第44話 満月の夜

 食事を終えた俺たちは、疲労が溜まっていた事もあり、今日は解散する事となった。


 ギルドの外窓からは、茜色の光が差し込み、夕暮れを知らせる。

 それに合わせ、依頼を終えた冒険者たちが、疲れた表情でギルドに戻ってきていた。


 明日は三人で依頼を受ける約束もしているし、今日はもう帰るか。

 他に用事も無いしな。


「シロ、そろそろ帰るぞー」

「うん! これが終わったら、着替えてくるね」


 彼女は、トレイに乗った料理を慣れた手つきで、冒険者たちの待つテーブルへ運ぶ。


 最近始めたばかりだってのに、もうすっかりベテランのような動きだ。

 やはり子供の成長ってのは、凄まじいな。

 シロの成長に感心しつつ、ギルド端のテーブルに座り、彼女の着替えを待つ。


「お待たせ!」

「お疲れさま。それじゃあ、帰ろうか」

「うん!」


 こうして俺たちは、ギルドを後にして家へと帰る。

 いつも通り、衛兵の男に通行証を見せ、壁の中へ入る。


 住み始めてまだ日は浅いが、衛兵たちに認知されたらしく、次から通行証を見せなくても問題ないと言われた。

 

 正直言って、見せる手間が無くなるのはありがたいが、後々文句を言われたりしないだろうな?

 まぁ、やましい事は何もないんだし、その時はその時だな。

 

 家まで歩きながら、シロと他愛もない会話をする。


「今日ね、ご飯を食べに来てた男の冒険者さんにね、隣の席に座ってる女の冒険者さんに告白? したいんだけど、どう思うって聞かれたの」

「そ、そうか」

「うん! でね、女の冒険者さんに男の冒険者さんが言ってた事を伝えたの。でも、女の人はね、あんな奴興味ないって言ってたの!」

「そいつは、気の毒だな」


 突然、他人の色恋の話を始めた事に衝撃を受け、思わず飲んでいた飲み物を吹き出しそうになる。

 子供に何を聞いてるんだ、あそこの冒険者たちは。

 やっぱり、手伝いとは言え、ギルドで働かせるのを辞めさせるべきか?

 このままだと、シロがまだ知らなくても良い事を覚えてしまいそうだ。


「でね、その事を男の人に伝えたら、急に泣き出しちゃって、可哀そうだったの」

「それは、可哀そうだな」


 子供の純粋さは、時にとんでもない事をするもんだ。

 でもまぁ、子供にそんな事を言う大人が悪い。

 誰かは知らんが、自業自得だ。ざまぁみろ。

 

「だからね、私が女の人の代わりになってあげるって言ったけど、それは駄目だって言われちゃった」


 シロの口からとんでもない言葉が飛び出た事で、俺の口からは飲み物が勢いよく飛び出す。

 あまりの衝撃に、気管に水が入り、その場に止まり咳き込む。


「どうしたの? 大丈夫?」

「げほっ! あ、あぁ、大丈夫だ……」

「それなら、良かった」


 シロが咳き込む俺の背中を小さな手で擦り、安堵の表情を見せる。

 

 知らないとはいえ、そんな危なっかしい事を言ってた事に驚いた。

 これはちゃんと、注意してやらないとまずいな。

 男の冒険者に常識があった事に、感謝しないとな。


「シロ、そういう事を言うのはな、もう少し大きくなってからにしなさい」

「え? どうして?」

「大人になったら分かる事だ」

「そうなんだ……、分かった!」

 彼女は不思議そうな表情を浮かべているが、何とか納得してくれたようだ。


 ふぅ、心臓が飛び出るかと思ったぞ。

 一応、明日リリアに目を掛けておいてくれと、頼んでおくか。


 咳も落ち着き、再び歩き始める。


「ねぇ、あれ見て! すっごく綺麗だよ」

 シロが夕焼けの空に、うっすらと見える満月を指さし笑顔を見せる。

「満月か、綺麗だな」


 満月を見るのなんて、8年ぶりだな。

 たしか、魔王城を目指して旅をしていた時に見たのが最後だったか。

 あの時エリンも、満月を指さし笑っていたな。


 思い出のエリンとシロの姿が重なって見える。

 体の大きさは違うが、どことなく似ているように感じた。



 

 

 それから少しすると、魔族たちの家が見え始めた。

 

 なんだか、賑わってるな。

 遠目ではあるが、魔族たちが火を囲み集まっている様子が伺える。

 何か、やってるのか?


 魔族たちの元に近づくと、彼らは慌ただしく何かの準備をしていた。

 不思議に思っていると、ガディエラがこちらへやって来た。


「こんばんは。グレイさん、シロさん」

「こんばんは!」


 シロはガディエラに笑顔で挨拶をすると、興味深々と言った様子で、辺りを見渡す。

 

「これから、何か始めるのか?」

「えぇ、満月の夜は火を囲み、皆で食事をするのです。昔からある、私達の風習なのですよ」

「そうだったんだな」


 確かに、少し遠くからだったから分からなかったが、よく見るとみんな料理を作っている。

 大きな肉を焼いている人もいれば、スープのようなものを大きな鍋で煮込む女性などが居る。

 木製のテーブルに料理を並べる女性の隣に居る子供は、つまみ食いをして怒られてる。


 なんだか、すごく楽しそうだな。

 

「よろしければ、グレイさん達も、ご一緒にどうですか?」

「あんたらの風習なんだろ、俺達が居たら邪魔だろう」

「そんなことありませんよ。ただ、踊りや食事を楽しむだけなので」

 彼は首を横に振り、笑顔を見せると話を続けた。

「踊りや食事を楽しむのに、魔族も人間も関係ないでしょう?」

「確かに、そうだな」

 

 念のため確認しておこうと、シロの方を見ると、彼女はよだれを右手で拭っていた。

 これは、別に確認するまでも無さそうだな。


「なら、俺たちも参加させてもらっても良いか?」

「えぇ、是非!」


 そうして俺たちは、魔族たちの準備を手伝った。

 俺はスープを作る女性の手伝いを、シロは肉を作る男性の手伝いをした。


 それから完成した料理を、皿に乗せ、待っている人達の元に配り終えた。

 俺たちは、ガディエラの横に座り、始まりの合図を待った。


 そして、料理を配り終えたのを確認したガディエラは立ち上がり、口を開く。


「今日は、満月の夜です。……いや、堅苦しい挨拶はもういいですかね。皆さん、いただきましょうか」

「「「「「頂きます!」」」」」


 ガディエラの言葉で皆が食事を楽しみ始めた。


 それぞれが作った料理を、嬉しそうな表情で皆が楽しんでいる。

 俺たちも彼らに合わせ、料理に手を付け始めた。


 目の前に並べられた料理は様々で、見たことのない料理もあった。

 ひときわ目を引かれたのは、明らかに火の通っていない生の肉だ。

 

 その肉を警戒したように眺めていると、ガディエラが声を掛けて来た。


「レディエルの生肉を食べるのは、初めてですか?」

「これ、レディエルの肉だったのか。生で食えるのか?」

「えぇ、大丈夫ですよ。とても美味しいので、是非どうぞ」


 ガディエラは笑顔でそう言うと、安心させる為か彼はガディエラの肉を食べて見せる。

 その姿を見て、恐る恐る生肉を手に取る。

 そして、意を決して口に運ぶ。


 すると、レディエルの生肉は思いのほか、すっと噛みきれ、口の中で溶けていった。

 んだこれ! めちゃくちゃ美味いじゃないか!

 味は、馬刺しに近い感じだ。食感も悪くないし、こいつは酒に合いそうだな。


「美味いな!」

「それは良かったです」

「シロ、これ凄くうまいぞ!」


 隣に座っているシロに、レディエルの生肉を勧める。

 しかし彼女は、とても渋い顔をすると、激しく首を横に振った。


 そ、そうか。生肉は嫌か……。

 その様子を見てか、ガディエラはシロの横に行くと、焼けた肉の乗った皿をシロに渡す。


「では、これはどうでしょう?」

「美味しそう! 食べる!」


 ガディエラから皿を受け取ると、嬉しそうに肉を食べ始めた。

 これだと、俺がシロの事を何も分かってない奴みたいだな……。

 

 

 それから俺たちは、彼らの踊りを楽しみながら食事をした。

 お腹いっぱいになると、ちょうど料理も無くなった。


 彼らと共に食器の片づけをして、彼らに感謝を伝えた。

 その後、ガディエラと少し会話をした後、家に戻ってきた。


「楽しかったな」

「うん! また行きたい!」

「そうだな、また行こう――」


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