二日目 喫茶店

「ここは海亀のスープパスタが美味しいんだよ」

 カイエダさんは私の前で微笑んだ。二人で外食なんて初めてだから、少し緊張してしまう。

「じゃあ、私もそれ食べます」

 ウェイトレスに注文を告げる。セットのドリンクは、カイエダさんはブラックコーヒーで、私は……メラメラトンジュース。

「それにしても、イガタさんも無茶振りするなぁ……観光マップだなんて。大変なんじゃないの?」

 カイエダさんは呆れたように笑いながら、私に同情を示してくれる。

「イガタさんから頼まれた時は確かにびっくりしましたけど……今は、これはこれで面白そう、って思ってます。私もこの街の観光スポット、ほとんど知らないから」

 飲み物が運ばれてきた。

 カイエダさんの手元では、白いカップの中、濃いめの珈琲がほのかな湯気を立てている。

 一方、私の前の背の高いグラスにはトマトジュースのように真っ赤な謎の液体……もとい、潮干山町特産の果実メラメラトン100パーセントの搾りたてジュース。実はメラメラトンを口にするのは初めてだ。緊張するけれど、今回は観光マップのネタ取材なので、地元ならではのご当地グルメに果敢に挑戦する必要がある。

 ストローの端をくわえ、思い切って一口すする。甘い。そして、舌先にピリッと電流のような痺れが走る。刺激的! でも、不味くはない……かもしれない。

「今日はありがとうございます。おすすめのお店を教えていただいた上に、お昼をご一緒していただいて。私、いつも賄いで食べてるから、この街のレストランやカフェは全然知らなくて……」

 舌に残る痺れを追い払うには、何かを喋るのが一番だ。私はグルメ取材に付き合ってくれたカイエダさんに改めてお礼を言った。

「お安いご用だよ。街にある飲食店はだいたい行ったことあるからね。他にも美味しいお店はあるけど、観光客にはこのカフェ・ド・ロッコが一番入りやすいんじゃないかな。お洒落だし、ドリンクやスイーツだけじゃなくて食事も充実してる。しかも、地産地消がモットーだから地元の食材も味わえるし」

 カイエダさんの言う通り、喫茶店「カフェ・ド・ロッコ」は、山小屋風のお洒落な外観と明るく開放感のある店内空間が特徴的で、スタイリッシュかつアットホームな空気に満ちている。観光マップに載せるおすすめグルメスポットとしては最適だ。

 それでも、今まで一人だけで訪れる勇気がでなかったのは、この街の喫茶店だけあって、何かとても奇妙なことが起こったり、とんでもないゲテモノ料理が出てくるのでは……という不安が拭いきれなかったから。

 でも、今のところ、店自体も店員さんも普通だし、メラメラトンジュースもちょっと変わった味だけど美味しいし、怪奇現象も起きていない。

「お待たせしました。海亀のスープパスタでございます」

 私とカイエダさんの前にコトリと音を立てて料理が置かれる。

 丸みを帯びた深めのプレートの上にクリーム色の艶やかな麺が渦を巻き、透き通った黄金色のスープにたぷんと浸っていた。麺に絡まれて顔を覗かせている赤身肉の塊……これが海亀の肉なのだろうか?

「潮干山町は海亀料理が有名なんだ」

「そうなんですね……初めて知りました」

 ホテルで働いていながら私は本当にこの街の事を知らないんだなぁと少し恥ずかしくなる。

「海亀は見つけ次第殺さなくちゃいけないんだよね」

「え?」

 おっとりとしたカイエダさんの口から物騒な言葉が突然飛び出して、思わずフォークを持つ手が止まる。

「この土地に伝わる言い伝えだよ。海亀は邪悪なモノ……魔の化身と言われている」

「そう……なんですか?」

「あくまで言い伝えだけど、漁師達は信じているんじゃないかな。海亀達も殺されて食べられると分かっていてこの街の沖合に毎年集まってくる……。不思議だよね。そのおかげで、潮干山町では沢山の美味しい海亀の肉が食べられるわけだけど」

 カイエダさんはニコニコと微笑みながらパスタを頬張った。

 海亀が邪悪ってどういう事かしら?

 そして、海亀にまつわる言い伝えは観光マップのネタになるのかしら?

 海亀についてもっといろんな事を聞いてみたかったけど、カイエダさんはお腹が減っていたのか、今はすっかりお食事モードだ。

 せっかくのパスタが冷めてしまうのも残念なので、私もフォークに麺を一巻きして口に運ぶ。

 塩味が効いていて美味しい。

 ぐにゅとした歯応え……きっとこれが海亀の肉。

 私の頭の中で、坊主頭の海亀の顔がにやりと邪悪な笑みを浮かべた。

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