第3話 花よりも美しい

 何も考えずに提案をしたものだ。

 今までは、一人で最低限の生活が出来ればよかった。

 家の近くに自生している、素材でポーションを作って近くの街で売る。

 それだけで俺一人分の生活費は、稼ぐことは出来ていた。


 だが、今度からは2人分の生活費、ましてや子供だから色々とお金がかかる。

 それに、この家は2人で住むには手狭に感じるだろう。

 ましてや女の子だ。こんなおじさんと一緒に寝るなんて嫌だろう。


 ポーションだけじゃ、稼ぎが足りないかもしれない。

 だが、他の仕事をするなら街に出ないといけない。

 となると引っ越しするしかないか。


 格好つけて一緒に暮らすか、なんて言ったのに、いきなり引っ越しだなんて……。

 この娘に嫌われないだろうか。

 やっぱり嫌ですなんて言われても、仕方ない。


 まぁ、それでもまた確認してみるしかないな。

 引っ越す以外で安定する生活を送れないだろうからな。


「娘ちゃんよ。大事なお話があります」

 真剣な表情で、彼女に対して話を始める。

「一緒に暮らそうと言いましたが、この家から引っ越しをしたいと思います」


 彼女はまたしても、驚いた表情をする。


 そりゃそうだ。いきなり引っ越しますなんて言い出すんだからな。

 あの言い方だと、この家に住むもんだと思うだろう。

 

「わかりました」

 彼女はあっさりと了承してくれた。


 あっさりと望む返事が返って来た事に驚く。

 だが、彼女の言葉は俺に遠慮をしてるように感じる。


「俺に気を使って、遠慮なんかしなくていいからな。それと、畏まった言葉遣いじゃなくて大丈夫だ」

「はい」

 彼女の返答からは、まだ気遣いを感じる。


 まぁ、いきなり遠慮するなって言われても無理だよな。

 今日初めて会ったんだ。それに、お互いの事をよく知らない訳だしな。

 

 でもこれから一緒に暮らすんだ、そのうち打ち解けてくれるはず。

 いつかこの娘が、遠慮なく接してくれるよう頑張るとするか。

 

 ひとまず彼女から、引っ越すことに関しての了承は得られた。


 しかし、他にも問題はある。


 滞納した家賃の支払い。

 新しい仕事。

 新しい家。

 

 まるで、今日までの堕落した生活のツケを払わされる気分だ。

 だけど、何故だろうな。不思議と活力が湧く。

 それじゃ、まずは家賃の問題を解決するとしよう。


 今からポーションを大量に作って、売りに行けば2週間もあれば払える額になるはずだ。

 運がいい事に、この家の家賃はとても安い。

 住み始めた頃はボロボロだったしな。

 それも懐かしく感じる程に、この家に世話になっていたんだな。


 おっと、懐かしんでいる暇は無いな。

 ポーションの素材を取りに行かないとな……。


 この娘を家に一人置いて行くのは不安だし、一緒に行くとするか。

 それに、外に出ることで気分転換にもなるだろう。


「これからポーションの素材を取りに行くんだが、俺と一緒に行かないか?」

「は……、うん」

 彼女は不器用ながらも、笑みを浮かべ返事をした。


 返事や表情から無理をしていることが分かる。

 何度も気にしなくて良い、と言われたら余計に気になるだろう、何も言わないでおくか。


「それじゃ、行こうか」


 彼女と家から出て、すぐ近くの森へと向かう。

 

 森とはいっても一応、人の往来がある道だ。

 街道とかと比べると多少歩きにくいが、この程度なら問題ないだろう。

 

 しかし、2か月ぶりに外へ出たが、暑い。

 この世界は日本とよく似ていて、四季がある。

 今は、俺の一番苦手な夏だ。

 

 彼女は俺の少し後ろを、静かに付いて来ていた。

 暑さなんて感じていないかのように、歩いている。

 

「暑くない? 大丈夫か?」

 見た感じ大丈夫そうだったが、一応聞いておこう。

 急に倒れられても、大変だからな。


「大丈夫……です」

 彼女は頷きながら返事をする。

「暑かったら言うんだぞ」


 彼女は、再び頷く。


 そして、そこから道に沿って歩き続けた。

 

「さぁ着いたぞ。ここが、目的地だ」

 

 俺がこの娘を連れて来たのには、気分転換以外にも訳があった。

 ポーションには、ソラの花という綺麗な青色の花を素材として使う。

 ここには、その花が大量に咲いていて、とても幻想的な場所だからだ。

 この光景を見れば、きっと喜んでくれるだろう。


 そして、彼女の方を見る。

 彼女は目の前の光景に圧倒されたのか、その場に立ち尽くす。


 女の子だし飛んで喜ぶと思ったけど、案外興味ないのか?

 俺は、この場所に初めて来た時、この光景を見て飛ぶように喜んだってのに……。

 女の子ってのは、いくつになっても分からないもんだ。

 とりあえず、作業を始めるとするか。


「この青い花を摘んで欲しいんだけど、一緒にやってくれるか?」

「うん。分かった」

 彼女の返答は今までで一番、嬉しそうに聞こえた。


 それから俺は、ソラの花を黙々と摘み続ける。


 久しぶりだが何年もやって来た作業だ。

 この手際の良さを見て、あの娘もきっと俺をすごいと思うはずだ。


 そんな事を思いながら、後方で作業をしている彼女の方を見る。

 するとそこには、花畑の中で肩まで伸びた白い髪をなびかせ、笑みを浮かべながら花を見つる彼女の姿があった。

 その姿は美しい花畑の中で、ひときわ輝いて写る。


 おぉ、これはすごいな……。

 眼前の光景に語彙力が欠如する。


 今すぐこの光景を写真に撮って、額縁に入れて部屋に飾りたいもんだ。

 それに、あの様子だと喜んでくれてたみたいだな。

 連れてきて良かった――。


「あ、あの。ごめんなさい」

 彼女は俺が見ていることに気が付いて、謝罪をする。

 作業をしていなかった事を、俺に咎められると思ったのか?

「いや、大丈夫だ。もう少しで集め終わるしな。むしろ、ありがとうと言わせてくれ」


 彼女は、首を傾げながら不思議そうな顔をする。


 


 そこから、残り少しの花を摘み終える。

 気が付けば、日が傾き始めていた。


「よし、素材も集めきれた事だし、帰るとするか」

「うん」


 そして、作業を終えた俺たちは帰路に就く。

 花畑から離れる際、彼女は名残惜しそうに何度も後ろを振り返っていた。

 

 出会った時は、言葉遣いも丁寧で大人びて感じた。

 けど、こういうのを見るとこの娘もまだ子供なんだなと実感する。

 それに、距離感が少し縮まったような気がする。


 本当に、連れてきて良かったな……。




 

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