第12話 祭り

 体が揺れる感覚で目を覚ます。

 シロが俺の体を揺らしていた。


「……おはよう」

「おはよう! 朝ごはん出来てるってよ!」

 彼女は元気いっぱいに朝の挨拶をする。


 体を起こし、シロと共に下の階へと降りる。

 

 テーブルの上には、昨日の夕飯と新たな食材を取り合わせた料理が並んでいた。

 奥にはエプロンを付けたティアナの姿がある。

 彼女は、俺たちが下りて来た事に気づき口を開く。


「おはようございます。朝食出来てますよ。冷えちゃう前に食べて下さいね!」

 さわやかに笑うと俺たちを席へと案内する。

「何から何まで、本当にありがとな」

「いえ、私は自分がそうしたいからやっているだけなので」


 席に着いた俺たちは、朝食を食べ始める。


「頂きます」

「いただきまーす!」

 

「はい、どうぞ。召し上がれ」


 

 そして、朝食を食べ終えると、ティアナがシロを何処かへと連れて行った。


 今日は祭りに行くから、身繕いでもしてるんだろうか?

 そういや俺もこの世界に来る前は、彼女が準備していたのを待たされた事があったな。

 この街の祭りがどんな祭りなのか分からないが、祭りに行くのなんて前世を含めればもう50年ぶりくらいじゃないか?

 両親に連れられて、祭りに行ったときは花火の音に驚いて泣いたりしてたっけな。

 本当に懐かしいな……。


 思い出に浸っていると、扉が開きシロとティアナが入ってくる。



 ――これは!?


 シロとティアナの格好を見て驚く。

 2人は浴衣を身に纏っていた。


 見間違い、もしくは夢かと目を擦る。そして再度確認するが、確かに2人は浴衣を着ていた。

 

 なぜこの世界で浴衣を着てるんだ?

 こっちの世界にも、こういう文化が存在してたって事か?


 混乱している俺にシロが近寄ってきて、全身を見せるようにぐるっと回る。


「ねぇ、これどう? 似合ってる?」

 彼女は嬉しそうな様子で俺に質問をする。

「……あぁ、凄い似合ってるよ。でもこれは……?」

「これはですね、浴衣って言ってお祭りの時に着る衣装なんですよ」

 ティアナは俺の疑問に答える。


 浴衣って言ったか? 名前まで一緒なんて驚きだ。

 混乱する頭を整理する為に、一呼吸置く。

 

「その衣装の事は俺も知ってるんだ、ただそれが何でここに存在するのかが分からないんだ」

「浴衣の事、グレイさんも知ってるんですか!? 父からグレイさんは、この街の出身じゃないって聞いたんですが」

 ティアナは俺の言葉に驚いた表情をしている。

 

「俺は確かにこの街の出身じゃないが、俺の生まれた国にも同じものがあってな」

 

「そうなんですね。もしかすると、グレイさんは先代領主様と同郷なのかもしれませんね……」

 彼女は考察するように首を傾げ、話を続ける。

「詳しい事は分かりませんが、この祭り自体も先代領主様の故郷にあった、行事だと父からはそう聞いてます」


 先代領主……、ティアナのいう事を聞く限りだと、俺の他にも転生した日本人が居たって事なんだろうな。

 まぁこの世界には、前々から俺の居た世界の知識が存在しているように感じていた。

 魔石を使って作られた冷蔵庫とかは、見た目からしても既視感のある物だ。


「そうだったんだな。教えてくれて、ありがとな」

「いえ、ただ私も驚きました。もし、グレイさんが先代領主様と同郷ならきっと夜は驚きますよ」

 と言うと、彼女はくすりと笑う。

「何があるんだ?」

「それは、夜のお楽しみです」

 

 

 

 それから俺たちは、一度ロブの居る露店に向かう事となった。

 どうやら、祭りは夕方から始まるらしい。

 

 ロブの居る店に向かう途中には、見覚えのある出店が沢山あった。


 お好み焼きに、たこ焼きって、日本のお祭りそのものじゃないか。

 射的までありやがる。先代領主は完全に日本人だなこれは……。

 

 そして、ロブが居る店に到着した。

 店の暖簾のれんには、こっちの世界の文字で魚すくいと書いてあった。


 これは、金魚すくいの事だろうな。

 水槽の中を見ると、赤や青といった具合に様々な色の魚が泳いでいた。

 俺の知っている魚たちではないが、これはこれで良い感じだな。


「おう、お前ら来たか。そうだグレイ、急ですまんがお前に頼みたいことがあるんだ。ちょっと来てくれ」

「分かった」


 彼に連れられ違う屋台へ来た。


「この店をやる予定の俺の友人が買い出しに行ったんだが、戻るのに時間が掛かるらしいんだ」

 彼は申し訳なさそうな表情で話しを続ける。

「それでだな、お前にそいつが戻ってくるまで、ここを任せられないかと思ってな。安心しろ、そんなに時間は掛からないはずだ」

「お前には世話になってるし、俺で良いのなら構わないぞ」

「そうか! 助かるぜ! 金は後で払うから頼んだぞ!」

 そう言うと、彼は急いで何処かへ行ってしまった。


 金って……、せっかく世話になってるからって前置きしたのにな。

 でも、貰えるものは貰っておくに限るか。



 

 さて、任されたはいいが、ここはなんの店だ?

 付近を見渡すと、野菜と肉、そして麺のような物が用意してある。

 これは、焼きそばでも作る気だったのか?

 けどソースはさすがに無いか。塩はある、だったら塩焼きそばなら作れそうだな。

 買い出しに行ってるって、まさかソースを買いに行ってるのだろうか。

 

 それから、火の魔石で鉄板を温め、塩焼きそばを作り始める。

 それにしてもこっちの世界で、焼きそばを作る事になるなんてな。


 そして、ひたすらに準備を進めているといつの間にか、夕方になっていた。


 辺りには浴衣を着た人たちが現れ始めた。

 人も増えて来たし、そろそろ始まる感じか?



「あの、これを1つください!」

 突然、小さな男の子が元気な声で注文をしてきた。

「はいよ」


 最初のお客は家族連れか。

 俺の作った塩焼きそば、喜んでもらえると良いんだけどな。


 そう思いながら、鉄板で温めていた焼きそばを紙製の皿に乗せ提供する。


「お待たせしました! 熱いから、気を付けろよ」

「ありがとう! ねぇ見てお母さん、これ見たことない色してるよ!」

 男の子は後ろで待っていた母親の元へ、俺の作った焼きそばを見せに走る。


 見たことない色って、やっぱりソース焼きそばだったんだな。

 この世界の人たちの口に合うと良いんだが……。


 てか、ロブのやつ俺に無茶を押し付けてないか?

 

 

 


 

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