解決編

14:42 推理を披露する

 千晴は全員の方を見て話し始めようとしたが、直前になって考え直した。

「すみません、ちょっと時間をください」

 背中を向けて背筋を伸ばし、両目を閉じる。千晴は深く呼吸を繰り返して意識を一つに集中させた。

 準備が整ったところであらためて顔を向ける。軽く咳払いをしてから、目付きを鋭くとがらせた。

「本来、この場に立つのは俺ではなく神谷さんでした。彼はとっくに真相を暴き、犯人にたどりついていたんです」

 静寂だった。誰もが黙ってこちらを見ていた。

「これから話すことは俺の推理と言うよりも、神谷さんの推理だと思ってください。あくまでも俺は代わりです。……見ていてください、神谷さん」

 気持ちが伝わってしまったのかもしれない。千雨が少し悲しげに目を細めた。

 かまわずに千晴は一歩前へ踏み出すと、神谷の堂々とした態度を真似て語り始める。

「まず最初の事件ですが、千雨はあの時、容疑者を神谷さん、巧人先輩、亜坂さんの三人としましたね。でも、第一発見者である円東さんにも犯行は可能でした」

「円東さんは千晴の恩人です。容疑者だなんて言ったら、千晴が感情的になって反対したでしょう。ですが、探偵は公平中立に判断をくださねばならない。だから、あえてあの時点では外しておいたんです」

 千雨には後ほど文句を言うことにして話を進める。

「被害者である宇原さんは後頭部と首の間を、ビリヤードのキューにより殴打されて殺害されました。一度の殴打で首の骨を折るには相当の力が必要です。このことから、女性である亜坂さんには難しいと判断します」

 万桜にうながされて亜坂がソファへ腰を下ろす。少しほっとしたような表情だった。

「次に桁山さんについてですが、こちらは早朝のことだったので容疑者を絞れません。ただし、大井さんは朝早くに目を覚まして食堂でスマートフォンを探していました。彼女はその際、犯人と桁山さんの会話を耳にしていました。詳しく思い出してもらえれば重要な証拠となり得ましたが、残念ながら大井さんは殺害されてしまいました」

 千雨がテーブルに置いたままのシュシュを神妙に見つめる。

「実はあたしも今朝、早くに目が覚めたんです。お手洗いへ行こうと思って一階へ下りたら、物置で桁山さんの遺体を発見しました。それから誰かがシャワーを浴びていることに気づきました。水の流れる音がすぐに止まったため、あたしはとっさに勝手口から逃げて離れの屋根裏に隠れていたんです。シュシュはその時に落としてしまったのを、犯人に拾われたようですね」

「屋根裏部屋があったとは知らなかったな」

 怪訝そうに円東が漏らすと千雨は否定した。

「あれは部屋じゃないです。入れるようにはなっていましたが、どちらかといえば物置です。本来ははしごか何かで上り下りしていたんでしょうが、どこにもそうしたものがなかったので、壊れて廃棄したんでしょう。それと同時に屋根裏を使うこともなくなって放置されていた。そういった印象の空間でした」

 円東が受け取った図に載っていなかったのは、もうないものとして扱われていたからだ。また、千晴が見取り図に描けなかったのは、そこにどれだけの広さがあるか分からなかったためである。

 千雨の話が一段落ついたのを見て、千晴は再び口を開く。

「話を戻して桁山さんですが、彼は台所にあった包丁で刺されて殺害されていました。物置の惨状からして、致命傷を負わせてからも刺したであろうことが想像できます。強い恨みがあったように見えますが、これはあくまでも演出でした。神谷さんが話していたように、残酷な遺体を作ることが犯人の目的だったからです」

 五十嵐が小さく息をついた。

「宇原さんも死後、顔を後ろの方まで回されていました。一目見て死んでいることを分からせ、残酷だと思わせるためです。

 ですが次の大井さんの場合、犯行に使える時間が限られていました。俺が考えたように犯人が俺たちが戻るのを知っていたからか、それとも神谷さんが言っていたように、他の人の目を気にしたからかは分かりません。

 犯人は千雨の落としていったシュシュを使って大井さんをギャラリーに呼び寄せ、留まらせることにしました。その隙に彼女の首を両手で絞めて殺害し、ベルトで首をつって自殺したかのように見せかけました。しかし、口にはテープが貼りつけられており、明らかに他殺であると分かる状態でした。密室の作り方も極めて簡単かつ杜撰ずさんでしたが、それこそが演出だったのです」

 万桜がそっとノートを取り出して開く。

「大井さん殺害は犯人の予定にはなかったことだと思われます。先ほど話した通り、彼女は犯人と桁山さんの声を聞いていました。誰かまでは分からなかったそうですが、後から思い出す可能性は十分にあります。それを危惧した犯人が口封じのために殺したんです」

「大井さんには悪いことをしちゃったわね……」

 千雨が申しわけなさそうに小声でつぶやく。千晴はちらりと彼女を見てから続けた。

「この時に犯行が可能だったのは、本館に残った人全員です」

「ちょっと待って、お兄ちゃん。もう一人、円東さんも可能だったってことはない?」

 ノートから顔を上げた万桜が疑問を口にした。

 千晴はうなずき、今朝の円東の動きについて思い返す。

「たしかに円東さんは出発する前、財布を取りに部屋へ戻っています。その時にギャラリーへ千雨のシュシュを置いていくことは可能だったでしょう。ここへ戻ってからも、円東さんはすぐにタバコを取りに行くと言って俺たちから離れています」

 行動だけをなぞると怪しいが、千晴には否定できる論理があった。

「ですが、いつ大井さんがシュシュを見つけるかは予想できない。もっと言えば、大井さんがギャラリーにどれだけの間留まっているかも分からないわけです。もし土砂崩れのことを知っていて引き返すのが分かっていたとしても、戻った時にまだ大井さんがギャラリーにいるとは限りません。

 なので、円東さんが犯人だとすると不確実な要素が多すぎて、犯行を成功させるのが難しいのです。確実にやり遂げるには、大井さんがギャラリーに来るのを見ていなければなりません。よって容疑者は本館に残っていた人物ということになります」

 千雨が満足気にうんうんと首を縦に振る。

「話を進めます。犯人は千雨のシュシュを回収した後、どこかのタイミングで外へ捨てています。俺は居間から投げ捨てられたものだと考えましたが、それは間違いでした。三階のバルコニーもしくは宇原さんの部屋からでもできますし、二階の多目的室からでも可能だからです。言い換えると、犯行後に多目的室へ寄って捨てた、とも考えられるわけです。

 また、シュシュを外に捨てたのも演出でした。残った人々を怖がらせるための、です」

 ようやく泣きやんだ木野が振り返り、うつろな目で千晴を見上げる。

「そして最後の被害者、神谷さんの件についてですが、彼はロープで首を絞められて殺害されていました。ロープは固く結ばれていましたが、こちらも突発的な犯行だったと思われます。大井さんの時よりも短い時間で殺す必要があったため、便器に座らせられているばかりでした」

 彼のことを思うと痛いくらいに動悸がする。あらゆる感情が理性を覆い尽くそうとうごめくが、千晴は屈せずに冷静さを保つ。

「容疑者は円東さんと五十嵐さんの二人です。どちらかが嘘をついているのは明白ですが、犯人を絞りこむために動機について考えてみましょう。俺が推測するに、犯人は『劇団ルート66』を終わらせたかったんだと思います」

 倉本が視線をそらして苦々しくつぶやく。

「終わらせたかった、か。そうだよな……」

 今さら説明せずとも、この場にいる全員が理解できる話だ。しかし千晴は彼らに現実を押しつける。

「みなさんご存知のように、劇団はここしばらく赤字続きで給料が出せない状態でした。今回のチケットも半分しか売れておらず、失敗に終わる可能性が高いです。そうしたことから犯人は悲観して、劇団を完全に終わらせることにしたんです。仲間の陰口を言って嫌われていた宇原さん、厳しい稽古で誰もが一度は恨んだことのある桁山さん。この二人だけ殺せれば、犯人はひとまず満足だったのではないでしょうか」

 五十嵐が近くのソファの肘掛けに腰かけた。

「神谷さんはおそらく真犯人に気づいていました。ですが、賢い神谷さんは直接それを口には出さなかった。俺に自分で気づかせようとしていたんです。そのことに犯人は気づいて、先に彼を殺すことにした。いわば口封じだったんです」

 千晴は万桜のそばまで歩いていくと、片手を出した。

「万桜ちゃん、ノートを貸してもらえるかい?」

「はい、どうぞ」

 妹から受け取ったノートをめくり、記憶にある会話をたしかめる。

「神谷さんは大井さんの事件について話している時、俺に言いました。犯人は時間がなかったのではないか、と。その時の俺は愚かにも彼を疑っていたので、彼が何を伝えようとしているか、素直に受け取ることが出来ませんでした」

 一息ついてから千晴はにわかに声を張り上げる。

「では、神谷さんは何を言いたかったのか。それは時間です。時間に注目して考え直せ、ということだったのです」

 話を続けながら元の位置まで歩いていく。

「その前にあったのは休憩時間でした。その時、神谷さんは巧人先輩や倉本さんと台所へ行っており、あるものを見つけたんです。俺も先ほど気づきましたが、台所に置かれた時計が五分ほど進んでいました」

 神谷が「視野を広く持て」と繰り返したのも、台所の時計に気づかせようとしていたのだ。犯人が目の前にいるため具体的に口には出せず、千晴が見落としていることを遠回しに指摘してくれていた。

 しかし、彼の行動をよく思い出せば気づくチャンスはあった。休憩時間中、台所から戻った神谷が食堂の時計を見つめていた。台所にあるのとまったく同じ形の置き時計を、である。

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