三日目 飛ぶ
「海亀の料理って潮干山町の特産なんですってね」
慌ただしいディナータイムが終わり、厨房で片付けを手伝いながら私はミヤマさんに言葉をかけた。
大鍋をごしごし洗っていたミヤマさんはのっそりと顔をあげて私を見る。そして、こくりと無言で頷いた。
「でも、ホテルでは亀の料理って出たことないですよね。どうしてでしょうか?」
相手は超無口なミヤマさんだけあって、返事はあまり期待せずに訊いてみる。
ミヤマさんはおもむろに右手の人差し指を上に向けた。
「……空、亀、いる」
ぼそり、と言葉が紡がれた。
ミヤマさんが「空」と言ったのは、潮干山町の空産物のことを指しているのだろう。
潮干山町は海に面しているので、当然、海産物はよく獲れる。だが、それとは別に空にも魚や蛸やクラゲ等の浮遊生物が棲んでいるのだ。つまり、潮干山町の上空凡そ二千メートルの領域には、なぜか海中と同様の生態系が形成されているらしい。そのため、海で魚介類を漁る漁師の他に、飛行船に乗って空で漁をする飛行漁師も存在する。飛行漁師達が獲る空の魚介類を総称して「空産物」というのだ。
ホテルトコヨには個別に契約関係にある飛行漁師が何人かいる。そのため、ホテルで出される料理は空産物を使ったものがメインなのである。
ミヤマさんの言う「空、亀、いる」というのは、上空にも海亀に相当する「空飛ぶ亀」が存在する、という意味だろう。では、「空飛ぶ亀」を料理しない理由は何なのか?
「空の亀、殺さない」
私が再び質問する前にミヤマさんは言葉を続けた。
「空、リューグージョー、ない」
リューグージョー?
私が首を傾げているうちにミヤマさんは鍋洗いを再開した。真剣な眼差しが黒光りする鍋肌に注がれている。もう何を訊いても返事はしてくれなさそうだ。
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