Ⅰ-5.隠された愛妾

「レオン、おかえり」

「…随分早かったですね」


 居酒屋での情報収集を切り上げ、宿の部屋に戻ってきたレオンを本を読んでいたアナスタシアが出迎えた。


「まぁね。魔導書店とか回ってただけだし」

「はぁ?情報収集はどこにいったんですか?」

「大丈夫。噂好きな人はある程度チェックしておいたから」


 「ほら」と言いながら、アナスタシアがレオンに向かって突き出したのは流れるような綺麗な文字で書かれたリストだった。どうやら噂好きの人間を丁寧にリストアップしたらしい。


「…まぁ、これならいいですが…」

「そんなこと言うレオンはどうなの?どんな情報があった?」

「居酒屋に入り浸るような人間ですから、大方は噂好きでした。今日はこの街のことを聞きましたが、割となんでも教えてくれましたよ。少しずつ王族系の話を振ろうと思います」

「じゃあ、しばらくは別行動かな」


 二人は明日からの調査方針を定め、その後少しの世間話をした後、それぞれの寝室に戻って睡眠を取った。


 ♦︎


「お、あんさんは、昨日の!」

「昨日は色々教えてくれてありがとうございました。恥ずかしいんですけど、私、まだこの国に来たばかりで、あまり詳しくないんですよ。

 最近、なにか面白い事ありませんでしたか?」


 アナスタシアは持ち前のコミュニケーション能力で親しくなった、魔導書などを売る古本屋の店主を相手にそれとなく話を振った。

 古本屋の店主は、少し疑問を覚えたような顔をしながらも、いろいろと教えてくれた。


「面白いなんて言ったら不謹慎だけどねぇ、最近あった目新しいことといえば、この国の第二王女のビアンカ様が数週間前に体調を崩されたことだろうよ」

「それだけだと、普通じゃありません?」

「いやね、それがさぁ。ビアンカ様はもう二週間後だったかな、結婚式があるんだよ。それも、大国・テルシャトーラ帝国の第三皇子殿下に嫁がれるんだとか。

 そんな時に体調崩されるなんて、偉いこっちゃだよなぁ。やっぱ、伝承は本当だったんだなぁ」


(来た!)


 アナスタシアはうまい具合に伝承の話を引き出せたことに少し口角を上げながら、何も知らない新参者の振りをして、全体に疑問が滲んだような顔をしながらわざとらしく首を傾げて見せる。


「その伝承、っていうのは?」

「あぁ、古代からこのオリジス王国に伝わる伝説でね。王女様は、嫁がれる直前に急に体調を崩される呪いが伝わってるんだ、っていう。いかにもどこにもありそうな話だし、実際伝説みたいな話ばっかなんだけど。儂はもう今回のビアンカ様の話で四回目だぜ、史実としても記録がいっぱい残ってるんだ」

「へぇ、そうだったんですねぇ。あっ、第二王女ってことは第一王女様もいらっしゃるんですか?」


 不仲で知られる第一・第二王女姉妹の話を振ると、店主は「んーとな」と言ってから、話を続ける。


「第一王女は、ビクトリア様って言ってな。数年前に、隣国のガルディア皇国の皇太子様に嫁がれたんだ。その時は、至って健康だったんだぜ?

 んで、ややこしのがこっからなんだけど。二人はめっちゃ仲悪りぃわけ」

「えっ?姉妹なんでしょう?」


 首を傾げたアナスタシアに、店主は「それがさぁ」と言って語り続けた。


「姉妹は姉妹でも、異母姉妹なのさ。ビクトリア様は第二妃様の、ビアンカ様は第三妃様の御子様なんだな。

 異母姉妹って言ったら、ややこしい事たくさんだろ?母親同士も仲悪いっぽいし、父親は今は舞妓出身の愛妾に夢中だしな」


(愛妾…?そんな話、聞いてないな…)


 思わぬ情報に、アナスタシアは首を傾げた。事前調査はアナスタシアも信頼する熟練の調査員が担当したのだ。愛妾の一人や二人、炙り出すのは簡単な筈なのに、何故妃の名しか出ず、愛妾の存在に関する記述は報告書に一切ないのだろうか。


(つまり。愛妾の周りに、後ろめたいものがあって、部外者には知られたくなかった、ってこと。本当は国民にも知られたくなかったけど、どっかから漏れて広まったってところかな?)


 きな臭すぎる情報を掴んだアナスタシアは、手に持っていた本を店主に差し出した。


「教えてくれて、ありがとうございます。この本、お願いします」

「あいよ」


 店主は素早く包装紙で包むと、アナスタシアの差し出した硬貨を受け取って、本をアナスタシアに渡す。


「じゃあ、また来まーす」

「おうよ」


 本屋を出たアナスタシアは、他の店でも同じように店主と喋り、最後に使えそうな店の品物を買っては出てを繰り返した。


 アナスタシアが両手に紙袋をぶら下げて宿に辿り着いた頃には、もう日が暮れてしまっていた。


 居間に紙袋を置くと、ソファに転がった。


「んー、愛妾の話はもう一般常識並みに広まってるっぽい…。やっぱ、事前調査の時から警戒されてたんだろうな」


 アナスタシアはこれからの調査が難航する事を思い、頭を抱えた。

 と、そのタイミングでドアがガチャンと音を立てて開く。


「ただいま戻りました」

「おかえりー。なんかいい情報あった?」

「資料にまとめてあります」


 「これです」とレオンはカバンの中から資料を取り出し、アナスタシアに手渡した。


「アナスタシアさんは、どうでした?」

「事前調査にはなかったことで言うと、愛妾の話かな。それ以外は概ね事前調査通りだったけど」

「愛妾…。その話なら、俺も聞きましたよ」


 レオンの言葉に、アナスタシアは「ほんと!?」と顔を上げた。


「私、愛妾がいるってことしか分からなかったんだけど。それ以外になんかあったの?」

「えーとですね」


 レオンは、アナスタシアに渡した資料のページをめくり、もう一度アナスタシアに見せた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る