第6話 二人とも仲良しなんだね

 誰だ?

 音のする方へと目を向けるとそこには、大家の爺さんが居た。


「おい、飲んだくれ。ポーション作り進んどるか?」

 彼は大きな声で、誰かに声を掛ける。


 自分の事ではないと言わんばかりに、辺りを見渡す。


「お前の事だグレイ。この辺りにポーションを作っとる飲んだくれは、お前しかおらんじゃろが」

 彼は俺の真横に立ち、あきれ顔で見下ろす。


 くそ。この爺さん余計な事を……。

 昨日この娘が寝ている間に、こっそり酒を隠したってのに。


「なんなんだよ。一体何しに来やがった。それに、余計な……」

「──おぉ! 可愛らしい子じゃな。嬢ちゃんお名前は?」

 彼は俺の話に聞く耳を持たず、彼女に話しかけ始めた。


 くそ、このじじいは……。

 いつも人の話を聞きやしねぇ。


「あ、あの……えっと……」

 彼女は困惑していた。


 知らない人に急に声を掛けられたら、そりゃ困惑するだろう。

 

「突然過ぎたか、すまんな嬢ちゃん。わしはこの家の大家じゃ」

 彼は笑顔を見せ、怖がられまいと謝る。

「爺さん、ちょっといいか。こっちに来てくれ」


 そう言って、2人で家の裏に移動する。



 


 

 家の裏手に回り、大家に彼女の事情を説明する。

 彼女はここに来るまでの記憶が全くないという事。

 それ故に、自身の名前や素性が分からない事を伝えた。


「……そうか、そんな事情があったんだな」

 彼は、悪いことをしたという表情をする。

「あんたは、この事を知り様が無かったんだ。そう自分を責める必要はない」

「うむ、そうだな。しかしお前、それを知っているなら、何故名前を付けてやらん?」

 彼は、誰もが思うであろう疑問を投げかける。


 

「名前を付けない理由は……、俺にその資格があるか分からないからだ」

 彼の質問に対し、思っている事を回答する。

「資格だ? そんな事を言っていてはあの娘は、今後困る事が多くなるとは思わんのか」

 怒った声色で、彼は俺に詰め寄る。

「――そんな事は分かってる!」

 思わず俺も声を荒げてしまう。


 この爺さんの言っている事は、俺だって理解できる。

 あの娘と出会い事情を知った時、名前を付けてやるべきか悩んだ。

 でも、あの娘の事が分からない以上、俺が決めていいのか分からなかった。



「名前ってのは、親が子供に贈る最初の贈り物だ。俺はあの娘の親なのか分からない……」

 自然と拳に力が入る。

「それでいて、あの娘には記憶が無いんだ。俺があの娘に名前を与えたら、それが最初の名前になる。だから、俺には……」

 自分自身の考えを、大家に伝える。


 いつも話の途中で割って入ってきていた大家が、珍しく俺の話を聞いていた。

 そして、少し間を置き大家が口を開く。


「お前なりに、色々と考えていたんだな。怒鳴ってすまんかったな」

 彼は反省した様子で謝罪をする。

「しかし、親が分からんと言ってもな、少なくとも今はお前が嬢ちゃんの親代わりなんじゃろ?」

「親代わりになれてるか、分からねぇけどな」

 

 自信を持ってそうだと言えたらいいんだが、まだ昨日出会ったばっかりだ。

 俺も、彼女も、まだお互いをよく知らない訳だしな。

 

「それでも、あの嬢ちゃんは行き場が無いんだろ? だからお前が引き取り親代わりになった。違うか?」

「そうだ……」

「だったら、お前が付けてやっても構わんだろう」


 彼女を呼ぶときに『娘ちゃん』と読んではいるが、俺だって名前で呼べるならそうしたい。

 これから先、引っ越した先で沢山の人と出会うだろう。

 そんな時に確かに名前が無いというのは、あの娘自身も困る事だろう……。

 

 だからと言って、俺が勝手にあの娘に名前を付けるのは、あまりに忍びない。

 今すぐ……。いや、今は楽しそうにしてる事だし、夜にでもあの娘に聞いてみるとするか。


「分かった。今夜にでも、あの娘に聞いてみるよ」

「そうか。嬢ちゃんの名前、楽しみにしとるぞ」

 彼は和やかなに笑い、少し嬉しそうだった。


 あの娘が否定するという考えは一切ないのかよ。

 

「それはそうと、爺さん。一体何しに来たんだよ」

「ん? お前がポーションを作ると言うから、手伝いに来てやったんじゃよ」

 彼は恩着せがましく、意気揚々と返答する。


 なんて恩着せがましい表情だ。これまで一度たりとも、手伝いに来たことなんてないくせに。

 まぁ大方予想はついてる、あの娘の事が気になって来たんだろう。

 まぁいい。手伝いに来たと言ったんだ、しっかり手伝って貰うとするか。


「そうだったんだな。だったら、たくさん手伝って貰うとするか」

「ん? たくさん? よう聞こえんかったわ、何と言った?」

 彼は聞こえなかったふりをして、とぼける。

「聞こえなかったふりなんて、意味ねぇぞ。あんた、昨日扉を叩いたらすぐ出て来ただろ」

 

 すると、大家は渋い顔をする。


「分かった、分かった! 手伝えばいいんだろ。わしに払う家賃なのに、なぜ手伝わにゃならんのだ」

 後半になるにつれ、声量が段々と尻すぼみになる。

 

 全くその通りだ。この爺さんが手伝う必要なんて無い。

 でも、手伝ってくれるならそれに越したことは無いし、何より楽できる。

 本当は全部聞こえたが、最後の方は聞こえなかったことにするか。


 そして、2人で作業場へと戻る。



 

 

 

 それじゃ、作業に戻るとするか。

 人手も増えた事だし、これなら早めに作業が終われるかもな。


 彼女は、戻って来た俺たちを心配そうな表情で見つめている。


 すごく心配した表情だな。

 きっと聞こえてたんだろうな。ちょっと声を荒げちまったからな。


「えっと……、そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。ちょっと言い合いにはなったが、仲直りしてきたからな」

「そうじゃぞ。嬢ちゃんが心配するようなことは何もない」

 

 2人して、彼女に心配させまいと、あたふたとしていた。

 先程まで、2人して大声出してた奴らが言っても説得力はないだろうが。

 でも、これ以外にお互い言葉が見つからないといった感じだった。

 そう思うと、なんだか少し笑えて来た。


「なんじゃお前、急に笑い出しおって。気持ちが悪いのう……」

「すまん。こうして、俺たち大人があたふたとしている事が可笑しくてな」


 このやり取りを見てか、彼女から心配していた表情は消え、笑みに変わっていった。


「2人とも仲良しなんだね!」

 彼女は楽しそうに笑う。

 

「どうじゃろな」

「いや、どうだろうな」

 2人して同時に似た返事をする。


「ほらやっぱり、仲良しだね」

 満面の笑みで彼女は喜ぶ。

 

 ふと爺さんの方を見ると、目が合い少し照れ臭くなった──。


 

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