第5話 おいしいね

 窓から日の光が差し込み、眩しさに目を細めながら体を起こす。


 そうか。俺は帰ってきてから、寝てたんだな。

 久しぶりに、酒の力を借りずに眠ることが出来た。

 そういえば、あの娘は……。


 寝起きで重いまぶたを擦りながら、辺りを見渡す。

 すると綺麗に畳まれた布団があり、その横に彼女は正座で座っていた。


 本当に、良くできた子だな。

 布団も綺麗に畳んであるし、実はどこかの貴族の子供とかじゃないよな?

 仮にそうだとしたら、さすがに捜索されてるよな。


 それにしても、なんで正座なんだ?

 まさか起きてからずっと、正座してたわけじゃないよな?


「おはよう」

「おはようございます」

 彼女は緊張しているのか、少し声を震わせている。

「まさかとは思うけど、起きてからずっと正座してたのかい?」

 流石にそんなことは無いだろうと、半信半疑で聞いてみる。

「は、はい」

 

 ――!?

 いつ起きて、正座を続けているのかは分からないが、一刻も早く辞めさせないと。

 足がしびれるだけならいいが、長時間の正座は危険だって確か……。

 

「家の中で正座なんてしなくていいよ」

 心配しながら、彼女にそう促す。

「わかりました」

 彼女は頷き、足を崩そうとする。

 しかし、正座していた時間が長かったのだろう。

 足がしびれて、なかなか崩せないでいる様子だった。

 

 見かねた俺は、彼女の脇に手を入れて引っ張り上げる。


「ありがとうございます」

 彼女は俺の方を見上げながら、お礼の言葉を述べる。

「どういたしまして」

 

 


 そういや、昨日は何も食べずに寝てしまったから、お腹が空いてるだろう。

 朝食を作ってやらないとな。


「昨日は何も食べずに寝たんだ、お腹空いてるだろ?」

「えっと、そんな事は無い……です」

 彼女は、身を縮こまらせながら返事をする。


 その直後、彼女のお腹が鳴る。

 彼女は、顔を赤らめながら俯く。


「遠慮しなくていいんだぞ。ちょっと待ってな」

 この状況に、思わず笑みが零れる。

 

 さて、朝食は何にしようか。

 それから、昨日の夜に大家から貰った、大量の食材が入ったかごを手に取る。

 卵に野菜、それから肉類と……。

 思っていたよりも食材の種類が豊富だった。

 これだけ種類があれば、いろんな料理が作れるな。

 

 朝飯と言えば、やっぱり卵は使いたい。

 あとは、ベーコンなんかあれば最高だったんだが、この世界には無いしな。

 無いものは仕方ない、レディエルの肉で代用してみるか。

 他には……、パンもあるな。これも使うとしよう。

 かごの中から、これらの食材を取り出し調理を始める。


 まずは、フライパンに油を引く。

 それから、火の魔石に魔力を注ぐ。

 魔石は光を帯びると、燃え始める。

 火が付いたのを確認した後、卵をフライパンの中に割って落とす。


 そして、卵を端に寄せ、空いたスペースでレディエルの肉を焼く。

 レディエルの肉は、この世界では最も一般的に食される肉だ。

 元は獣だったらしいのだが、あまりの美味しさに誰かが飼育を試みたらしい。その後、この事が波及していき、家畜として世界各地に広まっていった。

 俺も食べてみたが味は牛肉に近く、見た目は四本角のトナカイのような見た目をしていた。だから、初めて食べた時はその味に驚いた。

 正直ベーコンとは程遠いが、これしかないのだから仕方がない……。

 

 そして、それらを焼いている間に、もう1つの魔石を使い丸い形のパンにも火を通す。

 次第に、部屋中に香ばしい香りが漂い始める。


 あの娘は……、まだあの状態か。

 彼女は、先程の出来事が相当恥ずかしかったのだろう、体育座りで顔を隠していた。

 出来上がるまで、そっとしといてやるか……。


 しばらくすると、卵とレディエルの肉に焦げ目がつき始めた。

 よし、あとは塩をまぶして味付けも完了と……。

 その後、肉と卵そして新鮮な野菜を温めておいたパンに挟んで完成だ。


 それから、完成した料理を木製の皿に乗せ、テーブルへと運ぶ。


「ほら、完成したぞ。なんちゃってベーコンエッグサンドだ!」


 彼女は顔を上げ、ゆっくりとテーブルの方へ近づいてくる。

 相当恥ずかしかったんだろうな、こちらを見ないように下を向いきながら歩く。

 しかし、テーブルの近くへは来たが、料理になかなか手を付けようとしない。

 

「どうした? 遠慮なんかする必要ないぞ」

「本当にいいの……?」

 彼女がこちらを向いたと思えば、子犬のような目でこちらを見つめてくる。


 うっ、なんて可愛いんだ……。

 これは天使と言っても過言ではないだろう。


「勿論だ。全部食っていいぞ。俺は腹なんか空いてないしな」

 その直後、自分の腹部から大きな音が鳴る。


 すぐさまフラグを回収した事に、思わず笑いが込み上げる。

 すると、彼女もつられるように笑い始めた。

 


「こ、これ」

 彼女はパンを半分にちぎり、俺の方へと差し出す。


 爺さんすまん……。あんたの言ってた事だが、この状況では守り切れん。

 この娘が、半分くれるってんだ。この娘の優しさを無下にするなんて、可哀そうだろ。


「ありがとな。それじゃ、一緒に食べるか」

 

 彼女は笑顔で頷いた。


「おいしいね」

 彼女は、小さな口いっぱいにパンを頬張りながら笑う。

「そりゃ良かった。作った甲斐があるぜ」

 






 

 ――そして、朝食を食べ終えた。

 

 さて、ポーション作りに取り掛かるとするか。

 昨日取って来たソラの花や瓶を、外へ運び出し作業の準備を始める。

 

 すると、部屋の中から彼女が出てくる。

 

「何をするの?」

 彼女は興味津々といった顔で、質問をする。

「これからポーションを作るんだ。そうだ、一緒に作ってみるか?」

 

 彼女は嬉しそうに、何度も素早く首を縦に振る。


 それから、ポーションの作り方を彼女に伝える。

 「まず、ソラの花を絞り聖水と混ぜる。それから、混ぜ合わせた液体に魔力を注ぐ。それが終われば、完成だ」



 聞いただけなら、簡単そうに思えるだろう。

 まぁ、実際作り方自体は簡単だが、魔力を注ぐという部分に問題がある。

 一本作るのに、それなりの魔力を注がなければならない。そのため量産が難しい。


 しかし何の嫌がらせなのか、攻撃魔法も使えないというのに、俺の魔力量はこの世界の平均値よりも、結構多いらしい。

 だがそのおかげで、本来は大量に作る事が難しいポーションを一度に量産できるってわけだ。



 この娘には、魔力を注ぐ手前までの作業を手伝ってもらうとするか。

 

「魔力を注ぐ所は俺がやるから、そこまでを手伝ってもらおうかな」

「うん。わかった」

 彼女は目を輝かせながら、作業台近くの椅子に座る。


 

 

 それから、2人でポーション作りに勤しむ。

 彼女は楽しそうに作業をしていた。


 地味な作業だからすぐに飽きると思ったけど、案外楽しんでくれてるみたいだな。

 俺もこういう地味な作業をするのは、嫌いじゃない。

 こういう簡単な作業は無心で続けられるしな。

 昔はポーションを作る事で、嫌なことを思い出さないようにしていた。

 何かに没頭することで、何かを忘れようとしていたのかもな。

 

 そんな事を思い出していた時、茂みの方から足音が聞こえてきた。

 

 ――誰だ!?


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