第5話

グリフォンとの死闘後、3日たった今もシズクは怪我を治すため部屋から1歩も出ていない。

治癒魔法で血は止まり表面的な傷は癒えていたが、腹部の深い傷は魔法で治すことが難しく、自然治癒に頼ることになった。

朝食を部屋で済ませベッドの上で本を読んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ、お入りください」

ドアの鍵が空き、そこに居たのは、護衛としても着いてきていた医者だった。

「失礼いたします。シズク様、体調も優れてきたようですので、もう部屋の外に出ていただいても構いません」

そう聞いたシズクは、今すぐ地下へ行きたいという強い気持ちにかられた。

あの日から、食事を運ぶ使用人や掃除をしに来る清掃員の誰に聞いてもアベルの生死が分からなかった。

唯一医者が言っていた「治療を頼まれた」という言葉を信じ生きていて欲しいと願っていた。

「それでは、失礼いたしました」

お礼を言うと医者は部屋から出て行った。医者の足音が聞こえなくなったことを確認し、シズクは魔導書を持って部屋から出た。

途中に使用人達から祝いの言葉をかけられたが、軽くお礼を述べるだけにして目的地へ向かっていく。

不安と期待を胸に早足で階段を降り、地下にたどり着いた。

魔法で明かりを灯し、初めて会った牢屋へと歩いた。

きっと居るはずと思っていても、胸が苦しい。

やっとたどり着いたその場所には、シズクが初日に渡した毛布が1枚あった。ただそれだけだった。

ドアは空いていて誰もいない。

全ての人を敵視するような、睨むような視線も、低く唸るような声も、なにもなくなっていた。

「そんな……」

急ぎ過ぎたせいか傷が開き、腹部に巻かれた包帯が赤く滲んでいる。

上の階からシズクを呼ぶ使用人達の声が聞こえてきた。

だが、シズクはその場でうずくまり動かなかった。

誰かが地下へ降りてくる足音が響く。

こんな所で泣いていたら変に思われると思ったが、足が動かない。顔も下を向いたままだ。

コツコツと足音が近づく。魔法で灯した光は消えてしまった。

だれかが目の前で止まった気配を感じたが、シズクが顔を上げることはなかった。靴からして使用人だろう。

すると、目の前の人物はシズクの頭の上にポンっと手を置いた。そしてそのまま、無理やりシズクの顔を上げさせた。

そこには、ロウソクを持った使用人が立っていた。

赤いツンツンした髪に切れ長の黒い目。

その使用人は低く唸るような声で言った。

「なんだよ、肉持ってくるんじゃなかったのか?」

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