、そこの黒猫が喋ってるの?」

「そうだ」

「そ、そう……。とりあえず、同僚に依頼主の元へ報告してもらうようお願いしてくるわ」

 と言うと、彼女は他の受付嬢の元へ行き、戻って来た。

「一応、お願いしておいたから、ここで待っていてくれる?」

「分かった」


 こうして、俺たちは依頼主が引き取りに来るのを待つ事となった。


 依頼主は、こんな特殊な黒猫を飼っているって事だよな。

 一体どんな奴が来るんだろうな。




 

 こうして、カウンター近くのテーブルで依頼主を待っていると、黒猫が口を開く。

 

「腹が減ったの。何か食わせてくれぬか?」

「もうすぐ飼い主が来るんだろ、そいつに頼め」

「飼い主? 我は、誰にも飼われておらぬぞ」


 飼われていない? ますます、こいつの事が分からなくなってきた。

 どうする、とりあえず何か餌付けしておくか?

 

 考え事をしていると、ギルドの扉から兵士のような恰好の獣人族の男たちが続々と入ってくる。

 その事に気が付いたリリアは、彼らの元に向かうと何かを話し始めた。


 もしかして、あいつらがこの黒猫の飼い主、いや、依頼主か?

 あの格好、確かに飼い主の様には見えない。

 どちらかと言うと兵士のように見受けられる。


 そんな事を考えながら、リリアたちの様子を伺っていると、彼女らがこちらにやって来た。


「依頼主の人達を連れて来たわよ」

「姫様、お迎えに上がりました」


 先頭に立つ、かっちりとした獣人族の男が片足を地面につけると、続くように後ろの男たちも膝をつく。

 

 今、姫様って言ったか? こいつ、もしかして……。


「やはり、お主らであったか」

 黒猫は抱えるシロの手をするりと抜けると、テーブルに乗り移り、彼らに説教を始める。

「我は出かけてくると言ったじゃろ。それを、冒険者ギルドに依頼をするなど」

「確かに、聞いておりました。しかし、すでに出かけられてから1週間以上経っておりましたので……」

「1週間くらい待てばよいじゃろ」

「はい。申し訳ございません」


 なんで、こいつらが謝ってるんだ?

 どう考えたって、そこのテーブルの上で偉そうにしている黒猫が悪いだろ。

 姫というものは、こういうものなのだろうか。

 と言うか、こいつ獣人族の国――セアレス王国の姫だったのか。

 この兵士たちの態度からしても、本当にそうなのだろう。

 とんでもない依頼を引き受けたものだ。捕まえた時、結構無礼な事を言っていたが大丈夫だろうか。


 俺の抱く不安は、皆同じようで、ミラとケドラは強張った表情をしている。

 そんな中シロだけが笑顔を見せていた。


「姫様、ご報告したい事が」

「なんじゃ? 会談に向かうにはまだ時間があるじゃろ。それに父上はまだ来ておらぬ」

「報告と言うのは、その事でして。国王様が、急な用事が出来たとの事で、今回の会談にご参加出来なくなったとの事です」

「ふむ。それで父上の代わりに、我に出席してくれという事かの?」

「はい。それに伴い、本来国王様と同行されるはずであった、団長がお一人でこちらに向かうとの事です」

「それで、あやつの到着を待てという事かの?」

「はい」


 冒険者たちが居て、騒がしいとは言え、こんな場所でそんな話をしていて良いのか?

 それに、俺たちもこの話を聞いていても大丈夫なのだろうか?


「あの、姫様。それは俺たちが聞いても大丈夫な話なのでしょうか?」

「なんじゃ、急に改まって。我が姫と知って、急に気を使い始めたのか?」

 畏まった俺の様子を見て、黒猫はテーブルの上で笑い転げる。

「そうです」

「別に今まで通りで良い。それに、内容には触れてはおらぬのじゃ、問題なかろう」


 それから、詳しい内容は伏せられたまま、今後の動きについて黒猫は兵士たちと話を進めて行った。


 会談に向けて、二日後にはセアレス王国の団長と呼ばれる男がこの街に到着するらしい。

 その男が来るまでの間、どこで待つかという話になっていた。

 兵士たちは、現在宿泊している宿に居てくれと姫に頼む。

 しかし、姫様はどうもそれが嫌らしく、拒否し続けている。


 そうして、意味のない押し問答を続けていると、それを聞いていたシロが口を開く。


「――私のお家に来る?」

「え? シロ? 何を……」

「――おぉ! それは良いの! 我はこの娘の家に泊まるとしよう」


 シロと言い、この姫様と言い、何を言っているんだ?

 一応、あの家は俺が借りてるんだ、俺の意見も聞くべきだろ。


「しかし、姫様。いくら何でもそれは……」

「なんじゃ、そんなに不安なら、お主らも付いて来ればよかろう」

「そういう事であれば、……分かりました」

「お、おい! 勝手に決めるな! 一応、俺の家でもあるんだぞ」

「だめなの?」


 俺の意見を聞かずに、話を進める姫様一行に苦言を呈すると、シロが俺の服を掴み、子犬のような目で見つめて来た。

 

 くっ! いつもならこの目をされると、何でも許していたが、今回は事が事なだけに駄目だとはっきり言わなくては。

 隣国の姫様を泊めて、何かがあった時には、俺もシロも大変な事になるかもしれないんだ。

 そんなとんでもない爆弾を、自ら抱える必要はない。

 シロには悪いが、今回ばかりは許してくれ。


 

「分かった。シロの為だ、泊まる事を認めてやる」

「という事じゃ、では早速行くぞ」


 結局、俺はシロのお願いを拒否する事が出来なかった。

 俺はなんて弱いんだ。こんなにも簡単に許してしまうだなんて。

 

 この出来事で、改めて自分を育ててくれた親の偉大さが身に染みた。

 俺がどれだけ我儘を言っても、断固として認めなかった四人の両親は凄いのだと。


 それから依頼の報酬を受け取り、ミラたちにこれから二日間は仕事に行けない事を伝えた。

 一緒に話を聞いていたからというのもあるだろうが、彼女らは快くその事を了承してくれた。

 そして何故か、遊びに来ると言う話になってしまった。


 これから二日間、色々と大変そうだな。

 今後の事を考えると、自然とため息が出た。

 

 

 こうして、姫様一行を連れて家に戻る事となった。

 

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