第4話

医師達との会食でシズクは、子供とは思えない知識量で対談し、多数の人々から支持を得ることができた。

医学の知識だけでなく、30人近くの名前と今までの功績や著作などを覚えており、大人顔負けの記憶力で参加した医師達を圧倒した。

帰る頃には、是非将来同じ場所で働きたいと話す者も多かった。

護衛を引連れ馬車で人通りの少ない夜道を通っていると、馬車が突然止まってしまった。

「どうした」

「来た時にはなかった大きな岩が道を塞いでいて……。すぐに魔法で壊したいのですが、なにぶん魔力が少ないので少しお時間をいただけますか?」

シズクの父親は大きなため息をつき馬車から降りた。

「今日は疲れていて早く帰りたいんだ。この岩くらい私が壊すから、すぐに馬車を出せるようにしておいてくれ」

シズクもなにか手伝えないかと、魔導書を持って馬車から降りた。

その時、今まで一言も話さずにいたアベルが声を上げた。

「上になにかいるぞ」

夜空を見上げ目を細めるアベルだったが、護衛たちは誰も見ようとしない。

辺りを見回し警戒するシズクに対して、護衛の1人が近づき優しく声をかけた。

「シズク様、奴隷風情の戯言です。きっとスキをついて逃げるつもりなのでしょう。お気になさらず」

そう護衛が言った次の瞬間、目の前にいた護衛が消えシズクの足元に赤い飛沫がかかった。

状況を理解できないまま放心していると、アベルがシズクの服をつかみ護衛がたくさんいる方に投げ飛ばした。

先程までシズクがいた場所にドンッと言う音と共に岩が落ちた。

「グリフォンだ!」

護衛の誰かがそう叫び、全員が一斉に武器を抜いた。

獅子の胴体にワシの頭と翼のある生き物が、空から人間たちを狙っている。

馬車を降りた時には一面がキラキラ光る星に照らされた青い夜空だったが、今ではグリフォンの茶色と護衛達が打つ魔法の光で埋め尽くされている。

地面は、羽や落とされたグリフォンの死体や血を白い雪がいっそうに目立たせている。

岩を落とし終えたグリフォン達は、今度は鋭い鉤爪で襲いかかってきた。

護衛達は魔法から剣に切り替え、必死に戦っているが相手の数が多く目の前の敵にしか集中力できないようだ。

複数体を相手にしていた護衛は、鎧を壊され爪で刺され殺されていたり、鷲掴みにされ連れ去られたりしている。

シズクの父親の周りには、有能な護衛達が陣を組み崩されず戦っている。

だが、シズクは腰が抜けてしまい動くこともままならないうえ、周りにいた護衛達は壊れた鎧と赤い雪だけを残し消えてしまった。

必死にアベルが素手で応戦していたが、倒しきれなかった一体がシズクの後ろに近づいた。

「後ろ!」

切羽詰まったアベルの声に気づき、後ろを振り返るとグリフォンの鉤爪が近くに迫っていた。

避ける術を持たないシズクの腹に鋭い鉤爪が突き刺さった。

その途端に腕輪が光だしシズクの傷は癒えた。

その代わりに戦っていたアベルの腹部から血が吹き出した。

「ってぇ……」

手で腹を抑えつつも、グリフォンを倒そうとシズクの方に近づくが、また腕輪が光り先程より深く腹をえぐった。

その光景をシズクは空中から呆然と見ていた。

グリフォンが獲物を持ち帰ろうと、鉤爪を使ってシズクを持ち上げた。

どんどん地面から離れていく視界の中で、シズクは父親の方に助けを求めようと視線を送った。

だが、父親はこちらを一瞥した後に顔をしかめ、護衛たちに何かを指示していた。

それが、息子を助けろという指示で無いことは父親の元に集まっていく護衛達の動きで理解出来た。

シズクは涙を手で拭ったあと、覚悟を決めたように遙か下にいるアベルの方を見た。

そして、父親からの数少ない贈り物である腕輪を腕から外し、捨てた。

次の瞬間に、腹部に今まで感じたことの無い強い痛みが走った。

気を失いそうになるが、アベルが逃げきれたかを見届けるまでは目を閉じたくなかった。

遙か下ではツンツンとした赤髪が揺れている。シズクとシズクの父親がいる方を交互に見ている。

アベルは森の方へと走り出した。今なら逃げられるだろうと安堵してシズクは目を閉じた。

「シズク!」

次に目を開けるとアベルが暴れるグリフォンの背中に乗って何かをシズクの方へと投げた。

シズクは目の前に飛んできた物を反射的に受け止めた。

それと同時に、暴れていたグリフォンが背中に付いていたものを、つきに引き剥がした。

白と茶色の地面にアベルが吸い込まれていく。

「待って!」

急いでページを開き目に付いた魔法を唱えた。

本から小さな光が現れた。光はシズクを捕まえているグリフォンの目の位置まで移動しすると、突然膨張し弾けた。

驚き鉤爪を緩めた拍子にシズクは下へと落ちていった。

あと数秒で地面に激突するタイミングで、シズクは風の魔法を唱えた。一陣の大きな風が巻き起こり落下の衝撃を和らげる。

激突は避けられた2人だったが、背中から落ちすぐには立ち上がれなかった。

なんとか上半身を起こし、シズクはアベルの方を向いた。

「よかった、僕ら生きてますよね!」

喜びを噛み締めるように興奮気味に話すシズクとは対象的に、アベルは上を見上げ絶望したように呟いた。

「またきやがった」

空からは大量のグリフォンが、羽をたたみ高速で近づいてきていた。

アベルもシズクも疲弊していて、逃げ出す体力も残っていない。

魔導書は先程の風で、遠くにとんでいってしまった。

「ここでおわりか」

目を閉じ諦めた顔をするアベル。

その横でシズクは初めて魔法を使った時のことを思い出した。

魔法を上手く操れず、誰かに怪我を負わせてしまった。

とても小さい時の記憶からかなぜ自分の弱い魔法で人が傷ついたのかは、思い出せなかった。

目を閉じて当時の記憶の糸を手繰り寄せた。どんな魔法を使ったのか思い出そうと、覚えていることをうわ言のように呟いた。

「確か……強い光と、大きな音のする……」

傷付けてしまった人がだれだったか思い出せない

「雷だ」

アベルの声に現実に引き戻され目を開けると、空には黒い雲が現れていた。昼間かと思うほど強い光とバリバリという空を裂くような大きな音。

そして次の瞬間、1番後ろにいたグリフォンに雷が落ちた。

驚き空中で停止した者にも、身の危険を感じ取り逃げようとした者にも容赦なく光が走った。

空を自由に飛び回っていた者たちは一瞬にして地に落ちた。黒くなった死体からは焼け焦げた匂いがただよっている。

「今の……お前がやったのか?」

「ち、違います。大きく天候を操る魔法なんて使える人は世界でも数人しか居ませんし、魔力が少ない僕なんかには絶対に使えません」

「まぁいいか、生きてるしな」

死の恐怖から逃れた喜びからは互いに笑いあった。

2人とも腹部から血が出ていて、服もボロボロだった。

「ご無事ですか。シズク様」

「誰か!シズク様の手当を急げ」

父親とその護衛をしていた者達が駆け寄ってきた。

シズクは護衛の1人に抱き上げられた。

「お父様、彼は……」

何かを言いおうとシズクは父親に目を向けたが、そもそも父親はシズクの方を全く見ていなかった。

その視線は、主人の身代わりにならず怪我を負わせた奴隷にそそがれていた。

「なぜ生きている」

「運が良かったんじゃねぇの?」

息子を命懸けで助けた者に対する視線ではなかった。

「あの雷はなんだ」

「さぁな、カミサマとか言うやつの気まぐれだろ」

淡々と冷めた口調で問うシズクの父親の質問に、アベルは嘲るような見下すような態度で返答する。

主人に対してそのような態度は許されない。普通ならば即刻処刑される。

だが、シズクの父親は違った。

「誰か、コレも治してやれ」

その言葉を聞いた護衛の1人が、アベルを無理やり立たせ逃げないように手枷をはめた。

「どういう風の吹き回しだ」

シズクの父親はその質問に答えず、さっさと馬車に乗り本を読み始めた。

シズクも応急処置を施され、馬車に乗せられた。

また馬車が動き始めた頃には雪が降り出し、赤や黒の地面を白で塗り替えていった。

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