Ⅰ-7.かつての先輩

「ここがオリジス王国の誇る貿易都市である王都、ジルグですか…」

「流石は貿易都市、各国のものが集まってる…。異国情緒溢れる、って感じだね」


 国境周辺のあの町での調査を切り上げた二人は、馬車を何度も乗り継ぎ、途中の街で宿泊しながら、数日かけて王都に辿り着いた。


 今更だが、二人は現在髪や瞳の色を魔術によって変わっている。

 アナスタシアは自身の藍色の髪を金髪に、銀色の瞳を緑色へと変え、レオンの黒髪と金色の瞳も茶色に変化させていた。


 というのも、アナスタシアは国王の配下が国境付近の街に滞在する男女の二人組を怪しみ、素性を探ろうとしていることを知ったのである。そこで、王都に到着する直前に髪色と目の色を変えておいたのだ。

 元々珍しい髪色に目の色の二人組という目立つ人間では任務達成の妨害となると考えて、元の色から目立たない色に変えていたが、尾行されているとなれば話は別。

 というわけで、こっそり移動中の馬車の中で髪色と目の色を変えておいたのだった。


 アナスタシアの背では金髪が風に揺れ、エメラルドのような緑の目の淵を、金色の睫毛が囲んでいる。レオンがガシガシしている頭は焦茶で、ココアのような色であった。


「前に言っていた友人というのは?」

「昔、レオンが来るよりも前に『魔法の塔』にいた先輩でね。かなり優秀だったんだけど、早々に隠居しちゃって、ここに来たの。元から権力にも財にも興味ないマイペースな面倒臭がりだったし、今の生活のほうが合ってるみたい」


 王都は、大きな壁によって囲まれている。外部から出入りできるのは四つの門のみで、アナスタシアとレオンもその正規のルートを通って王都にやってきていた。

 門の付近から、友人の家のある中央部まで歩きながら、アナスタシアはその友人についてレオンに話していた。


「あ、ここだよ」


 歩いて数十分ほどの住宅地の中の一つの家の前で、アナスタシアは足を止めた。

 華美な装飾はないその邸宅は、高級住宅街では浮いている。が、住人の権力や財への興味の無さを象徴しているように、堂々と建っている。


「さぁ、行こうか。もう連絡はしてあるから」


 アナスタシアは、邸宅の敷地に足を踏み入れた。


 ♦︎


「アナスタシアの方から訪ねてきてくれるとは思わなかったよ。何にもない家だけど、寛いでもらっていいからね」

「ありがとうございます、エレンさん」


 アナスタシア達を出迎えたのは、アナスタシアのかつての同僚にして先輩である、エレン・シュナイダーだった。

 銀髪を肩口で切り揃え、穏やかな微笑みを湛えた男性である。


「今回は、任務なの?」

「はい、うちに回ってきたんです」


 エレンは、レオンとアナスタシアに紅茶を出し、積極的に話を聞こうとする。しかし、アナスタシアはどこか警戒したようにしながらも、それを悟られないようにさり気なく話をずらしていく。

 レオンはそのことに気付き、自身に話が回ってきても当たり障りのない内容しか返さない。


 そして、アナスタシアは早々に話を切り上げ、「行きたいところがある」とレオンと共にエレンの家を出た。


「アナスタシアさん、エレン・シュナイダーを警戒してますよね。…何故?」


 住宅街を出て、王都の街に出た二人は、あるカフェに入った。そこでアナスタシアは紅茶を、レオンはコーヒーを注文して、出てくるのを待つ間、レオンはいきなり核心に切り込んだ。


「よく気付いたね。流石は我が助手」

「で、どうしてなんです?」


 アナスタシアは、そのタイミングで運ばれてきた紅茶に、ミルクを注ぐ。コーヒーカップに、レオンは指をかけ、一口飲んだ。


 まるで、答えたくないと言外に言うように、微笑みながらミルクティーに口をつけたアナスタシアを見て、レオンはため息をついた。


 アナスタシアは元々、人間不信じみた所がある。人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、事実親しみやすい性格だが、他者との間に線を引き、それより内側には何が何でも立ち入らせなかった。

 レオンも、他よりは信頼されているが、その程度である。


 エレンを信頼しない理由も、同じなのだろう。レオンが立ち入ってはいけない範囲に、その理由は潜んでいるのだ。


「…パンケーキ、食べます?」

「え、いいの?」

「聞いちゃいけない事、聞いちゃったみたいなんで」


 レオンは、気まずさをどうにかしようと、アナスタシアの好物であるパンケーキをやってきた店員に注文した。


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