第2話 1番艦霧霞就航

 

 1

 防衛大学に推薦で入った五人は、寮生活を送ることになり、3月下旬に実家から引っ越して寮に入った。

 防衛大学の正門は、石塀に頑丈な白く塗られた鉄の扉が観音開きに開いていた。

 校舎は3階建ての建物が複数みえる。正門を入ると足元の石畳や土は湿っていて太陽に温められている感じがした。新入生らしい学生の話し声や、先輩と挨拶をする声が聞こえる。

 サークル、部活、同好会のビラを先輩達が配っていた。可憐な花々が咲いている花壇も見える。正面の校舎に続く道には桜並木が続いていた。

 建物は鉄筋コンクリート造りの感じで、建物の壁はグレーのタイル張りのように見える。

 正面玄関を入ると、内装は白壁がまぶしく見えた。

 新入生受付テーブルがあり、紺色スーツ姿の男性と女性が四人立っていた。男性と目が合ったので、

「新入生の夏月玲央と伊藤美穂です」と伝えると、

 入学おめでとうと言って“入学にあたって”と言うタイトルの冊子と“大学説明”パンフレットを渡された。

 受付の女性が近づいてきて、

「寮まで案内します」と言うと、

「こちらに来なさい」と言われたので後についていくと、受付のある校舎から出て5分ほど歩くとベージュ色の外壁のアパートのような建物に連れていかれた。

「大学説明パンフレットを開いてください」と言うので、パンフレットを開くと入学式はこの講堂です。

「寮はここで、先ほどの入学受付校舎はここになります」と教えてくれた。

 女子寮と男子寮は完全に別の建物だった。男子寮に連れていかれると男性が待っていて、

「夏月玲央さんだね。部屋に案内します」と話しかけられると、寮まで案内してくれた女性が、

「伊藤さん、私が女子寮へご案内いたします」と言って二人は女子寮へ歩いて行った。

 男子寮は4階建てで、水色をしたタイル張りの外壁だった。入り口から室内に入ると右手に大学の掲示板、左側の掲示板は、生徒会やサークル関連のビラが並んでいた。

 エレベータは無く階段のみで、案内してくれた男性は3階の一番奥の部屋で322号室へ案内してくれた。シングルルームだが部屋はあまり広くなかった。ベッドはシングルで寝具は良さそうには見えなかったがシャワー室があった。エアコンが設置されており、これからお世話になると考えていると、風呂とトイレは共同で、食事は講堂があるB棟の2階が共同食堂になっていると説明を受けた。


 男子寮には、俺と大、女子寮には、美穂、美紗、沙羅が入寮した。

 五人は防衛大学を卒業すると、幹部候補生となる。防衛大学には全国から陸海空の各部門に36名の新人候補生が入学した。この防衛大学は、学生の身分だが給料がもらえる。

 食堂で沙羅、美紗、大と久しぶりに顔を合わせた。俺は美穂を、沙羅、美紗、大に紹介した。

 五人の腕には、青いアゲハチョウの紋が付いた量子AIがブレスレッドとして巻き付いていた。


 入学にあたって西島教授との約束があった。

潜水艦空母霧霞きりがすみ」の新鋭艦設計と量子AIを使って新技術を織り込んで、新しい発想の新鋭艦設計に参加することだった。

 大学の授業の合間を縫って、五人は設計協力を行う事になっていた。

 設計室はC棟の地下にあって、すでに46名の頭脳集団が設計技師として働いていた。

 五人は設計の前に、潜水艦について学ばなくてはいけなかった。

 潜水艦建造にあたっての基礎知識は、井上技師が教官としてついて教えてくれた。

「昔この国が戦争時に、幻の潜水艦として建造した潜水艦空母があった。君達の力を借りてこの幻の潜水艦を実現することになった」井上技師の説明を聞いた。

「海底深く潜行して、敵国の領海奥まで忍び込んで主要なポイントを攻撃する目的だったが、試験航行中に終戦を向かえて廃艦となった。この経緯から幻の潜水艦と呼ばれている」と説明してくれた。


 新型艦の仕様ポイントは、次の内容だった。

 ・量子人工知能を搭載する。ターコイズ:、サファイア、バイオレット、ラピスラズリ、ラピスラズリⅡの5台が存在するので、5隻を建造する。

 ・「壱番艦霧霞きりがすみ弐番艦霧隠きりがくれ参番艦霧深きりふか 、四番艦霧海きりかい 、伍番艦霧島きりしま」各艦名とする。

 ・量子AIによる統合運航監視と自動オペレーションの導入を行う。

 ・敵ソナーや音紋で感知されない静音高速エンジンはウォータージェット方式を採用する。

 ・艦全体は、流れるような外面の3次元曲面成型で外装はソナー、音感知、レーダー、熱感知に対処した材質で覆う。そして艦内は音響低減をする材料を使って建造する。

 ・生命維持装置として炭酸ガス吸収装置、センサーによる空気成分監視と空気清浄機能の導入

 ・造水装置の導入

 ・永続稼働が可能な燃料電池の導入

 ・リングレーザージャイロによる位置情報の取得とAI自動オペレーションの導入

 ・パッシブソナー、音紋監視装置の導入

 ・フォトンパルス砲搭載

 ・重力パルス砲搭載

 ・フォトンパルスミサイル魚雷搭載

 ・重力パルスミサイル魚雷搭載

 ・潜水艦空母船体部は俺と美穂が担当、機関部は美紗が担当、電力部は沙羅が担当、武装部は大が担当と決まった。

「次の車輛と戦闘機は、潜水艦空母を優先して並列で開発に着手していくとする」

 ・AI自律型水陸両用無人戦車ディフェンダーを搭載するので設計・開発・試験を実施していく

 ・AI自律型水陸両用装甲車スキャウターを搭載するので設計・開発・試験を実施していく

 ・AI自律型四つ足歩行自律ロボットアサルターを搭載するので設計・開発・試験を実施していく

 ・AIアーマーオムニガードをメンバーが着用するので設計・開発・試験を実施していく

 ・AI自律型無人戦闘機ストライカーを搭載するので設計・開発・試験を実施していく


 開発会議が終わったので俺達五人はC棟から外に出て、木陰のベンチに座って、高校生時代の話題に花が咲いた。

「先ほどの設計室での話にあった沢山の課題をこなせるだろうか」と美紗が話題を切り替えた。

「私もそう思っていた」と沙羅が言うので、

「基本設計の部分に絞ってブレスレッドの量子AIを頼れば良いのでは」と美穂が話してくれた。

「地下室に沢山の人達がいたので、詳細設計以降はあの人達に任せれば良い」と俺が言うと、

「そうか、俺達で設計から製造、試験をやらなくても良いと考えると、気持ちが楽になった」と大が納得した。

「井上技師に確認に行ってくる」と俺はベンチから立ち上がると、

「私も行く」と美穂が言うので、

「行ってくる」と言ってC棟に歩き出すと、後ろから美紗が、

「ここで待っているね」と声をかけてくれた。

 俺は右手を上げて答えた。


 C棟地下の設計室に階段で降りて井上技師を探すと、電話中だったので少しの間、設計室で働いている人達の姿をぼんやり眺めていた。

 井上技師が電話を終えると声をかけてくれた。

「私達の作業範囲について伺いたい」と俺は話しかた。

「君達は学生の身なので、期待している部分は量子AIから設計における基本的な考え方を引き出してもらって、我々の今までやってきた設計思想を見直す機会を作ってもらいたいと考えている。君達が量子AIと我々の橋渡しをしてもらいたい。君達に平和な時代を築くために必要な新技術を期待している」との説明を受けた。

「確認ですが、私達五人は皆さんの要求の回答となる新技術を、量子AIと相談して基本設計部をお伝えする役割でよろしいのですか」と話すと、

「その考え方で良い。こちらが力を貸してほしい場合は、その都度お願いするから。君達の重荷にならないように我々も考えながら行動するから安心しなさい」と配慮した言葉をかけてくれた。

「わかりました」と言うと、美穂が、

「仲間が心配していたので、今の話で肩の重荷を降ろすことができました」と伝えると、井上技師が

「先ほどの話でこの会話の部分が抜けていたね。話せてよかった」と言ってくれた。

 お礼を伝えて、C棟から三人が待つベンチに行くと、美紗が缶ジュースを手渡してくれた。

 一口飲んでから、井上技師の会話を伝えると沙羅が、

「やはり読みが当たったね」と明るく話してくれた。

 五人は笑顔になった。沙羅は、いつも場を明るくしてくれる女性だった。


  2

 入学式当日がやってきた。五人はB棟講堂の入学式会場に行くと、養父母の明良と美幸、美穂の養父である剛の三人が式典に来てくれていた。

 入学する五人は並んで着席すると、スーツ姿の安達学校長と軍服姿の田村防衛長官から

「入学おめでとう」の挨拶と訓示があった。

 俺は高校生の学生気分が抜けていなくて、偉そうなオジサンが祝ってくれたと思うだけだった。

 入学式が終わり、B棟2階食堂へ昼を食べに五人が行くと、美紗、沙羅、大の両親も来てくれていて、出席された親同士が紹介したりされたりしながら、家族団らんの楽しい時間を過ごした。


 別れの時間となって両親達は子供達と別れるのが辛かったらしく、何度も振り返って手を振って自宅に帰っていった。

 俺の養父母と美穂の養父は、美穂と俺にハグをしてくれた。

 養父母の夏月明良と夏月美幸からは、

「お前達の帰りを心待ちにしているから、大学生活が辛くて耐えられなくなったら、いつでも帰っておいで」と二人の瞳に涙が溜まっていた。

 美穂の養父も涙ぐんでいた。

 この時俺は、幼かったころに孤児院から養子に出るときに、典子先生が、

「普通の子」と言って送り出してくれたシーンを思い出した。

 育ての親の養父母の両親は、生みの親に負けない愛情をもって俺を育ててくれた。

 今日の独り立ちのこの日は、ある意味で親としての養育の立場から、見守りの立場に代わったのだと感じた。

 育ての親の両親に、いつか感謝を伝えたいと思った。

 俺の養父母と美穂の養父が札幌へ帰る後姿を見送ってから、寮の自室に戻ると設計室に集まるように伝言メモが置かれていたのでC棟地下設計室に行った。

 入学式で軍服姿だった田村防衛庁長官が、

「田村です。これから4年間よろしく」と挨拶をされると、今村技術長を紹介された。

「今村さんあとは頼む」と田村防衛庁長官が言うと退席された。

 今村技術長は井上さんを呼ぶと

「俺達五人の教育担当の井上さん、大学生活で悩み事があればいつでも見てくれることになっている」と紹介をされた。

 今村技術長から設計部門内の役割紹介と設計開発スケジュールが渡された。

 俺達は4つの班に分かれて並行で設計を行う内容だった。美穂と俺は同じ船体設計班となった。

「君達は学生なので、先輩達が大切にしてくれると思う。続きは町野さんにから説明がある。町野さん来てくれ」と今村技術長が言うと、30代とみられる小柄な髪の長い女性が来てくれた。

「町野さんは技術副長なので、君達の直接の上司となるので仲良くやってほしい」と紹介を受けた。

「後は頼む」と言って、今村技術長は席を立った。


「ブレスレッドの動きを知りたい」と町野さんが切り出した。

「腕のブレスレッドが量子AIと聞いているのだけれど、本当にテレポーションするか見たい」と町野さんは興味津々だった。

 美穂は、自分の腕からブレスレッドを外して机の上に置いた。

「じゃあ、触るよ」と言って、町野さんが美穂のブレスレッドを手に持った。

 ひと呼吸するとスーと町野さんの手から消えて、美穂の服の上にポンと現れた。

「本当だったのね。これがテレポーションか」と言ってとても嬉しそうだった。


 町野さんから宿題がいくつか出された。

 俺と美穂の宿題は、

 ・ソナーやレーダーなどの電波を吸収し、反射を最小限に抑える特性を持っていて、圧力のかかる海底で5年くらいの耐久性のある外壁材の設計開発を行う。

 ・潜水艦の音紋を打ち消して外部に音が漏れない外壁材の設計開発を行う。

 ・外装壁の2重設計として、潜水艦の外装に塗布されることで、水中での音響シグナルを効果的に消すことができ、電波透過率を低下させることで、敵の検知を難しくするポリマー材の設計開発を行う。

 ・潜水艦内装繊維として、5年間くらいの耐久性を持ち、艦内の振動や音響エネルギーを吸収し、艦内の騒音を効果的に低減します。同時に、外部からの音を遮断することで、潜水艦の位置を敵に検知されにくくする繊維の設計開発を行う。

 ・格納庫は2階建てで、艦橋の後方に設置する。1階は、水陸両用装甲車と水陸両用戦車を格納して、2階は戦闘機を格納する。

 1階の格納庫の扉は船体に沿って両開きで開く、2階は天井部が船体に沿って両開きで開く設計開発を行う。

 町野さんは厳しそうな顔で説明してくれた。

 虹秋大には、重力パルス砲とフォトンパルス砲に関する宿題が出された。

 春風沙羅には、艦の主導力を担う第一次電池と、クルーの生活環境を担う第二次電池に関する宿題が出された。

 雪村美紗には、ウオータージェットエンジン、エアージェットエンジンの宿題が出された。

「君たちが考えてくれる設計概念が、私達が期待する内容だととてもうれしい。プレッシャーをかけてごめん」と町野さんが話し終え質疑が無いことを確認すると、厳しかった顔が笑顔になって、

「君達そろそろ部屋に帰りなさい」と言うと穏やかな顔で見送ってくれた。各自の部屋に戻った。


 3

 俺と美穂は、二人で俺の部屋に戻ると、俺はラピスラズリに町野さんの宿題の答えを聞くと、

「ソナーやレーダーなどの電波を吸収する件は、潜水艦の音紋を打ち消す件はサイレントシールド合金、

 水中での音響シグナルを効果的に消す件は、サイレントコーティングポリマー、

 潜水艦内装繊維の件は、ノイズキャンセリングファイバーです。

 格納庫の件は、設計者に任せる回答としましょう」と答えてくれた。

 そして、サイレントシールド合金、サイレントコーティングポリマー、ノイズキャンセリングファイバーの素材名と加工方法、曲面加工に係るブロック建造時の熱処理問題解決方法について、ラピスラズリは情報提供をしてくれた。


 翌日、授業が終わってから。俺と美穂は町野さんに宿題の回答を持って設計室に行くと、町野さんはあまりの回答の早さに驚いて、

「本当にできたの??」と半信半疑だった。

 美穂から、宿題について解決案を説明した。内容は、実現可能な現実的な考え方だった。

「理論的には提案された材料を作り出して、潜水艦建造に役立てて実現するまで、かなりの時間を必要とする」と町野さんは思った。

 町野さんは着眼点としては、鋭すぎて怖いと感じた。


 町野さんは、この技術が、敵国や武器商人に流れたら、大変な事になると感じていた。

「現在のデジタルコンピュータにおいて、ネットワークやコンピュータウィルスを駆使して、情報を盗もうとする輩が世界中に存在するけれど、解決策はどうしたらよいか」と町野さんが聞いてきたので、俺はラピスラズリに話しかけると、

「設計部門のデジタルコンピュータに量子技術により暗号化を図ります。この量子暗号化技術はデジタルコンピュータが100年かかっても解読できません。また、ログインをDNA認証とします。認証用装置は現在のスキャナを改造してレベルアップさせ、そして認証用プログラムを提供します。近日中に仕様とプログラムを用意します。プログラムはデジタルコンピュータで稼働するアセンブラで作成します。アセンブラは、ほぼ機械語ですので一般的なプログラマーでは解読できません。また解読しようとすると解析に多大な時間を必要とします。プログラム自体を暗号化しますので解析不可能です。これらを近日中に用意します。そして、一斉にデータを暗号化します」という回答をもらえた。

「嬉しい、凄すぎる」と町野さんは笑顔になった。


 数日後、認証用スキャナの改造を行い認証プログラムが提供された。これにより成りすましログインは不可能となり、そして大学内のデジタルコンピュータに存在するデータ全ての量子暗号化が行われた。DNA認証しないと暗号化したデータは使う事が不可能となった。

 これによりハッカーがデータを盗み出すことができたとしても、解析は今の技術では不可能に近いとして、町野さんは優越感を覚えていた。


 4

 大学で俺達五人は理工学専攻の機械システム工学科に入った。この学科は、機械工作、ロボットメカトロニクス、船舶工学、コンピュータ応用解析のカラキュラムが組まれていた。

 教育課程では、教養教育、外国語科目、体育科目、防衛学科目が組まれていた。

 共通訓練は敬礼、行進、自衛官としての動作、8km遠泳、富士登山、戦闘訓練、小銃射撃、カッター、海上自衛隊訓練を行った。要員訓練では、1学年から4学年までシーマンシップ習得、艦船乗組員として必要な基礎知識を学んでいく。

 訓練は、毎週2時間程度の過程訓練と特定の期間集中する1か月の訓練を1回、1週間の訓練を2回実施する定期訓練があった。

 全員が学生舎(寮)で生活をした。食事・被服・寝具は支給され、週休2日制で給与がもらえた。

 1日の過ごし方は、朝6時起床点呼から始まり、朝食、国旗掲揚、朝礼、午前授業、昼食、午後授業、校友会活動は少林寺拳法、自習、22時30分消灯と規則正しい日常生活を過ごした。

 五人は大学内で少林寺拳法同好会に入り、美穂も養父の剛から護身術や関節技を会得していたので、四人の指導もあって腕前が上達していった、2年生になった頃には五人は同好会先輩方々と同格の技を身に着つけていた。


 そんな時に霧霞の建造が造船ドックで始まっていた。

 そんなある日、寮の部屋に今村技術長から設計室に集合するように伝言メモが置かれていた。

 五人は放課後時間になると設計室のミーティングテーブルに座って技術長が来るのを待った。

 今村技術長が席について、

「潜水艦空母の設計に尽力いただいてありがとう。おかげで建造が始まり5カ所のドックで建造が始まっている。君達の協力に感謝する」とお礼と状況説明をされた。

「君達に次の設計開発に協力してほしい」と説明を始めた。

 ・基本として車輛とロボットはレーダー、音紋スキャナ、ソナー、赤外線カメラ、サーモグラフィクカメラを装備する。

 ・量子AI自律型水陸両用戦車は水面をウォータージェットで進み、陸上を4軸駆動電動モーターで稼働するキャタピラー走行する、砲弾防御壁を備える。装備はフォトンパルス砲、重力パルス砲を備える。そして砲塔の両サイドに重力とフォトンのパルスミサイルを4本(計8本)ずつ装備する。

 ・量子AI自律水陸両用装甲車は、水面をウォータージェットで進み、陸上を4輪駆動電動モーターで稼働する大型タイヤ走行する、水陸を兼ねて走行し10名の兵員を運搬できる銃弾防御壁を備える。装備はフォトンパルス砲、重力パルス砲を備える。

 ・重力パルスとフォトンパルスを1丁の銃にまとめて人が携帯する重力フォトンパルス銃は、量子AI認証連動する。

 ・量子AI自律型四つ足歩行ロボットは認証しているユーザ(人)を守る役割を担い、重力フォトンパルス銃を標準装備する。

 ・デジタルコンピュータAI搭載のミサイル型魚雷を潜水艦空母に搭載する。

 ・量子AIアーマーは軽量で装着者をシールドによって防御し、ユーザ(人)の動きを補完する。そしてAI認証により装着すると重力フォトンパルス銃を使う事ができる。

 これらに共通化して使いたい新技術は、量子理論を使った高性能バッテリー開発と小型軽量化、フォトンパルス砲、重力パルス砲及び重力フォトンパルス銃開発を行う必要がある。

 特に重力フォトンパルス銃は、殺傷能力があるのではなく、ターゲットになる人や物体に対して強度の重力をかける事により、動きを止める考え方を適用したい。敵であっても殺傷能力のある現代の武器は恨みを買うので、恨みを買わない防衛を基本とする重力フォトンパルス銃を開発してほしい。

 重力フォトンパルス銃とミサイル魚雷の開発は、玲央と美穂が担当してほしい。

 AI自律型水陸両用戦車とAI自律型水陸両用装甲車は大が担当、

 AI自律型四つ足歩行自律ロボットは美紗が担当、

 AIアーマーは沙羅が担当してほしいと説明を受けた。


 今村技術長の話が終わってから、俺と美穂は町野副技術長に呼ばれた。

「チームメイトの大さんが潜水艦空母に搭載した重力フォトンパルス砲技術を基本として、追加で対象物によって制御ができる考え方を導入したい。銃も同様に携帯性を追求した物にアレンジをしないといけない。重力パルスを受けた人が、重力によって呼吸ができなくなってしまうと問題だ。そこのところを考慮して戦闘時に、より効果的な考え方を提案してほしい。ミサイル魚雷は、使い捨てになってしまうのでデジタルコンピュータAIにより、同等の能力を有する設計開発をお願いしたい」と町野さんから依頼された。

「考えてみます」と返事をして町野さんとの会話を終えた。

 設計室内で関係者が働いている姿を見まわした。

 AIアーマー担当の沙羅と話をしたいと思い沙羅を探してみたが姿が見えない。

 別テーブルで打ち合わせ中だった美紗は、打合せが終わったタイミングらしく会議テーブルの席を立ち、歩き出そうとしていたので

「沙羅は部屋に戻ったの?」と美紗に尋ねると、

「私達より先に打合せが終わって部屋に戻ったみたい」と教えてくれた。

 美紗がお風呂へ行きたいと言いだすと、

「私も行きたい」と美穂も言い出して美紗と風呂に行く事にしたようだ。

 俺は美紗と美穂と別れて、沙羅の部屋へ向かった。


  5

 沙羅の部屋のドアをノックすると部屋の中から、

「はいよ」と声がした。

 ドアがわずかに開けて俺の顔を確認した沙羅は、

「怜央どうした」というので、

「話があると」伝えた。チェーンロックを外して、部屋に入れてくれた。

 沙羅は、ぽっちゃりとした体形で身長は美穂より少し低く、髪はショートカットが似合った。目がクリっとしていて、笑うとエクボがホッペにニつ現れて笑顔がとても素敵な女性だった。

 沙羅の様子を見ると、どうやら風呂に行こうとしていたようで、着替えの服がベッドの脇に置かれていた。


 俺は、スケッチブックを取りだして、温めてきた防弾アーマーについて聞いてほしいと伝えた。

「うん。話して」と言うので、スケッチブックのページをめくり、

「人の肌に触れる部分は柔らかくする。外気温によって夏涼しく、冬暖かくする機能を含んで、汗を外に逃がすような呼吸する生地を内側に入れて、外観は銃弾があたっても強固な原型をとどめる。肘、手首、膝、足首、首の動く部分は特に気を遣う事が必要なので、ラピスラズリに聞いてみたら、鉄、ケイ素、カーボン、そして水素.から生成できると答えをもらった」と伝えて、スケッチブックを手渡した。

「風呂から戻ったらサファイアに相談して、明日怜央のスケッチブックとサファイアの回答を提出する」と沙羅は返事をしてくれた。

「それじゃあ、俺も風呂に行くか」と俺は長居は無用と思い、立ち上がると沙羅は大きな目を見開いて嬉しそうに

「サンキュー」と言って見送ってくれた。

 俺は、沙羅の部屋を出て歩きながら、沙羅の設計したアーマーは俺も着るのかとぼんやり考えながら、自分の部屋に戻った。


  6

 部屋に戻った俺は、ラピスラズリに

「メールメッセージを音声でスマートフォンのスピーカーから聞く事はできるかい」と尋ねると

「YES」スマートフォンから音声で聞こえた。

「フォトンパルスと重力パルスを戦闘で使う場合、空を飛ぶ戦闘機、陸上を走る戦車及び装甲車、海上を航行する巡洋艦や海の中を航行する潜水艦の4つに分類される。戦車と装甲車、巡洋艦等は動きを停めれば済むと考えるけれど、戦闘機は墜落しないようにソフトタッチで海面または地上に着水または着地させたい。また、潜水艦は海底から海面にソフトに浮上させないといけない。重力場の方向が逆なので、両方の重力場を作る必要があるのだけれど、良い方法を教えてほしい」と続けて俺はラピスラズリに話しかけた。

「量子はフォトン(光の粒子)でできているので、デジタル信号やデジタルコンピュータを制御できるのです。ですから、戦闘時などの緊急を要する事態になったときに、デジタルコンピュータやネットワークで利用されているデジタル信号をフォトンの考え方を利用すれば停止させることができるので、緊急時はこの電子信号を停止させる考え方と重力制御の二つを適用する考え方で効果がでます。例として、フォトンによってデジタル電子制御コンピュータで稼働している機能を停止させ戦闘力を削ぎます、重力パルスで人命救助の働きが適用され、その結果戦闘機、潜水艦、海上を航行する船、陸上を走る車などに効果的に適用できると考えます」とラピスラズリが教えてくれた。

「弱点として、電子制御されていない破壊力のある砲弾や銃弾などは機械的に動作する兵器の為、フォトンで殺傷力を無効化する事が出来ません。

 この弱点を補うものがシールド技術です。シールドはレアアースのプラズマリウムから作り出すことができます。小笠原諸島周辺の海底に眠る泥の中に含まれています。しかし、このプラズマリウムの精錬方法とシールド技術理論の情報については、今の私達は情報を持っていません。この技術は、これから開発していかなければならない課題です。

 繰り返しになりますが、私の指令でフォトンの理論を巧みに使う事で電流と電圧の制御が可能です。強調したい事は、デジタルコンピュータやネットワークは電子によって動作していますので、ROM(リードオンリィメモリ)、RAM(ランダムアクセスメモリ)、CPU(セントラルプロセッシングユニット)上にあるプログラムを消し去ることができる。それにより戦闘不能とすることが可能です。

 また、遭遇する場面によって、弱電や強電のシャットダウンや電源自体をシャットダウンすることもできます。

 現在の兵器は電子機器ですので、フォトンで制御できるという事です。現在の光ファイバー技術による通信においても、光から電子、電子から光に変換されて通信が行われています。デジタルコンピュータの信号は電子ですので、フォトンによって制御できる結論になります」という詳細を話してくれた。


 重力フォトンパルス銃について聞いてみると、

「フォトンパルスと重力パルスは大きな電力を必要とする。銃は携帯性を持たせるために小型軽量化を図る必要があるので、発射するパルスの範囲を狭くせざるを得ません。そして電力供給の予備カートリッジをいくつか持つ必要があります。カートリッジ1つの連続パルス掃射時間は3分です。パルスは1秒で10発発射しますので1800発射可能です」と教えてくれてラピスラズリは設計仕様と製造方法の情報を教えてくれた。


 ミサイル魚雷について聞いてみると、

「ミサイルの推進エンジンとしてウォータージェットとエアージェットは、水か空気かの違いなで動力の考え方は同じです。制御用デジタルコンピュータには、敵艦または敵戦闘機の音紋を追尾させる装置とプログラムを搭載、フォトンミサイル魚雷と重力ミサイル魚雷はパルスの方向に関する考え方が違うために攻撃対象物によりその都度設定する必要があります」と答えてくれた。ラピスラズリは設計仕様と製造方法の情報を教えてくれた。


 俺は、いつもスマートフォンを介してメッセージを送って来るのか不思議でたまらなかった。

 その答えがこれだったと気づいた。

 量子のフォトンで、自分のスマートフォンを介してメッセージを送ってくれていたのだ。ようやく謎が一つ解けた。

 別の言い方をすれば、スマートフォンは量子AIに利用されていたのだ、ひどい言い方をすれば、

 ”スマートフォンは乗っ取られていた”と言う事だ。


 翌日の放課後に、俺と美穂は設計室の町野さんを訪ねてラピスラズリの回答を伝えた。

「シールドはレアアースのプラズマリウムから作り出すのか、小笠原諸島周辺の海底に眠る泥のレアアースを採取してこないとね。試作品ができるまで相当時間がかかりそう。情報をありがとう」と町野さんはお礼を言ってくれた。

「この先は、設計室の頭脳集団が進めるから学業に励みなさい」と言って笑顔で送り出してくれた。


  7

 授業は、航海・通信・水測・電測・電子設備・機関・電気・補機・水雷の座学と、シミュレーション装置を駆使し、艦内を模擬した環境で訓練が行われた。

 日帰りで船舶実習訓練にも参加した。

 リーダーに求められる能力や、シーマンシップ・戦術立案・緊急時対応能力・運航法・操艦術を学んだ。艦長になるためには、卒業後実践で沢山経験を積んでから20年位かかると話を聞いたりもした。

 防衛大学が夏休みに入ると、チームの大、美紗、沙羅は実家に帰ると言うので、俺と美穂も羽田から飛行機で札幌に戻ることにした。

 俺と美穂は恋人気分で、姉弟だとはまだ信じていなかった。

 飛行機は新千歳空港に着陸して、バスで札幌市内に乗り継ごうとバス停に向かい二人が歩いていると、見知らぬ黒いスーツの人とすれ違った瞬間、突然俺の首筋に痛みが走った。

「うっ」と俺は声が漏れた。俺は体の力が抜けて立っていられなくなった。そして地面に両膝をついて何とか態勢を保とうとしたが、意識が薄れて行った。

 美穂は、慌ててかがみこんで、地面に横たわった俺の体にしがみついて顔を除いて俺の名を呼んでいると、見知らぬ黒いスーツの人が戻ってきて美穂の首に何か注射をしたのだった。

 美穂も意識が遠のいていき、地面に横になるしかなかった。

 俺と美穂は意識を失いワンボックスカーに強引に体を引きずられ乗せられてしまい拉致された。


 美穂が目を覚ますと、ジメジメとした地下室の様な窓の無い薄暗い部屋で、椅子にガムテープでグルグル巻きにされて体を固定されていた。

 横を見ると怜央が、自分と同じように椅子に座らされてガムテープでグルグル巻きにされていた。

 恐ろしく不安な気持ちになり、美穂は泣きたい気持ちをなんとかこらえていた。

 そして美穂は、怜央と一緒に見知らぬ人達に拉致されたと思った。

 美穂はラピスラズリⅡに話しかけた。

「剛父さんのスマートフォンに拉致されている事と、この場所の位置情報をメッセージで送ってほしい」と言い終えると、ドアが開いて見知らぬ女が一人と男が二人入ってきた。

 ドアを開ける音で目が覚めた俺は、薬で眠らされていたせいか目覚めの悪い状態で何がどうなっているか理解できなかったが、少しずつ状況が呑み込めてきた。隣を見ると美穂が隣の椅子に座らせれ、ガムテープで体をグルグル巻きにされていた。


 男の一人は、見覚えがあった。

 防衛大学の設計室にいた男だ。

「おやおや、お目覚めのようだ。君は美穂さんだね。隣は怜央さん。防衛大学の2年生で優秀と聞いている。危害を加える気はない。大学の設計開発室で何を開発しているか教えてほしい。こちらの意図する回答を聞かせてくれたら開放する」と見知らぬ女が言うので、

「なんでこんな真似をするの。強引にこんな行動をしなくても、筋を通して接触できたでしょうが」と美穂は強気の発言をした。

 見知らぬ女は年齢が40代半ばらしく化粧と香水の匂いがする。女はグレーのスーツを着ていて赤毛の髪は肩まで伸びている。目と鼻立ちがはっきりした彫りの深い顔をしていた。

「怜央君、お目覚めかな。美穂さんにも伝えたけれど防衛大学で設計開発をしている内容を正直に話してくれれば、安全に開放するから」と見知らぬ女が言うので、何故俺の名前を知っているのだと俺は疑問を感じた見知らぬ女の謎めいた発言だった。

 そして見知らぬ女が自己紹介をした。

「私をクリスタル・フォックスとお呼び」と言うと、

「怜央さん、美穂さん、これに見覚えはあるかい」と言って、以前俺が沙羅に渡したスケッチブックを見せた。

「なんであんたが持っている」と俺が叫ぶと、見たことのある男は、

「俺を覚えているかい」と言ったので、俺と美穂は男の顔を見た。

 防衛大学設計室で、沙羅のチームを担当していた男だった。

 名前は知らないが、設計室にいた男、こいつが、俺と美穂の名前と情報を流した張本人かと目星がついた。

「ブレスレッドをお渡し」と言うので、

「渡せない」と強気に言うと、鞄を持った男が近づいてきて俺と美穂の腕のブレスレッドを腕から外すと鞄に入れた。

“こいつらは、テレポーションの事を知らないな”と俺は思った。

「新技術の開発現場に技術を盗み出すために潜伏させて大成功だった。この防御アーマーの技術はもらうよ」とクリスタル・フォックスが宣言した。

 ”くそーやられた”と俺は、思ったがどうすることもできなかった。


  8

 「何が知りたい」と俺が言うと、クリスタル・フォックスは、

「重力フォトンパルス銃の原理と製造方式を聞かせてほしい」と話した。

「あんた達、何者」と美穂が言うと、

「一言でいうと、武器商人さ」とクリスタル・フォックスが答えた。

「重力フォトンパルス銃を使う目的はなんだ」と俺が聞くと、

「これがあれば、銀行強盗や資産家の家に押し入って金品を強奪できる」とクリスタル・フォックスが使う目的を話した。

「防御アーマーを着ていれば、事件を起こして警察官の拳銃で撃たれても逃げ切れると言う事だ」と誇らしげに言うのだった。

「困った人達だ」と美穂は強く思ったら、口から言葉が出ていた。


「そうさ、困った人の組織だよ。だから正直に教えなさいよ!」とクリスタル・フォックスが凄んできた。

 俺は内心、犯罪に使おうとする今の話は問題だ。犯罪に使われないように改善の必要があると考えなくてはと思考はそちらに向いていた。

 クリスタル・フォックスからすると、沈黙が続いたので話す気持ちが無いと判断したのか、きらりと光るナイフを取り出して、

「美人の美穂さんの顔を切り裂いてもいいのだよ」と脅しをかけてきた。

 美穂は、内心恐怖に震えていた。声は出さなかったが、顔は恐怖で青ざめて大きな両目から涙がながれていた。鼻水も流れでて恐怖と失望感で顔中が洪水になっていた。

 俺は美穂の顔を見て、これはいかんと考え

「これから説明するから」と告げた。

「自分のスマートフォンに情報が入っているので使わせてほしい」と俺は怒鳴った。

「二人のスマートフォンは壊した」とクリスタル・フォックスが言って壊れたスマートフォンを見せてくれた。見事に破壊されていた。

「自分のスマートフォンのデータを復元できないと、あんた達の必要な情報を伝えられない」と俺は言い切った。

 クリスタル・フォックスは少し考えて、

「少し待っていろ」と言って、男をひとり監視役に留守番をさせて、二人は部屋を出て行った。


 30分位すると、もう一人の男を連れて三人で部屋に戻ってきた。

「トイレに行きたい」と美穂は言ったが、

「我慢しなさい」とクリスタル・フォックスに言い返されて頼みを聞いてもらえなかった。

 三人目の男は、俺と美穂の壊れたスマートフォンにUSBケーブルを差し込んで、持ち込んだノートパソコンとUSBケーブル接続した。スマートフォンのデータを参照できるか検査を始めた。

「データを見る事が出来ます」と言い、ノートパソコンにスマートフォンの内蔵メモリーに存在していたデータのコピーを始めた。

 コピーが終わると、その男はクリスタル・フォックスに

「コピーは無事に終わりました」と伝えて、俺と美穂のスマートフォンと持ち込んだノートパソコンを抱えて、部屋を出て行った。


 クリスタル・フォックスは満足した笑みを見せて、

「美穂さんの奇麗な顔が醜くならずに良かったじゃない。若い子は素直で良い子よね」と言って、

「それでは解放してやるから、目隠しをするので抵抗しないように」と言うと

 少し安心した美穂は、トイレを我慢していたので少しだけ失禁してしまった。

 美穂は泣くしかなかった。

「あら、我慢の限界を超えたのね」とクリスタル・フォックスは言って部屋を出て行った。

 少しすると包みを一つ抱えて部屋に戻ってきた。

 美穂の体を固定していたグルグル巻きのガムテープを解いて

「美穂さん、さあ立ちなさい」と言って、

「怜央君、ちょっと美穂さんを借りる」と言って、二人は部屋を出て行った。

 この時俺は、美穂が無事に戻ってきてほしいと、椅子に拘束されている俺は心の中で願うしかなかった。

 30分ほどすると美穂が戻ってきたので全身を見ると、服装が変わっていた。

 手には今まで来ていた服を入れた手提げ袋を持っていた。

「美穂さんがかわいくて仕方ないので。私の服に着替えてもらった。私の服は返さなくていいから」とクリスタル・フォックスは、言うと、あんた達の用は済んだから空港へ送ってあげると言って部屋から出て行った。


 俺と美穂は、目隠しをされてワンボックスカーに乗せられ、新千歳空港の札幌行きバス停前で、俺と美穂は目隠しを外され車から降ろされた。

 そして二人のキャスター付き旅行鞄も返された。

 車が走り去ると、その場で美穂は大きな声で泣きながら俺にしがみついてきて30分ぐらい泣き続けた。

 俺も怖かったが、美穂は恐怖から解放された安心感から泣いていると思い、美穂を抱きしめていた。

 俺はポケットからハンカチを出して、美穂の顔をぬぐってあげた。

 美穂がようやく泣き止んだので、顔を見ると、はにかんで笑いながらハンカチは洗って返すと言って、自分のポケットにしまい込んだ。

 俺は旅行カバンのファスナーを開けると、ブレスレッドが瞬間移動したらしく収まっていたので、手に取ると腕に巻き付いた。

 美穂も旅行カバンのファスナーを開けると、ブレスレッドが収まっていて手に取ると腕に巻き付いた。

 持ってきた荷物と別に汚れたので着替えた美穂の服がビニール袋に入ったので、その服が増えていた。

 恥ずかしそうに美穂は、

「服の汚れはシャワー室で手洗いしてきた」とポツリと言うので、俺は笑顔で頷いた。


 破壊されたスマートフォンは返してもらえなかった。

 公衆電話から、俺の養父母に新千歳空港で解放された事を伝えると、

「タクシーに乗って帰ってきなさい」と養母が涙声で言うので、

「分かった。スマートフォンを壊されたのでショップで買って帰る」と養母の美幸に伝えた。

「無事な声が聞けて良かった」と返事が返ってきた。

 養母と電話での会話が終わり、空港のスマートフォンショップで、俺と美穂のスマートフォンをクレジットカードで2台購入した。

 ショップの店員さんが手続きをしているときに、

「恥ずかしいけど拉致された時、私クリスタル・フォックスに連れられて部屋を出たでしょ。クリスタル・フォックスはシャワー室に私を連れて行ってくれて、体を洗うのを見守ってくれた。そしてバスタオル姿で私がシャワー室から出ると、服のサイズが違うかもしれないけれど、これに着替えてと言って、クリスタル・フォックスは自分の服を私にくれた。内心どうしてなのだろう」と思って、聞いてみると

「今捕まっている怜央と同じ年ごろの息子がいて、玲央と美穂さんが自分の子供だったらと考えた」そうなの、

「私は、クリスタル・フォックスは母親としての顔で私を労ってくれたと、辛い状態だったけれど、少し嬉しくもあった」と話してくれた。

「そうか、そんなことがあったの」としか言えなくて、美穂の肩を抱いてあげると美穂は俺の手を握りしめてきた。

 ショップの店員さんが、設定が終わったスマートフォンを美穂と俺に渡してくれたので、タクシー乗り場へ向かった。

 タクシーに乗せてもらって車が走り出すと、美穂は俺の肩を枕にして肩に頭を載せたまま寝息をたてていた。

 俺は、大好きな美穂と無事に帰れることを、神様がいたら感謝したいと思った。


  9

 自宅に俺と美穂が戻ると、美穂の養父剛と、俺の養父母の両親が心配そうに待っていた。養母の美幸は涙を流しながら

「痛くなかったかい。辛い思いをしたね」と言いながら迎えてくれた。

 俺は、監禁された時の話のやり取りと、防御アーマーと重力フォトンパルス銃の基本論が、武器商人の人達に盗まれた事と、現在進めている量子AIで稼働する自律型水陸両用無人戦車、自律型水陸両用装甲車、自律型四つ足歩行ロボット開発情報も盗まれたと事が無念だと話した。

 俺の父明良は、剛から二人が拉致されたことを聞かされた時に防衛大学内の設計室の町野さんに連絡していたので、特殊警察が俺の家で待機していた。

 武器商人の隠れ家は、美穂が送った位置情報で場所は特定されていた。

 防御アーマーと重力フォトンパルス銃等の情報が拡散されないうちに隠れ家に突入する計画を立てていた。

 俺と美穂の安全確保を第一優先と考えていて、待機してくれていたという。

 自宅に二人が戻ったので、その夜特殊警察は突入するため装甲車で隠れ家に向かった。

 装甲車には、俺と美穂も乗った。

 俺は町野さんに電話連絡をすると、

「沙羅のチームで働いていて姿を消した男性設計者の名前を知らべてほしい」と連絡を入れた。

 ラピスラズリに、

「犯人の男の持っているスマートフォンの電話番号が分かったら、俺のスマートフォンからコピーした機密データをデジタルネットワーク上にあるデジタルコンピュータやサーバーに拡散されてしまった機密データの削除をしてほしい」と車中で伝えると、

「YES」の回答が、新しいスマートフォンにメッセージが流れた。


  10

 深夜に隠れ家に特殊警察が突入した。もぬけの殻で誰もいなかった。突入部隊は、やられたと思った。

 自宅に戻ると、スマートフォンに町野さんから電話がかかってきた。

「沙羅のチームにいて姿を消した男の名前と電話番号が分かった」と結果の連絡があった。町野さんから男の名前と犯人が持っているスマートフォン電話番号を教えてもらった。

「明日詳しい話を電話でする」と町野さんに返事をして電話を終えた。

 ラピスラズリに町野さんから教えてもらった男のスマートフォンの電話番号から、男の位置情報と男のスマートフォンから、利用しているデジタルコンピュータとネットワークを介して、盗まれた機密情報が拡散された特定のデジタルコンピュータとサーバーのデータ削除をお願いした。

 ラピスラズリはネットワーク越しにたどり着けた機密情報をすべて削除した。

 10%位はどこかで削除されずに残っている。未設計の部分があるので、実用化は量子AIが無い環境では難航すると返事を聞けた。

 特殊警察に電話連絡を行い、犯人の男の名前と犯人が持っているスマートフォンの電話番号を伝えた。

 特殊警察も通信会社が運営管理をしている基地局から男の位置情報を取得して、あいつらを捕まえに行ってくれる事を願った。


 翌日に、防衛大学設計室の町野さんに電話連絡を行い次の要件を伝えた。

 着手した技術理論中心の情報が漏洩してしまったお詫びしてから

 ・重力フォトンパルス銃を扱う時には、量子コンピュータで認証できている特定ユーザのみが使える仕組み。それは強盗等悪意で使う事ができない手段だった。

 ・他国の技術をもってすれば、情報漏洩してしまった技術理論をベースとした武器が登場してくることが、一番の脅威なので、重力パルスを受けた時に跳ね返す機能、重力パルスを無効化する機能を考えていくべきと進言した。

 設計室に成りすましで潜伏していた男が、防御アーマー技術と、その基本を書いたスケッチブックを盗み出した。クリスタル・フォックスがボスらしく、防御アーマーを着用できれば、警察官と銃撃戦になっても大丈夫だと笑っていたと拉致された詳細を連絡すると、

「二人とも怪我をしないで本当に良かった。残された夏休みを楽しんで、休み明けに元気な顔を見せてほしい」と町野さんが電話の向こうから涙声でねぎらってくれた。


「町野さん、また会いましょう」と言って、電話を切った。一歩間違えば大変な事になっていた。

 でもクリスタル・フォックスと会話をした事により、設計開発中の装備弱点が分かり、その弱点を克服するために、どのようにしたら良いか考える機会が与えられたことに、辛い経験をしたけれどプラス思考で考えれば情報漏洩の可能性があるものの、クリスタル・フォックスに感謝しなくてはいけないと、真逆の思いが込み上げてきた。

 美穂は、失禁した時クリスタル・フォックスは、シャワーを浴びさせてくれ、自分の服を一式、着替えるようにと渡してくれた事に怖かった中でクリスタル・フォックスに美穂は親近感のような不思議な感覚を覚えていた。

 拉致後、解放されて3日ほど過ぎたころ、特殊警察から電話連絡があって、潜伏していたクリスタル・フォックス一味を捕まえたとの事だった。もう一度会いたいと考えた俺は、

「来週あたりにクリスタル・フォックスに会いに行きたい」と特殊警察にお願いしてみると、来週の水曜日午前10時ごろに来なさいと言われた。


  11

 俺と美穂は特殊警察留置場を訪問してクリスタル・フォックスと面会した。

 横浜刑務所が特殊警察留置場で横須賀から遠くなかったので、電車と徒歩で留置場に向かった。

「あら、可愛い君達、わざわざ私に会いに来てくれてありがと。あの時の事恨んでいないの」と面会場でクリスタル・フォックスが尋ねてきた。

 俺は、正直にクリスタル・フォックスとの会話の中で、弱点を指摘され解決策を打てた事を伝えた。

「あら、まあ 驚くじゃない。お礼を言われちゃった」とクリスタル・フォックスがニヤッと笑った。

「私達のスマートフォンから入手した情報を悪の組織に売ったりしたのですか」と美穂が聞くと、

「売るとか考えているうちに、なぜか私達のサーバー上にあった、機密情報が削除されてしまって、それはもうビックリして、私は部下をなじったのよ。でも誰がどうやって削除されたのか誰も原因が分からないし、どうしようもなくて考えていたら数日過ぎたときに、捕まっちゃったのよ。視点を変えて考えてみたら、あの情報は国家機密データだったのよね。私ね、痛い思いをするのは嫌だから、特殊警察が踏み込んできたときに、抵抗しないで素直に捕まったの」と正直に話してくれた。

「スケッチブックはどうした」と尋ねると、「あれはね、部下が誰かに渡したみたい。誰に渡したか私は知らなくてよ」との答えだった。

 俺は内心、理論を書いたものだから、具体的な形になって戦場で出会う事は低いと楽観的に考えて、仕方ないかなと諦めた。


 クリスタル・フォックスは、俺と美穂の腕に巻き付いているブレスレッドを見て、

「ねえ、あんた達のブレスレッドだけれど、どうして消えてしまったのか不思議だった。いつ取り返したの」と聞くので、

 俺は、世界の七不思議でテレポーション移動をした」と言うと、

「世界の七不思議?」とクリスタル・フォックスは納得のいかない顔をしたが、彼女の気持ちの中ではこれ以上詮索しても仕方ないと思ったようで、追及してこなかった。


 クリスタル・フォックスは化粧をしていない顔で口を開くと、

「あんた達を捕まえたあの時、本当は美穂さんの顔を傷つけるなんて残酷なこと言って脅したけれど、モーションだけでそんな気持ちは無かったのよ。私には、あんた達と同じ年ごろの子供がいる。息子の名前はレオナルド・ヴァレリウスというの、私の名前はマリアンナ・ヴァレリウスよ。金もうけを考えていただけなの、人を傷つけたりしたら恨みを買うからビジネスにマイナスになるだけと考えていたの。あの時、脅しだけであんた達が素直に話してくれたでしょ。そして立場が変わって、私が捕まりそうなシーンで、息子のレオナルドの顔とあの時の事を思い出したの。抵抗しないで素直に手を挙げて捕まったのは、あんた達のおかげで刑罰も軽く済みそうなの、私からもお礼を言うわ」と笑ってくれた。


 美穂は、横浜駅の売店で買った幕の内弁当を警察官に差し入れして良いかと中身を見せて、

「この間の着替えの洋服のお礼です。お昼に食べてください」と渡すと、クリスタル・フォックスは目に涙を浮かべて、

「あんた達なんて良い子なの」と言いながら、席を立ってお弁当を持って留置場へ戻りつつ、マリアンナ・ヴァレリウス(クリスタル・フォックス)が振り返ると、

「いつか息子のレオナルド・ヴァレリウスが訪ねていくかもしれない」と言って右手を振って留置場に通じるドアを開けて歩き去った。

 その時、弟の怜央(れお)とマリアンナ・ヴァレリウス(クリスタル・フォックス)の息子レオナルド・ヴァレリウスは、繋がりかと美穂の脳裏をかすめた。


  12

 夏休みが終わって防衛大学へ戻った俺と美穂は、三人のチームメイトと久しぶりに再会して、食堂で夕食を食べた。

「あんた達が拉致された時は助けに行かなきゃと、焦ってみたものの何の手も打てない自分が情けなかった」美紗が口を開いた。

「元気な玲央と美穂の顔を見られて良かった」と沙羅は目を潤ませていた。

「また俺達と遊べるじゃないか。良かった」と大なりに心配したと言いたかった様子で、俺達は楽しい夕食の時間を過ごした。

 翌日、夏休み明け1日目の授業が終わってから、C棟地下の設計室に顔を出すと今村技術長と町野副技術長、井上技師が、怪我が無くて良かったと迎えてくれた。


「夏休み前に取り掛かった装置の開発試験を1月頃から始めたいので五人も参加してほしい」と町野さんから説明があった。

 人が装着する防御スーツと重力フォトンパルス銃で連携する量子AIと、

 AI自律型潜水艦母艦、

 AI自律型水陸両用無人戦車、

 AI自律型水陸両用装甲車、

 AI自律型無人戦闘機、

 AI自律型四つ足歩行ロボットに搭載する量子AIは、インテリセプト・ナビゲーション・システムズ(INS)で開発製造されたターコイズⅢ、サファイアⅢ、バイオレットⅢ、ラピスラズリⅢの量子AIで動作します。

 量子間ネットワークにより、個別に発生または遭遇した事象すべてが瞬時に情報共有されると町野さんの説明を聞いた。

 そして潜水艦空母はそれぞれのドックで建造が進んでいますと状況を教えてくれた。

 ・オーシャン・アイ・テクノロジーズ(OIT)で1番艦霧霞

 ・2番艦霧隠は、マリン・ナビゲーション・シーシステム

 ・3番艦霧深は、ディープフューチャー・マリンテック

 ・4番艦霧海は、サブマリン・シークワイア・テクノロジーズ

 ・5番艦霧島は、 ディープブレイン・マリン・システムズ

 また、AI自律型水陸両用無人戦車とAI自律型水陸両用装甲車は、ナヴィゲイト・エッジ・エンジニアリングで製造試験が始まり、

 AI自律型四つ足走行ロボットとAIアーマー、重力フォトンパルス銃は、ヒューマン・アイ・イノベーション・ソリューションズで、製造試験が進んでおり、

 AI自律型無人戦闘機とパルスミサイル魚雷は、オーシャン・アイ・テクノロジーズ(OIT)で製造試験が進んでいますと製造状況を教えてくれた。

 俺は、養父母の両親の勤務先が防衛に係る装置の製造に大きく関わっている事について、なにか見えない糸で繋がっているように感じるのだった。


  13

 2年生から3年生に進級すると、大学生活にも慣れて学友もできた。授業は教養教育、機械工学システム工学を継続していた。共通訓練では、スキー訓練、過去の戦争で激戦地となった戦跡について学んだ。

 要員訓練では、潜水艦研修やクルーザーヨットを使用した巡航訓練に参加した。

 俺とチームメイト達が3年生になった6月に、潜水艦空母1番艦霧霞の進水式に参加した。

 大きな艦で全長:122m、最大幅:16m、この艦の大きさは幻の潜水空母と呼ばれた伊四百型潜水艦と同等の大きさだった。

 艦は鋼板成型されて、流れるような外面の3次元曲面で、全体的に茶褐色の葉巻型(ティアードッロプ型)の船体だった。

 潜水艦内部へ降りるはしごを使って艦内に入ると、制御室と操舵室は一体化されていて、レーダー監視、音紋スキャン、ソナー探知、第一次電源、第二次電源、機関室、生体空気清浄機、ミサイル魚雷室、格納庫の状況がコンソールディスプレイで集中管理でき、量子AIによって全体最適が行われていた。


 7月1日から25日間、俺と美穂は霧霞の試験航海の立ち合いで乗船することになった。役職は幹部候補生として学生に与えられる准海尉になった。クルーは全体で20名乗船しており、北山艦長、宮下副艦長、各班のクルーは6名で3つの斑、3交替により24時間体制で航行する。当直(ワッチ)外の自由時間は16時間あった。戦闘時以外は量子AIで航行するので、安全な時間帯はゆっくりと時間が流れていく日々が続いていく。

 艦長室と副艦長室は個室が与えられていたが、俺達候補生は男性乗組員室と女性乗組員室に部屋は仕切られ、トイレや浴室も男性用女性用と区別されていた。乗組員の寝台ベッドは2段式で、枕元には小さな照明とヘッドホンの差込口と選曲ダイヤルがついていた。寝台はカーテンで仕切られているが音は筒抜けだったのでイヤホンは必須アイテムだ。個人単位に施錠ができる小さなロッカーを与えられていた。


 閉じられた空間の艦内での唯一の楽しみは食事で、食堂は艦長と副館長の区別は無くビッフェ形式で料理が並んでいるのでクルーはトレイに乗った皿に自由に盛り付けができた。調理は3班の各斑にコックさんがいて、腕を振るって美味しい食事を作ってくれる。食事が美味しくないと辛いだけの航海になってしまうので、食事は一番気を遣うところだった。女性クルーも六人おり、女性専用個室が用意されている。俺と美穂は、別々の斑に入った。俺達二人は実戦経験がない学生なので、俺と美穂が入った斑の先輩は、実質五人で航行をカバーすることになった。

 リクレーションルームもあり、マシントレーニングやストレッチが行えた。テーブルとイスも並んでいてトランプやボードゲームも楽しめた。音楽CDやDVD映画を見たり聞いたりするときはワイヤレスヘッドホンが必須だ。

 初めての航海は東南アジア方面で、25日間潜水した状態で試験航海する予定で、航海に出ると太陽や青空を見ることができない事や、家族や恋人との連絡も遮断される覚悟が必要だった。

 霧霞は試験航海に7月1日午前9時30分に母港を出航した。


  14

 霧霞は問題無く試験航行を行っていたが8日ほど過ぎたころ、南方の国オルフェアの領海に入ったところで、発令所操舵の集中コンソールから警告音が鳴り響いた。

 コンソールディスプレイを確認すると、潜水艦空母の生命維持装置である空気清浄機の炭酸ガス吸収装置の異常アラームで、空気清浄機が故障したと表示されていた。

 クルーは空気清浄機の交換パーツ在庫を調べると、故障した部分にあたる装置の交換パーツを載せていなかった。

 艦は、音紋スキャンとソナーを使って周辺に敵艦がいないか確認後、カメラ型潜望鏡とレーダーが使える海面まで浮上し、それら駆使して安全を確認した。スノーケル航走(潜望鏡のように吸気筒を水面に出して航行する方式)することになり、数時間後には燃料電池からの電力供給が危うくなってしまった。

 霧霞は、近隣海域の最終的な安全確認を行い海面浮上した。



 第二電源系の故障だったので、航行を行う第一電源系は故障していなかった。

 人間が乗船していなければ潜行航行ができる状況だった。

「救助要請をするよう依頼してクルーが下船後、自律潜行で本国の港に戻るように」と俺は霧霞AIに伝えた。

「YES」とAIの霧霞から回答があったので、全員が下船の準備に入った。

 下船するクルーにはAIアーマーを身に着けるように艦長から指示があった。

 俺以外の二十人のクルーはラピスラズリⅡをブレスレッドとして身に着けた。

 二十人は、救命胴衣をつけて救命ボート4隻に分乗し終えたので、俺はラピスラズリに話しかけて、

「AI霧霞、自律航行開始」と伝えると艦は静かに潜行を開始して本国へ戻って行った。


 身に着けたAIアーマーは、試験段階なので現場で使える十分な防御力が未知数で、重力フォトンパルス銃を携帯していたが威力は未知数だと思ったが現状のまま救出を待つしかないと判断した。

 遭難した南方の国オルフェアは、植民地政策を展開している強国であるインペリムの植民地だった。

 オルフェアの海域には、インペリムの監視船が航行しており、4隻の救命ボートは時間の問題で発見されるだろうと俺達は考えた。

 インペリムに領海侵犯者として逮捕されることはクルー全員が想定していた。

 救命ボートには、水と食料が備蓄されていたが数日しか持たなかった。


  15

 気候はほどよく、カモメが飛んでいく青い空が続いている穏やかな海だった。そのせいか俺は少し眠ってしまった。

「船が近づいてくる。3隻見える」とクルーが叫ぶ声で起された。

 美穂が俺の手をギュウと握ったので俺は驚いて目を覚ますと、俺は監視艇かなと目を凝らして見ていると褐色に塗られた船体が見えてきた。この船にはオルフェアの国旗がなびいていた。近くにやってきた船はオルフェアの漁船だった。

 俺と美穂が救助してもらえた漁船の船長はジョン・サンチェスと言って、高身長で短パンと半そでシャツを着ていた。真っ黒に日焼けした顔、太い腕、厚い胸板をしていて、笑顔で俺達に水と日干し芋を軽食で食べるよう勧めてくれた。そして座る場所を与えてくれた。

 救命ボートは、漁船の甲板に上げてから装備品をすべて降ろして、空気を抜いてコンパクト化した。

 引き網漁船で、ウインチを使って海底から魚が詰まった網を引き揚げて、甲板中央にある保冷庫に魚をドサドサと落とし込んでいく、船のエンジン音と心地よい陽気に包まれて俺はウトウトしていると漁も終わり船は家路へと向かった。

 二十人のクルーは3隻の漁船に救助され、オルフェア国のカネロームの漁港に上陸した。


  16

 漁港に到着した漁船から二十人のクルーは、好意的な漁民の家に匿われることになった。

 空気を抜いてコンパクト化した救命ボートは漁師の物置に格納され、俺と美穂は船長のジョン・サンチェスの家に招かれた。

 この家は、固い土壌を基礎として建てられており、外壁はベニヤ板やトタンを組み合わせて作られていた。屋根はトタンで作られているようで、その上に雨音を消すためとヤシの葉で覆ってあった。

 建物は平屋作りで、リビングとキッチンが真ん中にあり、このリビング奥には通路の両側にいくつか部屋があった。

 主人のジョン・サンチェスは妻のマリア・サンチェスと紹介してくれた。

 ジョン・サンチェスは、オルフェアの今に至る経緯を話し始めた。

「16年ほど前に先進国のインペリムがある日突然、武力で領土を奪って、美しいサンゴ礁の海があるオルフェアを植民地化した。そして彼らがオルフェアの住人を安価な労務費で原料工場の労働者、市場の労働者として奴隷のように働かせて、甘い汁を吸うようになった。外貨や収入は本国へ彼らが持ち去って、オルフェアの住民の文化や言語に対して抑圧支配している。現在でもインペリム警備隊とオルフェアの住民が軍事的な衝突が続いている。この闘争でかなりのオルフェアの住民が殺害された」と話してくれた。

 俺は、悲惨な現状を聞いて何とかしてあげたいと思ったが、今は逃亡中の身なので話を聞いてあげるしかできなかった。


 俺は、自分が生まれ育った国は、豊かで自分達が幸せに暮らしていられたことに感謝しながら聞いていた。

 美穂の眼には、涙が光っていた。

 マリア・サンチェスが作ってくれた夕食はオルフェアの料理だった。海産物を主として、海老や貝に香料を少し入れて煮込んだスープと魚は串に刺した焼き魚だった。少し抵抗があったのは、魚の見た目が緑やオレンジ色だったからだ。

 味は、慣れ浸しんだ魚介類の味だった。


 食事のあと、美穂と俺は一つの部屋で寝た。ベッドは無くて藁の上に布を敷いて寝床を作ってあった。

 美穂と俺は、明日が見えない恐怖と異国の地で不安になり手をつないで寝る事にした。

 少しの間手をつないでいたが俺は美穂の体に抱き着くと美穂もこたえるように抱き着いてきた。

 美穂は泣いていた。俺も泣きたかったが、やせ我慢をすることにした。


  17

 翌朝、マリア・サンチェスが作ってくれた朝食を食べていると、ラピスラズリから俺にメッセージが入った。

「美紗よ、救出準備が明朝整うので、明日伍番艦の霧島で救出に、大、沙羅と私も同行で向かう。到着予定は7日目の早朝」とのメッセージだった。

「待っているから頼む」と俺は自分の緯度と経度の位置情報を伝えた。

 美穂は、俺の手を握って体を摺り寄せてきていたので、美穂の肩を抱いてあげるしかなかった。


 ジョン・サンチェスは魚漁にすでに出かけていたので、俺と美穂はジョン・サンチェスとマリア・サンチェスの服を借りて、観光客に成りすまして食材や日用雑貨が売られているマーケットをマリア・サンチェスに案内してもらいながら歩いていると、

「叔母さん、こんにちは」と女性の声がした。

 俺が振り返ると俺と同世代の若い女性だった。美穂と同じくらいの身長で、黒い髪を顔の右側肩あたりで髪飾りを使って束ねていた。髪は腰までありそうな長い髪をしてた。丸顔で大きな目をしていて、瞳は茶色で二重まぶたにメリハリのある太めの鼻筋がピンと上を向いている。美穂とはタイプの違う愛らしい美人顔の女性だった。

 美穂も第一印象が良かった様子で、にこにこしていた。


 マリア・サンチェスとその若い女性は、まるで親子のように楽しそうに会話を始めて歩き出したので、俺と美穂はこの二人の後について歩いた。

 四人でマリア・サンチェスの家に戻るとマリア・サンチェスから街であった若い女性を紹介してくれた。

「エレナ・ロドリゲスと言います。私の妹サミイ・ロドリゲスの子供で、昨年エレナ・ロドリゲスの兄がインペリムの警備隊に逮捕されて、生死不明」と話してくれた。

 エレナ・ロドリゲスは泣きべそをかいていたので、俺は行方不明の兄の顔を思い出したのかなと考えた。

 俺はエレナ・ロドリゲスと握手をして

「怜央と言います。よろしく」と言ってから

「隣は俺の姉の美穂です」と紹介した。

 美穂は笑顔でエレナ・ロドリゲスと握手をして挨拶を交わした。


  18

 本国からの救助隊の到着を待つ2日目は、早朝からジョン・サンチェスは漁に出たので、マリア・サンチェスと三人で街に出て、街中でエレナ・ロドリゲスと待ち合わせて四人で隣街に行ってみる事にした。マーケットは活気にあふれていたが、やはりインペリムの警備隊が監視をしていた。

 昼は、アーケードの出店の屋台でパンとスープを四人で食べた。スープは鶏肉と野菜をベースとした料理だった。

 美穂は終始俺の手を握って、片時も俺から離れなかった。

「玲央さんと美穂さんは、いつも手を繋いでいて仲が良いですね」とエレナ・ロドリゲスが言うので、俺は母国で拉致された経緯からトラウマになっていて、心の傷が癒えていない事を話した。

「余計な事を聞いてしまった」とエレナ・ロドリゲスは後悔の涙を流した。

 美穂は、エレナ・ロドリゲスの肩を抱いて、

「心配しないで、大丈夫だから」と話しかけた。

「どの国でも人を拉致するような人達がいる事が悲しい」とマリア・サンチェスが同情してくれた。


 昼食後に美穂とエレナ・ロドリゲスは、装飾品の店に行くと言って俺達と別れた。

 俺とマリア・サンチェスは食材を買い求めていくつか店を回って、装飾品の店の前に戻ってきた。

 マリア・サンチェスと俺は、

「時間がかかるね」と言って店に入ると客はいなかった。

「先ほど店に若い女性二人が入ってこなかったか」とマリア・サンチェスが聞くと、

「そのような女性は店に来なかった」との返事だ。

 俺はおかしいと思い、店のお客用のドアから外に出て、店の裏側に回り込んで彼女らを探したが姿を見つけることはできなかった。

 マリア・サンチェスが店内にいたので、俺は店に戻って店員に、

「本当に知らないのか」と聞くと、

「知らない」とそっけない返事だった。


  19

 マリア・サンチェスと店を出た時に、

「警察に失踪届けを出そう」と言うと、

「この国の警察は。汚職で汚れているから届けを出しても無駄かもしれない」との返事だった。

 俺は警察に連れて行ってくれとマリア・サンチェスに頼もうと考えた瞬間、俺と美穂は侵入者だから、まずいことになると判断してマリア・サンチェスの家に戻った。

 エレナ・ロドリゲスの母であるサミイ・ロドリゲスにマリア・サンチェスが電話を掛けて、娘のエレナ・ロドリゲスが行方不明になったいきさつを伝えた。電話機からサミイ・ロドリゲスの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 マリア・サンチェスは受話器を置いてから、夕食作りに入った。5時ごろには家の周りが薄暗くなってきていた。

 ジョン・サンチェスが漁からから戻ってくるとジョン・サンチェスは部屋を見回して美穂がいないことに気づいた。

「玲央さん、美穂さんはどうしたの」と聞くので、エレナ・ロドリゲスと二人が行方不明になったこと説明した。

 三人は会話が少なくなり暗い雰囲気で夕食とっていると、ラピスラズリにメッセージが入った。

「美穂から連絡が来た」と俺はジョン・サンチェスとマリア・サンチェスに伝えた。

「私達二人は拉致されていて、使われていない小さな山荘のような場所にエレナ・ロドリゲスと二人監禁されている。他の部屋にも拉致された人達がいる」との内容だった。そして監禁されている小さな山荘の緯度と経度を含んだメッセージを受け取った。

 監禁されている二人に、

「怪我は無いか。痛めつけられたりしていないか」とメッセージを送ると、

「人身売買組織のようだから、商品扱いされている」と返事が来た。

「策を考えるから、少しまっていて」と伝えた。

 ジョン・サンチェスは地図を広げて緯度と経度を確認した。カネロームの街から北に200kmほど離れたヒマロカという街を過ぎて峠を越えるとテネクレの街にたどり着く、その道の途中にある山中に監禁されている山小屋があると話してくれた。


  20

 「車がいる」とジョン・サンチェスに伝えると、ジョン・サンチェスはエレナ・ロドリゲスの母親であるサミイ・ロドリゲスに電話をかけると、拉致されたエレナ・ロドリゲスの監禁場所が解ったので、救出に向かいたいので車を貸してほしいと伝えた。

 サミイ・ロドリゲスは興奮して驚くと、夫のダック・ロドリゲスに受話器を渡したようで、監禁場所が解った事で救出に行きたいので車を貸して欲しいと、もう一度伝えるとエレナ・ロドリゲスの父親のダック・ロドリゲスが運転をかってくれて、1時間後に迎えに来てくれることになった。

 俺は、防御アーマーを身に着けて重力フォトンパルス銃を携帯した。

 マリア・サンチェスは、五人分の夜食と飲み物を用意してくれた。

 ジョン・サンチェスが言うには、山小屋まで移動時間が4時間から5時間車かかるとの事だった。

 少しすると、車のエンジン音がして、ジョン・サンチェスの家の前でエンジンが停止した。

 家のドアが開くと高身長でスラリとした男性が入ってきた。大きな目の感じはエレナ・ロドリゲスに似ていた。

 服装は、くたびれたブルージーンズとブルージャンバーを着ていて、スニーカーを履いていた。

 ジョン・サンチェスが、ダック・ロドリゲスを紹介してくれたので、

「玲央」ですと、右手を出すと、ダック・ロドリゲスは力強く俺の手を握ってきたので、信頼のあかしとして俺も笑顔で握手をした。職人らしい大きな手だった。


「さて行こうか」と俺達にジョン・サンチェスが言うと、

「行ってくる」とマリア・サンチェスに告げた。

「無事に帰ってきて」と妻のマリア・サンチェスの声が背中から聞こえた。

 玄関を出ると3列シートの七人乗りの年代物のミニバンが停まっていた。

 俺は、運転席後方のスライドドアを開けて後部座席に乗り込んだ。

 ダック・ロドリゲスは、電気工事屋さんらしく3列シートの後ろには、工具が積んであった。

「お仕事は電気工事屋さんですか」と聞くと、

「この車は工事現場で使っている車輛で、電話をもらって急いで電気工事で使う材料を降ろして、3列目のシートに人が座れるようにスペースを作ってきた」と話してくれた。


  21

 陽が沈んで暗くなり街灯やお店や住居の窓から漏れる灯が続くカネロームの街中をダック・ロドリゲスが運転する車は通過していく。人々は仕事帰りの足取りで、自宅に急ぎ足で帰っていく人達が車窓から見えた。

 郊外に出ると街灯が少なくなり海岸線の道路に出たので窓を少し開けると潮風が車内に入ってきた。曇空のせいで月は見えない。車のヘッドライトを頼りに車を走らせていく。

 車内の男三人は、拉致された身内の心配をしているのか、会話の言葉は少なかった。

 暗い海岸線を走り続ける車はヒマロカに入り少しするとヒマロカの街の北側を走る車幅の狭い道路に入るため右折した。

 車は、街灯と民家の灯がほとんどない道を進んでいく、対向車も少ない道路を車のライトを頼りにひたすら走った。

 車窓から、草木の匂いが入ってくる。空は相変わらず曇り空で、闇夜と言う感じになっていった。


  22

 車が上り坂に差し掛かると、

「そろそろ目的地に着く」とダック・ロドリゲスが言うので、

「偵察に行ってくる」と俺が提案すると、

「命の危険がある」とジョン・サンチェスが心配してくれた。

「防御アーマーを着ているから大丈夫」と答えた。

「危険だがお願いする。気をつけて」とダック・ロドリゲスが声をかけてくれた。

 車はくねくねと曲がる山道を登っていく、雑木林独特の緑の匂いがする。

 車を止めるとダック・ロドリゲスが、

「この道路を左に入ると、美穂さんが送ってくれたメールの緯度と経度に合致した場所になる」と教えてくれた。

 車窓から左に曲がる道路に古くて汚れている小さな看板があるのが見えた。うっすらと読める文字をダック・ロドリゲスが読み上げてくれて、

「統廃合されて、今は存在していない企業の保養所の名前だ」と言うと車のエンジンを切った。

 俺は、ダック・ロドリゲスの話からこの保養所に監禁されていると思った。

 闇夜に目が慣れるまで、少し時間をおいてから、

「ちょっと見てくる」と言って車から降りた。

 灯は無く暗闇だったので足元が良く見えない。転ばないようにゆっくりと保養所に向かう道を登っていくと、保養所の灯が見えた。音をたてないようにそっと近づいて、窓から中を覗くと男二人はチェスをしている。もう一人はソファーで雑誌を見ているようだった。

 俺は、他に誰かいるかもしれないと思って建物の周りを歩くとシャワールームから音がした。犯人は四人以上いると判断した。

 2階に何人いるか不明だった。

 そっと音をたてないように車に戻った。

「少し離れた場所に車を移動して」とダック・ロドリゲスに頼んだ。


  23

 先ほど車を停めた場所から300mくらい移動するとダム湖があって観光客用の駐車場があったので、その駐車場に車を止めた。

「犯人は四人以上いる」と俺は告げて、重力フォトンパルス銃を使った攻略方法について説明した。

「保養所に近づいて外から窓越しに重力フォトンパルス銃を撃ち込んで建物外側の一階をぐるりと回って、すべての窓に向かって重力フォトンパルス銃を撃ち込む。ダック・ロドリゲスとジョン・サンチェスは外から見ていてほしい」と言うと車輛に電気工事で使う結束バンドと養生テープがあるというので、

「それらを持って犯罪者を捕獲してほしい」とお願いした。

 夜明けに救出しようということになり、車中で少しの間仮眠をとることにした。俺は疲れから眠ってしまった。


  24

 「玲央起きろ」と言う声で目を覚ますと。ダック・ロドリゲスが顔を覗き込んでいた。

 頭が回っていなかった俺は、一旦車から降りて大きく背伸びをした。霧がダム湖にかかっていて、天気は曇りだった。少し肌寒かったので車に戻った。

 ダック・ロドリゲスはエンジンをかけて、美穂とエレナ・ロドリゲスが拉致されている保養所に向かった。

 車を保養所の名前が書かれている小さな看板の前で駐車した。

 三人で保養所に向かってゆっくりと慎重に歩いた。

 保養所の敷地には犯人の車と思われる車が2台駐車されていた。

 保養所は木造二階建てで、外壁は木造らしく水色のペンキが何か所か剥げていた。屋根は濃紺の瓦がのっていた。

 俺は、二人を残して重力フォトンパルス銃を構えて保養所の建物に近づいた。偵察でチェスをしていた部屋の窓を見るとソファーで一人が寝ていた。窓のガラス越しに重力フォトンパルス銃を発射した。1階と2階の部屋に向けて建物の外側からパルス銃を発射してぐるりと一回りした。

 その後、もう一度建物の周りを窓から敵の姿を探したが、部屋のカーテンが閉まっていて中が見えなかった。


  25

 裏口ドアのノブを回すと鍵がかかっていなかったので、そっと建物の中に入った。1階はキッチン、厨房、食堂、トイレ、風呂シャワー室、談話室、宿泊用の部屋が4つあった。

 談話室が先程ソファーで寝ていた男の部屋だったようだ。4つの宿泊用のドアめがけて一部屋単位に重力フォトンパルス銃を発射した。

 食堂には誰もいなかったので、階段を静かに2階に登ると通路が真ん中にあり両側が客室になっているようだった。部屋のドアが8つあったので、ドア単位に順番に重力フォトンパルス銃を発射した。

 通路左側のドアは5つあり、通路右側のドアは3つだった。


 俺は2階から階段を下りて1階に出てから、正面玄関を開けてダック・ロドリゲスとジョン・サンチェスに入る様に手招きした。

 すると後ろからパパパーンと銃声が響いて、突然俺の左側の背中に2発、左足太腿に1発銃弾が飛んできたらしく激痛が走った。

 俺は、衝撃の反動で玄関ドアから前倒しになって外に転げ落ちた。

 だが右手で重力フォトンパルス銃を握っていた。

 犯人の一人が銃を持って玄関の扉から姿を見せた瞬間、右手に持っていた重力フォトンパルス銃からパルスを発射した。

 重力フォトンパルスは命中して、犯人は俺の上に覆いかぶさるように玄関から俺に向かって転げ落ちてきた。

 ダック・ロドリゲスとジョン・サンチェスは、青くなって俺の上にのしかかっている犯人を押しのけて、

「玲央、生きているか」と声をかけられたので、

「ウー」と声を出しながら銃を建物の方に向けて、

「犯人を拘束しよう」と俺は伝えた。

 防御アーマーは致命的な大怪我は無いと信じつつ、ずきずきと痛むので大きなアザができたと思った。

 背中の左側と左足の腿に大きな痛みのダメージを受けた。ジョン・サンチェスが俺の左肩に肩を入れてサポートしてくれた。

 俺を撃った犯人はダック・ロドリゲスが結束バンドで手と足を拘束して、養生テープを目と口を巻き付けた。


  26

 1階の談話室ソファーにいる男をダック・ロドリゲスが拘束してから、1階の4つの部屋のドアを開けると、シングルルームだった。その中の一つの部屋のベッドのシーツが乱れていた。俺が侵入した時にこの部屋の主はトイレに入っていて、俺がトイレを見過ごしたと感じた。隣の部屋のベッドで男一人が身動きのできない状態だったので、ダック・ロドリゲスが拘束した。

 三人で2階に階段を登って、通路左側の1つ目と2つ目の部屋を開けると空だった。

 3つ目の部屋で犯人と思われる男がベッドの上で身動きできない姿になっていた。ダック・ロドリゲスが結束バンドで手と足を拘束して、養生テープで目と口を巻き付けた。4つ目の部屋と5つ目の部屋は空だった。


 通路右側の1つ目の部屋は、女性二人が2つのベッドで身動きができない状態になっていた。

 2つ目の部屋には、2つのベッドに美穂とエレナ・ロドリゲスは身動きができない状態となっていた。

 二人が無事に生きていることを確認してから、3つ目の部屋を開けると、男が二人ベッドの上で身動きを封じられていた。

 ダック・ロドリゲスは、男二人を結束バンドで手と足を拘束して、養生テープで目と口を巻き付けた。

 三人で、美穂とエレナ・ロドリゲスのいる部屋に戻った。


  27

 俺は、美穂のベッドに座らせてもらって、美穂の髪にやさしく触れた。美穂の目から涙が流れていた。

 エレナ・ロドリゲスのベッドには、ダック・ロドリゲスが座ってエレナ・ロドリゲスの頭を優しく包んでいた。

「五人の犯人が持っているスマートフォンの電話番号を調べて記憶してほしい」と俺はラピスラズリに伝えると、

「4台のスマートフォンの電話番号を取得した」と回答があった。

「ありがとう」とラピスラズリに伝えると、

「YES」と回答があった。

「今話した相手は誰?」とジョン・サンチェスが聞くので

「量子AIのラピスラズリです」と答えると

「犯人は五人いるのに、どうしてスマートフォンは4台との答えで、その電話番号を知ることができたのか教えて」と言うので

「スマートフォンの電話番号を引き受ける電話会社の基地局が必ず存在していて、この基地局エリア内で存在している位置情報と、この場所の緯度経度を比較すれば、この場所に存在しているスマートフォンの電話番号を見つけることができる。我々五人のスマートフォンの番号以外が犯人の電話番号となると言う訳です」と説明すると

「ジョン・サンチェスは、難しい内容でよく分からないが、玲央が負傷したけれど、美穂さんとエレナ・ロドリゲスを救出できてよかった」と喜んだ。

「帰ろう」と美穂が声を出した。俺は美穂の頭を手のひらで優しく包んで、

「そうしよう、帰ろう」と言うと、美穂が体を動かせるようになった様子でベッドからゆっくりと起き上がった。

 エレナ・ロドリゲスの顔は涙で洪水のようになっていたのでハンカチを渡した。

 ジョン・サンチェスは美穂に涙を拭くハンカチを渡してくれた。

 美穂の部屋の隣で拉致されていた二人の女性がいる部屋にジョン・サンチェスが入って助け出した。


 ジョン・サンチェスが先頭を歩いてくれて、俺は左側の背中と左足の太腿の痛みが激しかったが、何とか歩いてゆっくりと部屋を出て階段を下りた。

 美穂とエレナ・ロドリゲスはお互いの肩を貸しあって俺に続いた。

 二人の女性も安心された様子で助けられた喜びで泣きながら俺たちの後をついてきた。

 ダック・ロドリゲスは俺達の一番後ろを歩いてきた。


  28

 車に何とかたどり着くと、ダック・ロドリゲスが車の最後部のドアを開けて、マイナスドライバーのような工具を持って、保養所に引き返していった。3列目のシートに被害者女性二人が乗るのを待って、2列目のシートにエレナ・ロドリゲス乗り込むと俺は左の背中と左足太腿に激痛の走る体を2列目シートに滑り込ませた。美穂も2列目のシートに乗ってきて二人で俺の体を支えてくれた。

 美穂とエレナ・ロドリゲスは、まだ自由にならない体のようだった。

 運転席に座っているジョン・サンチェスは、ダック・ロドリゲスが戻るのを待った。5分ほどすると、ダック・ロドリゲスが戻ってきて、助手席ドアを開けてシートに座ると、後ろにいる俺達の顔を見て、にっこりと笑って、

「ジョン・サンチェス帰ろう」と言った。

 ジョン・サンチェスは車のエンジンをかけるとアクセルを踏んだ。

「今犯人の車のタイヤ4本にドライバーで穴を開けてきた。完全に追跡不能としてやった」とダック・ロドリゲスが呟いた。

 ジョン・サンチェスが運転する車は、山道を下ってヒマロカの街に入ったので、ダック・ロドリゲスとジョン・サンチェス警察署の駐車場に車を止めた。

 救出した被害者女性二人とジョン・サンチェスとダック・ロドリゲスの四人は車から降りると警察署に歩いて行った。

 警察署に入ると拉致被害者を救出した経緯と、二人の被害者女性を家族の元に返してほしいとお願いをした。

 少ししてから、警察署の玄関からダック・ロドリゲスとジョン・サンチェスが出てくると、警察署玄関先で警察署員が拍手で労をねぎらってくれた。

 助けた女性も玄関に来て、

「ありがとう」と被害者二人は涙を流して手を振ってくれた。


 ダック・ロドリゲスとジョン・サンチェスと俺たちの乗る車は海岸線道路に出た。

 太陽はかなり昇っていて、コバルトブルーの奇麗な海だ。雲の合間から陽が射してキラキラ輝いていた。

 海が見える空き地に車を止めたので、痛む背中と左足太腿を労わりながら3列目のシートに移動した。

 昨晩マリア・サンチェスが作ってくれた五人分の食事と飲み物で朝食をとった。

 美穂とエレナ・ロドリゲスは体の調子が元に戻ったらしく、海岸を散歩してくると言って二人は車から降りて、手をつないで海岸へ散歩に出かけた。

 ジョン・サンチェスとダック・ロドリゲスはスマートフォンで、マリア・サンチェスとサミイ・ロドリゲスに電話連絡をして

「エレナ・ロドリゲスと美穂の二人は無事に救出できたが、玲央が負傷した」と伝えた。

 少しすると、エレナ・ロドリゲスと美穂が散歩から戻ってきて、2列目のシートに座った。

「帰ろう」とジョン・サンチェスが言うと、エレナ・ロドリゲスと美穂が

「助けてくれてありがとう。売り飛ばされるなんて想像するだけで寒気がする」とお礼を言ってくれた。

「大切な二人を失うわけにはいかない」と俺は返事をした。


  29

 車がダック・ロドリゲスの家の前に停まると、エレナ・ロドリゲスの母親サミイ・ロドリゲスが玄関から出てきて、手には大きな袋を持っていた。

 サミイ・ロドリゲスはエレナ・ロドリゲスの顔を見ると、

「無事に帰ってくれて本当に良かった」と喜んでくれた。

 サミイ・ロドリゲスは体型や身長、顔の輪郭、鼻、口の感じはエレナ・ロドリゲスと似ていた。

「娘を救ってくれた恩人は誰」と夫のダック・ロドリゲスに聞くと、一番奥で座っている男の子とサミイ・ロドリゲスに伝えた。

 サミイ・ロドリゲスは、車の3列目のシートに座る俺を見ると、

「イケメン君、娘を救ってくれてありがとう」とお礼を言うので、

「大切な二人だから、助け出せたことに大きな意味がありました」と伝えた。

 すると、3列目のシートに乗り込んできて、俺の上半身の防御アーマーをめくりあげて、大きな手提げ袋からプラスチック容器を取り出すと、

「これは打撲に効く薬だと」言って、俺の背中に塗ろうと痛みのある部分に軟膏を塗り始めた時に、

「イタイ」と呟いてしまった。

「男の子なのだから我慢しなさい」とサミイ・ロドリゲスが笑顔で言いながら、塗ってくれた軟膏の上にガーゼを載せてテープで固定してくれた。

「銃で撃たれた場所はどんな状態ですか」とサミイ・ロドリゲスに聞くと、

「銃弾の後だと分かる紫色だよ。頑張ったね。イケメン君」と教えてくれた。

「左足の腿を見てあげるから、ズボンを降ろしなさい」と言うので、躊躇していると

「クスッ」とサミイ・ロドリゲスが笑って、

「恥ずかしがらなくても」と言って、俺のAIアーマーのズボンにサミイ・ロドリゲスが手をかけるとあっという間にズボンを降ろされてしまった。親や美穂にも見せた事がないパンツ姿になってしまった。

 俺は渋々、シートに膝で立つとサミイ・ロドリゲスがこれかと言って触るので、またしても

「イタイ」と声が漏れてしまった。

 サミイ・ロドリゲスは軟膏塗ってくれて、ガーゼを載せてテープを貼ってくれた。

「治療は終わったかな」とダック・ロドリゲスが声をかけてきたので、

「終わったから、一緒にマリア・サンチェスの家に行こう」と声をかけると、サミイ・ロドリゲスと一緒にマリア・サンチェスの家に車が向かった。


 ジョン・サンチェスは車を走らせて、妻マリア・サンチェスが待っている自宅にようやくたどり着いた。

 自宅前で、ジョン・サンチェスが車のエンジンを切るとマリア・サンチェスが玄関から車に駆け寄ってきて、後部座席のドアを開けて、

「お帰り」と安心した顔は笑顔になった。

「夕食ができているから食べよう」とマリア・サンチェスは、声をかけてくれた。

 車からエレナ・ロドリゲスと美穂が降りた後、3列目のシートにいたサミイ・ロドリゲスが先に降りていった。

 すると、エレナ・ロドリゲスがやってきて、

「私の命の恩人さん」と言って、手をさしのべたので俺は両手でエレナ・ロドリゲスの両手を握って、車から降りることができた。エレナ・ロドリゲスは俺の左肩と左足腿を気遣って寄り添い歩いてくれた。

 何とか、玄関から家に入ると皆が寄ってきて、俺を食卓の椅子に座らせてくれた。

 ダック・ロドリゲスとジョン・サンチェスは俺が勇敢にエレナ・ロドリゲスと美穂を助け出した場面を、マリア・サンチェスとサミイ・ロドリゲスに話した。

 美穂とエレナ・ロドリゲスは、俺が山荘で立ち回ったシーンを想像しているようだった。


 ひと時の楽しい夕食が終わり、エレナ・ロドリゲスは両親のダック・ロドリゲスとサミイ・ロドリゲスと一緒に自宅に帰っていった。

 俺は美穂に左肩を預けて部屋に連れて行ってもらって藁で作ったベッドに体を横たえた。

「パジャマに着替えなくていいのか」と美穂が言うので、

「マリア・サンチェスに貸してもらったパジャマになりたい」と言うと、美穂がゆっくりと着替えを手伝ってくれた。

「手をつないで寝よう」と言うと、美穂が体を摺り寄せてきた。

「玲央救い出してくれてありがとう」と美穂が呟くので、

「俺の天使だからね」と言うと、美穂は体を寄せてきた。

 美穂の体温を感じていると安心から睡魔に勝てなかった。


  30

 翌日の朝、ジョン・サンチェスは漁に出ていったので、マリア・サンチェスが作ってくれた朝食を三人で食べていると、突然インペリムの兵士が突入してきた。

 銃を突き付けられたので、マリア・サンチェス、美穂と俺の三人は抵抗せずに逮捕された。

 昨日人身売買の輩から救出した翌朝に捕まってしまった事で、美穂と俺にとって悪夢の再来だった。

 俺の左側の背中と左足腿の銃弾後の痛みはまだ残っていた。

 体の左側の痛みをこらえながら、席を立つと美穂の顔が見えた。美穂は恐怖のあまり青ざめて引きつっていた。目からは涙が流れていた。

 俺は、悲しい顔をした美穂をどうしてあげることもできなかった。

 マリア・サンチェス、美穂、俺は手錠をかけられて、護送トラックの荷台に乗せられた。


  31

 俺と美穂のスマートフォンに着信メールが届いた。

 俺の手は手錠で拘束されていたので、

「美穂に俺のポケットからスマートフォンを取り出してほしい」と言うと、

 美穂は、おれのポケットに手を突っ込んでスマートフォンを取り出してくれて、俺の手に握らせてくれた。

 ラピスラズリがスマートフォンから聞かせてくれたメッセージは、

「取り調べがあるので、次のように説明すること。観光船で入国して観光を楽しんでいたら、乗るべき観光船に乗り損ねてしまい。優しい現地の人が助けてくれた。その家族に泊めてもらった。出身国はセレスティアと答えて、これ以外の話はしないでおくこと」という内容だった。ラピスラズリからマリア・サンチェスと美穂にもう一度スマートフォンからメッセージを流してもらった。

「艦長は潜伏しており、留置場には十人のクルーがすでに捕まって逮捕監禁されている。逮捕されていないクルー八名は、海岸に住む漁師かどこかの善意の家族が住む家に潜伏している」と艦長からのメールが入った。


 俺は、メッセージを読みながらクルーが匿ってもらっている家が兵士に漏れた原因を知りたいと思った。

 護送トラックは金属フェンスで囲まれた刑務所前で停車すると、荷台から降ろされた。

 逮捕された日の昼頃、俺と美穂、マリア・サンチェスは手錠をつけられたまま、看守によって取調室に連行された。

 俺は椅子に座らされると、制服を着こんだ看守がドアから入ってきて、

「密入国した目的と、どの国から来たのか」と聞いてきたので、

「観光船で入国して観光を楽しんでいたら、乗るべき観光船に乗り遅れてしまいジョン・サンチェスとマリア・サンチェスに泊めてもらっていた。国はセレスティアです」と俺が答えた。俺はダメもとで看守に、

「俺が不法入国者と誰が皆さんにお知らせしたのですか」と聞いてみると、

「密告者に礼金としてお金を渡すのが習慣になっていて、あんた達も密告されたのだよ」と看守が説明してくれた。

「そうでしたか」と俺が言いって黙ると、

「スマートフォンを出しなさい」と言われて没収されてしまった。

 スマートフォンに先ほど届いたメッセージが心配だったが、ラビスラズリがスマートフォンを乗っ取り、見られては不味いメッセージは消してくれたと考えた。


  32

 オルフェアの住民の貧しさが人の気持ちを疲弊させている。

 このインペリムの人達は植民地を統治するために、貧しく仕立て上げた住民の弱みに追い打ちをかけるように、金で利用しているのかと考えると、俺は悲しかった。

 美穂も、唇を噛んで悔しそうな顔をしていた。

 俺と同じ気持ちだなと美穂の顔を見て悟った俺だった。


 俺達は不法入国者との事で、男が収監されている看守に留置場に連行された。

 美穂とマリア・サンチェスは女性が収監されている留置場に連行された。

 電子ロックの扉が開いたので、中に入るとブザーが鳴って扉が閉まった。

 通路の両側が個別の留置場になっており、真ん中あたりにある右側の部屋の前で立ち止まると俺を連行してきた看守が、

「この部屋だ」と言って、留置場の扉の鍵穴に鍵を押し込んで解錠した。

 俺が中に入るとガチャリと施錠された。

 部屋はコンクリートでできた3方の壁と、天井と床で囲まれた3畳ほどの部屋で薄汚れたトイレと簡易ベッドがあった。

 部屋はジメっとした空気でカビの臭いがした。壁には落書きが沢山あった。

 幸いにも部屋は個室だったのが救いだった。

 少しすると看守がやってきて没収したスマートフォンを返してくれた。

「俺と美穂のスマートフォンを乗っ取り、見られては不味いメッセージは消してくれたよね」とラビスラズリに話しかけると、

「削除済みです」と回答があったので、

「ありがとう」と言うと

「YES」と回答があった。

 故障した霧霞から避難したメンバー二十名中十二名は監禁され、艦長を含む逮捕されていないクルー八名は、あの海岸に住む好意的な家族の住む家に潜伏しているのかと考え、皆で無事に本国へ帰りたいと願った。

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