第41話 決闘

 隣の行列ではなく、誰も居ない俺達の前に一人の青年がやって来た。

 誰も来ない事に拗ねたミラを、引き留めている最中に応募者が来たことに俺たち二人は驚く。


 派手な金色の髪、その髪は外に跳ね尖っている。

 どこか優しさを感じる、緑色の瞳、眉尻には小さな切り傷。

 土埃で汚れた、茶色の上着に黒色のパンツ、腰には安価で手に入る訓練用の片手剣。

 身長は俺よりも小さく、ミラよりは少し大きいといった具合だ。


 彼の見た目からは、隣の募集に並んでいる、高ランク冒険者から感じられる強者の覇気は感じられない。

 むしろ駆け出し冒険者のような印象を抱く。


 どうみても、強そうには見えないが……、一応来たな。

 せっかく来てくれたんだ、流石にミラも、彼の見た目が弱そうだからと言って門前払いはしないだろう。

 何せ、初めてやって来た応募者だからな。


「なぁ、ミ……」

「――あんた、弱そうね」


 ミラは彼を見るなり、真面目な表情で、突然とんでもない事を口走る。

 

 おい、確かに俺も彼を見て強そうだとは思わなかったが、言い方ってものがな。

 せっかく、募集を見て来てくれたんだ、せめて話くらいは聞いてやらないと。


 開口一番、爆弾発言をしたミラの言葉を訂正しようとすると、青年が先に口を開いた。


「どうしていきなり、そんな事を言われなくちゃいけないんだ!」

 ミラの言葉に怒りを覚えたのか、青年は大きな声でそう言うと、握った拳を振るわせる。

 

 しまった、間に合わなかったか……。

 せっかく一人来てくれたってのに、これはもう駄目だろうな。

 今日はもうお開きにして、また明日ゆっくり待つとしよう。


 一応、来てくれた青年に謝罪をしておこう。

 そう思い、立ち上がると、青年がミラに向かって啖呵を切る。

 

「見た目で判断しないで、俺と勝負してから言えよ!」

「えぇ、いいわ! あんたみたいな馬鹿に、実力の差ってのを教えてあげるわ」


 険悪な表情で向き合う二人の間には、激しく火花が散っていた。

 まさしく、一触即発といった状況だった。

 

 はぁ、どうしてこうなるんだ。

 もう少し、平和に解決できないものか。

 

 ミラの相手は結構の手練れじゃないと務まらないだろう。

 青年がもし、危険な状況になったら止めに入るとしよう。

 

「望むところだ! その伸び切った鼻をへし折ってやるよ」

「出来るものなら、やってみるといいわ!」


 二人があまりにも大きな声で、張り合っているせいで隣の人達が、心配そうにこちらを見つめる。


 このまま二人が、ここで言い争いを続けると面倒そうだな。

 急いで訓練場の方へ移動させよう。


「二人とも、ひとまず落ち着け。ここで続けていたら、他の人に迷惑だろ。一旦移動するぞ」

「――おじさんは黙ってて!」

「――すみませんが、黙っていてください」

 

 俺の半分くらいしか生きていないだろう、二人に黙れと言われる。

 

 最近の子供は、どういう教育を受けてるんだ?

 

「おい、お前ら。いいから移動するぞ!」


 いがみ合い続ける二人の襟を掴み、訓練場へと引きずる。





「ちょっと、もういいでしょ! 離しなさいよ!」

「そうですよ! 離してください」


 訓練場に着くと、二人は恥ずかしそうに俺を見上げる。


 ここまで来たら大丈夫だろう。

 掴んでいた襟を離す。


 先程まで、恥ずかしそうにしていた二人は再び、険悪な雰囲気に戻る。

 そして、二人は訓練場の入り口に置いてある、木剣を手に取り向かい合う。


 結局やるんだな。

 立ったまま眺めるのも疲れるし、武闘大会を見るつもりで座って観戦しよう。


 そうして、訓練場中央の木製の長椅子に腰を落とす。

 


 

「それじゃあ、さっそく始めるわよ」

「あぁ、いつでもいいぞ」


 二人は、胸の前で木剣を両手で強く握り構える。


 そして、吹いていた風が止み、それを合図にミラが勢いよく青年に突っ込む。

 突っ込むミラに対し、青年はその場でどっしりと構え、ミラを迎え撃つ。


 あの青年、ミラの攻撃を迎え撃つつもりか?

 相当自信があるんだろうな、あんな速度で突っ込んでくる相手の剣を受け止めるなんて。

 

 一瞬で青年との間合いを詰めたミラは、渾身の力で木剣を薙ぎ払う。

 青年は変わらず、その場を動かないままミラの攻撃を待ち構えたままだった。


 そして、この勝負はあっけなく決着が着く。

 勢いの乗ったミラの一撃が、青年の木剣を弾き飛ばす――。

 青年の木剣は勢いよく回転しながら、後方へと飛んでいった。


 たったの一撃で決着が着いてしまったのか?

 迎え撃つ準備をしていたからてっきり、それだけ自身があるのだと思っていたが。


「ほら、あんたやっぱり弱いわね」

「ち、違う! 今のは油断してただけだ。もう一度やれば、俺が勝つ!」


 青年はそう言うと、後方の地面に突き刺さった木剣を抜き、再び構える。


「はぁ、何度やっても同じよ」

「だったら、もう一度やって見せろよ!」


 ため息を付き、あきれた表情のミラを青年は挑発する。

 案の定、ミラは青年の挑発に乗ると、再び戦い始める。


 しかし、またしても青年は一撃で敗れる。

 それでも諦めない青年は、何度もミラに勝負を挑み続ける。


 ミラも飽きて来たのか、段々と手を抜き始める。

 まるで赤子をあやすように、片手で優しく剣を振るう。


 ミラが優しく振るっている剣を青年は、やっとの思いで防ぎ続ける。

 

 実力差は明白だった。

 彼には悪いが、はっきり言って剣の才能が無いようにしか思えない。

 どれだけこの戦いを続けても、彼が勝利する未来は訪れないだろう。


「もう飽きたし、これで終わりにするわ」

 と言うと、ミラは木剣を斜めに構え、目を閉じる。

 すると木剣を包むように、青い光が集まり始める。


 この構え、そしてあの青い光、まさか……。


 リリアが昔使っていた技の1つ、『断水剣』。

 あらゆるものを断ち切る水の斬撃を放つ、水属性の剣技。

 リリアの娘だし、使えるのは当然か。

 でも、あんなもん青年に向けて放てば、最悪死にかねないぞ。


 何を考えてるんだ、あの馬鹿は!


「おい、ミラ! やめるんだ!」

 

 すかさず立ち上がり、止めに入ろうとする。

 しかし、彼女はその剣を振り下ろす。


 その瞬間、大きな斬撃が地面をえぐりながら、青年の方へ飛んでいく――。


 まずい、間に合わない……。

 このままだと、青年が。


 青年の方を見ると、彼は木剣を地面に置き、右手を斬撃の方へ向けていた。

 彼の体を覆うように、目に見える程の膨大な魔力が溢れている。


 魔力が見える……だと?

 エリン以外で魔力が溢れ出ているのを見るのは、久しぶりだった。

 膨大な魔力量を持つものは、魔法を発動する際、余りある魔力が漏れ出てしまう。

 まさか、とんでもない魔力の持ち主って事か?


 

 すると彼が、何かを呟く。

 その瞬間、彼の前に訓練場の端まで届く、巨大な半透明の魔法の壁が生成された。

 

 生成された壁は、ミラが放った強烈な斬撃を受け止める。

 ぶつかった衝撃で、大きな音と共に訓練場を土埃が覆う。


「ごほっ。くそ、何も見えねぇ。二人は大丈夫か……」


 少しすると、土埃が晴れ、視界が戻る。

 ものすごい衝撃だったが、二人は怪我もなく、同じ場所に立っていた。


 ミラの強さは分かっていたが、あの青年の魔力と魔法、一体どうなってるんだ?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る