17:30 開演
客役の劇団員たちが適当に腰を下ろしたところで、桁山あらため山荘の主人が口を開く。
「みなさん、お集まりですね。私はこの業荻山荘の所有者であり、管理をしている園山と申します。二泊三日ではありますが、みなさんにはデジタル機器から離れてのんびりと過ごしていただきたく思います」
彼はテーブルの上から箱を取り上げ、片腕に抱いてもう片方の手に銀色の鍵を持った。
「先ほどスマートフォンを入れていただいた箱には、こうして鍵をかけさせてもらいます」
目の前で鍵穴に鍵が差しこまれ、時計回りに四十五度ほど回せばカチッと音がする。
「こちらの鍵は私が持っています。箱は後ほど、皆さんの目につかない場所に保管させていただきます。緊急事態の際にはきちんとスマートフォンをお返ししますので、ご安心ください」
言いながら鍵をズボンのポケットへしまいこんだ。いよいよ始まったという感じがして、千晴は内心でそわそわしてしまった。
「それでは、自己紹介をいたしましょうか。まずはそちらから」
と、主人が視線を向けたのは、千晴たちの向かいに座った木野だ。
「山本結梨です。弁護士をしています」
白いシャツに薄手のグレーのジャケット、足首まで覆う淡い碧色のプリーツスカートというさわやかな衣装だった。
隣に座っていた若い女性が口を開く。
「あたしは石川光希、パティシエをやってます」
彼女は
次は五十嵐の番だった。役に入りきれたかどうか分からないが、彼はどこか鬱屈した調子で名乗った。
「青木忍、フリーライターです」
灰色の薄手の半袖パーカーに深緑のカーゴパンツ、肩には薄汚れたトートバッグを提げていた。
一人がけのソファに座っていた円東が言う。
「私は佐藤直樹、銀行員です」
真面目な性格を表した口調だった。衣装も無地の黒いTシャツにグレーのジーンズと、まるでおもしろみがない。
次に主人は視線を千晴へ向けた。少しドキドキしながら千晴は自己紹介をした。
「高津千晴、運転手兼事務員です」
「高津万桜、大学二年生です」
「高津千雨、探偵をやっています」
万桜、千雨が順に名乗り、最後は神谷だった。
「中村諒、外科医です」
彫りが深く整った顔立ちにウェリントンタイプの眼鏡をかけている。元々知的な雰囲気のある彼だが、さらにそれが引き立っていた。白いポロシャツにベージュのチノパンという衣装も、シンプルながらよく似合っている。実際は三十代前半でありながら、より年上の印象を与える落ち着きがある。
主人は入口のそばに立っていた二人へ視線をやった。
「先ほどお会いになられた方もいると思いますが、この山荘にはメイドが一人、シェフが一人おります。メイドの方は柊、シェフは松田と言います。どうぞ、ご用があれば何なりと申してください」
メイドとシェフがそれぞれに頭を下げる。
シェフ役の
室内にはもう一人、隅の方に立って様子を見ている女性がいた。事前に受けた知らせによると今回は外部に制作を委託しており、彼女は責任者となるプロデューサーだという。
年齢は三十代半ばと思われ、小柄で中肉中背、黙ってこちらを見守る目にはやや厳しいものを感じるが、自らの責任を果たそうとしているであろうことも分かる。
「夕食は六時から、隣の食堂にてお取りください。風呂場は一つしかないため、男女で時間を分けました。女性は夜の七時から九時の間に、男性はその後の九時から十一時までにお入りください。お手洗いも一つしかありませんが、離れの方にも一つあります」
説明されるまで気づかなかったが、建物はここだけではなかったようだ。
「朝食は朝の七時から、昼食は十二時からとなっています。ここまでで質問はありますか?」
弁護士の山本がちらりと周囲を見回した。口を開く者はなく、主人は続けた。
「それでは、本館の中をご案内します。ついてきてください」
まず移動したのは食堂だった。
居間と同じくらいの広さがあり、立派な長テーブルが中央に置かれていた。長辺にはそれぞれ四脚ずつ椅子が設置されていて、最大で八人が同席できるようになっていた。
廊下側の入口近くにアンティークらしき茶色の小さな棚が置かれており、雰囲気が若干浮いていた。かつては固定電話でも置いていたのだろう、一部を残して退色した天板に小さなアナログの置き時計がある。
食堂のすぐ隣、玄関から見て廊下の突きあたりには台所があった。入口から中をのぞき見るだけだったが、空腹を刺激する美味しそうな匂いが漂っていた。四、五人がそろって料理をできそうな調理台があり、その中央に食堂にあるのと同じ置き時計が見えた。
廊下はそこから直角に左へ続いており、台所の隣には三畳ほどの物置があった。主人が扉を開けて見せてくれると、主に掃除用具などがしまわれていた。
向かいにあるのは洗面所とお手洗い、広々とした綺麗な浴室だ。シャワーは三本設置されており、浴槽も十分な広さがある。手前にある脱衣場もそこそこ広く、棚も清潔だった。
「それでは、二階へ参りましょう」
水回りを案内し終えたところで主人が言い、一行は階段を上がった。
正面に客室とは違う部屋があることに気づいていたが、いざ入ってみて驚いた。
「こちらは多目的室です。ご覧の通り、ビリヤードやダーツ、カードゲームやボードゲームで遊んでいただけます」
入って正面にビリヤード台が見えた。端にキューが二本並んで置いてある。少し離れた中央付近の壁にダーツボードが取りつけられていた。そのまま視線を右手へやれば、一人がけのボックスソファが四つ、白いテーブルを囲んでいる。廊下側に並んだ棚にはさまざまなボードゲームが並び、退屈しないで済むように準備されていた。
「ここにあるものは持ち出し厳禁です。この部屋の中でのみご使用ください」
何故か千雨が無言で数度、首を縦に振った。横目にそれを見た千晴は、すでに手がかりをつかんだのではないかと思った。千雨は視覚が鋭く、見ただけで何でも分かってしまうのだ。後継者争いで獲得した一勝は、その秀でた能力を存分に発揮したからだった。
「次はこちら、見ての通りギャラリーです」
移動した先はギャラリーだった。ちょうど台所の真上にあたる場所だ。
どこかで見覚えのあるイラストや写真が、大小の額縁に収められて壁にかかっている。近くのものをじっと見て気がついた。これまでに「劇団ルート66」が上演してきた作品の宣伝ポスターだ。タイトルロゴや文字情報が抜かれているため、一見すると新鮮だ。しかし自分の映っているものもありそうだと思い、千晴は気が気でなくなった。
「パイプ椅子をご用意しましたので、好きなだけじっくりと楽しんでいただくことも可能です」
説明されたように部屋の中央にはパイプ椅子が二つ、背中合わせに設置されている。
「お飲み物を持ちこんでいただいても結構です」
と、主人が説明する間に千雨は気づいたらしい。奥にある一枚の写真をこっそりと指さしながら千晴へ耳打ちした。
「あのポスター、千晴が映ってるやつだわ」
「ああ……」
やはりあったか。引退したとは言っても、この劇団の知名度を上げたのは紛れもなく千晴だ。何回か受けたインタビューでは必ずここの話をした。演出家の円東を恩人だと紹介し、仲間たちはみんな実力者ばかりでいい人だったと宣伝した。それが功を奏したとまでは言わないが、貸別荘を貸し切ってのマーダーミステリーという思いきった企画が出来たことには、少なからず貢献しているはずだ。
他にも二階には客室が四つあり、そのうちの二つを千晴たちが使っているのだと知った。部屋はすべてツインルームだと推測されるため、実際は最高で八人まで宿泊できるらしい。
三階には客室があるだけだと説明されたが、階段にはロープがかかっており、関係者以外立入禁止の札がついていた。劇団員たちの楽屋なのだ。
主人はすぐに下り階段の方へ足を向けた。
「では、一階へ戻りましょう。次は離れをご案内します」
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