Ⅰ-4.オリジス王国、到着
アナスタシアが指し示した宝石は、アメジストのように見える。
高貴な色、つまり紫色であるアメジストは古代から王冠や王笏など、王族、特に王が身につけるものに用いられてきた。
「本当、無理問題突きつけてくるよねぇ。こんなもの、破壊できると思う?第一印象がマイナスなのに、そんなのしたら国際問題になりかねないよねぇ」
「でも、依頼をしてくるぐらいには困ってるんでしょう?なら、大丈夫なんじゃ…」
レオンの言葉にアナスタシアは首を振り、「それがねぇ」と続ける。
「実は、今回の依頼人が王族じゃないんだなぁ」
「え?」
「宰相のハグリッド氏なんだって。さっきも言ったけど、国王が中央領反対派だからさ。秘密裏に依頼されてるの。というわけで、私達はハグリッド氏に協力してもらいつつ、肩書きを隠して動くことになると思う。王族にばれたらその瞬間にえらいことになるから、そのつもりで」
アナスタシアが微笑みながら言い放った言葉に、レオンは頭を抱えてしまう。
「呪われし王冠がなければ受けない面倒な依頼だけど…。この王冠、呪術具ならものすごい惹かれるものがあるよね」
呪術具の研究員などやっているだけあって、アナスタシアは呪術具を好んでいるのだ。それはそれは嬉しそうに微笑む彼女を見て、レオンはもう一度ため息をついた。
♦︎
「さ、着いたよ!レオン、起きて!」
アナスタシアは馬車が停まってから、眠ってしまったレオンを叩き起こした。
「ん…。すいません…」
「ほら、早く!宿が取れなくなっちゃう!…あ、ありがとうございます、これ、運賃なんで!」
アナスタシアは寝ぼけているレオンを引きずりながら御者の男性に運賃を突き出し、街へ向かって歩いていく。
ズルズルと音を立てて引きずられたレオンは、途中で起きて自分で歩き始めた。
「よし、ここにしようか」
周囲をキョロキョロと見回していたアナスタシアは、街道の途中で立ち止まった。
大きな文字の看板を掲げた宿屋で、一階部分は宿泊客以外も利用できる居酒屋になっているようだった。
「すいませーん、二人で泊まりたいんですけど…」
「はいはい、ちょっと待ってくださいねー」
多くの地元客や冒険者で賑わっている居酒屋に、チリリンとベルの音が響く。
顔を突っ込んだアナスタシアの声に反応したのは、客と客の間、テーブルとテーブルの間を慌ただしく動く女将らしき中年女性だった。周りのテーブルにトレイの上の料理をサーブした女性は、エプロンを外すと入り口へタタタッとかけてくる。
「いらっしゃい、お二人さんやね。どんぐらい泊まりはんの?」
「長期滞在です」
「あいよ。あそこのカウンターに座っとるおっさんに声かけ、うちの旦那やの。宿屋の方は旦那が回しとるさかい、案内してもらいよ。…あんた、お泊まりさんが二人来たよ!」
「…ん」
女将の言った通り、カウンターに座っている初老の男性の方に二人は歩いて行く。
「…二人け?」
「はい」
「…部屋は、別々かいの?」
「寝室が二つあれば、大丈夫です」
「…長期滞在か?」
「はい。どれぐらいになるかは分からないんですけど…」
宿の予約表らしき書類をめくっていた初老の男性は、顔を上げる。
「…寝室が二つの部屋、空いとるぞ。角部屋、予約なし。値は、高く付くが…」
「別に大丈夫ですよ」
「…そこの階段を上がって、左に曲がった突き当たりの部屋だ」と言って鍵を二つ、アナスタシアに手渡した。
「ありがとうございます。レオン、行こうか」
男性の言う通りに二人は階段を上がり、暫く滞在する部屋に荷物を入れる。
希望通り、寝室が二つある部屋だ。寝室にそれぞれ荷物を置き、居間に集まった。
「今日はもう夕方だから、自由行動にしようか。明日から、聞き込みを始めよう」
「分かりました。…明日から始めるなら、今日のうちに聞き込みの対象、目星をつけておいたほうがいいですよね」
「そうだね、私も散策しに行くよ。レオンは?」
「下の居酒屋に行きますよ」
「念の為に言うけど、飲み過ぎないようにね」
「…俺、酒は飲みませんから」
アナスタシアは、「じゃあね」と手を振りながら宿を出た。
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