第7話 私も名前が欲しい

 3人でポーション作りを始めてから、大家が出来たポーションを見せてきた。


「ほれ、出来たぞ。どうだなかなかだろう」

 彼は自慢げにそう言った。


 なんなんだ、これは?

 本来ポーションは透き通った水色になるはずだが、彼の作ったポーションは紫色だった。


「これは、毒か?」

「そんな訳があるか! どう見てもポーションじゃろうが」


 どこをどう見ても、失敗作にしか見えん……。

 手順だけを考えるのなら、何も難しい事は無いし間違いようもないはずだろ。

 

「いや、どう見ても失敗してるだろこれは」


 彼は怪訝な顔をしながら、次のポーションを作ろうとし始める。


 まさか、また作る気なのか?

 よく見たらもうすでに、同じような紫色のポーションが数本並んでいた。

 待て、これ以上作られると素材が無駄になっちまう。


「おいおい、待ってくれ。手伝ってくれるのはありがたいが、これ以上素材を無駄にしないでくれ」

 急いで爺さんの手を止めるさせる。


「せっかく手伝ってやっておるのに、ひどい言われ様じゃな」

「これじゃ売り物にならないんだから、仕方ないだろ」


 彼は不機嫌な表情をすると、俺に背を向けた。


 拗ねちまった。子供かよ……。

 この爺さんに比べて、この娘の作る物は出来がいい。

 そう思いながら彼女の方を見る。すると彼女は心ここにあらずといった様子で、手が止まっていた。


 単純で簡単な作業だからな、流石に飽きが来たんだろうな。

 これ以上作業を手伝わせるのも酷だしな、どうしたものか。


 そうだ、爺さんは正直使い物にならないし、この娘の遊び相手になってもらうとしよう。

 元々この爺さんの目的は、この娘に会う為に来たんだろうし文句はないだろ。

 

「疲れたか?」

「疲れてないよ!」

 彼女は驚いた様子で返事をする。


「無理する必要はないぞ。そこの爺さんはたった今、戦力外通告されて拗ねてるんだ。相手してあげてくれないか?」

「そうなの? でも何したらいいんだろう……」

「そうだな……、遊びにでも誘ってみたらどうだ?」

「でも、ポーション作りは?」

「俺一人でも、大丈夫だ。だから、遊んできても構わないぞ。休憩も必要だしな」

 

 彼女はそれから、彼の方へと向かう。

 

「あの……、私と遊んでくれませんか?」


 彼の横に立つと、可愛らしく声を掛ける。


「……ん? わしか? あぁ勿論だとも! よーし、何して遊ぶかのぉ!」

 先程まで、拗ねて縮こまっていた彼は、息を吹き返したように上機嫌になる。

 

 くそ。ポーション作りをやらなくていいってんなら、俺だってあの娘と遊びたい。

 だがここで怠けちまったら、引っ越しの計画が遠のいていく。

 あの娘の為にも、ここは自分を抑えなくては……。


 それから、彼女たちは家のすぐ横で楽しそうに遊び始める。


 かくれんぼか。懐かしい遊びだな、俺も小さい頃はよくやってたな。

 それにしても、爺さんがあの娘と一緒に遊んでるの見ると、まるで孫と遊んでるように見えるな。

 

 そんな事を思いながら、作業に戻る。




 


 ふぅ、結構な本数作れたな。もう少し作ったら、今日の作業は終わりにするか。

 

「おーい、そろそろ終わったか?」

「おわった?」

 彼女らが森の方から帰って来た。


 そして、彼女らを見て驚く。

 2人は水を浴びたように、全身に泥を纏っている。


 おい。一体何をしたらそんなに泥だらけになるんだ。

 それでいて、2人して満面の笑みだ。

 すごく気になるが、ひとまずこの2人には泥を落としてきてもらおう。


「もうすぐ終わるんだが、それより自分たちの事を気にしたらどうだ? 二人ともまずは、その全身に着いた泥を落としてきなさい」

「はーい」

 2人同時に返事をすると、川のある方へと向かって行った。

 

 日本に居た頃、似たような事で母親に叱られたことを思い出す。


 こっちの世界に来てから、もう36年もたってるんだもんな。

 二人とも生きてるとしたら、もう大家の爺さんと同じくらいの年かな……。

 父さん母さん、俺2人が俺に抱いてた想いってやつが、少し分かって来たような気がするよ。

 

 それにしても、2人とも先程まで初対面だったよな?

 この一瞬であんなに仲良くなってるなんて、本当に何して来たんだ。




 

 そして、全身に付いていた泥を落とした2人は、楽しそうに談笑しながら戻ってくる。

 それと同時に、ポーション作りもひと段落を迎えた。


「いやー、楽しかったのう」

「うん! たのしかった」

 2人は笑顔で向き合いながら、思い出に浸る。


「そうか、そうか。それは良かった! それで、一体な……」

「それじゃあ、わしはもう帰るとするかの。また明日来るからの」

 いつも通りと言わんばかりに、彼が俺の話を遮る。

「うん! 約束だよ! またね、おじいちゃん」

「うむ。また明日じゃ」

 彼はそう言って、楽しそうに帰路に就く。


 この展開にも、段々慣れて来たな。

 明日もどうやら来るみたいな話をしていたが、引っ越すまで毎日来る気じゃないだろうな?

 たったの数時間で、俺よりも遥かに懐いてる様に見えたが。

 このままだと、おじいちゃんと住むから引っ越しなんて嫌だ! なんて言われたりしかねない。

 どうにかしてしないと……。

 

 それから、作業に使っていた道具などを片付けてから家に戻る。



 

「お腹空いただろ? ご飯にしようか」

「うん」

 

 今日会った出来事を聞かせてもらいながら、2人で晩御飯を食べ終えた。


 あの娘が言うには、2人で鬼ごっこをしたらしいのだが、あれだけ泥だらけになる理由は分からなかった。

 それは本当に、鬼ごっこなんだろうか……。


 よし、これからこの娘に聞くべきことを聞くとするか。

 

「これから、大事なことを聞きたいんだけどいいかい?」

「大丈夫だよ……?」

 彼女は首をかしげながら返事をする。


「娘ちゃんの名前についてなんだけどな、君がいいなら一緒に決めないか?」

 嫌だと一蹴されるかもしれない、そんな心配をしながら話す。

「これから先、引っ越すだろ? そこで、いろんな人に会うと思うんだ。そんな時に、名前が無いと困るだろ? だからな……」

 自分ではそんなつもりは無かったが、思っていたよりも不安だったのだろう早口で思いを伝える。


「――いいよ! 私も名前が欲しい」

 彼女は勢いよく即答する。


 不安から肩に力が入っていたが、この娘の返答に肩の力が抜ける。

 

「そうか、良かった。それじゃ、考えてみようか。どんな名前がいいとかあるか?」

「うーん……、どうしようかな……」


 そりゃ、悩むよな。普通は幼いころに親が名前を与えてくれる。

 けど、この娘は記憶が無いだけで物心も付いているからな。

 いざ自分の名前を考えてくださいなんて言われると、俺だって困るだろう。

 なにか、きっかけになるような事は……。


「なにか、好きな物や色とか、そこから決めるのはどうだ?」

「好きな色……、そうだ! 髪の色! 私、この髪の色が好き」

「お、いいな! それなら、シロなんてどうだ?」


 流石にちょっと、安直すぎるか? シロって言うと、日本だとペットに着ける印象が強い。

 だけど俺にはそれ以外、思いつかない……。こんな時の為に、いっぱい勉強しておくんだったな。


「シロ……、いいね! 私、その名前がいい」

 彼女はとても嬉しそうにしている。


「そうか! それじゃあ改めて、よろしくなシロ」


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