転生して36年、突然娘が出来ました

岩月

第一章

第1話 初めまして。娘よ

 晴れ渡る空、気持ちのいい風。

 こんな日はやっぱりピクニックだよな。


 なんて、普通の人はそう思うだろうな。


 俺からすると、カーテンの隙間から入ってくる日差しが鬱陶しい。

 昨日、徹夜で掃除して眠いんだよ。お天道様よ、頼むから寝かせてくれ。


 自分の中に流れる血液型を呪いたいものだ。

 一度やり始めたら、あれやこれやと気になってつい……。

 おかげで部屋は綺麗になったが、肝心の俺の心の汚れは一向に綺麗にならない。

 掃除でもやれば、何か変わるかもしれないと思ったが、何も変わらない――。


 

 

 俺――グレイ・リグシオンは、この世界に転生して36年。


 前世では日本という国に住んでいた。

 普通の家庭で、なに不自由なく過ごしていたが重い病気を患ってしまい、そのまま……。

 その後、天国なのか分からない場所で女神に会い、この世界へとやって来た。

 

 そして、転生した俺は田舎の農夫の元に生まれた。

 最初、転生と言えば最強チート能力で無双できるんじゃないか。


 ……なんて思っていた時期があった。

 

 この世界では、5歳になると教会にて自身の適性を知ることが出来た。

 俺は、回復特化という尖った体質だった。

 普通は魔法に適性のある者は、「火・水・風・光・闇」の五属性の中から適性が見いだされる。

 だが俺は、その五属性のすべてに適性は無く回復とだけ書かれていた。


 神父曰く、前例が無いとの事で、その当時は浮かれていた。

 だが、実際は回復魔法以外の適性が無い事で、攻撃系統の魔法が使えなかった。

 

 攻撃魔法が使えないと分かった俺は、回復魔法の特訓に励んだ。

 家の手伝いをして、その小遣いで魔導書を買って読みまくる日々を送った。

 

 俺は、異世界に来たらやってみたいことがあった。異世界と言ったらやっぱり冒険者だ。

 そして、15歳になった俺は冒険者ギルドに行き、冒険者になった。

 なったはいいが、攻撃魔法が使えない俺は誰かとパーティを組まなければいけなかった。

 

 パーティー募集の掲示板を読み漁っていると、ある集団が俺に声を掛けてきた。

 その集団が後に、魔王と戦うことになる勇者パーティだったんだ。

 俺の特殊な体質を知っても尚、彼らは快く俺を迎え入れてくれた。

 まぁ実際は、ヒーラーが居なかったというのも大きな要因だろうが。


 それから俺たちは、段々と実力を伸ばして行き、この国で一番のパーティと言われるまで成長した。

 俺たちの名前が知れ渡り始めたのと同時に、魔族が攻めて来ると言う噂が広まり始めた。

 

 噂を耳にし始めた頃、王様からの招集があった。

 魔族の進行はこれまでに何度か行われていて、そのたびに大きな被害を被っていたらしい。

 王様は争いを終わらせるために、魔王を討って欲しいと頼んできた。

 この話を聞いた時俺は、正直あまり乗り気じゃなかった。

 

 ――だが、仲間たちは王様からの願いを快諾した。


 その様子を見て、何故勇者のような力が転生者の俺に無かったのか理解した。


 

 それから、俺たちは魔王を倒す為、旅に出た。


 魔王城までの道のりは過酷だった。

 そして、何とか辿り着いた俺たちは、魔王を倒すことが出来た。

 だがそれと同時に、俺たちは大切なものを多く失った。


 俺にとって、あの旅は後悔しかなかった――。

 

 

 それから俺は王都には戻らず、田舎の村に向かいそこで家を借りた。



 


 

 ――そして、今に至る。

 今はと言うと、日中から酒を飲んで寝るだけの日々。


 だから掃除でもすれば、何かが変わるんじゃないかと思っていたのに。

 ……あぁ駄目だ。


 いつも悪い方へと流される。

 悪い癖だな。こんな時は酒で誤魔化すとするか。


 おもむろに机の上にある酒へと手を伸ばす。

 酒を掴もうとしたその時、扉を誰かがノックする。


 また、大家か?

 得意の居留守で今回もやり過ごすか。

 

 そうして、居留守を決め込んだが扉をたたく音が止まない。


 今日はやけにしつこいな。

 いつもだったら早々に諦めて、来月は出て行ってもらうからなと言って去っていくのに。

 流石に、二月も滞納しているから怒っているんだろうか。

 しかし、俺には払う金が無い。明日の飯代だって無いんだ、すまん諦めてくれ大家よ。


 大体、俺は世界を救った英雄の一員なんだぞ。

 もう少し敬われてもいいだろと言いたい。


 そうして、心の中で世界に文句を吐き捨てていると、扉の方から女性の声が聞こえてきた。


「ここで間違いないはずなんだけど、いないのかしら」

 焦っているような声色だった。


 これは、大家じゃないな。

 だとするといったい誰だ?

 まさか、大家が雇った人で扉を開けると拘束されたり……するわけないか。


 このまま居留守をしてもいいが、少し気になるな。

 それに、俺の勘が言っている。扉を開けると幸せが待っていると。


 そして、突如として湧いた根拠のない勘に従い扉を開ける。


「すみませーん。先程まで家事をしていたので……」

 頭を掻きながら扉と開ける。

 

 本当は家賃を払ってなくて、居留守しようとしたなんて言えないしな。

 まぁ、嘘は言っていないから良いだろう。


 そして、ゆっくりと視線を上げる。

 するとそこには、キレイな衣服を身に纏った女性と可愛らしい少女が立っていた。

 

 おや? 思ってたのと違うな。

 恐らくこれは近くに引っ越してきたので、ご挨拶に来ましたという感じだろう。

 

「グレイ・リグシオンさんですか?」

 俺の顔を見て女性が質問する。

「はい。そうです」

 名前を呼ばれたことに驚きながらも返事をする。

「はぁ良かった。今日は娘さんを保護しましたので参りました」


 ――!?


 俺に娘だと?

 このお姉さんは一体何を言っているんだ。

 確かに婚約相手は居たが、子供がいたなんて話は聞いていないぞ。

 それに結局、結婚もして無い。何より俺の婚約者はもう……。


 娘が居るという話を聞いて、混乱している間も彼女は淡々と話を続けていた。

 だが、混乱のあまり彼女の話は水のようにすり抜け頭に入ってこない。


「あの、グレイさん聞いてます?」

「あぁ、すみません。ちょっと考え事してました」

 彼女は面倒くさそうな表情をしながら質問してきた。


「はぁ、簡単に説明しますね。冒険者の方が迷子になっていた、この娘を街の方へ保護してくれまして」

 彼女はため息を付き再び、淡々と話し始める。

「この娘に話を聞いたところ、あなたが父親ではぐれてしまったとのことなので連れてきました」


 はぐれた? この娘が俺を父親だと話した?

 今日初めてこの娘を見たんだ。父親だなんて、何かの冗談だろ。


 そう思いながら、女性の後ろに立っている少女に目線を映す。


 少女は怯えた様子でこちらを見ていた。

 

 やましい事があるから怯えているのか?

 それとも俺の顔って、もしかして怖い?

 

 疑問を抱きつつ、女性の後ろに隠れた少女を覗き込む。

 その時、たまたま見えた、少女の首に掛かっている物を見て驚愕する。


 

 ――何故、それを。


 まさか、そんな訳ない。

 そのお守りは、俺が婚約者に贈ったもの。


 これを持ってるってことは、本当に俺の娘なのか?

 だとすると、あいつは今どこに居る。

 それに生きているのか?


「あの、大丈夫ですか?」

 驚いた表情の俺を見て、心配して女性が質問してきた。

「あ、すみません。ちょっと懐かしいものを見たので驚いただけです」

「そうですか。では、そう言う事なので、私はここらで失礼します」

 面倒くさそうな表情が消え、笑みを浮かべる。

「良かったね、お家に帰れて。今度はお父さんとはぐれちゃ駄目よ」

 彼女は少女にそう言うと、帰っていった。


 俺まだ、この娘に対しての返事してないんだけど……。


 そして、嵐が去ったかのように静寂が訪れる。

 少女は扉の前で俯き、その場から動こうとしない。


 この状況、どうしようか……。

 

 黙ってこのままこの娘を、立たせておく訳にもいかない。

 何か話しかけないと、でもなんて言うのが正解だ?

 六年間もまともに会話してないから、なんて話しかければいいか分からなくなってんな。

 ましてや、自分の子供だって言ってる子供に対してかける言葉なんて。


 無い頭をフル回転させ、1つの答えを絞り出す。

 そうだ! こういう時はまず挨拶だ。



「初めまして。娘よ」



 

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