第42話 ケドラ

 土煙が晴れると、二人の姿が見えた。


 ミラは自分の渾身の一撃を止められたことに、驚いた表情でその場に立ち尽くす。

 一方青年は、ミラの攻撃を防いだことに安堵すると、再び剣を手に取る。


 もしかして、まだやるつもりなのか?

 流石にもう止めないと、本当に大怪我をする可能性が出てくる。

 

 すかさず二人の間に割って入ろうとしたその時、訓練場の入り口からリリアが出て来た。


「一体、何の騒ぎ?」

 彼女は黒い剣を片手に、焦った様子で訓練場の中へと走りこんできた。


 あれだけの衝撃と爆音がギルドに届かない訳が無く、リリア以外にも多くの人が訓練場に押し寄せた。

 これは、少し面倒そうな事になりそうだな。


 さっきの衝撃と爆音を誤魔化すのは無理がありそうだ。

 ここは、素直に真実を伝えるしかあるまい。

 

「これはだな……」


 リリアに、二人が手合わせをしていた事を伝える。

 

 俺の話を聞いたリリアは、般若のような形相で俺を睨みつけると、二人を自分の元へ来るように大声で叫ぶ。


「二人とも、こっちに来なさい!」

 

 怒るリリアを見て、恐る恐るこちらへ歩いてくる。

 二人の足取りは重く、生まれたての小鹿のように足を震わせている。


「あ、あの、ママこれはね……」

「黙りなさい! 三人共、ここに正座しなさい」


 ミラと青年は反省した様子で、静かにその場に正座する。

 青年はリリアを恐れているのか、一度もリリアの顔を見ようとせず、地面を見続けていた。

 

 三人共って、もしかして俺も入ってるのか?

 こんな歳にもなって、怒られるなんて何の冗談だ。


 確かに、二人の決闘を許していたが、まさかあんな技を使うなんて思わないだろ。

 それに、間に合わなかったとはいえ、一応止めには入ったんだぞ。


「もしかして、俺も含まれてるのか?」

「当たり前でしょ? あんたは大人なんだから、途中で止める責任があるでしょうが!」

「いや、一応俺も……」

「――いいから、正座しろ!」

「は、はい……」


 激昂したリリアに、頭を叩かれ、抵抗する事を諦める。

 

 ミラと青年の横で正座をして、ふと周りを見渡す。

 リリアの後方には、騒ぎを見に来ていた多くの人だかりが出来ている。

 そんな人だかりの中に、シロの姿があった。

 シロは驚いた表情で、俺達を見つめていた。


 おい、シロも来ているのか。

 こんな情けない姿を見ないでくれ!

 大人として、……いや、親としての威厳が損なわれる!


「おい、二人ともどこを見ている? 私の方を見なさい!」

 

 リリアは、地面を見続けている青年と、シロの方ばかりを見ていた俺達の顎を掴む。

 顎を掴まれた青年は、この世の終わりを見ているような表情で震えていた。

 

 それから、俺達は二時間近く、リリアの説教を聞かされた。

 そして、今回の騒動を反省させるために、俺達にギルドの清掃を命じた。


 


 リリアから掃除道具を渡された俺たち三人は、ギルド内の通路の清掃を始めた。

 

「あんたのせいで、ママに怒られたじゃない!」

「君があんな技を使うからだろ!」


 清掃中も二人はいまだに、いがみ合っていた。


 なんで、俺までこんな事をさせられてるんだ。

 二人も未だにいがみ合ってるし、ため息が出そうだ。

 シロにかっこ悪い所を見せてしまったな。


「二人とも、いい加減仲良くしたらどうなんだ……」

「だって、この男が悪いのよ」

「俺のどこが悪かったんだよ」


 二人は口を開くたびに、喧嘩を始める。


 はぁ、パーティーメンバー募集をするはずが、何でこんな事になったんだよ。

 

「聞きそびれていたけど、あんた名前なんて言うのよ」

「俺は、ケドラだ」

「私はミラよ。あまり言いたくないけど、あんたの魔法凄かったわ」

「え? 急にどうしたんだよ」

「別に、なんでもないわよ」


 突然ミラが、青年の事を褒めだした。

 

「そうなんだ、お前の剣技も凄かった。あんなの初めて見たよ」

「えぇ、当然よ。私は凄いからね」


 なんで、この二人はいきなり互いの事を褒め合ってるんだ?

 最近の若者は、分からん事が多いな……。


 まぁ、でもこれで仲良くしてくれればいいか。


「あの、俺はケドラって言います。今回は巻き込んでしまって、すみません」


 青年は掃除する手を止め、礼儀正しく頭を下げ挨拶をしてきた。


「俺は、グレイだ。謝らなくて大丈夫だ」

「えぇ、そうよ! おじさんが、止めなかったのが悪いし」

「あぁ、そうだな」

 

 つい、言い返しそうになったが、グッと堪える。

 今日はもう、色々と疲れたからな。

 ここでミラと言い争いをしていたら、もたない。


 事実、ケドラが負けた時に辞めさせておけば、こんな事にはなっていなかっただろうしな。

 何はともあれ、二人に怪我が無くて良かった。

 怪我していたなら、こんなものでは済まなかっただろうしな。


「それで、ケドラ。ひとつ聞きたいんだが、良いか?」

「はい」

「あんな魔法が発動できるのに、なぜ剣を使っていたんだ」

「俺、勇者様に憧れてるんです」

「勇者って、キースの事か?」

「はい! あの人に憧れて、剣士をやっているんです!」


 確かにキースは剣士だが、あれだけの魔力があれば、どう考えても魔導士をやる方がいいだろ。

 お世辞にも、剣の才能があるとも言えないしな。


「俺の家は国境付近にあったんですが、魔族の進行で家も壊されてしまって……」

 

 そこから、ケドラは流れるように、自分の身の上話を始めた。


 彼の話によれば、8年前の戦争で家を失い、魔族の手から逃げ回っているところをキースに助けられたそうだ。

 その事をきっかけに、キースの事を調べて、自分も同じ剣士として冒険者になる事を決意したらしい。


「それじゃあ、リリアの事も知っているのか?」

「はい! 勇者パーティーの剣士で、黒剣のリリアって呼ばれていたんですよね!」

「随分と懐かしい話をしてるわね。で、掃除は順調?」


 掃除の手を止め、話をしている所に、不敵な笑みを浮かべたリリアがやって来た。


「あ、あぁ。見ての通りピカピカだろ? リリア……」

「え? リリアって、もしかして……」


 ケドラは驚いた表情をすると、リリアの方を振り返る。


「えぇ、そうよ。君の言っていた、剣士のリリアよ」

「本当なんですか!? という事は、ミラはリリアさんの娘って事?」

「そうよ!」


 ケドラは顎が外れる程、驚いた表情で硬直する。


「――えぇぇぇぇぇぇ!?」



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