第2話 暮らしたい

「初めまして。娘よ」

 自分の中で最大限の優しさを込めた挨拶をしたつもりだが、少女は俯いたままだった。


 やっぱり、俺ってそんなに怖いのか?

 まさか、臭いとか?

 もう俺も36だし、加齢臭とかあるかもしれんよな。


「俺の事が怖いとかそういう感じかな? それともおじさんが臭いとか?」

 そう言いながら、自分の体の匂いを嗅ぐ。


 すると、少女はその場で黙って首を横に振る。


「そ、そっか。まぁとりあえず立ち話も疲れるだろうし、中に入るかい?」

 顔や匂いが問題ではない事に安堵しつつ、提案をしてみる。


 提案はしてみたが、知らない人の家に上がりにくいよな。

 あぁもう、全くもってどうしたら良いのか分からん!

 

 そんな心配とは裏腹に少女は首を縦に振り、扉の内側にやってくる。


「いらっしゃい」


 掃除しといて良かった……。

 自分の為だったが、結果的に良い方向へ転んだ。

 そういや、寝るつもりだったから部屋が暗い。

 まずはカーテンを開けて明るさをと……。


 そして、カーテンを開ける。

 日の光が暗い部屋に差し込み、部屋に暖かみが生まれる。


 それから、小さなテーブルの前へ座り少女に話しかける。


「立ってるのも疲れるだろうし、好きな所でいいから休んだらどうかな?」

 

 少女は首を縦に振り、玄関から部屋の中に入り隅の方に座る。


 この娘に色々、聞きたいことがあるが何から聞くべきか。

 聞きたい事が山ほどあるが、質問攻めってのもな。

 そうだ! まずはお茶や、お菓子でも出してあげないとな。

 日本人たるもの、おもてなしの精神を忘れるべからず……っと。


 そして、おもむろに冷蔵庫の方へ向かい、冷蔵庫を開けて落胆する。

 中には酒しか入っていなかった。

 いかに俺が、堕落した生活を過ごして居たのかを物語っている。

 

 ま、まぁここは日本じゃないし無かった事にするか。



 そして、何事もなかったかのように元の位置へと戻る。


 今の俺に出来ることは無かったようだし、もう質問するしかないか。

 まずは自己紹介から始めるか。あの娘の名前も知っておきたいしな。


「俺は、グレイだ。よろしくな」

 怖がれないよう、笑顔で話しかける。

「……は、はい。」

 そよ風が吹くだけで、かき消されてしまいそうな小さな声で返事が返って来た。

 

 かろうじて聞き取ることが出来た。

 声を聞けたことに嬉しさを覚える。


 話してくれたぞ。会話とは言わんが、まずは進展だ。

 このまま色々と聞いてみるか。


「名前とか教えて貰えないかな。呼びやすくもなるしさ」

「あと、首に掛かってるお守りとかさ、お母さんの事教えてくれないかな?」

「それと、なんで俺の名前知ってるのかとかさ、色々と教えてくれるかな?」

 知りたいことが多く、畳みかけるように質問をする。


 

「――ごめんなさい!」

 彼女は大きな声で謝る。


 先程までの、彼女からは想像できない程の声量に驚く。

 それと同時に、畳みかけるように質問してしまった事を反省する。


 くそっ。何やってんだ俺は……。

 ついさっき、質問攻めにするなんて……と思ってたのに。

 畳みかけるように質問されたら、嫌だよな。


「一気に質問してしまって、すまない。嫌だったよな」

 彼女に対して、深々と頭を下げる。


「ごめんなさい」

 彼女は今にも泣きだしそうな声で語り始める。

「何も覚えていないんです。あなたが誰かも分かりません」

 彼女はお守りを握り話しを続ける。

「これに貴方の名前が書いてあって、さっきのお姉さんに貴方のお父さんか聞かれた時に、頷いてしまいました」

 そして、スカートの裾を強く握る。

「その後、本当の事を言えなかったんです。本当にごめんなさい」

 

 少女は今にも泣きだしそうな表情だ。

 

 ……そういう事だったのか。

 

 そういや、作った物に名前を刻んでいたな。

 それで俺の名前が分かったのか。

 

 そして、本当の事を言い出せなかった事で俺の元へ連れてこられたと。

 なるほど、この娘が玄関で俯いていた事にも納得できる。

 こんなにも幼いのに、この娘は後ろめたさを感じてたんだな……。

 

「そういう経緯だったんだな。心配しないでいい。別に俺は怒ってる訳じゃないんだ。だから、もう謝らなくていい」

 彼女に対し優しく返事をする。

「ただ、1つだけ確認させてくれ。何も覚えていないってことは、自分の名前も覚えていないのか?」


「はい。気が付いたら冒険者の人が私を背負ってくれていました」

 彼女は顔を上げ、話しを続ける。

「助けられる以前の事は何も覚えていません」


 この娘はお守りの事以前に、自分自身の事も知らないのか。

 だが、婚約者に贈ったお守りを持っているって事は、少なくとも俺と何か関係があるはず。

 それに、俺がこの娘を本当に俺の子供か分からないという理由だけで、放り出すなんて事は出来ない。

 何より、挨拶した時にもう娘と呼んじまったしな。

 


 

 

 ――決めた!


 この娘が本当に俺の子供なのか分からない。

 けど、ひとまずこの娘の両親が分かるまで、俺が父親代わりになろう。

 あいつならきっと、そうするだろうしな。


 決めたのはいいが、この娘がどうしたいかも聞いておかないとな。


「俺が君の本当の父親かは、分からない。けど、君を放ってもおけない。だから君が望むなら、一緒に暮らしてみるか?」

 決断した勢いに任せて提案をしてみる。


 彼女はとても驚いた顔をする。

 

「私は……」

 彼女は言葉を詰まらせる。


 そして、一瞬の間を置き再び口を開く。


「……暮らしたい……です」


 この娘があの一瞬の間に何を思ったのかは、分からない。

 でも、きっと何かを決断したんだろう。


 何はともあれ、こんなおじさんと暮らすのは嫌だなんて事に、ならなくて良かったぜ。

 あれだけ偉そうなことを言って、断られていたら俺は恥ずかしくて、今よりひどい生活になってたかもしれんな。


 こんなに可愛らしい子と一緒に暮らすなんてな……。

 おや? 暮らす。生活をする。

 ちょっと待て。勢い任せに格好つけた事を言ったが、明日食べる物すらないのに生活とは。

 それに家賃も払ってない。


 まずい。仕事探さないと――。



 

 

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