第47話 黒猫

「やったな、ミラ」

「えぇ、私にかかれば、このくらい楽勝よ!」


 彼女は捕まえた黒猫の首根っこを掴み、持ち上げながら、したり顔をする。


「――お主ら、なかなかやるの」


 どこからか、女性の声が聞こえてくる。


「ミラ、お前何いってるんだ?」

「は? 私は何も言ってないわ」

「それじゃあ、誰が」


 シロの方を見ると、彼女は首を横に振り、自分ではないと主張する。


 確かにシロの声とは違った気がする。

 流石に、ケドラがあんな声を出せるとは思えない。

 だとすると、市場の方からこの路地まで聞こえて来たって事か?


 謎の声に頭を悩ませていると、再び先程の女性の声が聞こえる。


「なんじゃ、まだ気づかんのか?」


 まただ、一体誰の声なんだ?

 声の響く感じからしても、明らかに市場の方から聞こえてきた声とは思えない。

 

 訳も分からず混乱していると、シロがその声の正体に気が付く。


「もしかして、黒猫さん?」

 彼女はミラが持ち上げている黒猫の方へ近づくと、黒猫の顔を覗き込む。

「そうじゃ、そうじゃ!」

「やっぱりそうだったんだね!」


 シロはそう言うと、黒猫の頭を撫で始めた。

 黒猫も、撫でられる事を喜んでいる様子だった。


 この黒猫が、さっきの声の主だって言うのか?

 にわかには信じがたいが、声の主とシロの会話は噛み合っている。


「お前が喋っているって事なのか?」

「なんじゃ、まだ疑っておるのか。とりあえず、我を掴んでおる桜髪の娘よ、手を離してくれ」

 黒猫はミラの方を見ると、訴えかけるように、足をバタバタとさせる。

「きっと手を離したら、逃げるから離さないわ」

「逃げたりせぬ。逃げようとしても、お主の訳の分からぬ速さから逃げられるとも思えん」

「まぁ、それもそうね」


 と言うと、ミラは褒められた事を嬉しく思ったのか、簡単に黒猫を掴んでいた手を緩める。

 

「お、おい!」

「心配するな、おっさんよ。我は言ったことは守る」


 黒猫は地面に降り立つと、シロの足元へ擦り寄る。

 宣言通り、黒猫は逃げるそぶりを見せなかった。

 

 少し褒められただけで、気分を良くして簡単に離してしまうなんて、ミラにはお灸をすえておいた方がいいかもな。

 この黒猫が、こうして逃げなかったから良いものの、相手が違えば大変な事になるかもしれない。

 

 彼女の行動で、お人好しのキースの事を思い出す。

 昔、キース達と山賊を捉えた時に、似たような事があった。

 ミラの場合、お人好しとは違うが、こういったことが命取りになる危険がある。

 ギルドに戻ったら、忘れないように言わないとな。


「猫さん、かわいいね。えへへ……」

 シロは嬉しそうに、黒猫の背中を撫でる。


「猫が喋るなんてびっくりですね。初めて見ましたよ」

「普通、猫は喋ったりしない。この猫がおかしいだけだ」

「うむ、我は特別じゃからな。この姿になれるのは、我くらいじゃからな」


 と言うと、黒猫はシロの足元から少し離れた。


 ――次の瞬間、黒猫の首輪が赤い光を放ち、発光する。

 あまりの眩しさに、手で視界を遮る。


 そして、光が収まり、目を開くと目の前には、成人の獣人族の女性が立っていた。

 ケドラと変わらない程の身長で、黒色の短い髪、褐色の肌、そして黄金のように輝く金色の瞳。

 赤色の布を申し訳程度に纏っている、いや、布よりも肌面積の方が圧倒的に多い恰好をしている。


 目の前に居る獣人族の女性を見て、急いで近くに居たシロの目を両手で覆い隠す。


 さっきのセリフと言い、おそらくこいつの正体はあの黒猫なんだろうが、あまりに格好が大人すぎる。

 こんなものをシロに見せる訳にはいかない。


「え? なに? 見えないよ……」

「おい、とりあえずローブかなんか着ろ」


 そう言って、もってきていたマジックバッグを獣人族の女性に投げ渡す。


「なんじゃ、この程度で。さっきまで、我の裸を見ておっただろう」

「猫の姿と今では全くの別物だ! それに後ろの男の顔を見てみろ」


 彼女は、俺の後ろに立っているケドラの顔を覗き込む。


「ふむ、とんでもなく間抜け面をしておるの」

「え? そ、そんなに、変な顔してますか?」

「驚くほどに、鼻の下が伸びてるぞ」


 ケドラは、自分の顔を見られるのが恥ずかしくなったのか、後ろを向き顔を隠す。


 一方ミラはというと、獣人族の大きな胸を自分の胸と見比べ、嫉妬の表情を浮かべている。


「これで分かっただろ、早く着てくれ」

「仕方がないの」


 彼女はしぶしぶ、マジックバックの中から取り出した、茶色のローブを羽織る。

 

 安全を確認できたことに伴い、シロの目を覆っていた手を離す。


「え!? このお姉さんは、さっきの黒猫さんなの?」

「うむ。そうじゃ!」

「変身できるなんて、凄いね!」

「この子供は、気持ちがいい褒め方をするの」

 

 獣人族の女性は嬉しそうに笑うと、シロの顔を両手で優しくこねくり回す。


 動物の姿に変身できる獣人族なんて、初めて見たな。

 そんな事が出来るなんて話、耳にした事も無いし、きっとどこか特別なんだろうか。

 それとも、最近の獣人族はみんな変身できるとかなのか?


 どういう事なのかは分からないが、ひとまず依頼は達成したしギルドに戻るか。


「それじゃあ、俺たちに付いて来てくれ」

「我に言うておるのか?」

「あぁ、そうだ。依頼の報告にお前が居ないと困るんだ」

「依頼という事は、お主ら冒険者じゃったのか」

「そうだ」

「どおりで、我を捕まえられた訳じゃ。良かろう、同行してやる」

 

 彼女はあっさりと、俺たちとギルドに行く事を了承した。

 逃げ回っていたから、拒否するかもしれないと思っていたが、意外だったな。

 

 こうして、俺たちはギルドに戻ろう為、歩き出そうとした時、再び赤色の光が視界を奪う。

 

 またか、今度は何だってんだ。

 光が収まると、彼女は黒猫の姿に戻っていた。


「久々の運動で疲れた。誰か我を運んでくれぬか」

 

 なんて図々しい猫なんだ。

 少しでも運んでもらえる可能性を増やすために、猫の姿に戻ったな、こいつ。

 

「そうじゃ、そこの金髪の男は遠慮してくれ」

「な! 猫相手に、そんな変な事考えたりしないですよ!」

「あの顔だとな、説得力が……、な」

「ちょっと! やめてくださいよ! 本当にないですから!」


 ケドラは焦った表情で、手と首を大きく横に振り続けた。


「それじゃあ、私が抱えても良い?」

「お主であれば、我も大歓迎じゃ!」

「やった! おいで!」


 シロは黒猫を両手で優しく抱き上げると、嬉しそうに笑う。

 黒猫も嬉しそうに、シロに顔を擦りつける。


「それじゃあ、戻るぞ」


 こうして、俺たちはギルドへと戻る――。


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