第4話 大家

 家へ帰って来て、素材を部屋の中へと持ち込む。

 

 今日はもう日も暮れる事だし、ポーション作りは明日にするか。

 さて、これでお金を稼ぐ準備は出来たが、まだ俺にはやる事がある。

 今晩のご飯の調達だ。俺は多少、食べなくても問題ないが、この娘にはしっかりご飯を食べさせてあげないと。

 お金もない以上、大家の爺さんに食料を分けてもらえるよう頼ってみるしかないな……。

 それに、ここから引っ越すことも伝える必要があるしな。

 けど、色々と面倒くさい事になるだろうな。少し億劫だ。


 この娘は、今日はもう疲れているだろうし、少し心配だが家で休ませておこう。


「娘ちゃん。俺はまだ行く所があるから、この家でお留守番をお願いしてもいいかな?」

「うん。……わかりました」

 彼女は、また気を使っているのか、ちぐはぐな返事をする。


 花畑に行ったときは、距離感が縮まったように感じていたが、まだ慣れないか。

 まぁでも、今までの完全に畏まった返事からは、多少は良くなったな。


「俺が出かけてる間に、誰か来ても扉を開けちゃ駄目だぞ」

「誰が来ても開けません」

 彼女は真剣な眼差しで、そう答える。


 この娘はとても真面目な子だし、心配はないだろう。

 でも一応、念には念を……。


 家から出て、扉の外側にランプの見た目をした、感知の魔道具を取り付ける。

 この魔道具があれば、何かが近づいた時に、この輝石が光って知らせてくれる。

 大家の家まで距離も遠いわけじゃないし、何かあればすぐに駆け付けられるだろう。

 

 そして輝石を首から掛け、服の内側にしまう。


 それにしても、また感知の魔道具を使う時が来るなんてな……。

 冒険者をしていた頃、みんなで野営する時によく使ってたな。

 これがあれば、誰かが見張りをする必要が無くなる便利な魔道具だった。

 本当にこれには、世話になったなぁ。


 昔の旅を思い出し、懐かしさに浸った。

 こうして過去の出来事に浸っていると、歳を重ねた事を実感するな。


 ――って。感傷に浸っている暇はないだった。

 あの娘がお腹を空かせてるかもしれないんだ、急げ俺。

 さっさと、大家の元に向かうとしよう。


 それから、石で舗装された道を進み大家の家へと向かう。


 

 


 

 そして、大家の家に着いた。

 扉を叩くと、白髪で大きなガタイの男が出てくる。


 この壁のように大きなガタイの男が大家だ。

 相変わらずこの爺さんは、還暦を迎えてるってのに、体格が良すぎる。

 元冒険者とはいえ、何をしたらその体格を維持できるんだよ。


「死んではいなかったんだな。それで、ようやく払う気になったか?」

 俺の顔を見て、不機嫌そうに質問してくる。

「あぁ。今日は、その件も含めて頼みたい事があって来た」

「ふん。まずは金を払ってからだ。話はその後、聞いてやる」

 

 分かっちゃいたが、話を聞いてもらうのも一苦労しそうだな。

 面倒だが、この頑固者の爺さんに話を聞いてもらうしかねぇ。


「家賃の事はすまない。あと少しだけ待ってくれねぇか? 今……」

「――くだらん。この期に及んで、まだ待てというのか?」

 俺の話を、怒った口調で大家が遮る。


 このせっかちジジイが。

 まずは、話を全部聞いてから文句を言えってんだ。


「頼む、聞いてくれ。家賃は今月中に必ず払う。だから頼みを聞いてくれ、お願いだ」

 真剣な表情で、頭を下げ誠意を示す。

「聞いてやるから頭を上げろ。それにしても、お前……一体、何があった?」

 彼はとても驚いた様子だった。


 思ったより、あっさりと聞き入れてくれた事に驚いた。

 それに、なんでこの爺さんは、こんなにも驚いていやがる。

 さっぱり分からんが、うまく行ったから良しとするか。

 

「家賃はさっき言った通り、今月中には必ず払う。ここからは、あんたに頼みたい事がある……」


 それから、これまでに起きた事やそれをきっかけに、今直面している問題を伝えた。

 家に突然、娘と名乗る少女がやって来た事。

 そして、行き場のないその娘と共に生活をする事を決め、今後の為に引っ越しをしようと思っている事。

 また、お金が無い事でその娘に、ご飯を食べさせてあげられないという事。

 

「お前は、阿呆なのか? そういう事は考えてから行動するものだろうが」

 彼は頭を掻きながら、呆れた表情で言う。


 ぐうの音も出ない正論で返す言葉も見つからない。

 勢いで決めてしまったせいで、こんな事になっている。

 だからこそ、恥を捨てでも、あの娘の為に行動しないといけないんだ。


「あぁ、全くその通りだ。すべては俺が悪い。けど、あの娘は悪くない。だから、頼む食料を恵んでくれ」

 恥を忍んで大家に救いを乞う。

「仕方ない、分かった。少し待ってろ……」

 そう言って大家は家の中へ戻っていく。


 それからしばらくして、かご一杯に入った食材を持った大家が出てきた。

 

「こいつには、お前の分は含まれてないからな。その娘っ子の分だけだ」

 大家はかごを突き出しながら、念を押すように言う。

「あぁ、分かってる。本当に助かったよ。ありがとう」

「娘っ子が待っとるんだろう? 早く帰って飯を食わせてやれ。それと、家賃の件を忘れるなよ」

「分かってる。ありがとう」


 そして、大家が恵んでくれた食材を持って、急ぎ足で家に帰る。

 




 大家の家から走り、家の前まで帰って来た。

 息が上がり手を膝につく。ふぅ。おっさんの俺には、久々の運動はきついな……。

 急いで帰って来たのは、ご飯の事もあるが何より、ひとりで留守番させている事への心配が強かったからだ。

 大家の家へ向かい戻ってくる間に、輝石は一度も反応していなかった。

 おそらく心配はないが、頼む。何も起こっていないでくれよ。


 そう願いながら、息を整え扉を開く。

 

 するとそこには部屋の隅の方で、横になっている彼女を見つける。


 

 ――まさか!?


 輝石の反応は無かったんだ。

 何かが起きるはずなんてない。


 

 そして、急いで彼女の元へと駆け寄り、彼女の顔を見る。

 彼女はとても穏やかな顔で、寝息を立てていた。


 その瞬間、全身の力が抜け落ちていくように、その場に座り込む。


 はぁ、良かった。寝てるだけか。

 この娘にとって、今日は色んな事があったんだ。

 疲れて寝てしまったんだろうな。

 本当に、何もなくて良かった……。


 でも、こんな床で寝かせるのは可哀そうだ。

 確か新品の布団があったはずだ。


 押し入れから、一度も使っていない布団を取り出す。


 昔、よくわからん若者に押し売りされてから、一度も使わず押し入れにしまっていた。

 異世界にも訪問販売があるのだと、驚いていた事を思い出していた。


 まさか、あの時買った布団が役に立つ時が来るなんてな……。

 ありがとう。押し売りしてきた若者よ。



 そして、彼女を抱きかかえ、新品の布団へ寝かせる。


 今日は俺も色々あって、疲れた……。

 それから、その場で横になり静かに目を閉じる――。

 




 

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